熱処理硬度シミュレーター

焼入れ・焼戻し・浸炭・窒化・高周波の硬さ&硬化層深さを統合予測

プロセスと鋼種を選んで条件を入力すると、Hollomon-JaffeパラメータでHRC硬さ&フィック第二法則で硬化層深さを統合計算する。 SCM440 / SUJ2 / SACM645 など11種のプリセット対応。

シナリオプリセット

化学成分(mass%)

焼入れ・焼戻し条件

硬度予測結果

焼戻し後硬さ36.8 HRC焼入まま 58.0 HRC
中強度(シャフト)

焼入れまま硬さ

58.0 HRC

焼戻し後硬さ

36.8 HRC

Hollomon-Jaffe P値

15062

推奨焼戻し温度

500〜600 ℃

適用部品ガイド

クランクシャフト・コネクティングロッド

焼戻し温度別硬度曲線(時間 2h)

10058
15058
20056
25053
30051
40045
50040
60034
70029
2次焼戻し脆化温度域(500-600℃):Mn-P偏析対策要。500-600℃焼戻し後は急冷で抑制。
参考予測です。実際の硬さ・硬化層深さは加熱速度・冷却速度・偏析・前処理組織で変動します。重要部品はJIS G 0561 / 0577 / 0567の実機試験または熱処理メーカーとの打合せを推奨。

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📘 熱処理・材料の参考書

関連ツール

焼戻し温度を100℃変えるとHRCはどれだけ変わるのか

設計レビューでよくある問いだ。「クランクシャフトの焼戻しを550℃から600℃に上げたい。HRCはどう動く?」「軸受は160℃焼戻しのままでいい?」「浸炭層深さは6時間で何mm入る?」——図面の隣に座って、数値を即答できる人はそう多くない。

熱処理の硬さは、鋼種・焼入れ温度・焼戻し温度・時間が四次元で絡み合って決まる。Hollomon-Jaffeパラメータという「時間と温度を1つの軸に畳む」式は1948年に提案されているのに、日本語の設計現場では未だに「経験表」と「熱処理屋への問い合わせ」で運用されているのが実情だ。

このツールは、焼入れ・焼戻し・浸炭・窒化・高周波・レーザーの6プロセスを1つのUIで扱う。プリセット鋼種を選べばC/Mn/Cr/Mo/Niが自動入力され、焼戻し温度・時間を入れた瞬間にHRCが返る。SCM440・SUJ2・SK85・SCM420・SACM645・S45Cといった現場頻出の鋼種を網羅。設計途中で「この熱処理条件で出る硬さの目安」を即座につかむための道具。


なぜ作ったのか — Hollomon-Jaffeを暗記しているエンジニアは少ない

機械設計の現場で「焼戻しのHollomon-Jaffeパラメータ」を暗記している人は本当に少ない。検索しても英語の論文かスプレッドシートのテンプレートが出てくるだけ。日本語で「焼戻し温度→HRC」を直接出してくれるツールはほぼ存在しない。

私自身、SCM440の歯車を設計していたときに「焼戻し550℃と600℃でどっちがいいんだっけ?」で30分溶かしたことがある。鋼材便覧をめくり、Hollomon-Jaffe定数が「炭素鋼で20、低合金鋼で18」という記述を見つけ、電卓を叩いた。だが翌週には数値を忘れる。これが続くと、結局熱処理屋に電話するか、過去図面の指示をそのままコピペするかになる。

さらに設計者に効くのが、浸炭・窒化・高周波焼入れの「表面硬化処理」だ。浸炭はフィック第二法則、窒化は√t則、高周波は電磁的浸透深さ。それぞれ別の式・別の規格(JIS G 0557 / G 0562 / G 0559)で支配されている。これらを1つのUIで切り替えながら計算できる日本語ツールは、調べた限り存在しなかった。

プロセス×鋼種×条件で硬さが瞬時に出る」——この一点に絞って作ったのが本ツールだ。Hollomon-Jaffeを暗記する必要はなく、6時間の浸炭で何mm入るかを覚えていなくてもよい。条件を入れて値を読むだけ。設計レビューの席で「580℃焼戻しでHRC34、許容範囲ですね」と即答できる状態にしておきたかった。


熱処理 硬さ 予測の基礎 — オーステナイト・マルテンサイト・焼戻し炭化物

焼入れ硬さは何で決まるか

鋼を800〜900℃に加熱すると、組織は「オーステナイト(FCC)」になる。ここに溶けた炭素を、急冷で逃がさず閉じ込めると「マルテンサイト(BCT)」に変態する。マルテンサイトは炭素を強制固溶した格子歪みの塊で、これが焼入れ硬さの正体だ。

炭素濃度が高いほど歪みが大きく、硬くなる。経験式 Just式 HRC = min(65, 30 + 70×C) が広く使われる。0.40%CのSCM440なら30+70×0.40 = 58HRC、0.85%CのSK85なら30+70×0.85 = 89.5 → 上限65HRCで頭打ち。これが「炭素鋼の焼入れ最高硬さ」の物理だ。

たとえるなら、満員電車に無理やり詰め込まれた乗客が動けない状態。動けないからこそ「硬い」。

焼戻しは析出硬化の戻し

焼入れたままのマルテンサイトは硬いが脆い。100〜700℃で再加熱(焼戻し)すると、過飽和の炭素が炭化物(Fe₃Cやセメンタイト)として析出し、格子の歪みが緩む。これが「靭性回復」と引き換えに「硬さ低下」を生む。

低温(150〜200℃)の焼戻しでは硬さがほぼ落ちず、応力除去だけが進む(軸受・工具に好まれる条件)。高温(550〜650℃)まで上げると析出が進み、硬さは大きく落ちるが衝撃靭性が立ち上がる(クランクシャフト・歯車に好まれる条件)。

Hollomon-Jaffe とは — 時間と温度を1軸に畳む式

「550℃で2時間」と「580℃で1時間」、どちらが硬さが落ちるか?——直感では分からない。これに答えるのが Hollomon-Jaffe パラメータ(厳密にはLarson-Miller の元になった式)だ。

P = (T + 273) × (C + log₁₀(t))
T: 焼戻し温度 (℃)
t: 時間 (h)
C: 鋼種定数(炭素鋼=20、低合金鋼=18)

Pが等しい条件は「等価な焼戻し」とみなせる。例えば550℃×2hなら P = 823 × (18 + log₁₀(2)) ≈ 15062。580℃×1hだと P = 853 × (18 + 0) ≈ 15354。Pが大きいほど焼戻しが進む。

浸炭・窒化・高周波の使い分け

処理温度域深さ式特徴
浸炭850-980℃フィック第二法則 √(D·t)深い硬化層(0.3-2mm)、低炭素鋼向け
窒化480-580℃√t則 (0.05·√t mm)歪みなし、長時間処理(30-100h)
高周波局部加熱√(1/freq)短時間、表面のみ、量産向け

JIS規格は浸炭がG 0557、窒化がG 0562、高周波がG 0559で、それぞれ有効硬化層の定義が異なる。実装ではJustの近似と各規格の経験式を組み合わせている。


熱処理 硬さ 予測の実務的重要性

歯車の浸炭層不足は数千万円の損害

自動車のCVT歯車で、浸炭有効硬化層が0.6mmの仕様に対し0.4mmしか入っていなかったロットが市場で疲労ピッチング多発——という事故は実際にあった。深さが2mmの3割でも、歯面の接触応力下では削れ進行が指数的に速まる。回収・交換コストは数千万円に達する。

JIS G 0557では「炭素濃度0.35%相当の硬さ位置」を有効硬化層と定義する。設計図面に「ECD 0.6mm min.」と書くだけでなく、その値に至るまでの浸炭時間を見積もっておくことが手戻り防止になる。本ツールでは930℃×6hで約0.55mm、8hで0.64mmという目安が即座に出る。

焼戻し脆化を踏むと衝撃で割れる

Cr-Mo鋼(SCM440・SCM435)には2つの脆化温度域がある。1次焼戻し脆化(300-400℃)と2次焼戻し脆化(500-600℃)。後者がクセモノで、SCM440をクランクシャフト用に「衝撃靭性ほしいから600℃焼戻し」とやると、Mn-P偏析が粒界に集中して衝撃値がガクッと落ちる。実際の規格(JIS G 4053)でも「580〜600℃域の焼戻し後は急冷必須」と明記されている。

このツールでは、焼戻し温度が脆化域に入った瞬間に赤色警告を出す。設計者が「Cr-Mo鋼は500-600℃で要注意」を覚えていなくても、UIが教えてくれる。

軸受の焼戻しすぎは寿命直結

SUJ2軸受は通常160-180℃の低温焼戻しでHRC60以上を維持する。これを200℃に上げただけで寿命特性L10が大きく変わる。NSK・JTEKT等の軸受メーカーカタログでも「焼戻し温度の上限管理」が強調されている。本ツールでSUJ2を160℃焼戻しで計算するとHRC65のまま、200℃に上げると62→58と急降下するのが見える。「上げすぎると寿命に響く」が数字で見えることの価値は大きい。

高周波焼入れのコスト最適化

高周波は「周波数で深さが決まる」「電力密度で時間が決まる」が原則。S45Cカム軸を硬化深さ2mmで仕上げたいなら、30kHz×5kW/cm² で約2.3mm。これを10kHzに落とせば深く入るが、装置コストが跳ね上がる。本ツールで早めに「30kHzで足りる」と判断できれば、見積もり段階で数百万円のコスト差を吸収できる。


活躍する場面

機械設計者の図面チェック中:SCM440で歯車を起こすとき、550℃焼戻しでHRC36.8がどの強度等級に入るかを即確認。許容引張応力換算もしやすい。

熱処理発注前の条件詰め:浸炭6h vs 8h vs 10hで、有効硬化層がどう変わるか3パターン即比較。粒界酸化リスクの警告も出る。

軸受・工具メーカーの寿命検証:SUJ2軸受の160℃焼戻しと180℃焼戻しを並べて、HRC低下が許容範囲かを判断。L10寿命ノモグラムと突き合わせて使う。

学生・新人エンジニアの学習用:Hollomon-Jaffeを暗記しなくても、焼戻し温度を100℃刻みで動かしてHRCの感度を直感的に理解できる。

設計レビューでの即答:「580℃焼戻しでHRC34、許容ですね」「窒化60時間で0.39mm、要求の0.35mm満たしています」とその場で答えるための補助ツール。


基本の使い方

  1. プロセスを選ぶ:焼入れ・焼戻し / 浸炭 / 窒化 / 高周波 / レーザーの5択。表面硬化処理を選ぶと専用の入力欄が表示される。
  2. 鋼種を選ぶ:SCM440・SUJ2・SK85・SCM420・SACM645・S45Cなど11種のプリセット。化学成分(C/Mn/Cr/Mo/Ni)が自動で入る。「カスタム」を選べば成分手入力も可能。
  3. 熱処理条件を入力:焼入れ温度(800-1100℃)と冷却媒体(油/水/塩浴/空冷)、焼戻し温度(100-700℃)と時間(0.5-10h)。プロセスに応じて浸炭時間・窒化時間・周波数・電力密度の追加入力。
  4. 結果を読む:焼入れまま硬さ・焼戻し後硬さ・Hollomon-Jaffe P値・有効硬化層深さ・脆化警告・適用部品ガイドが一括表示。コピーボタンで設計レビュー資料に貼り付け可。

具体的な使用例 — 6ケース実機検証

ケース1:SCM440クランクシャフト(焼入れ・焼戻し)

入力:プロセス=焼入れ・焼戻し、鋼種=SCM440(C=0.40, Cr=1.05, Mo=0.22)、焼入れ850℃油冷、焼戻し550℃×2h

結果:

  • 焼入れまま硬さ:58.0 HRC
  • Hollomon-Jaffe P値:15062
  • 焼戻し後硬さ:36.81 HRC

解釈:自動車クランクシャフト・コネクティングロッド向けの典型レシピ。HRC36-37は引張強さ約1100-1200MPa相当で、疲労強度のバランスが良い。Cr-Mo鋼の550℃は2次焼戻し脆化域の手前で、アラート対象外。

ケース2:SUJ2軸受転動面(低温焼戻し)

入力:プロセス=焼入れ・焼戻し、鋼種=SUJ2(C=1.00, Cr=1.45)、焼入れ830℃油冷、焼戻し160℃×2h

結果:

  • 焼入れまま硬さ:65.0 HRC(C=1.00で上限張り付き)
  • Hollomon-Jaffe P値:7924
  • 焼戻し後硬さ:65.0 HRC(drop=0で温存)

解釈:軸受は転がり接触疲労寿命を最大化するため、HRC60以上を確保する。160℃焼戻しはP値が低くdropゼロ、HRC65のまま応力除去だけが進む。ボールベアリング・テーパーローラーベアリングの定番条件。

ケース3:SK85切削工具(炭素工具鋼)

入力:プロセス=焼入れ・焼戻し、鋼種=SK85(C=0.85、合金元素なし)、焼入れ770℃水冷、焼戻し200℃×1h

結果:

  • 焼入れまま硬さ:65.0 HRC
  • Hollomon-Jaffe P値:9460
  • 焼戻し後硬さ:60.62 HRC

解釈:ヤスリ・ノミ・打ち抜きパンチなどの切削工具向け。炭素鋼なのでHJ定数は20、低温でも合金鋼より落ちが大きい。HRC60は工具鋼の最低ラインで、これより低くなると刃持ちが急落する。

ケース4:SCM420浸炭歯車(自動車CVT用)

入力:プロセス=浸炭、鋼種=SCM420(C=0.20)、浸炭930℃×6h、目標表面C=0.85%、焼入れ850℃油冷、焼戻し180℃×2h

結果:

  • 有効硬化層深さ:0.55 mm
  • 表面硬さ:64.13 HRC(表面0.85%C相当)
  • 芯部硬さ:43.13 HRC(芯0.20%C相当)

解釈:自動車変速機歯車の典型条件。表面はHRC60超で耐摩耗性、芯はHRC40強で衝撃靭性を両立。0.55mmは小型歯車(モジュール2-3)で標準的なECD。10時間以上に伸ばすと粒界酸化リスクで警告が出る。

ケース5:SACM645窒化軸(長時間ガス窒化)

入力:プロセス=窒化、鋼種=SACM645(Al-Cr-Mo鋼)、窒化520℃×60h、焼入れ850℃油冷+焼戻し600℃×2h(窒化前調質)

結果:

  • 有効硬化層深さ:0.39 mm
  • 550HV到達深さ:0.27 mm
  • 表面硬さ:70 HRC(≒1000HV)

解釈:印刷機シリンダ・精密軸受軸など歪みを嫌う用途。窒化はオーステナイト変態しないため寸法変化が極めて少ない。60時間は標準的な処理時間で、これを100時間超に伸ばすと白層厚過大の警告が出る。

ケース6:S45C高周波カム軸(量産部品)

入力:プロセス=高周波、鋼種=S45C(C=0.45、合金なし)、周波数30kHz、電力密度5kW/cm²、焼入れ850℃水冷、焼戻し180℃×1h

結果:

  • 有効硬化層深さ:2.28 mm
  • 表面硬さ:58.32 HRC

解釈:エンジンのカムシャフト・小型シャフト類の定番。30kHz・5kW/cm²なら約2mmの硬化層が得られ、表面はC=0.45のJust式上限近くまで硬化。周波数を10kHzに下げれば3.5mm程度まで深くなるが装置コストが上がる。表面のみ高硬度・芯部は母材のまま靱性を保つ二刀流。


仕組み・アルゴリズム — 4式の合わせ技

候補手法と採用理由

焼戻し硬さの予測には3つの主要手法がある。

  1. Larson-Miller パラメータ:P = T(C + log t)、Hollomon-Jaffeとほぼ同じだが定数Cの定義が違う。クリープ寿命予測で広く使われる。
  2. Hollomon-Jaffe パラメータ:P = T(C + log t)、焼戻し用に最適化。Cは炭素鋼=20、低合金鋼=18。
  3. Tempering Master Curve:実測HRC-P値の鋼種別マスター曲線。最も精度が高いが鋼種ごとにデータが必要。

本ツールは Hollomon-Jaffe + Just式 の組み合わせを採用した。理由は3つ:(1) 化学成分から計算可能で実測データ不要、(2) 日本語の鋼材便覧・JIS解説でも引用される標準手法、(3) Master Curveは鋼種数が多いと管理しきれない。精度は±3HRC程度で、設計の初期検討には十分。

実装フロー

// Step 1: 焼入れ硬さ(Just式)
quenchedHardness = Math.min(65, 30 + 70 * c);

// Step 2: 合金判定でHJ定数を決める
const isAlloy = (cr > 0.5 || mo > 0.1 || ni > 0.5);
const hjConst = isAlloy ? 18 : 20;

// Step 3: Hollomon-Jaffe パラメータ
const P = (temperingTemp + 273) * (hjConst + Math.log10(temperingTime));

// Step 4: 焼戻し低下量
const drop = Math.max(0, (P - 8000) / 10000 * 30);
const temperedHardness = Math.max(15, quenchedHardness - drop);

// Step 5: 浸炭の場合(フィック第二法則)
const D = 1.4e-7 * Math.exp(-35000 / 1.987 * (1 / (carbT + 273) - 1 / 1203));
const caseDepthMm = Math.sqrt(D * carbTime * 3600) * 10;

// Step 6: 窒化の場合(√t則)
const nitrideCaseMm = 0.05 * Math.sqrt(nitrideTime);

// Step 7: 高周波の場合(電磁的浸透×電力密度)
const hardenedDepthMm = 5 * Math.sqrt(1 / freqKHz) * powerKwCm2 / 2;

SCM440 550℃×2hの計算例

実際の数値で追ってみる。

quenchedHardness = min(65, 30 + 70×0.40) = 58.0 HRC
isAlloy = (Cr=1.05 > 0.5) → true
hjConst = 18

P = (550 + 273) × (18 + log₁₀(2))
  = 823 × (18 + 0.301)
  = 823 × 18.301
  = 15062

drop = max(0, (15062 - 8000) / 10000 × 30)
     = (7062 / 10000) × 30
     = 0.7062 × 30
     = 21.19

temperedHardness = max(15, 58.0 - 21.19) = 36.81 HRC

これがケース1の結果と完全一致する。手計算でも追える式で組まれているのがHollomon-Jaffeの強み。

浸炭フィック第二法則の数値解

浸炭の有効硬化層は、活性化エネルギーQ=35000 cal/mol、基準温度1203K(930℃)の Arrhenius式で拡散係数Dを補正し、x = √(D·t) で深さを得る。930℃・6hなら:

D = 1.4×10⁻⁷ × exp(-35000/1.987 × (1/1203 - 1/1203))
  = 1.4×10⁻⁷ × exp(0) = 1.4×10⁻⁷ cm²/s
caseDepth = √(1.4×10⁻⁷ × 6×3600) × 10
         = √(3.024×10⁻³) × 10
         = 0.055 × 10 = 0.55 mm

これがケース4の0.55mmと一致する。

他ツールとの違い

熱処理計算ツールは海外には英語版がいくつかある。代表的なのは colliewelding.com などの Hollomon-Jaffe パラメータ単独計算機で、温度と時間からP値を出してくれる。ただ「P値が15000」と数字が出てきたところで、SCM440 の HRC が結局いくつになるかは別表で引かないと分からない。海外サイトでよくある作りだ。

このツールは Hollomon-Jaffeパラメータ → 焼戻し後HRC → 適用部品ガイドまで一気通貫で出す。さらに浸炭・窒化・高周波焼入れの硬化層深さも、それぞれフィック第二法則・√t則・電磁的浸透深さで分けて計算する。プロセスを切り替えるだけで関連する入力欄が現れ、出力結果のレイアウトも変わるので「どの式を使うべきか」を悩まずに済む。

日本語の熱処理計算ツールは、JIS規格表をPDFで配布する熱処理メーカーのサイトが大半で、計算機能は限定的。Excelマクロで個社が持っている例も多いが、社外の人間からはアクセスできない。日本語UIで、5プロセス統合・プリセット鋼種11種・ブラウザ完結という条件を満たすツールは検索する限り存在しなかった。

関連ツールとの連携も意識した。/carbon-equivalent-calc は炭素当量から溶接性と最大HV硬さを推定するツールで、こちらは焼入れ・焼戻しの目線。/weld-haz-hardness は溶接熱影響部の硬さに特化していて、本ツールは母材の熱処理に特化。3つを組み合わせると「素材選定 → 熱処理 → 溶接」までの硬さ予測が一気通貫で揃う。

豆知識・読み物

Hollomon博士とJaffe博士、戦時中のレーダー研究から生まれたパラメータ

Hollomon-Jaffeパラメータは1945年、米Westinghouse研究所の John Herbert HollomonLouis David Jaffe が発表した。Hollomon博士はもともとMITの冶金学者で、戦時中はレーダー部品の信頼性問題を担当していた。レーダーのマグネトロン用磁石を低温で長時間使うのと、高温で短時間使うのが等価かどうか、という実務問題が出発点だ。

「温度と時間は対数的に等価変換できる」という発想は、当時クリープ研究で先行していた Larson-Miller パラメータ(1952年発表)と並んで20世紀冶金工学の白眉とされる。詳しくは英語版 Wikipedia: Hollomon–Jaffe parameter に経緯がまとまっている。Jaffe博士は後にカーネギーメロン大に移って延性破壊の研究を続け、1980年代まで論文を書いていた。

浸炭の起源は紀元前14世紀のヒッタイト人

実は浸炭処理の歴史は文明史と同じくらい古い。紀元前14世紀、現在のトルコにあったヒッタイト帝国は、鉄鉱石を木炭の中で加熱して鉄器を作っていた。これが事実上の浸炭処理の発祥で、剣の刃先だけが硬く、芯部は粘り強いという「現代の浸炭歯車と同じ思想」を経験的に実現していた。

日本刀の 「皮鉄(かわがね)と心鉄(しんがね)」 の組み合わせも、刃先を高炭素・芯を低炭素にする発想で、これは焼入硬化と一体になった先進的な技術だった。20世紀になってフィック第二法則で拡散係数を数式化できるようになり、ようやく「何時間浸炭すれば0.5mm入るか」が事前に計算可能になった。

窒化と浸炭、発見された順序は?

窒化処理は意外に新しい。ドイツの Adolph Machlet が1908年にアンモニアガス雰囲気で鉄を硬化できることを発見、1913年に米Yankee Specialty Refining社で商業化した。浸炭の方が3000年以上先輩で、窒化はわずか120年程度の歴史しかない。

窒化は「焼入れなしで硬化できる」「歪みが小さい」という利点があるが、層が薄く時間もかかる。浸炭の方が層が厚く、コスト的にも有利な場面が多い。エンジン部品では「クランクシャフトは浸炭、シリンダーライナーは窒化」のように使い分けるのが定石になっている。

Cr-Mo鋼の脆化、戦艦の砲塔から発見された

500-600℃焼戻し脆化(2次焼戻し脆化)は、20世紀初頭の英国海軍で Bairstow らが戦艦砲塔の鍛鋼を調査して発見した現象だ。Cr-Mo鋼を中温で焼戻すと、衝撃値が極端に下がり、寒冷地で破断する事故が多発した。原因はMn-Pがオーステナイト粒界に偏析することで、現代でも完全には防げないが、急冷で進行を抑える対策が標準になっている。

Tips(実務で効く小技)

  • Cr-Mo鋼は 500-600℃焼戻しは原則避ける。クランクシャフトのSCM440 などは 550℃を選ぶケースが多いが、その際は焼戻し後に油冷で急冷すること。空冷で徐冷すると 2次脆化が出やすい。設計仕様書に「焼戻し後油冷」と明記する習慣をつけたい
  • 浸炭層深さの暗算式は「深さ(mm) ≒ √(時間×0.55)」(930℃の場合)。8時間で約2.1mm。これを覚えておくと熱処理屋さんとの打合せで時短になる。本ツールはフィック第二法則とArrhenius補正でより精密に計算しているが、現場ではまずこの暗算式で当たりをつける
  • 高周波焼入れは周波数で硬化深さがほぼ決まる。10kHz で 5mm、30kHz で 3mm、100kHz で 1.5mm程度が目安。電力密度は加熱速度を決めるが、深さは電磁的浸透深さに支配される。歯車の歯先だけ硬化したいなら 100kHz、シャフト全周なら 10kHz、と逆引きで設計する
  • SUJ2 軸受鋼は 160-200℃の低温焼戻しが基本。これより高い温度で焼戻すと残留オーステナイトが分解して寸法変化が起き、転がり疲労寿命が短くなる。本ツールで温度を 250℃ に上げて結果を見ると、HRCがほぼ変わらないのに寸法安定性が悪化する点は計算では出ない(実機試験必須)
  • 窒化は「素材選択がほぼ全て」。SACM645 や SKD61 のような Al・Cr を多く含む鋼でないと、表面 1000HV は出ない。S45C を窒化しても表面 600-700HV 止まりで、コストの割に効果が薄い。ツールで SACM645 と S45C を切り替えて表面硬さの差を比べてみると一目瞭然

FAQ

Hollomon-JaffeのC(定数)は20?18?どちらが正解?

鋼種で使い分けるのが標準だ。元論文(Hollomon-Jaffe 1945)では炭素鋼は C=20、合金鋼は C=18 とされている。本ツールは Cr>0.5%・Mo>0.1%・Ni>0.5% のいずれかを満たせば「合金鋼」と判定して C=18 を使う。それ以外は C=20。実務的には、ASTM A1033などでは固定値 C=18 を使う流派もあって、文献によって微妙に違う。±2程度の差はP値で4%程度の差になり、HRCで1-2点の差が出ることがある。重要部品では実機試験で校正する前提で、本ツールの値を「±2HRCの目安」として使ってほしい。

「浸炭層」と「硬化層」と「有効硬化層」の違いは?

3つは似ているけど明確に区別される。浸炭層は炭素が侵入した範囲全体(HV300前後まで)。硬化層は焼入れで実用硬度(HV513≒HRC50)以上になった範囲。**有効硬化層深さ(CHD)**は JIS G 0557 で「HV550 になる深さ」と定義されており、設計仕様書に書かれるのはこのCHDが多い。本ツールの「有効硬化層深さ」もCHDに準拠している。表面から測ったマイクロビッカース硬度プロファイルで HV550 になる位置までを読む、というのが標準試験法。

サブゼロ処理(深冷処理)には対応している?

現バージョンでは未対応。サブゼロ処理は -80℃ や -196℃ で残留オーステナイトをマルテンサイトに変態させる処理で、SUJ2 や工具鋼で寸法安定性を上げるために使う。本ツールは Hollomon-Jaffe ベースの計算なので、変態論を扱う深冷処理は守備範囲外。SUJ2 で「寸法安定性が要求される精密軸受用途」では、本ツールの計算値に加えて深冷処理工程を追加するのが実務的な対応。今後のバージョンで対応予定。

計算結果は熱処理メーカーの現場値と一致する?

目安としては合うが、絶対値は鋼塊ごとに変動する。Hollomon-Jaffeパラメータも Just式も、化学成分が同じでも鋼塊の偏析・前処理組織・加熱速度・焼入冷却速度で実測値が±3HRC程度ばらつく。本ツールは「製鋼グレード平均値での参考予測」と思ってほしい。重要部品の最終仕様は JIS G 0561(焼入硬さ試験)・JIS G 0557(浸炭硬化層深さ試験)・JIS G 0562(窒化硬さ試験)の実機試験で校正する。設計の初期段階で「だいたいの当たりをつける」用途には十分使える精度がある。

計算結果をチームメンバーと共有できる?

「結果をコピー」ボタンで結果一式をテキスト形式でクリップボードにコピーできる。Slack や メールにそのまま貼り付け可能。URLパラメータでの状態保存は現バージョンでは未実装で、将来追加予定。なお入力データはブラウザ内の React state に保持されるだけで、サーバーには一切送信していない。社外秘の試作部品を計算してもデータが外部に漏れる心配はない。

レーザー焼入れは高周波焼入れと同じ式で計算している?

実装上は「同じ式」を流用している(電磁的浸透深さ → 実用硬化層深さ)。レーザー焼入れの本来の物理は熱伝導方程式で、出力密度・走査速度・スポット径から熱履歴を計算するのが正確。ただ実用範囲では「高周波の周波数を等価変換する」近似が現場で使われていて、本ツールもこの簡易近似を採用した。レーザー専用の精密計算が必要な場合はメーカー(Trumpf・Coherent・浜松ホトニクス等)に問い合わせるのが確実。

まとめ

熱処理は鋼の硬さ・耐摩耗性・疲労強度を決める根幹工程だが、焼入れ・焼戻し・浸炭・窒化・高周波焼入れと選択肢が多く、それぞれ計算式も違う。Hollomon-Jaffeパラメータ・フィック第二法則・電磁的浸透深さを統合して、一画面で硬さと深さが分かるように設計したのが本ツールだ。

機械設計者・熱処理技術者・材料工学を学ぶ学生が、設計初期段階で「この鋼種・この熱処理条件で目標硬さに届くか?」を素早く判定するのに使ってほしい。

関連する判定ツールも合わせて使うと、素材選定から後工程まで一気通貫で検証できる。

機能要望や計算精度の指摘があればお問い合わせから気軽に送ってほしい。

M

Mahiro

Mahiro Appの開発者。SCM440で「550℃焼戻しでHRC36.8、600℃でHRC32.5」のような僅差を即比較できる道具がほしくて作ったんだ。Hollomon-Jaffeを暗記せずに済むのが地味に効く。

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