溶接HAZ最高硬さ予測ツール

鋼材の化学成分と冷却時間t8/5からHAZ最高硬さ(HV)を予測し、基準値と照合

鋼材の化学成分と冷却時間t8/5を入力すると、HAZ最高硬さ(HV)を予測してJIS基準と照合する。

鋼材成分

冷却条件

800℃→500℃の冷却時間

JIS Z 3101 一般基準: 350 HV

予測結果

合否判定380 HV> 350 HV
基準超過

HAZ最高硬さ

380 HV

許容値

350 HV

CEN(Yurioka)

0.3890

A(C)係数

0.9160

マルテンサイト硬さ

424 HV

ベイナイト硬さ

243 HV

マルテンサイト分率

75.6%

基準超過。予熱温度の引き上げ(t8/5の増大)を検討してください。weld-preheatツールで推奨予熱温度を確認できます。

本ツールは推定式に基づく概算値です。実際のHAZ硬さは溶接条件・拘束度・後熱処理等により変動します。重要な判定は硬さ試験の実測値に基づいてください。

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溶接してから「硬すぎた」では遅い

溶接ビードの横、母材が熱で変質した領域――熱影響部(HAZ)。ここの硬さが基準を超えると、低温割れのリスクが跳ね上がる。厄介なのは、溶接が終わってビッカース硬さ試験をかけるまで合否がわからないこと。不合格なら溶接やり直し、場合によっては部材ごと交換。工期も予算も吹き飛ぶ。

「施工前に硬さを予測できたら」――この願いに応えるのが、HAZ最高硬さ予測ツールだ。鋼材の化学成分と冷却時間t8/5を入力するだけで、HAZ最高硬さ(HV)を推定し、JIS基準350HVとの照合結果を即座に返す。予熱条件の検討や品質記録の裏付けに、施工前の「安心材料」として使ってみてほしい。

溶接前に硬さを読む――なぜこのツールを作ったのか

きっかけは、SM490Bの現場溶接で硬さ試験が不合格になった経験だ。t8/5が短すぎた(冷却が速すぎた)のが原因で、HAZにマルテンサイトが大量生成され、硬さが380HVを超えていた。予熱温度を上げてやり直し、1日分の工程が消えた。

既存の計算手段を探すと、炭素当量(Ceq, CEN)を算出するツールはあっても、そこから「実際のHAZ最高硬さが何HVになるか」「t8/5を変えたら硬さがどう変わるか」まで一気通貫で出してくれるものが見当たらない。Excelで自作している技術者も多いが、式の出典がバラバラで検算が面倒だった。

このツールでは、Yurioka CEN(炭素当量)の算出からBeckert-Holz型硬さ推定式によるHAZ最高硬さ予測、JIS基準との照合までをワンストップで処理する。プリセット鋼材(SM400B, SM490B, SM520C, SMA490BW, HT780)を選ぶだけで成分値が自動入力されるので、ミルシートを手元に持っていなくても概算が可能。もちろん、ミルシートの実測値を手動入力すれば精度はさらに上がる。

冷却時間t8/5は別ツール「溶接冷却時間t8/5計算ツール」で算出できるし、硬さが基準を超えた場合は「溶接予熱温度計算ツール」で適正な予熱温度を求められる。3つのツールを連携させれば、溶接施工計画の品質管理フローがデスク上で完結する。

HAZ(熱影響部)の硬さとは何か

熱影響部が「硬くなる」メカニズム

溶接で母材に熱が入ると、溶融池の周囲の鋼が一時的にオーステナイト温度域(約730℃以上)まで加熱される。溶接後、この領域が冷却される過程で組織変態が起きる。冷却速度が速いとマルテンサイト(非常に硬い針状組織)が生成し、遅いとベイナイトやフェライト+パーライト(比較的軟らかい)に落ち着く。

日常のたとえで言えば、焼き入れした包丁の刃先と同じ現象だ。鋼を高温から急冷すると硬くなる――溶接のHAZでも全く同じことが起きている。ただし包丁なら硬いほうが切れ味が良いが、溶接部では「硬すぎる」と割れの原因になるので困る。

マルテンサイトとベイナイトの違い

マルテンサイトは体心正方晶の針状組織で、ビッカース硬さは400〜700HV程度になることもある。炭素量が多いほど硬くなり、HV_mart = 1289 × C + 218 という経験式(Beckert-Holz)で概算できる。C=0.16%なら約424HV、C=0.10%でも約347HVだ。

一方、ベイナイトはフェライトと微細炭化物の混合組織で、マルテンサイトより軟らかい。こちらは HV_bain = 445 × C + 172 で概算でき、C=0.16%なら約243HV。マルテンサイトの約6割の硬さに収まる。

冷却時間t8/5が硬さを決める

実際のHAZでは、マルテンサイト100%になることは稀で、冷却速度に応じてマルテンサイトとベイナイトが混在する。この混合比を支配するのが「冷却時間t8/5」――800℃から500℃まで冷えるのにかかる秒数だ。

  • t8/5が短い(急冷)→ マルテンサイト分率が高い → 硬い
  • t8/5が長い(緩冷)→ ベイナイト分率が高い → 軟らかい

予熱の役割はここにある。母材を事前に加熱しておくと、溶接後の冷却速度が遅くなり(t8/5が長くなり)、マルテンサイトの生成が抑えられる。

CEN(Yurioka炭素当量)とは

HAZの焼入れ性(硬くなりやすさ)を1つの数値で表したのが炭素当量だ。IIW式のCeqが有名だが、低炭素域での精度に課題がある。Yuriokaが1983年に提案したCEN(Carbon Equivalent Number)は、炭素量に応じて合金元素の寄与度を調整する補正係数A(C)を導入しており、低炭素〜高炭素鋼まで幅広く適用できる。

A(C) = 0.75 + 0.25 × tanh(20 × (C − 0.12))
CEN = C + A(C) × {Si/24 + Mn/6 + Cu/15 + Ni/20 + (Cr+Mo+V)/5 + 5B}

CENが大きいほど焼入れ性が高く、同じ冷却条件でもHAZ硬さが上がる。一般的にCEN > 0.40を超えると予熱が必須とされる。

参考: Welding Journal 1983 — Yurioka et al.

なぜHAZ硬さの管理が重要なのか

低温割れとの直接的な関係

HAZ硬さが高い(=マルテンサイトが多い)状態は、低温割れ(水素誘起割れ、遅れ割れ)の3大因子のひとつだ。残りの2つは「拡散性水素」と「拘束応力」で、3つが揃うと溶接数時間後〜数日後に突然割れが発生する。硬さを基準値以下に抑えることは、この3因子のうち最も制御しやすい項目であり、品質管理の要となる。

JIS Z 3101の基準値

JIS Z 3101(鋼構造物溶接部の試験方法と品質基準)では、HAZ最高硬さの一般的な上限を350HVと定めている。橋梁や建築鋼構造では、この値を超えると不合格となり、補修溶接や部材交換が必要になる。プロジェクトによっては325HVや300HVなど、さらに厳しい基準を設定するケースもある。

実際の不合格事例

ある橋梁工事では、SM490Bの突合せ溶接でt8/5=10秒(予熱不足)の施工を行い、HAZ硬さ380HVが検出された。30HVの基準超過だ。グラインダーで溶接部を除去し、予熱温度を100℃→150℃に引き上げて再施工。1ジョイントあたり半日の手戻りが発生し、全体で数十万円のコスト増となった。

このツールで事前に「SM490B / t8/5=10秒 → 380HV → 不合格」と予測できていれば、最初から適切な予熱を設定し、手戻りを回避できた。

HAZ硬さ予測が活躍する場面

WPS(溶接施工要領書)の作成時

新規鋼材や新しい溶接条件を適用する際、WPSに記載する予熱温度の妥当性を事前検証できる。t8/5を変えながらシミュレーションし、硬さ基準をクリアする最低限の予熱条件を探る使い方が効率的だ。

現場での予熱温度の即席判断

急な設計変更で鋼材グレードが変わった場合、現場で素早く「この鋼材なら予熱が要るか?」を判断できる。スマホからプリセット鋼材を選んでt8/5を入力するだけで、概算結果が出る。

品質記録・トレーサビリティの補強

硬さ試験の実測値と計算予測値を並べて記録しておくと、施工条件と結果の因果関係が明確になる。次回以降の施工計画にフィードバックしやすくなり、品質管理体制の継続的改善につながる。

鋼材選定の比較検討

高張力鋼(HT780等)を使うか、一般構造用鋼(SM490B等)で板厚を上げるか迷う場面で、HAZ硬さの観点から比較検討できる。合金元素が多い鋼材はCENが高くなりがちだが、低炭素化で硬さを抑える設計もある。

基本の使い方(3ステップ)

ステップ1: 鋼材成分を入力する

プリセットから鋼材を選択すると、C・Si・Mn・Cr・Mo・V・Ni・Cu・Bの各成分値が自動入力される。ミルシートの実測値がある場合は「手動入力」に切り替えて値を上書きする。

ステップ2: 冷却時間t8/5を入力する

800℃→500℃の冷却時間(秒)を入力する。実測値がなければ、溶接冷却時間t8/5計算ツールで板厚・入熱量・予熱温度から算出できる。許容硬さ上限はデフォルト350HV(JIS基準)で、プロジェクト要求に応じて変更可能。

ステップ3: 結果を確認する

HAZ最高硬さ予測値(HV)、合否判定、CEN、マルテンサイト/ベイナイト硬さが表示される。不合格の場合はt8/5を増やす(=予熱温度を上げる)方向で条件を調整し、合格ラインを探る。

具体的な使用例・検証データ

ケース1: SM490B / t8/5=10秒(急冷・不合格)

一般構造用圧延鋼材SM490B、予熱なしで溶接した場合の典型的なシナリオ。

  • 入力: C=0.16%, Si=0.40%, Mn=1.40%, 他=0, t8/5=10s, 許容値=350HV
  • 結果: CEN=0.3890, マルテンサイト硬さ=424HV, ベイナイト硬さ=243HV, HAZ最高硬さ=380HV, 判定=不合格

t8/5=10秒では冷却が速すぎ、マルテンサイト分率が高くなり基準を30HVも超過。予熱温度の引き上げが必要だ。

ケース2: HT780(高張力鋼)/ t8/5=25秒(合格)

高張力鋼HT780。合金元素が多いがC=0.10%と低炭素で設計されている。

  • 入力: C=0.10%, Si=0.25%, Mn=0.90%, Cr=0.50%, Mo=0.20%, V=0.04%, Ni=0.40%, Cu=0.20%, B=0.002%, t8/5=25s, 許容値=350HV
  • 結果: CEN=0.3304, マルテンサイト硬さ=347HV, ベイナイト硬さ=217HV, HAZ最高硬さ=281HV, 判定=合格

CENは0.33と比較的高いが、低炭素のおかげでマルテンサイト硬さ自体が347HVに抑えられており、t8/5=25秒で余裕を持って合格する。

ケース3: SM400B / t8/5=20秒(合格)

最も汎用的な一般構造用鋼SM400B。低炭素・低合金で溶接性が良い。

  • 入力: C=0.15%, Si=0.25%, Mn=1.00%, 他=0, t8/5=20s, 許容値=350HV
  • 結果: CEN=0.3066, マルテンサイト硬さ=411HV, ベイナイト硬さ=239HV, HAZ最高硬さ=337HV, 判定=合格

SM400Bは成分が穏やかなためCEN=0.31と低く、t8/5=20秒程度の適度な冷却で350HVを下回る。一般的な施工条件なら予熱なしでも合格するケースが多い鋼材だ。

ケース4: SM520C / t8/5=8秒(急冷・不合格)

高強度構造用鋼SM520C。Si、Mnともに高めで、Vも微量添加されている。

  • 入力: C=0.16%, Si=0.55%, Mn=1.50%, V=0.05%, 他=0, t8/5=8s, 許容値=350HV
  • 結果: CEN=0.4192, マルテンサイト硬さ=424HV, ベイナイト硬さ=243HV, HAZ最高硬さ=388HV, 判定=不合格

CEN=0.42と高く、t8/5=8秒の急冷ではマルテンサイト分率が約80%に達する。38HVの超過で、確実に予熱が必要な条件だ。

ケース5: SMA490BW(耐候性鋼)/ t8/5=20秒(合格)

耐候性鋼SMA490BW。Cr、Ni、Cuなど耐食性元素が添加されているが、C=0.12%と低炭素設計。

  • 入力: C=0.12%, Si=0.30%, Mn=1.20%, Cr=0.50%, Ni=0.30%, Cu=0.35%, 他=0, t8/5=20s, 許容値=350HV
  • 結果: CEN=0.3831, マルテンサイト硬さ=373HV, ベイナイト硬さ=225HV, HAZ最高硬さ=310HV, 判定=合格

合金元素が多くCEN=0.38だが、低炭素によりマルテンサイト硬さ自体が373HVに抑えられている。t8/5=20秒で40HVの余裕をもって合格。耐候性鋼の低炭素設計の恩恵がよくわかるケースだ。

ケース6: SM490B / t8/5=30秒(緩冷・合格)

ケース1と同じSM490Bだが、予熱温度を上げてt8/5を30秒に延ばした場合のシミュレーション。

  • 入力: C=0.16%, Si=0.40%, Mn=1.40%, 他=0, t8/5=30s, 許容値=350HV
  • 結果: CEN=0.3890, マルテンサイト硬さ=424HV, ベイナイト硬さ=243HV, HAZ最高硬さ=321HV, 判定=合格

ケース1(t8/5=10s → 380HV、不合格)と比較すると、t8/5を10秒→30秒に延ばすだけでHAZ硬さが59HV低下し、29HVの余裕をもって合格に転じた。予熱によるt8/5延長の効果が一目瞭然だ。

仕組み・アルゴリズム

候補手法の比較

HAZ最高硬さの予測には主に3つのアプローチがある。

1. Terasaki式: HVmax = 884C(1 - 0.3C²) + 294。炭素量のみで硬さを推定する簡易式。冷却速度の影響を考慮しないため、予熱条件の最適化には使えない。

2. Yurioka-CEN + Beckert-Holz型(本ツール採用): CEN炭素当量で焼入れ性を評価し、マルテンサイト/ベイナイト各組織の硬さを個別に算出。t8/5による指数減衰モデルで混合比を決定する。冷却速度の影響を直接反映でき、予熱条件の検討に最適。

3. IIW Ceq + 経験式: IIW式Ceqは広く普及しているが、低炭素域(C < 0.12%)で精度が落ちる。高張力鋼(HT780等)の評価にはCENのほうが信頼性が高い。

本ツールでは、冷却速度依存性を組み込めるBeckert-Holz型を採用した。CENをベースにすることで、低炭素高張力鋼にも対応している。

計算フローの全体像

入力: C, Si, Mn, Cr, Mo, V, Ni, Cu, B, t8/5, 許容HV上限

Step 1: 補正係数 A(C) を算出
  A(C) = 0.75 + 0.25 × tanh(20 × (C − 0.12))

Step 2: CEN(Yurioka炭素当量)を算出
  CEN = C + A(C) × {Si/24 + Mn/6 + Cu/15 + Ni/20 + (Cr+Mo+V)/5 + 5B}

Step 3: マルテンサイト硬さ・ベイナイト硬さを算出
  HV_mart = 1289 × C + 218
  HV_bain = 445 × C + 172

Step 4: マルテンサイト分率を算出(指数減衰モデル)
  f = exp(−0.028 × t8/5)

Step 5: HAZ最高硬さを算出
  HVmax = HV_mart × f + HV_bain × (1 − f)

Step 6: 合否判定
  HVmax ≦ 許容値 → 合格 / HVmax > 許容値 → 不合格

計算例: SM490Bの場合

SM490B(C=0.16, Si=0.40, Mn=1.40)、t8/5=10秒で計算してみよう。

Step 1: A(0.16) = 0.75 + 0.25 × tanh(20 × 0.04) = 0.75 + 0.25 × tanh(0.8) = 0.75 + 0.25 × 0.6640 = 0.9160

Step 2: CEN = 0.16 + 0.9160 × (0.40/24 + 1.40/6) = 0.16 + 0.9160 × (0.0167 + 0.2333) = 0.16 + 0.9160 × 0.2500 = 0.16 + 0.2290 = 0.3890

Step 3: HV_mart = 1289 × 0.16 + 218 = 424HV, HV_bain = 445 × 0.16 + 172 = 243HV

Step 4: f = exp(−0.028 × 10) = exp(−0.28) = 0.7558(マルテンサイト分率 約76%)

Step 5: HVmax = 424 × 0.7558 + 243 × 0.2442 = 320.5 + 59.3 = 380HV

Step 6: 380 > 350 → 不合格

t8/5を30秒に延ばすと f = exp(−0.84) = 0.4317 となり、HVmax = 424 × 0.43 + 243 × 0.57 = 182 + 139 = 321HV で合格に転じる。予熱によるt8/5延長の定量的な効果がこのモデルで把握できる。

参考文献:

他のHAZ硬さ予測ツールとの違い

HAZ硬さを扱うツールは少なからず存在するが、大半は「炭素当量を出して終わり」か「t8/5を出して終わり」のどちらか片方で止まる。本ツールが狙ったのは2段連携の一気通貫だ。

  1. 溶接冷却時間 t8/5 計算機 で板厚・入熱・予熱温度から冷却時間を算出
  2. その t8/5 を本ツールに入れ、鋼材成分から HAZ 最高硬さを予測
  3. 基準超過なら 溶接予熱温度 計算ツール で予熱条件を見直す

この3ステップをブラウザだけで回せるのが最大の差別化ポイントになる。

Excel計算シートとの比較でいえば、プリセット鋼材(SM490B、HT780 等)をワンタップで切り替えられる点が大きい。ミルシートの成分値を手入力する場面でも、9元素を一画面に並べてあるから転記ミスに気づきやすい。計算結果は即座にクリップボードへコピーでき、WPS(溶接施工要領書)への貼り付けもスムーズだ。

また、炭素当量・溶接性判定ツールで算出した CEN 値と本ツールの CEN を突き合わせれば、入力ミスの二重チェックにもなる。単機能のツールを束ねるのではなく、溶接品質管理のワークフロー全体を1つのサイトでカバーする設計思想が根底にある。

豆知識 --- HAZ硬さにまつわるトリビア

PWHT(溶接後熱処理)で硬さはどこまで下がる?

溶接後に 600-700 ℃ で数時間保持する PWHT を施すと、マルテンサイト中の炭素が析出物として固定され、硬さが 50-100 HV 程度低下する。JIS Z 3700(溶接後熱処理通則)では板厚 25 mm 超の炭素鋼に PWHT を義務付けているケースがあり、厚板構造物では硬さ管理と PWHT はセットで語られることが多い。

ただし PWHT にはコストと工期の代償がつきまとう。炉に入らないサイズの構造物では局部 PWHT(バンドヒーター方式)を使うが、温度分布の均一性確保が難しく、端部が基準を満たさないトラブルも珍しくない。だからこそ、施工前に本ツールで予測して「PWHT なしで 350 HV 以下に収まるか?」を検証しておく意味がある。

ビッカース硬さ試験の実際

HAZ の硬さ試験には ビッカース硬さ試験(JIS Z 2244) が標準的に使われる。試験荷重は 98 N(HV10)が一般的で、圧痕のサイズは 0.1-0.3 mm 程度。HAZ 幅が 2-5 mm しかない突合せ溶接では、圧痕ピッチ 0.5 mm で並べて硬さ分布を測定する「硬さトラバース試験」が行われる。

ロックウェル硬さ(HRC)との換算も現場ではよく問われるが、350 HV はおよそ 35-36 HRC に相当する。ポータブル硬さ計(リーブ式)で現場測定する場合は換算誤差が ±15 HV 程度あるため、基準ギリギリの判定には据え置き型ビッカース試験機での再測定が推奨される。

ボロン鋼の焼入れ性は別次元

ボロン(B)はわずか 0.001-0.003 %(10-30 ppm)の添加で焼入れ性を劇的に高める元素だ。CEN 式では B に係数 5 を掛けているが、実際の効果は非線形で、0.003 % を超えると効果が飽和するどころか BN 析出により逆効果になることもある。HT780 クラスの高張力鋼ではボロン添加が標準的だが、本ツールでも B > 0.003 % では「モデルの適用範囲外の可能性」と警告を出している。

Tips --- HAZ硬さ管理を確実にする実務テクニック

  • t8/5 の実測には K 型熱電対を使う --- HAZ 直近(溶接線から 3-5 mm)にスポット溶接で熱電対を固着し、データロガーで 800 ℃ → 500 ℃ の通過時間を記録する。接触不良を防ぐため、熱電対の先端は事前にねじり合わせておくのがコツ
  • プリセットよりミルシートの実成分を優先する --- SM490B の規格上限と実際のミルシート値では C が 0.02-0.04 % 異なることがある。この差で HVmax が 20-50 HV 変わるため、手動入力のひと手間を惜しまないこと
  • 基準近傍(300-350 HV)は安全マージンを 20 HV 確保する --- 推定式の精度は ±20 HV 程度。予測値が 330 HV なら「合格」と即断せず、予熱温度を 25 ℃ 上乗せして余裕を持たせるのが現場の定石
  • 多層溶接では初層に注目する --- 母材に直接接する初層が最も冷却速度が速く、HAZ 硬さが最も高くなる。2層目以降はテンパーリング効果で硬さが下がるため、本ツールの予測値は「最悪ケース=初層」の評価として使うのが正しい

FAQ --- よくある質問

CEN(Yurioka炭素当量)と IIW の Ceq は何が違う?

IIW の Ceq(= C + Mn/6 + (Cr+Mo+V)/5 + (Ni+Cu)/15)は合金元素を線形加算するシンプルな式で、中〜高炭素鋼向き。一方 Yurioka の CEN は A(C) = 0.75 + 0.25 × tanh(20×(C−0.12)) という補正係数を導入し、低炭素域での焼入れ性をより正確に表現できる。本ツールでは低炭素の高張力鋼(HT780 等)も対象とするため CEN を採用した。両者の値を比較したい場合は炭素当量・溶接性判定ツールが便利だ。

t8/5 がわからない場合、どうすればいい?

溶接冷却時間 t8/5 計算機に板厚・入熱量・予熱温度を入力すれば t8/5 を推定できる。入熱量は「電圧 × 電流 × 60 / 溶接速度(mm/min)」で求められ、溶接条件記録(WPS)に記載されている値をそのまま使えばよい。実測する場合は熱電対をHAZ近傍に取り付けてデータロガーで記録する方法が標準的だ。

350 HV 以外の基準値を使うケースはある?

ある。JIS Z 3101 の 350 HV は一般的な上限だが、耐サワー環境(硫化水素雰囲気)では NACE MR0175/ISO 15156 により 250 HV(22 HRC)以下が要求される。また、発注者仕様やプロジェクト固有の基準で 325 HV や 300 HV を上限とするケースもある。本ツールでは「許容硬さ上限」を 200-600 HV の範囲で自由に設定できるので、プロジェクト要件に合わせて変更してほしい。

予測値と実測値がずれる主な原因は?

ずれの主因は3つ。(1) 溶接パス間温度や拘束条件の違いで実際の冷却速度が想定と異なる。(2) ミルシート成分はヒート平均値であり、板厚方向の偏析で局所的に C が高い部位が存在する。(3) Beckert-Holz 式自体の適用範囲(C: 0.05-0.40 %)を外れると精度が落ちる。推定精度は概ね ±20 HV とされており、基準近傍では安全マージンを見込んだ判定が望ましい。

入力データが外部に送信されることはある?

一切ない。すべての計算はブラウザ内の JavaScript で完結しており、サーバーへのデータ送信は行わない。ミルシートの成分情報など機密性の高いデータも安心して入力できる。

まとめ

溶接 HAZ 最高硬さ予測ツールは、鋼材の化学成分と冷却時間 t8/5 から HAZ 硬さを事前に予測し、JIS 基準との照合まで一画面で完結させるツールだ。施工前の段階で「この条件で 350 HV を超えないか?」を確認できるため、硬さ試験不合格による手戻りを未然に防げる。

予熱条件の最適化には 溶接冷却時間 t8/5 計算機 で冷却時間を算出し、基準超過時は 溶接予熱温度 計算ツール で必要予熱温度を確認する、という3ツール連携が効果的だ。鋼材の溶接性を幅広く評価したい場合は 炭素当量・溶接性判定ツール も併用してみてほしい。


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Mahiro Appの開発者。SM490Bの現場溶接で硬さ不合格を食らい、予熱の大切さを身をもって学んだ開発者が作ったツール

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