試作1個目で底が抜けた、あの日の反省
深絞りの試作で、最初のワークが底から破れた経験はないだろうか。
「SPCCの1.0mm板で、φ120のブランクからφ60のカップを一発で絞る」――一見すると無理のない寸法だ。しかし絞り比 β=D₀/d=2.0 は、実はSPCCの限界絞り比(LDR=2.0)とピッタリ同じ値。潤滑がわずかに切れた瞬間、フランジ部の引張応力がカップ底のせん断強度を超え、底抜けに至る。図面上は1工程で絞れそうなのに、実務ではLDRの95%以内に抑えるのが暗黙の基本だ。
このツールは、ブランク径 D₀・製品口径 d・板厚 t を入れるだけで、絞り比 β、限界絞り比 LDR、必要工程数 n、Siebel式による絞り力 P [kN]、各工程の板厚減少率までを一気に算出する。材質プリセット6種と潤滑条件3種を内蔵し、β>LDR の場合は再絞り係数 m_i を順次適用して工程数を自動逆算する。金型設計の初期検討、材質変更時の再評価、中間焼鈍の要否判断――深絞り加工の工程設計に関わるすべての現場で、試作前の勘所を数値で確かめるためのツールだ。
なぜ作ったのか
深絞りの計算ツールを探したことがある人は、ある違和感に気づいているはずだ。LDRの一覧表を載せたサイトは山ほどある。SPCDなら2.3、SPCCなら2.0、SUS304なら2.0――そんな表だ。だが、肝心の「じゃあ、手元のブランク径で何工程必要なのか」「絞り力は何kN出るのか」「各工程で板厚はどれだけ薄くなるのか」を一発で教えてくれるツールが、Web上にはほぼ見当たらない。
きっかけは社内の工程設計会議だった。SPCEの0.8mm板でD₀=120・d=50のカップを設計するとき、β=2.4 はLDR=2.2 を超えているから多工程が必要だとすぐ分かる。問題はその先、何工程なのか。再絞り係数 m₂=0.78、m₃=0.81 ... を暗記していなければ、いちいち技術資料を引っ張り出して計算することになる。ExcelのシートはあるがPCを開くタイミングではなく、打合せ中にスマホで即答したい。
さらに不満だったのは、既存の /press-punch-force の絞りモードが単工程の絞り力しか出せないこと。β>LDR のケースで「多工程必要」とは分かっても、何工程かは自分で計算しなければならない。板厚減少率に至っては、どのツールも出してくれない。
「材質を選んで、D₀・d・t を入れたら、β・LDR・n・P・板厚減少率・しわリスクまで全部一画面で出る」――そんなツールが欲しくて、再絞り係数の経験値(m₂=0.78, m₃=0.81, m₄=0.84, m₅=0.86)と Siebel 式、さらに t/D₀ が0.005未満のしわ判定を1つの画面に詰め込んだ結果がこれだ。
深絞り加工とLDRとは何か
深絞り加工の基本原理
深絞り(Deep Drawing)とは、平らな円板(ブランク)をダイ穴の上に置き、上からパンチで押し込んで円筒カップ状に成形する加工法だ。身近なところでは、空き缶、ステンレスシンク、ヘッドライトリフレクター、自動車のオイルパンなど、金属製の「底付き容器」はほとんどが深絞りで作られている。
ブランクがダイ穴に引き込まれていくとき、フランジ部(まだダイ上に残っている円環領域)は円周方向に圧縮され、半径方向に引張られる。この2軸応力状態こそが深絞りの本質で、せん断(打抜き)や単純な曲げとは根本的に異なる変形モードだ。
絞り比 β と限界絞り比 LDR
絞り比 β は、ブランク径 D₀ を製品口径 d で割った値だ。
β = D₀ / d
β=2.0 なら「直径120mmの円板から、直径60mmのカップを作る」という成形度合いを示す。この数値が大きいほど、深く・細いカップを絞ることになり、フランジ部の圧縮応力とカップ壁の引張応力がともに厳しくなる。
限界絞り比 LDR(Limiting Drawing Ratio)は、1回の絞り加工で割れずに成形できる β の上限だ。材料によって理論的に決まる値で、SPCDなら2.3、SPCCなら2.0、SUS304は2.0(理想条件)、A5052は1.95 など。LDRを超えるβを1工程で絞ろうとすると、カップ壁側面が引き千切れる(底抜け/破断)。
LDRは材料の異方性(r値)・延性・加工硬化指数(n値)に依存する。Hillの異方性モデルでは、平均r値が大きいほどLDRが上昇することが知られている。SPCDが深絞り用鋼板として別枠で開発されたのは、圧延集合組織を制御してr値を高くし、LDRを2.3まで引き上げているためだ。
Siebel式による絞り力
絞り力 P は、材料力学者 Siebel が1956年に提案した経験式で近似できる。
P = π · d · t · σ_b · β · η
d: 製品口径 [mm]
t: 板厚 [mm]
σ_b: 引張強さ [MPa]
β: 絞り比 = D₀/d
η: 潤滑補正係数(プレス油 1.1、固体潤滑 1.2、乾式 1.3)
この式の物理的な意味は、カップ壁のせん断抵抗(π·d·t·σ_b)に、絞り比と摩擦の影響を補正で乗せたもの。フランジ部のしわ押さえ力(BHF)や摩擦発熱の厳密な扱いは含まれないが、初期検討では±15%程度の精度で実測と合致する。
再絞り係数 m_i と多工程絞り
β>LDR のケースでは、1工程では割れるため多工程絞り(再絞り) が必要になる。再絞り係数 m_i は「次工程でどこまで径を縮めてよいか」の比率で、経験値として以下が広く使われる。
| 工程 | 係数 m_i | 由来 |
|---|---|---|
| 1工程目 | 1/LDR | 材質固有の限界 |
| 2工程目 | 0.78 | 加工硬化後の安全側 |
| 3工程目 | 0.81 | 〃 |
| 4工程目 | 0.84 | 〃 |
| 5工程目 | 0.86 | 〃 |
工程ごとに径は d_i = d_{i-1} × m_i で縮小していく。係数が工程ごとに大きくなるのは、加工硬化でフランジ部の強度が上がり、1回の縮径率を下げざるを得ないためだ。一般に n≥3 で中間焼鈍(再結晶処理)を挟んで加工硬化をリセットする。
工程設計ミスで吹き飛ぶ金型と納期
単工程で無理に絞ると何が起きるか
β=LDR+0.1 程度でも、1工程で絞ろうとすると実生産では数十回に1回の確率でカップ底が破断する。試作では問題なくても、量産ラインで10,000個の加工中に100個が不良――これが深絞りの恐ろしさだ。
破断が発生すると、破片がダイ内部に残りパンチに食い込んで金型を傷める。修正費は軽微でも数万円、パンチ・ダイセット交換なら数十万〜百万円単位。さらに量産ラインが止まれば納期遅延と人件費ロスが積み重なる。1つの工程判断ミスが数百万円規模の損失になる構造だ。
中間焼鈍を省いたコスト
多工程絞りで n≥3 になるケースでは、途中で中間焼鈍を挟むのが一般的だ。2工程目の冷間絞りで加工硬化したフランジ部を、再結晶温度(鋼なら約650℃)で焼鈍してから3工程目に進む。これを省くと、3工程目で耳割れ・縦割れが頻発し、歩留まりが急落する。
中間焼鈍は工程数増加+時間+設備コストだが、結果として割れ率を下げて量産歩留まりを守るための投資だ。工程設計段階で n と焼鈍位置を決めておかないと、量産開始後に「やっぱり割れる」と判明して工程の差し替えに数ヶ月かかる。
材質選定が工程数を左右する
JIS G 3141 では SPCC/SPCD/SPCE が材種として定められている。SPCCは一般用で LDR=2.0、SPCD は深絞り用で LDR=2.3、SPCE はより深絞りに適した LDR=2.2〜2.3(メーカーにより差あり)。
「同じ冷延鋼」で済ませると、SPCC→SPCD の切り替えで必要工程数を1工程減らせるケースが多い。工程数が1つ減れば金型セット数・ライン稼働時間・中間焼鈍の要否が変わり、トータルコストで大きな差になる。材質選定は、LDR と工程数を繋げて考える視点が不可欠だ。
しわ発生リスクの見落とし
t/D₀ が0.005未満の薄板大径ブランクでは、フランジ部のしわ(リンクル)が発生しやすい。対策はブランクホルダー力 BHF で適切に押さえること(一般に板厚×σb の 0.5〜3%)。BHF 不足だとしわ、過大だとフランジ破断という狭いウィンドウに合わせ込む必要がある。ツール側でこのリスクを事前に警告するのは、試作段階の無駄打ちを減らすためだ。
こんな場面で役立つ
缶・シェル試作の初期設計: 新製品のカップ形状が決まった段階で、材質候補ごとの工程数・絞り力を比較。SPCC で3工程必要なら SPCE 検討、SPCE で2工程でもしわリスクが高ければ板厚変更、という判断を試作前に済ませる。
中間焼鈍の要否判定: n=3 なら焼鈍1回、n=4 なら焼鈍2回が一般的な目安。ツールで工程数を即算出し、焼鈍設備の予約・工程設計書への記載に反映する。
SUS カップの多工程設計: SUS304 は加工硬化が強く、LDR=2.0 は理想条件値。実務では 1.8〜1.9 に絞り込み、2工程目から固体潤滑を使うのが定石。ツールで潤滑条件を切り替えて絞り力の増分を数値で確認できる。
材質変更時の再評価: 客先要求で SPCC から SUS304 に材質変更となった場合、同じ寸法で絞り力がどこまで跳ね上がるか、工程数が増えるかを瞬時に確認。プレス機の余力判断と設計変更見積もりの根拠資料になる。
4ステップで結果が出る使い方
ステップ1: 材質を選ぶ
SPCD/SPCE/SPCC/SUS304/A1100/A5052 の6プリセットから選ぶ。選択と同時に引張強さ σ_b と LDR が自動入力される。カスタム材を使う場合は σ_b と LDR を手入力で上書きできる。
ステップ2: 寸法を入力する
製品口径 d、ブランク径 D₀、板厚 t を数値で入力。代表ケースプリセット5件をワンタップで呼び出せば、既知のベンチマーク条件から微調整するだけで結果が出る。
ステップ3: 潤滑条件を選ぶ
プレス油(η=1.1)・固体潤滑(η=1.2)・乾式(η=1.3)のセグメントボタンで切り替え。絞り力は潤滑条件で10〜30%変動する。
ステップ4: 結果と工程計画を確認する
絞り比 β、LDR、必要工程数 n、絞り力 P[kN]、各工程の径と板厚減少率がリアルタイム表示される。絞り可否 StatusCard で「単工程可/多工程必要/絞り不可」、しわ StatusCard で「安全/注意/危険」を一目で確認。結果コピーボタンで工程設計書への転記も一瞬だ。
実務で使える6つの計算ケース
ケース1: SPCC t1.0 / D₀=120 / d=60(LDR境界の単工程)
一般冷延鋼SPCCで、β がちょうど LDR と同じになる境界ケース。
- 入力: SPCC(σb=320MPa, LDR=2.0)/ D₀=120 / d=60 / t=1.0 / プレス油
- 結果: β=2.000 / LDR=2.0 / P=132.7 kN / n=1工程 / 可能 / t/D₀=0.0083(しわ安全域)
- 解釈: β=LDR ぴったりで理論上は単工程で絞れる。ただし実務では LDR の95%(1.9)程度までに抑えるのが安全。量産ではロット変動を考慮してSPCEやSPCDへの材質切り替えを検討したい。
ケース2: SPCC t1.0 / D₀=150 / d=60(2工程・再絞り係数の動作確認)
同じSPCCでもブランク径を150mmに上げると β=2.5 になり、多工程領域に入る。
- 入力: SPCC / D₀=150 / d=60 / t=1.0 / プレス油
- 結果: β=2.500 / LDR=2.0 / n=2工程 / multiStage
- 工程詳細: 1工程目 d₁=150×(1/2.0)=75.0mm、2工程目 d₂=75.0×0.78=58.5mm(≤60でゴール)
- 解釈: 2工程で目標径に到達。加工硬化は軽微なので中間焼鈍なしで量産できる範囲。SPCD(LDR=2.3)に材質変更すると β=2.5>2.3 のままなので依然2工程必要だが、割れリスクは下がる。
ケース3: SPCD t1.2 / D₀=300 / d=50(絞り不可・別工法推奨の警告例)
深絞り用のSPCDでも、β=6.0 という超高絞り比は手に負えない。
- 入力: SPCD(σb=270MPa, LDR=2.3)/ D₀=300 / d=50 / t=1.2 / プレス油
- 結果: β=6.000 / LDR=2.3 / 5工程後 d₅≈59.5mm(>50)/ 判定: 絞り不可(processCount=6)
- 解釈: 5工程積み上げても目標径50mmには届かない。この領域はスピニング加工、液圧バルジ成形、プレフォーム+しごき組合せなど別工法の検討が必要。ツールがこの判定を明示することで、無駄な金型試作を未然に防げる。
ケース4: SUS304 t1.2 / D₀=80 / d=50 / 固体潤滑(単工程・難加工材)
ステンレスの単工程絞り。β=1.6 でLDR内だが、加工硬化が強いため潤滑管理が肝心。
- 入力: SUS304(σb=520MPa, LDR=2.0)/ D₀=80 / d=50 / t=1.2 / 固体潤滑(η=1.2)
- 結果: β=1.600 / LDR=2.0 / P=188.2 kN / n=1工程 / 可能
- 解釈: 1工程で絞れるが、必要絞り力は SPCC 同寸法の約1.4倍(SPCCなら約116kN相当)。潤滑は必ず固体潤滑(石鹸ベース/MoS₂)を使用し、プレス油では焼き付きリスクが高い。量産移行時は LDR=1.8〜1.9 で設計してマージンを取るのが定石。
ケース5: SPCC t1.0 / D₀=300 / d=150(しわ発生リスク)
β=2.0 は LDR 内で単工程可だが、t/D₀ が 0.0033 と極端に薄い大径ブランク。
- 入力: SPCC / D₀=300 / d=150 / t=1.0 / プレス油
- 結果: β=2.000 / 絞り可否: 単工程可 / t/D₀=0.0033 / しわリスク: 危険
- 解釈: 絞り力・工程数の観点では問題ないが、しわ発生リスクが高い領域。ブランクホルダー力 BHF の厳密な管理(板厚×σb の 0.5〜3%)が必須。可能なら板厚を 1.5mm に上げるか、D₀ を 200mm に下げてウィンドウを広げたい。
ケース6: A5052 t1.5 / D₀=90 / d=60(アルミ単工程・低荷重)
アルミ合金の単工程絞り。低荷重で済む典型例。
- 入力: A5052(σb=230MPa, LDR=1.95)/ D₀=90 / d=60 / t=1.5 / プレス油
- 結果: β=1.500 / LDR=1.95 / P=107.3 kN / n=1工程 / 可能 / 板厚減少率 約18%
- 解釈: β=1.5 は LDR=1.95 に対して十分な余裕があり、板厚減少率も20%以内で割れリスクは低い。アルミは鋼材より低荷重で絞れるため、小型プレス機でも対応可能。ただしアルミは摩擦係数が高めなので潤滑管理は入念に。
仕組み・アルゴリズム
候補手法の比較
深絞りの工程設計に使える手法は、大きく3つある。
-
理論式ベース(本ツールで採用): Siebel式+LDR+再絞り係数の組合せで β・n・P・板厚減少率を即算出。精度は±15%程度だが、パラメータ5つ程度で秒単位の検討が可能。金型設計の初期段階・材質比較・工程数の当たり付けに最適。
-
FEM(有限要素法)シミュレーション: Dynaform、AutoForm、LS-DYNA などの市販CAEで板材の塑性流動を解析する。摩擦・異方性・加工硬化・BHF分布まで再現できるが、メッシュ作成と計算に数時間〜数日、ライセンス費は年間百万円単位。量産化直前の最終検証向き。
-
LDR一覧表+手計算: 材質ごとのLDR値だけを表で参照し、あとはExcelや電卓で計算する。情報源が分散し、再絞り係数の適用・板厚変化の算出を人が毎回やる必要があり、ミスが混入しやすい。
本ツールは(1)に特化した。金型設計の打合せ中・客先電話中・スマホでの即断がターゲットで、「5秒以内に n と P と板厚減少率が出る」ことを設計目標にした。
参考: 日本塑性加工学会 / JIS Z 2247 エリクセン試験
計算フロー
1. 入力値パース: d, D0, t, σ_b, LDR, lubeCondition
2. β = D0 / d
3. η = LUBE_MAP[lubeCondition].eta // 1.1 / 1.2 / 1.3
4. 絞り力 P[kN] = π · d · t · σ_b · β · η / 1000
5. t/D0 を算出し、しわリスク判定: t/D0 が0.005未満 → wrinkleRisk=true
6. 工程数の分岐:
[β ≤ LDR]
processCount = 1
feasibility = 'possible'
板厚減少率 = 100 · (1 - β^(-0.5))
[β > LDR]
m_1 = 1 / LDR
m_coeffs = [m_1, 0.78, 0.81, 0.84, 0.86]
d_current = D0
for i = 1 to 5:
d_current = d_current * m_coeffs[i-1]
工程i径に記録
if d_current ≤ d:
processCount = i
feasibility = 'multiStage'
break
else: // 5工程でも届かず
processCount = 6
feasibility = 'infeasible'
7. 各工程の板厚減少率 = 100 · (1 - (D0/d_i)^(-0.5))
板厚減少率を (D₀/d_i)^(-0.5) で近似しているのは、体積保存の仮定から導かれるフランジ部の平均板厚変化だ。実際は開口部近傍で薄く、底面で厚く分布するが、工程設計の初期判定にはこの近似で十分。
計算例: SPCC D₀=150 / d=60 / t=1.0 を追ってみる
ケース2をステップバイステップで検証する。
材質: SPCC → σ_b = 320 MPa, LDR = 2.0
寸法: D0=150, d=60, t=1.0
潤滑: プレス油 → η=1.1
Step 1: β = 150 / 60 = 2.500
Step 2: β(=2.5) > LDR(=2.0) → 多工程領域
Step 3: 1工程目
m_1 = 1 / LDR = 1 / 2.0 = 0.500
d_1 = 150 × 0.500 = 75.0 mm
→ d_1(=75) > d(=60) なので続行
板厚減少率 = 100·(1 - (150/75)^(-0.5))
= 100·(1 - 2.0^(-0.5))
= 100·(1 - 0.7071)
= 29.3% // ※ 単工程換算の値
Step 4: 2工程目
m_2 = 0.78
d_2 = 75.0 × 0.78 = 58.5 mm
→ d_2(=58.5) ≤ d(=60) なので到達
processCount = 2, feasibility = 'multiStage'
板厚減少率 = 100·(1 - (150/58.5)^(-0.5))
= 100·(1 - 2.5641^(-0.5))
= 100·(1 - 0.6245)
= 37.6%
Step 5: 絞り力 P (1工程目の代表値)
P = π × 60 × 1.0 × 320 × 2.5 × 1.1 / 1000
= 3.1416 × 60 × 1.0 × 320 × 2.5 × 1.1 / 1000
= 165.9 kN
この結果から、「SPCCのt1.0でφ150ブランクからφ60カップを作るには2工程、初工程で約166kN、最終工程で板厚は約38%減少」という工程設計の骨子が即座に固まる。中間焼鈍は2工程なら省略可。板厚減少率が40%近くあれば割れリスクに注意し、金型クリアランスと潤滑管理を入念に詰める、という判断に繋がる。
他ツールとの違い
深絞りに関する情報源は世の中に三種類ある。LDR一覧表を載せた技術ブログ、有料の成形CAE、そして打抜きや曲げ用のプレス計算ツールだ。どれも一長一短で、どれか一つだけ見ていると工程設計のどこかが必ず抜ける。
LDR一覧表サイトは「SPCC なら 2.0、SPCD なら 2.3」といった値をまとめているが、そこで情報が止まる。β(絞り比)と並べて「単工程で絞れるか」を判定してくれるわけではないし、工程数を逆算してくれるわけでもない。絞り力の kN 値はどこにも書かれていない。表を暗記しても、実際の試作に落ちる時は結局計算機を叩き直すことになる。
**有料CAE(Dynaform・AutoForm)**は成形限界線図(FLD)まで描ける一方、ライセンスが年間数百万円級、モデル作成に数時間かかる。そこまでやるのは量産金型の最終検証フェーズで、試作の初期段階で「この径で絞れそうか」を30秒で掴みたいニーズとは解像度が違う。
press-punch-forceのdrawモードは Siebel 式による単工程の絞り力を計算できるが、β > LDR のケースで「何工程必要か」は返さない。板厚減少率も出さない。単工程で収まる前提の設計にしか使えない。
このツールは「LDR一覧表 + 工程数逆算 + 板厚変化 + しわリスク + 絞り力」を1画面に統合した。Siebel 式と再絞り係数 m₂=0.78 / m₃=0.81 / m₄=0.84 / m₅=0.86 をコード化し、5工程まで順次適用して工程数を返す。体積保存則から β^-0.5 で板厚減少率も出す。Web 上でワンタップ試算できる深絞りツールとしては、この統合が唯一の差別化点だ。
豆知識・読み物
なぜ SPCD は「深絞り専用」なのか
JIS G 3141 の冷延鋼板は SPCC・SPCD・SPCE・SPCF の4等級に分かれるが、この差は化学成分よりも**集合組織(texture)**の違いが本質だ。SPCD は圧延と焼鈍の条件を最適化して、{111}〈110〉 キュービック集合組織の発達率を高めている。この結晶方位が揃うほど r 値(塑性異方性係数、ランクフォード値)が上がり、板厚方向が薄くなりにくく、フランジ方向は流れやすくなる。結果として LDR が 2.3 まで伸びる。
SPCC の r 値は 1.0 前後、SPCD は 1.6〜2.0 に達する。同じ軟鋼でも、結晶の向きを揃えるだけで絞れる深さが 15% 増す。冶金学の世界では地味だが、深絞り現場には巨大な差だ。詳しくは Wikipedia: 深絞り加工 を参照。
エリクセン値 IE と LDR の相関
JIS Z 2247 のエリクセン試験は、球頭ポンチで板を押し込み破断するまでの押込み深さを mm で測る。これが IE 値で、板の「絞り張り出しのしやすさ」を簡易評価する指標。現場では LDR と混同されがちだが、測っている物理が違う。IE は張り出し(biaxial stretch)、LDR は深絞り(deep draw)。
ただし経験則として、IE ≈ 0.3 × σb + 5(SPCC 換算)のような緩い相関があり、IE=11mm 前後の材料は LDR≈2.0、IE=13mm なら LDR≈2.3 と推定できる。試験片が小さく済むエリクセン試験で一次スクリーニングし、候補材を絞ってから実ブランクで LDR を確認する、という流れが一般的だ。
缶コーヒーは「3工程」で作られている
市販の缶コーヒー(いわゆる DI 缶・Drawn & Ironed)は、D₀≈140mm のアルミブランクから φ66mm×H105mm の容器を作る。β は約 2.1 で、絞り1工程+しごき2工程の構成が一般的。絞りだけなら単工程で収まる比率だが、板厚を 0.3mm → 0.11mm まで薄くするしごきが量産経済性の鍵になる。
絞りで「形を作り」、しごきで「薄く伸ばし原料を節約する」二段構成。アルミ1枚から作れる缶の数が 3割増しになるため、コスト差が莫大だ。
テーラード・ウェルデッド・ブランク(TWB)
異なる板厚・材質の鋼板をレーザー溶接で一枚にしたブランク。自動車のサイドメンバーなどで使われる。絞りたい部分だけ厚板、意匠面は薄板、という組み合わせで軽量化と剛性を両立させる。深絞り挙動は継ぎ目付近で複雑になり、継ぎ目の位置次第で LDR が 10〜20% 下がる。溶接線を流動方向に対してどこに配置するかで成否が決まる、職人技の領域だ。
Tips
- 初工程は LDR の 95% までに抑える:理論 LDR ギリギリで設計すると、材料ロット差・潤滑ムラで即破断する。SPCC なら β=1.9 までに収めて余裕を確保。
- 中間焼鈍は n≥3 で検討:2工程までなら加工硬化でも絞れる。3工程以上になると冷間加工による硬化で延性が尽きるので、2工程目と3工程目の間で焼鈍(600〜700°C×30分)を挟む。
- ブランクホルダー力は板厚×σb の 0.5〜3%:しわ抑えすぎると破断、緩すぎるとしわ。目安は
BHF ≈ π × D₀ × t × σb × 0.015。 - SUS は2工程目から潤滑を強化:加工硬化で σb が 1.5 倍に跳ねるため、プレス油から固体潤滑(MoS₂・塩化パラフィン)へ切り替える。
- t/D₀ が0.005未満なら設計を見直す:薄すぎるブランクは必ずしわる。板厚を上げるか、ドローダイのしわ押さえ条件を再検討。本ツールのしわリスク警告も判断材料に。
FAQ
角筒絞りにも使える?
本ツールは円筒深絞り専用だ。角筒は四隅と辺で流動抵抗が大きく違い、Siebel 式や LDR の単純な比較では判定できない。角筒の場合は等価直径(対角線長さ×0.9 程度)で当たりをつけた後、実試作か専用CAEで詰めることになる。
ただし、四角形の対角寸法を D₀ に読み替えて単工程可否だけ目安を出す、という荒い使い方は可能。あくまで「絞れるかもしれない目安」であり、工程数や板厚変化は信用しない方がいい。
エリクセン値 IE から LDR に換算できる?
厳密な換算式は存在しない。張り出しと深絞りで応力状態が違うため、材料によって相関が変わるからだ。とはいえ経験的に、同じ材種内では IE と LDR は緩く相関する。
目安として、SPCC 系冷延鋼なら IE=10mm → LDR≈1.95 / IE=11mm → LDR≈2.0 / IE=13mm → LDR≈2.2 程度。エリクセン試験は安価で試験片も小さいため、候補材の一次選別にはよく使われる。ただし最終選定は実際のブランクで LDR を測るのが原則だ。
しごき加工との違いは?
深絞りは板を円板からカップ形状に流動させる加工で、板厚はほぼ保たれる(数%減少)。**しごき(アイアニング)**はダイとポンチの隙間を板厚より狭くして、カップの側壁だけを薄く伸ばす加工だ。
缶コーヒーの DI 缶(Drawn & Ironed)は深絞り1工程でカップを作り、続くしごき2工程で側壁を 0.11mm まで薄くする。本ツールは深絞り部分のみを計算する。しごきによる薄肉化は対象外だ。
温間深絞り(加熱しながら絞る)には使える?
**使えない。**本ツールは常温(20〜30°C)を前提にしている。温間深絞り(200〜400°C)では σb が大きく下がり、延性が上がるため LDR が 10〜30% 伸びる。マグネシウム合金や高強度鋼の深絞りで採用される手法だが、温度依存の σb データと再絞り係数が変わるため、本ツールの計算結果は使えない。
温間条件を試算したい場合は、σb に温間値(例: SPCC 250°C で 180MPa 程度)を手動入力し、LDR も実験値で上書きしてから使ってほしい。目安としての力計算だけは流用できる。
再絞り係数 m₂=0.78 等の根拠は?
再絞り係数は経験値で、日本塑性加工学会の教科書や『プレス板金加工便覧』で広く引用されている値を採用している。m₂=0.78 / m₃=0.81 / m₄=0.84 / m₅=0.86 は冷延鋼板(SPCC・SPCD)の標準値。
アルミ合金は 0.02 ほど厳しく、SUS は 0.03 ほど厳しく設計するのが現場の肌感覚。本ツールは鋼板ベースで保守側に寄せているため、アルミでも工程数が過大評価になるリスクは小さい。どうしても実機データと差が出る場合は、材質プリセットを custom にして σb と LDR を実測値で上書きしてほしい。
ブランクホルダー力(BHF)は計算してくれる?
現時点では出していない。BHF は材質・板厚・潤滑・ダイ R・ブランク径の非線形関数で、精度よく出すには成形CAE が必要だからだ。
実務では BHF ≈ π × D₀ × t × σb × (0.005〜0.03) という範囲で当たりをつけ、試作時にしわと破断を見ながら追い込むのが一般的。本ツールの絞り力 P に対して BHF を P の 10〜30% にする目安なら外さない。将来的には BHF の最適値計算機能を追加する予定だ。
まとめ
深絞りは「絞り比・LDR・絞り力・工程数・板厚減少率・しわリスク」の6変数を同時に見ないと設計判断ができない加工で、どれか一つが抜けると試作で必ず痛い目を見る。本ツールは材質と寸法を入れるだけで、この6つが1画面に揃う。量産金型CAEの前段、試作の初期判断用として使ってほしい。
打抜き工程のトン数は プレス打抜きトン数計算、ブランク径の算出は 板金展開長計算、曲げ工程の力は プレス曲げ力計算、そして打抜き・絞りのダイ隙間は プレスクリアランス計算 が並走できる。プレス金型設計の周辺ツールを組み合わせれば、試作前の机上検討はほぼ完結する。
計算結果に疑問があればお問い合わせまで。実機データとの差分報告も歓迎する。
Mahiro
Mahiro Appの開発者。試作の深絞り金型で何度も底抜けを経験してきた筆者が、工程設計会議でスマホ即答できるよう、β・LDR・n・P・板厚変化・しわリスクを1画面に統合したツールです。
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