90°のつもりが92°に開いた試打、もう要らない
プレスブレーキのダイに板をセットして、フットスイッチを踏み込む。パンチが下死点で止まった瞬間は確かに90°だった。しかし型から外して分度器を当てた瞬間、先端が92°に開いている。ノギスで測り直しても角度は戻らない。これがスプリングバックだ。
V曲げに携わる人なら、一度は経験したはずの現象。「板材が思った以上に戻る」ことは知っているのに、「何度戻るか」を事前に数字で言える人は現場でも多くない。結果として試打を3回、4回と繰り返し、ダイ角度を削り込み、金型修正の1時間を毎回溶かす。HT590のような高張力鋼では戻り量が1°を超えることも珍しくなく、公差0.5°を要求される自動車部品では致命的になる。
このツールは、材質・板厚・曲げ半径・目標角度の4つを入力するだけで、戻り角 Δθ・戻り係数 K・補正パンチ角度 θ_p を即座に返す。SAE J911 の3次式を主計算に据え、Gardiner 経験式による値も並列で表示する。6材質のプリセットを用意したので、SPCCからSUS304・HT590までワンタップで切り替えて比較できる。試打前に「このダイは何度で叩けばいいか」を数字で握っておけば、初回打ちから公差内に収まる確率が跳ね上がる。
なぜ作ったのか
V曲げのスプリングバック計算は、板金業界では50年以上前から研究されている古典的テーマだ。SAE J911、Gardiner、Queener-De Angelisなど、複数の近似式が提案されている。にもかかわらず、「材質を選ぶだけで戻り角と補正パンチ角を一気に出す」Webツールは、調べた限り日本語圏にはほぼ存在しなかった。
見つかるのは大きく3種類。1つ目はExcelテンプレの配布サイトで、ダウンロード後に材料定数を手打ちする手間がある。2つ目は式を丸写しで載せただけの解説ブログで、実際に数値を入れて試せない。3つ目は海外のCAEベンダーの有料シミュレーション(AutoForm、PAM-STAMP等)で、数百万円のライセンスが必要。現場で試打の前に10秒で答えを出したいだけなのに、どれも重すぎる。
さらに、スプリングバック計算には「どの式を使うか」という悩みがつきまとう。SAE J911は規格化されているが一次近似では材質差が出にくく、Gardinerは材質係数があるが論文が古くアクセスしにくい。「両方の値を並べて見られれば、現場が納得して試打値を決められる」——この一点が既存ツールでは満たせなかった。
もう1つの動機は、SUS304の加工硬化問題。オーステナイト系ステンレスは曲げ加工中に組織がマルテンサイト化し、降伏応力が局所的に上昇する。単純な SAE J911 では戻り角を過小評価しがちで、試打して「あれ、計算より戻ってる」と現場が戸惑う。このツールでは workHardening = 0.95 の補正項を分離し、理論値と現実のギャップを可視化した。
筆者自身、7冊目のKindle(板金プレス設計本)の第3章執筆中に「読者が手を動かして戻り角を体感できる場を作らねば、本の内容が絵に描いた餅になる」と気づき、書籍の数値例と同じ入力を試せるツールが欲しくなった。それがこの springback-predict を作った一番の動機だ。
スプリングバックとは何か(弾性回復の第一原理から)
弾性変形と塑性変形の境界
金属をゆっくり曲げていくと、最初は「手を離せば元に戻る」弾性変形の領域にいる。力を抜けばバネのように復元する。ところが降伏点(σy)を超えて曲げ続けると、金属内部の結晶格子がずれて塑性変形が始まる。塑性変形は不可逆で、手を離しても完全には戻らない。
ただし現実の曲げ加工では、この2つが同時に起きている。板の外側(凸側)は強く引き伸ばされて塑性域に入っているが、中立軸近傍の繊維は弾性域にとどまったまま曲げられている。型から離した瞬間、弾性域の繊維が「元に戻ろう」として全体を押し戻す。この戻り量がスプリングバックだ。
イメージとしては、濡れたスポンジに硬いプラスチック棒を突き刺して曲げたような状態。スポンジ部分(塑性)は曲がったまま残るが、プラスチック棒部分(弾性)が「まっすぐに戻ろう」として全体の角度を少し開かせる。
σy・E・R・t の4因子がなぜ効くか
弾性回復量を決めるのは、以下の4つだ。
- 降伏応力 σy(MPa): 塑性化する応力の閾値。σy が高いほど、弾性域にとどまる繊維の割合が大きく、戻りも大きい
- ヤング率 E(GPa): 弾性域での応力-ひずみ比の傾き。E が大きいほど弾性ひずみが小さく、戻りは小さい
- 内側曲げ半径 R(mm): 曲げ半径が大きいほど外側の塑性ひずみが小さくなり、弾性域の割合が増えて戻りも大きい
- 板厚 t(mm): 板が厚いほど曲げモーメントに対する断面係数が大きく、塑性域が相対的に深くなって戻りは小さい
これら4因子を組み合わせた無次元量 x = (σy × R) / (E × t) がスプリングバックの指標になる。これは「弾性ひずみ / 幾何的な曲げひずみ」の比を表しており、x が大きいほど弾性回復の割合が高く、戻り角も大きくなる。
SAE J911 の3次式
米国自動車技術者協会(SAE)の規格 J911 では、戻り係数 K を次の3次式で近似する。
K = 1 - 3x + 4x³
K は「型から外した後の曲げ角 / 型押下中の曲げ角」の比で、通常 0.9〜1.0 の値をとる。K = 1.0 は「全く戻らない完全塑性」、K が小さいほど戻りが大きい。この式は Bauer-Heyn モデル(純粋曲げの弾塑性解析)から誘導されており、工学的精度として実用十分と認められている。詳しくは スプリングバック - Wikipedia(英語版) を参照。
戻り角 Δθ はこの K を使って Δθ = θ₀ - K × θ₀ = (1 - K) × θ₀ で計算でき、補正パンチ角度 θ_p は θ_p = θ₀ + Δθ で与えられる。つまり「90°の部品が欲しければ、ダイを 90 + Δθ 度で叩け」という実務指示に直結する。
試打コスト・不良率から見る実務的重要性
スプリングバックを読み違えると、現場で何が起きるか。代表的な実害を3つ挙げる。
1. 試打の繰り返しによる工数ロス。プレス試打は1回あたり金型セットアップに30〜60分、角度測定に10分、ダイ修正と再研磨に1〜2時間を要する。補正角を仮決めせず「とりあえず90°のダイで叩いて、ズレたら削る」運用を続けると、1部品につき3〜4回の試打が標準となり、金型費用に直接跳ね返る。試打1回を減らせば工数ベースで1〜2万円の節約だ。
2. 量産クレームの遡及対応。自動車部品の角度公差は±1°、精密機器は±0.5°が一般的だ。HT590級の高張力鋼は材料ロットによって σy が±30MPa程度ばらつき、これが戻り量に換算すると0.3〜0.5°の変動を生む。公差0.5°の製品では、同じダイで加工していても一部が不良品になるケースが出る。ロット切り替え時にスプリングバックの再計算をしていないと、数万個単位の在庫が出荷停止になる。
3. JIS Z 2248曲げ試験との不整合。JIS Z 2248(金属材料曲げ試験)では曲げ性を評価する標準試験が規定されているが、試験で使う内側曲げ半径(一般に板厚の1〜4倍)を決める際、スプリングバックを無視すると実曲げ角度が規定値からずれる。研究開発段階でこの不整合が残ると、後工程の量産設計まで誤差が伝播する。
特にR/t比が1.0を下回る小半径曲げでは、割れと戻りの両方を同時に評価する必要がある。最小曲げ半径の指標は JIS G 3135 SPFC や JIS G 3141 SPCC のカタログ値に記載されており、R/t < 1.0 では割れリスクが跳ね上がる。本ツールは R/t 比を3段階(safe/caution/danger)で即座に判定するので、「戻り角だけ計算して割れを見落とす」事故を防げる。
活躍する場面
試作初回の金型設計。CADでダイ形状を描く前に、目標角と補正角の差を10秒で確認できる。設計レビュー資料に「θ_p = 91.5°」と数字で根拠を添付できる。
HT590量産の公差管理。自動車ピラー部品などでは板厚・板幅・ロットが変わるたびに戻り量が揺れる。条件を変えた10ケースを30秒で計算して、最悪ケースの補正角を量産ダイに落とし込む。
SUS難削材の加工硬化補正。SUS304は加工硬化で K が5%下がる。本ツールは workHardening = 0.95 を自動で乗じるため、現場の「理論値と実測のズレ」を事前に織り込める。
小ロット鈍角曲げの金型流用判定。θ₀ = 120° のような鈍角曲げは既存ダイでの流用検討が多い。Δθ を即座に計算し、流用可否を数字で判断できる。
基本の使い方
- 材質を選ぶ: SPCC/SS400/SUS304/A5052/SPHC/HT590 の6種、またはカスタム入力。σy・E が自動でセットされる。
- 寸法と目標角度を入力: 板厚 t、V幅 W、内側曲げ半径 R、目標曲げ角 θ₀ を入力。代表ケースプリセット5件からワンタップ呼び出しも可能。
- 結果を読み取る: 戻り係数 K・戻り角 Δθ・補正パンチ角度 θ_p が即時表示される。SAE J911 と Gardiner の両式を並列比較し、R/t 比の曲げ可否判定も同時に確認できる。
R/t < 1.0 で割れ警告、K が物理範囲(0〜1)外で入力異常警告が表示される。現場では θ_p をダイ角度の初期値として試打し、1回で公差内に収まるかを確認する流れになる。
具体的な使用例・検証データ
6ケースで「入力 → K → Δθ → 補正角」の流れを検証した。すべて実装と突き合わせ済みの数値である。
| 材質 | t (mm) | R (mm) | θ₀ (°) | K | Δθ_SAE (°) | Δθ_Gardiner (°) | θ_p (°) | R/t | 判定 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| SPCC | 1.0 | 2.0 | 90 | 0.9939 | 0.55 | 0.18 | 90.55 | 2.00 | safe |
| SUS304 | 1.6 | 3.0 | 90 | 0.9443 | 5.01 | 0.23 | 95.01 | 1.875 | safe |
| A5052 | 2.0 | 4.0 | 90 | 0.9816 | 1.66 | 0.39 | 91.66 | 2.00 | safe |
| HT590 | 1.2 | 3.0 | 90 | 0.9846 | 1.38 | 0.51 | 91.38 | 2.50 | safe |
| SPCC | 2.0 | 1.0 | 90 | 0.9985 | 0.14 | 0.05 | 90.14 | 0.50 | danger |
| SPCC | 3.2 | 5.0 | 120 | 0.9952 | 0.58 | 0.19 | 120.58 | 1.56 | safe |
ケース別の解釈
SPCC t1.0/R2.0/θ₀=90°(標準V曲げ): 入力 σy=210MPa / E=205GPa で K=0.9939、戻り角は0.55°。補正パンチ角 90.55° で叩けば、型から外した後に90°近辺に収まる。一般的な鉄板の標準ケースで、公差±1°の部品なら試打1回で収束する。
SUS304 t1.6/R3.0/θ₀=90°(難加工材): E=193GPa と鋼より低く、さらに workHardening=0.95 が乗るため K=0.9443 まで下がる。戻り角は5.01°と大きく、補正パンチ角95°のダイが必要。ここを SAE J911 単体で計算すると K=0.9940 となり戻り量を大幅に過小評価する。加工硬化補正の有無が実用上の死活問題となるケース。
A5052 t2.0/R4.0/θ₀=90°(アルミ軟材): σy=215MPa は鋼と同等だが、E=70GPa と鋼の約1/3。結果として戻り角1.66°と鋼の3倍近くになる。「アルミは戻る」という現場感覚が数値で裏付けられる典型例だ。
HT590 t1.2/R3.0/θ₀=90°(高張力鋼): σy=420MPa と鋼の2倍、戻り角は1.38°。自動車構造部材でよく使われる材種で、公差0.5°を要求される部品では補正パンチ角91.4°を外せない。材料ロットによる σy ±30MPa のばらつきが戻り角±0.1°として効いてくる。
SPCC t2.0/R1.0/θ₀=90°(小R曲げ): R/t=0.5 で割れ判定 danger。戻り角は0.14°と小さいが、そもそも割れリスクが高く曲げ成立性を見直すべきケース。Δθ だけ見て OK を出さず、R/t 警告を優先する使い方を示す。
SPCC t3.2/R5.0/θ₀=120°(鈍角曲げ): 鈍角側の曲げ。戻り角0.58°、補正パンチ角120.58°。鈍角曲げはスプリングバック影響が小さいので既存ダイの流用検討がしやすいが、R/t=1.56 で caution 寄りなので板取り方向の確認を推奨する。
Gardiner と SAE の値に差があるのは、Gardiner は一次近似で材質係数 c を掛ける形式のため、絶対値より「材質間の相対比較」に強い。一方 SAE は3次式で絶対値の精度が高い。実務では SAE を基準にし、Gardiner を「材質間の相対感覚をつかむための補助指標」として使うのが良い。
仕組み・アルゴリズム
候補手法の比較
スプリングバック計算の近似式には主に3系統ある。
- SAE J911 簡易式(採用):
K = 1 - 3x + 4x³の3次式。Bauer-Heyn モデルを基に米国自動車技術者協会が1960年代に規格化。全材質共通で使え、σy/E × R/t を無次元化した x の関数として戻り係数を直接返す - Gardiner経験式(並列比較):
Δθ = c × (σy/E) × (R/t) × θ₀の一次近似。材質係数 c を掛けて現場感覚を反映。1957年のGardiner論文が出典で、アルミ・ステンレス・鋼で c=0.7〜1.3 の補正値が使い分けられる - Queener-De Angelis 式: 板厚方向の応力勾配を積分した4次式。精度は高いが計算重くパラメータも多い
SAE J911を主式に採用した理由は、(a)式が簡潔で数値感覚を理解しやすい、(b)規格化されており権威的な引用先がある、(c)工学精度(誤差±10%程度)で実用十分、の3点だ。一方Gardinerは「材質差をざっくり感じ取る」用途に強いため、並列表示で補完する。
実装詳細(計算フロー)
// 1. 入力パース・単位変換
t = parseFloat(thicknessStr) // mm
R = parseFloat(innerRadiusStr) // mm
theta0 = parseFloat(targetAngleStr) // °
sigmaY = parseFloat(yieldStrengthStr) // MPa
E_MPa = parseFloat(youngModulusStr) * 1000 // GPa → MPa
// 2. 無次元パラメータ
x = (sigmaY * R) / (E_MPa * t)
// 3. SAE J911 3次式
kSae = 1 - 3*x + 4*Math.pow(x, 3)
kFinal = kSae * workHardening // SUS304のみ0.95、他1.0
// 4. 角度計算
theta1 = kFinal * theta0
deltaThetaSAE = theta0 - theta1
punchAngle = theta0 + deltaThetaSAE
// 5. Gardiner 並列比較
deltaThetaGardiner = gardinerC * (sigmaY / E_MPa) * (R / t) * theta0
// 6. R/t 判定
ratioRT = R / t
bendabilityLevel =
ratioRT < 1.0 ? 'danger' :
ratioRT < 1.5 ? 'caution' : 'safe'
σy/Eを無次元化する理由は、金属の機械的挙動において「弾性ひずみ ε_e = σy/E」が支配変数になるからだ。たとえば σy=210MPa / E=205GPa の SPCC では ε_e = 0.001024 となり、これが「曲げ外面のひずみ R/t に対してどれだけ弾性が残るか」を表す。単位のついた数値を直接扱うと材質比較が面倒だが、σy/E と R/t の積として無次元化すれば1つの x で戻り量を決められる。
加工硬化補正(workHardening=0.95)の根拠は、SUS304でマルテンサイト変態が起きることにある。冷間曲げ中に局所温度が上昇し、加工速度によっては変態硬化で降伏応力が見かけ上上昇する。結果として単純な SAE J911 では戻り量を約5%過小評価するため、K に0.95を乗じて補正する。この値は社内試験・文献値(日本塑性加工学会の報告)に基づく現場調整係数で、厳密な物理導出値ではない。
数値例: SPCC t1.0 / R2.0 / θ₀=90°
実装を追いかける形で1ステップずつ計算する。
// 入力
t = 1.0 // mm
R = 2.0 // mm
theta0 = 90 // °
sigmaY = 210 // MPa
E_MPa = 205 * 1000 = 205000 // MPa
// 無次元パラメータ
x = (210 × 2.0) / (205000 × 1.0)
= 420 / 205000
= 0.00204878
// K_SAE(3次式)
kSae = 1 - 3 × 0.00204878 + 4 × (0.00204878)³
= 1 - 0.00614634 + 4 × 8.6e-9
= 1 - 0.00614634 + 0.0000000344
≈ 0.99385
// SPCCは workHardening = 1.0
kFinal = 0.99385 × 1.0 = 0.9939(小数4桁表示)
// 角度計算
theta1 = 0.9939 × 90 = 89.45°
deltaThetaSAE= 90 - 89.45 = 0.55°
punchAngle = 90 + 0.55 = 90.55°
// Gardiner並列(c=1.0)
deltaThetaGardiner
= 1.0 × (210 / 205000) × (2.0 / 1.0) × 90
= 1.0 × 0.001024 × 2 × 90
= 0.1844°
≈ 0.18°
// R/t判定
ratioRT = 2.0 / 1.0 = 2.00 → safe
結果: K=0.9939、Δθ=0.55°、θ_p=90.55°。これは実装のテストベクトルと一致する。Gardinerの0.18°との差(0.37°)は、SAEが3次式で高次項まで含むのに対しGardinerが一次近似で c=1.0(鋼)を使う定義の違いに由来する。両式は近似思想が違うため、ずれが出るのは正常で「どちらが正しいか」ではなく「両方の幅で見て試打計画を立てる」使い方が実務的だ。
他ツールとの違い
スプリングバックを扱うツールはいくつか存在する。でも「6材質プリセット+補正パンチ角を1画面で並べて読める Web ツール」は見当たらなかった。ここが本ツール独自の立ち位置だ。
まず Excel テンプレ配布系。金型メーカーや大学の講義資料として PDF・xlsm で配られているタイプ。精度は悪くないが、材質係数を手で入れ直し、式を壊さないようシートを守る必要がある。現場のタブレットや iPad で開くと列崩れ・マクロブロックで動かない。スマホでは実質使えない。
次に 式の丸写しサイト。SAE J911 式を掲載して「代入してください」で終わっているブログ記事が多い。数値を入れて結果を読むところまで自動化されておらず、電卓で σy/E × R/t を叩き直す羽目になる。材質ごとの c 係数も表で探すしかなく、横断比較が面倒。
そして 海外有料 CAE。AutoForm や PAM-STAMP のような本格派は、スプリングバック予測の最終兵器だ。ただしライセンス費は年数百万円で、メッシュ切りから FEM 計算までの習熟コストが高い。試作前の 10 分で「この材質・この R で何度戻るか」を知りたい初期検討には過剰だ。
本ツールは、SAE J911 と Gardiner 式を両方並列計算し、6材質プリセットの σy・E を選ぶだけで補正パンチ角 θ_p を即時提示する。Excel の設定不要、電卓も不要、ライセンスも不要。試打前の 10 分の仮決めに特化し、量産補正は従来どおり実測で詰める——この役割分担がはっきりしている点が既存ツールと違う。R/t 判定と加工硬化補正(SUS304 は K×0.95)まで内蔵しているのも、式を丸写ししただけのサイトにはない実務配慮だ。
豆知識・読み物
SAE J911 はなぜ板金業界のデファクトになったのか
SAE J911 は Society of Automotive Engineers が制定した板金成形関連の規格で、自動車ボディパネルのスプリングバック予測式として 1960 年代から現場に根付いた。当時は米国ビッグ3のプレス現場が試打ロスで悩み抜き、「σy・E・R・t の4因子で戻り角を読めないか」という実需から生まれた。規格番号は J が自動車規格、911 が成形加工群の通し番号で、緊急番号の 911 とは関係ない。詳細は SAE J911 の公式ページ で確認できる。
Gardiner 1957 年論文の存在感
もう一つの本命 Gardiner 式のルーツは、F.J. Gardiner が 1957 年に "The Springback of Metals" というタイトルで発表した古典論文だ。戦後の航空機産業がジュラルミン板の曲げで悩み抜いた時代背景があり、「弾性回復は無次元量 x = σy·R/(E·t) の一次関数で近似できる」という大胆な仮説を立てた。以降 60 年以上、現場の一次推定として生き延びている。SAE J911 が 3 次式で精度を追うのに対し、Gardiner は「暗算できるシンプルさ」を武器に別の市場を築いた格好だ。
アルミが鋼より 3 倍戻る理由
ヤング率 E を比べると鋼が 205 GPa、アルミ A5052 が 70 GPa でちょうど 1/3。SAE J911 式の中で E は分母に立っているので、E が 1/3 になれば戻り係数 K の減少分(=戻り角)は約 3 倍になる。アルミサッシや航空機外板が「曲げたのに戻ってくる」と言われるのはこの式の必然だ。σy がほぼ同じ(鋼 SPCC=210 MPa、A5052=215 MPa)でも、戻り角はここまで差がつく。
テーラードブランクの局所スプリングバック
近年の自動車業界では、1 枚の板の中で板厚や材質を変える「テーラードブランク」が主流化した。高強度部(HT590)と延性部(SPCC)が溶接で繋がっているため、同一プレスでも戻り角が局所的にバラつく。本ツールは単一材質前提だが、部位ごとに材質を切り替えて仮計算することで、「どちらの領域がより戻るか」の感覚を掴む用途に使える。詳細は 板金プレス成形の概論 も参考になる。
Tips
- 試打 1 回目はオーバーベンド +0.5° から:本ツールの補正角 θ_p は理論値なので、初回試打では θ_p にさらに +0.5° 被せると安全側に寄せられる。微調整で戻す方が、不足で追い叩きするより手戻りが少ない。
- 金型 R は板厚の 1.5 倍を基本に:R/t < 1.0 は割れリスク、R/t ≥ 1.5 で割れ余裕が出る。本ツールの判定はこのライン。設計初期は
R = 1.5 × tをスタート値にすると事故が減る。 - HT590 の σy は熱処理履歴で ±30 MPa ブレる:調質・圧延ロット・保管期間で公称 420 MPa から ±30 MPa は動く。量産前にロット実測 σy を入手して本ツールに入れ直すと、補正角の精度が 0.2° オーダーで変わる。
- プリセットで材質比較が早い:同じ R・t・θ₀ のまま SPCC → HT590 → A5052 と材質だけ切り替えると、戻り角が 3〜10 倍のオーダーで動くのが一画面で見える。図面レビューで「なぜアルミの方が戻るの?」と聞かれたときの説明用にも使える。
- Gardiner 式が小さく出る理由:Gardiner は一次近似のため、R/t が小さい領域で SAE J911 より Δθ を小さく見積もる傾向がある。両式の差が 1° 以上開いたら、SAE J911 側を採用するのが無難だ。
FAQ
L 曲げや U 曲げにも使える?
本ツールは V 曲げを前提にチューニングしている。L 曲げは片持ち梁的な変形でフランジ長の影響が強く、U 曲げは側壁のたわみ(side wall curl)が加わるため、SAE J911 単独では読み切れない。V 曲げで得た Δθ を基準値として、L 曲げなら ×1.2、U 曲げなら ×1.5 の補正を手動で掛けるのが現場の目安になっている。正確な予測には FEM 解析が必要。
温間曲げや熱間曲げのスプリングバックも予測できる?
現時点では常温前提の式を採用しているため、温間(150〜400℃)・熱間(500℃以上)には対応していない。温間では σy が 20〜40% 低下し E もわずかに下がるため、Δθ は常温比で 30〜60% 減る傾向がある。HT590 や Ti 合金を温間曲げする場合は、σy の温度依存データをメーカーから入手し、カスタム材質で σy を書き換えて使うと近似はできる(ただし式自体の温度補正は未反映)。
圧延方向(L 方向・T 方向)で戻り角は変わる?
変わる。圧延方向に対して 0°(L)と 90°(T)で σy が数〜10% 異なる異方性があり、Δθ も数 % 変動する。自動車ボディパネルの厳密設計ではこの異方性を考慮するが、本ツールは等方材質前提で簡略化している。圧延方向による差を織り込みたい場合は、材質メーカーのミルシートから L 方向・T 方向それぞれの σy を取得し、カスタム材質で切り替えて両ケースを計算すると差が見える。
SAE J911 と Gardiner で結果が違うのはなぜ?どちらを信じれば良い?
両式は近似手法が違うから差が出る。SAE J911 は無次元量 x = σy·R/(E·t) の 3 次式で弾性回復を表現し、R/t が小さい領域まで精度を保つ。一方 Gardiner は同じ x の一次近似なので、x が小さい領域(R/t が小さい・σy が小さい)で Δθ を過小評価する傾向がある。実務ではまず SAE J911 の値を採用し、Gardiner は「桁感の検算」として並列表示している。両式の差が 1° を超える場合は、試打の変動幅もそれ以上あると想定して補正余裕を確保するのが安全側。
高張力鋼 HT980 や HT1180 もプリセットに入れてほしい
現状は HT590 までをプリセット化しているが、σy 780 MPa・980 MPa・1180 MPa クラスは custom 材質で σy を書き換えれば計算できる。E は鋼系なので 205 GPa のまま流用可能。ただし超高張力鋼(UHSS)は加工硬化指数 n の影響が強く、SAE J911 の簡易式では誤差が数 % 乗る。量産補正は実測値で詰めるのが前提。
まとめ
スプリングバックは式で読める。6 材質プリセットと σy・E の手入力を組み合わせれば、試打前に補正パンチ角 θ_p を 1 分で仮決めできる。まずはプリセット 5 件で感覚を掴んでほしい。関連ツールとして、曲げ荷重を事前に見積もる /press-bend-force、展開長を出す /sheet-metal-unfold、抜き荷重を確認する /press-punch-force を組み合わせれば、板金プレス工程の初期設計が一通り回る。疑問点や材質プリセット追加要望はお問い合わせまで気軽にどうぞ。
Mahiro
Mahiro Appの開発者。プレス金型のスプリングバック補正で試打ロスを削った経験から、SAE J911 と Gardiner 両式を並列表示するツールを作った。Kindle『板金プレス設計』執筆中の検算用途から生まれた現場直結ツールだ。
運営者情報を見る