「この溶接、持つ?」を現場で即答できるツール
鉄骨フレームの接合部に荷重がかかるとき、「この溶接サイズで本当に安全なのか」と不安になる場面は設計者なら避けて通れない。のど厚を算出し、有効断面積を出し、許容応力を掛けて……単純な式なのに毎回電卓を叩くのは面倒だし、桁を間違えるリスクもある。
溶接強度計算シミュレーターは、溶接タイプ(すみ肉・突合せ)、寸法、材質、荷重を入力するだけで許容荷重と安全率を即座に算出するブラウザツールだ。すみ肉溶接では片側・両側の溶接線本数も選べるし、組合せ荷重ではフォンミーゼス相当応力 σ_eq = √(σ² + 3τ²) による正確な評価ができる。断面図のSVGイラストが入力に連動して変化するから、今どんな溶接条件を設定しているのか視覚的に把握できる。計算はすべてブラウザ内で完結するので、現場でスマホから手軽に使える。ワンタップで結果をコピーして報告書に貼り付けるのも簡単。
現場の電卓をブラウザに置き換えたかった
開発のきっかけ
前作の「ボルト強度・破断モード診断」を公開した後、「溶接版も欲しい」という声が多かった。ボルトは規格品だから表引きで済むが、溶接は脚長・溶接長さ・材質の組合せが無限にあるので、毎回の手計算がボルト以上に面倒だ。
既存の溶接強度計算サイトをいくつか試したところ、多くがフォーム送信型で結果表示にページ遷移が必要だった。入力値を微調整するたびにリロードが入るのはストレスが大きい。「脚長を6mmから8mmに変えたらどうなる?」をリアルタイムで確認できるSPA型ツールが見当たらなかったので、自分で作ることにした。
設計で重視したこと
- すみ肉と突合せの両対応: 実務では両方使う場面が多いのに、片方しか対応しないツールが意外と多い。切替ボタン1つで両方計算できるようにした
- 材質プリセット: SS400・SM490・SUS304の許容応力を内蔵。数値を覚えていなくても選ぶだけでOK。上級者向けにカスタム入力も可能
- 3種類の荷重モード: 引張・せん断・組合せ(ミーゼス相当応力)に対応。突合せ溶接のせん断評価や、実際の複合荷重にも使える
- SVG断面図: すみ肉ならT継手の三角ビード、突合せなら板の突合せ部を図示。荷重方向の矢印も安全率の色に連動する
溶接強度の基礎知識 — のど厚・許容応力・安全率とは
溶接部の強度を評価するうえで欠かせない基本概念を、ここで整理しておこう。「公式を暗記する」よりも「なぜその数値が強度を決めるのか」を理解する方が、設計判断の精度が上がる。
すみ肉溶接 のど厚 とは
すみ肉溶接は、T字やL字に配置した母材の隅に三角形のビード(溶着金属)を盛る溶接方法。開先加工が不要で施工が簡単なので、鉄骨構造物の大多数の接合部に使われている。
すみ肉溶接の強度を決める最も重要なパラメータが**のど厚(throat thickness)**だ。これは溶接ビード断面の三角形における「最も薄い部分の厚さ」にあたる。イメージとしては、直角三角形のケーキを切ったとき、斜辺に垂直に測った最短距離が「のど厚」に相当する。
等脚すみ肉溶接(脚長が上下同じ)の場合、のど厚は幾何学的に次の式で求まる:
のど厚 a = 脚長 s × cos(45°) = s × 1/√2 ≒ s × 0.707
たとえば脚長6mmのすみ肉溶接なら、のど厚は 6 × 0.707 ≒ 4.24mm。この4.24mmが、溶接部の強度を計算するときに使う「実効的な厚さ」になる。
突合せ溶接 完全溶込み とは
一方、突合せ溶接は母材同士を突き合わせて完全に溶かし込む方式。完全溶込み溶接であれば、のど厚 = 薄い方の板厚となり、母材と同等の強度が得られる。ただし開先加工(V字やレ形の加工)が必要で、すみ肉より施工コストが高い。
許容応力 と 安全率 の関係
溶接部の強度評価は、次の流れで進む:
1. のど厚 a を求める
2. 有効断面積 A = a × 溶接長さ L を算出
3. 許容荷重 = A × 許容応力 σ_allow
4. 安全率 = 許容荷重 ÷ 作用荷重
ここで「許容応力」は、母材の引張強さを安全率で割った値。SS400鋼材であれば引張強さ400MPaに対して長期許容引張応力が155MPa、長期許容せん断応力が90MPaと規定されている(JIS G 3101)。
安全率は1.0を超えていれば許容範囲内、1.0未満なら許容範囲を超えていることを意味する。実務では長期荷重に対して1.5以上を確保するのが一般的な目安だ。
引張とせん断が同時にかかる「組合せ荷重」の場合は、単純な足し算ではなくミーゼスの相当応力に基づく相互作用式で評価する。この考え方はボルト接合でも溶接接合でも共通だ。
溶接強度の過不足が構造物に与える影響
「計算上OKだから大丈夫」ではなく、安全率がどの程度あるかによって構造物の信頼性が大きく変わる。溶接部は構造物の「つなぎ目」であり、応力集中が起きやすい箇所でもある。
のど厚不足 — 許容荷重を下回ると何が起きるか
のど厚が不足する溶接部に設計荷重がかかると、溶接部の応力が許容値を超え、最終的にはビードに沿った亀裂(溶接割れ)が発生する。すみ肉溶接では特に、のど断面に沿ったせん断破壊が起きやすい。
実務で多いのが「脚長の施工不良」。図面で脚長6mmを指定していても、溶接工の技量や施工条件によって実際の脚長が4〜5mm程度になることがある。のど厚は脚長に比例するから、脚長が2/3になればのど厚も2/3、許容荷重も2/3に低下する。安全率1.5ギリギリで設計していた場合、脚長不足で安全率が1.0を割り込む可能性がある。
溶接長さ不足 — 有効断面積の確保
建築基準法施行令第67条では、すみ肉溶接の有効長さに関する規定がある。溶接の始終端にはクレータ(始端・終端の不安定な溶接部分)ができるため、有効溶接長さは全長からクレータ分を差し引いた値になる。
有効断面積 = のど厚 × 有効溶接長さ なので、溶接長さが短すぎると許容荷重が不足する。特にブラケットやガセットプレートの溶接では、溶接線が短くなりがちなので注意が必要だ。
材質選定と許容応力の違い
SS400の長期許容引張応力は155MPa、SM490は210MPaで約1.35倍の差がある。同じ溶接サイズ・長さでも、SM490を使えば許容荷重が約35%向上する。高強度鋼を使うことで溶接サイズを小さくできるが、溶接施工の難易度は上がるため、現場の施工能力とのバランスが重要になる。
JIS Z 3001 と AWS D1.1 — 適用規格の確認
日本国内の溶接に関する基本用語はJIS Z 3001で定義されている。溶接部の許容応力や検査基準は、建築分野では建築基準法施行令と日本建築学会の鋼構造設計規準、機械分野ではJIS B 8265(圧力容器)などが適用される。海外ではAWS(米国溶接学会)のD1.1が広く参照される規格だ。
溶接強度計算シミュレーターが活躍する4つの場面
鉄骨フレームの接合部設計
H鋼やアングル材を溶接で組み立てる鉄骨フレーム。柱と梁の接合部に何kNかかるかは構造計算で出ているから、あとは溶接サイズと長さで安全率を確認するだけ。ツールに数値を入れれば即座にOK/NG判定が出る。
機械フレーム・架台の溶接
工場の架台やコンベアフレームなど、角パイプやチャンネル材を溶接で組む場面。振動や衝撃荷重がかかる場合は安全率1.5以上を確保したい。組合せ荷重モードで引張+せん断の複合評価ができる。
DIY金属加工の安全確認
DIYで鉄のテーブル脚やラックを溶接するとき、「この溶接サイズで大丈夫?」という不安を数値で解消できる。脚長6mmのすみ肉溶接がどれだけの荷重に耐えるか、スマホでサッと確認。
溶接施工管理の現場チェック
施工管理者が現場で「図面指示の脚長8mmで安全率はいくつか」を即座に確認するのに使える。図面と実測値の差異をその場で評価して、追加溶接の要否を判断できる。
3ステップの操作手順
Step 1: 溶接タイプと寸法を入力
すみ肉溶接なら脚長(mm)を、突合せ溶接なら板厚(mm)を入力する。すみ肉の場合、のど厚(脚長 × 0.707)が自動表示される。溶接長さ(mm)も入力すれば、有効断面積が自動計算される。
Step 2: 材質と荷重を設定
母材の材質をプリセット(SS400・SM490・SUS304)から選ぶか、カスタムで許容応力を直接入力する。続いて荷重タイプ(引張・せん断・組合せ)を選び、作用荷重(kN)を入力する。
Step 3: 結果を確認
許容荷重(引張・せん断)と安全率がリアルタイムで表示される。安全率に応じたステータスカード(十分安全/安全/注意/危険)で一目で判定。SVG断面図も安全率の色に連動して変わる。
具体的な使用例と検証データ
ケース1: SS400 すみ肉溶接 脚長6mm — 棚受けブラケット
棚受けブラケットをアングル材に溶接する場面。
入力値:
- 溶接タイプ: すみ肉溶接
- 脚長: 6 mm → のど厚 4.24 mm
- 溶接長さ: 100 mm
- 材質: SS400(許容引張 155 MPa / 許容せん断 90 MPa)
- 荷重タイプ: 引張
- 作用荷重: 30 kN
計算結果:
- 有効断面積: 424.3 mm²
- 許容引張荷重: 65.76 kN
- 許容せん断荷重: 38.18 kN
- 安全率: 2.19(安全)
→ 解釈: 安全率2.19で問題ない。脚長を8mmに上げれば安全率が2.92まで改善される。
ケース2: SM490 突合せ溶接 板厚12mm — 柱梁接合
溶接構造用鋼SM490で柱と梁を突合せ溶接するケース。
入力値:
- 溶接タイプ: 突合せ溶接
- 板厚: 12 mm(完全溶込み → のど厚 12 mm)
- 溶接長さ: 200 mm
- 材質: SM490(許容引張 210 MPa / 許容せん断 120 MPa)
- 荷重タイプ: 引張
- 作用荷重: 200 kN
計算結果:
- 有効断面積: 2,400 mm²
- 許容引張荷重: 504 kN
- 許容せん断荷重: 288 kN
- 安全率: 2.52(安全)
→ 解釈: SM490の高い許容応力のおかげで、200kNの荷重に対して十分な安全率を確保。
ケース3: SUS304 すみ肉溶接 脚長4mm — ステンレス手すり
ステンレス製の手すりをすみ肉溶接で固定するケース。
入力値:
- 溶接タイプ: すみ肉溶接
- 脚長: 4 mm → のど厚 2.83 mm
- 溶接長さ: 80 mm
- 材質: SUS304(許容引張 165 MPa / 許容せん断 95 MPa)
- 荷重タイプ: せん断
- 作用荷重: 5 kN
計算結果:
- 有効断面積: 226.3 mm²
- 許容せん断荷重: 21.50 kN
- 安全率: 4.30(十分安全)
→ 解釈: 手すりへの横方向荷重5kNに対して安全率4.3倍。十分な余裕がある。
ケース4: 組合せ荷重の危険例
脚長3mmの短い溶接に引張+せん断が同時にかかるケース。
入力値:
- 溶接タイプ: すみ肉溶接
- 脚長: 3 mm → のど厚 2.12 mm
- 溶接長さ: 50 mm
- 材質: SS400
- 荷重タイプ: 組合せ
- 引張成分: 10 kN / せん断成分: 8 kN
計算結果:
- 有効断面積: 106.1 mm²
- 許容引張荷重: 16.44 kN
- 許容せん断荷重: 9.55 kN
- 安全率: 0.82(危険)
→ 解釈: 安全率が1.0を下回り危険。脚長を6mmに上げるか、溶接長さを延長する必要がある。組合せ荷重では単独モードより厳しい判定になることが多い。
ケース5: すみ肉溶接 vs 突合せ溶接 — 同じ接合部での比較
板厚9mmの鋼板同士の接合部に80kNの引張荷重がかかる場面で、すみ肉溶接と突合せ溶接のどちらが有利か比較する。
入力値(すみ肉溶接側):
- 溶接タイプ: すみ肉溶接
- 脚長: 9 mm → のど厚 6.36 mm
- 溶接長さ: 150 mm
- 材質: SS400(許容引張 155 MPa / 許容せん断 90 MPa)
- 荷重タイプ: 引張
- 作用荷重: 80 kN
計算結果(すみ肉):
- 有効断面積: 954.6 mm²
- 許容引張荷重: 147.96 kN
- 安全率: 1.85(安全)
入力値(突合せ溶接側):
- 溶接タイプ: 突合せ溶接
- 板厚: 9 mm(完全溶込み → のど厚 9 mm)
- 溶接長さ: 150 mm
- 材質: SS400
- 荷重タイプ: 引張
- 作用荷重: 80 kN
計算結果(突合せ):
- 有効断面積: 1,350 mm²
- 許容引張荷重: 209.25 kN
- 安全率: 2.62(安全)
→ 解釈: 同じ溶接長さ150mmで比較すると、突合せ溶接の安全率は2.62、すみ肉溶接は1.85。突合せの方が約1.4倍の余裕がある。これはのど厚の差(9mm vs 6.36mm)がそのまま反映されている。ただし突合せ溶接には開先加工が必要で施工コストが高い。すみ肉で安全率1.5以上を確保できるなら、コスト面からすみ肉を選ぶのが実務的な判断になる。
ケース6: SM490 すみ肉溶接 せん断荷重 — 繰返し荷重を想定した高安全率設計
クレーンレールを支持するブラケットの溶接部。繰返し荷重がかかるため、静的許容応力ベースで安全率3.0以上を目標とする設計例。
入力値:
- 溶接タイプ: すみ肉溶接
- 脚長: 10 mm → のど厚 7.07 mm
- 溶接長さ: 250 mm
- 材質: SM490(許容引張 210 MPa / 許容せん断 120 MPa)
- 荷重タイプ: せん断
- 作用荷重: 50 kN
計算結果:
- 有効断面積: 1,767.8 mm²
- 許容せん断荷重: 212.13 kN
- 安全率: 4.24(十分安全)
→ 解釈: 静的許容応力に対して安全率4.24を確保。繰返し荷重を受けるクレーンブラケットでは、疲労による強度低下を見込んで静的安全率3.0以上を確保するのが一般的な設計方針だ。本ケースは4.24なので、疲労を考慮しても余裕がある。もし安全率が3.0未満なら、脚長の増大(10mm→12mm)か溶接長さの延長を検討する必要がある。なお、本格的な疲労評価にはS-N曲線による繰返し数の検討が別途必要になる点には注意してほしい。
計算の仕組みとアルゴリズム — 候補手法の比較と実装詳細
候補手法の比較 — なぜ許容応力設計法を選んだか
溶接部の強度評価には複数の手法がある。開発時に検討した3つの手法を比較する。
| 手法 | 概要 | 精度 | 使いやすさ | 適用範囲 |
|---|---|---|---|---|
| 許容応力設計法(採用) | 許容荷重 = 有効断面積 × 許容応力 | 実用十分 | 高い | 静的荷重全般 |
| 終局強度設計法(限界状態設計法) | 部材の塑性変形・破壊を考慮 | 高い | 低い | 高度な構造設計 |
| 疲労強度評価(S-N曲線法) | 繰返し荷重に対する寿命評価 | 高い(疲労向け) | 低い | 繰返し荷重 |
終局強度設計法は部材が塑性変形から破壊に至るまでの挙動を追跡する手法。精度は高いが、荷重係数や抵抗係数の設定が必要で、簡易チェックには複雑すぎる。
疲労強度評価はクレーンガーダーや橋梁のように繰返し荷重がかかる構造物向け。S-N曲線(応力ー繰返し数曲線)を用いた寿命評価が必要で、入力パラメータが多くなりすぎる。
許容応力設計法を採用した理由は、入力パラメータが少なく(溶接寸法・材質・荷重の3要素)、静的荷重の簡易チェックに最適だから。建築基準法施行令に基づく長期許容応力を使えば、安全率の大小で直感的に判断できる。現場の電卓代わりという本ツールの用途に最もフィットする手法だ。
計算フロー — のど厚から安全率まで
本ツールの計算は次の4ステップで進む。
Step 1: のど厚の算出
すみ肉溶接: a = s × 1/√2 ≒ s × 0.707
突合せ溶接: a = t(薄い方の板厚)
s: 脚長 [mm]
t: 板厚 [mm]
a: のど厚 [mm]
Step 2: 有効断面積の算出
A_eff = a × L
L: 溶接長さ [mm]
A_eff: 有効断面積 [mm²]
Step 3: 許容荷重の算出
許容引張荷重 P_t = A_eff × σ_allow / 1000 [kN]
許容せん断荷重 P_s = A_eff × τ_allow / 1000 [kN]
σ_allow: 許容引張応力 [MPa]
τ_allow: 許容せん断応力 [MPa]
単位変換のポイント: mm² × MPa = N なので、kN表示にするために1000で割る。
Step 4: 応力計算と安全率の算出
引張のみ:
σ = F × 1000 / A_eff [MPa]
SF = σ_allow / σ
せん断のみ:
τ = F × 1000 / A_eff [MPa]
SF = τ_allow / τ
組合せ(フォンミーゼス相当応力):
σ_eq = √(σ² + 3τ²) [MPa]
SF = σ_allow / σ_eq
組合せ荷重ではフォンミーゼスの降伏条件に基づく相当応力で評価する。σ² + 3τ² の「3」は、せん断応力が引張応力の √3 ≒ 1.73 倍で等価な塑性仕事をすることに由来する。相当応力が許容引張応力を超えると安全率が1.0を下回る。
具体的な計算例 — ケース1を手計算で追う
ケース1(SS400 すみ肉 脚長6mm 溶接長さ100mm 引張30kN)を例にステップバイステップで確認する:
Step 1: のど厚
a = 6 × 0.7071 = 4.243 mm
Step 2: 有効断面積
A_eff = 4.243 × 100 = 424.3 mm²
Step 3: 許容荷重
P_t = 424.3 × 155 / 1000 = 65.76 kN
P_s = 424.3 × 90 / 1000 = 38.18 kN
Step 4: 安全率(引張モード)
SF = 65.76 / 30 = 2.19
安全率2.19 → 「安全」判定。この方式はJIS Z 3001(溶接用語)や一般的な鋼構造設計規準で広く採用されている評価方法だ。
ボルト強度診断との使い分け
ボルト接合 vs 溶接接合
ボルト強度・破断モード診断はボルト1本あたりの安全率を3モードで判定するツール。一方、溶接強度計算シミュレーターは溶接部全体の許容荷重を評価する。接合方法が違えば使うツールも違う。
接合方法の選択指針
- 着脱が必要な接合 → ボルト → ボルト強度診断ツールを使う
- 恒久的な接合 → 溶接 → 溶接強度計算シミュレーターを使う
- 両方ある構造 → 溶接で骨組みを作り、ボルトで着脱可能な部材を固定するパターンが多い。それぞれのツールで個別に確認する
構造計算の一連の流れ
部材断面の選定は鋼材断面のコンシェルジュ、梁としてのたわみ・応力チェックは梁の安全審判員、ボルト接合部はボルト強度診断、溶接接合部は本ツール——という流れで使い分けると、設計の各段階をカバーできる。
溶接にまつわる豆知識
すみ肉溶接と突合せ溶接の強度差
同じ母材・同じ溶接長さで比較すると、完全溶込みの突合せ溶接は母材と同等の強度が出る。一方、すみ肉溶接ののど厚は脚長の0.707倍なので、脚長が板厚と同じでも強度は母材の約70%にとどまる。その代わりすみ肉溶接は開先加工が不要で、施工コストが大幅に安い。コストと強度のトレードオフが接合方式選択の核心になる。
許容応力の「長期」と「短期」
建築基準法では荷重を「長期(常時作用する荷重)」と「短期(地震・風など一時的な荷重)」に区分する。本ツールのプリセット値は長期許容応力を採用。短期の場合は長期の1.5倍まで許容されるのが一般的。建築基準法施行令で規定されている。
のど厚と実際のビード形状
実際のすみ肉溶接ビードは完全な二等辺直角三角形ではなく、凸型(余盛あり)や凹型になることがある。凸型の場合、理論上ののど厚より実際ののど厚が大きくなるが、疲労強度の観点では凹型の方が有利とされる。計算上は理論のど厚(脚長 × 0.707)を使うのが保守的で安全側の評価になる。
溶接強度チェックのTips
Tip 1: すみ肉溶接の脚長は板厚の70%が目安
薄い方の板厚 × 0.7 を脚長の上限とするのが一般的な経験則。板厚6mmの母材なら脚長4mm程度が標準。脚長を板厚以上にすると、溶接熱で母材が変形しやすくなる。
Tip 2: 溶接長さは有効長さで入力する
すみ肉溶接の始終端にはクレータができる。有効溶接長さは全長から始終端のクレータ分(各1脚長分、計2脚長分)を差し引いた値。本ツールでは入力値をそのまま有効長さとして計算するので、差し引き後の値を入力してほしい。
Tip 3: 安全率1.5未満は設計を見直す
長期荷重に対して安全率1.5未満は余裕が少ない。溶接欠陥(ブローホール、アンダーカットなど)による強度低下を考慮すると、1.5以上を確保したい。重要構造物なら3.0以上が望ましい。
Tip 4: 組合せ荷重は単独モードより厳しくなる
引張だけ、せん断だけなら安全率がOKでも、両方同時にかかるとミーゼス相互作用で安全率が下がる。複合荷重がかかる部位は必ず組合せモードで確認してみて。
よくある疑問
Q: のど厚の「0.707」という係数はどこから来る?
等脚すみ肉溶接の断面は直角二等辺三角形。その斜辺(のど)の長さは脚長 × cos(45°) = 脚長 × 1/√2 ≒ 脚長 × 0.707 で求まる。これは幾何学的な関係であり、すべてのすみ肉溶接計算で共通の係数だ。不等脚の場合は異なる計算になる。
Q: 突合せ溶接で「完全溶込み」と「部分溶込み」の違いは?
完全溶込みは板厚全体を溶かし込むため、のど厚 = 板厚となり母材と同等の強度が得られる。部分溶込みは板厚の一部だけを溶かすので、のど厚が板厚より小さくなる。本ツールは完全溶込みを想定して計算している。部分溶込みの場合は、実際ののど厚を「カスタム」で直接入力して評価してほしい。
Q: 組合せ荷重の「ミーゼス相当応力」とは?
引張応力σと、せん断応力τが同時に作用するとき、単純に足し算するのは正しくない。フォンミーゼスの降伏条件に基づく相当応力 σ_eq = √(σ² + 3τ²) で評価し、これが許容引張応力を超えるかどうかで判定する。安全率 = 許容引張応力 / σ_eq が1.0未満なら許容範囲外だ。
Q: 計算データはサーバーに送信される?
一切送信されない。すべての計算はブラウザ内のJavaScriptで完結しており、サーバー通信は発生しない。ブラウザを閉じれば入力データは消える。
まとめ
溶接強度計算シミュレーターは、すみ肉・突合せ溶接の許容荷重と安全率を入力値に連動してリアルタイム算出するツールだ。材質プリセットと3種類の荷重モード、SVG断面図で現場の簡易チェックに使える。
ボルト接合の安全率が気になったらボルト強度・破断モード診断を、部材断面の選定には鋼材断面のコンシェルジュを、梁の強度検証には梁の安全審判員を組み合わせると、構造設計の各段階をカバーできる。
不具合や改善要望があれば、X (@MahiroMemo)から気軽に教えてほしい。