現場で「この吊りピース、大丈夫?」と聞かれたときの答え
鉄骨建方やプラント据付の現場で、吊り上げ直前に「この金具の板厚で本当に保つのか」と迫られた経験はないだろうか。図面には溶接脚長と穴径だけ書いてあるけれど、安全率がいくつか即答できる人は少ない。
吊り金具設計シミュレーターは、吊荷重・吊角度・材質・寸法を入力するだけで、引張・せん断・支圧・溶接の4モード安全率を一括判定するブラウザツールだ。SVG断面図が入力に連動して変化するので、寸法感覚を視覚的に掴みながら設計検証ができる。計算はすべてブラウザ内で完結し、スマホからでも使える。
Excel計算書を毎回ゼロから作る苦行を終わらせたかった
開発のきっかけ
製缶品の出荷で吊り金具の強度計算書を作る機会が何度もあった。毎回Excelを開いて、引張の断面積、せん断のtear-out面積、支圧の投影面積……と4つの破壊モードを順番にセルに打ち込んでいく。途中で穴径を1mm変えると4箇所の数式を手動で更新しなければならない。あるとき、穴径のセル参照ミスで支圧応力だけ旧値のまま提出してしまい、検図で指摘を受けたことがある。
既存のオンライン計算ツールも探したが、吊り金具に特化したものは少なく、あってもせん断のtear-out計算が省略されていたり、溶接部の評価がなかったりと中途半端なものが多かった。4モードを一括判定できて、入力を変えた瞬間に全結果がリアルタイム更新されるツールを自分で作ることにした。
こだわった設計判断
- 4モード一括判定: 引張・せん断・支圧・溶接の4つすべてを評価し、最小安全率で総合判定する。1つでも見落とすと破壊リスクが残るので、全モード必須にした
- 衝撃係数・不均等係数の自動適用: クレーン吊りでは衝撃荷重が加わるため衝撃係数1.25を標準で適用。3点吊り・4点吊りの不均等係数も自動で乗算する
- SVG断面図連動: 板厚・穴径・幅を変えるとリアルタイムで図が変わるので、「この穴径だとプレート幅に対して大きすぎる」といった寸法バランスの異常に気づきやすい
吊り金具の基礎知識 — アイプレートとラグプレートの違い
吊り金具は「リフティングラグ」「吊りピース」「アイプレート」など呼び名がいくつもあるが、基本的な機能は共通している。構造物を吊り上げるときにワイヤーロープやシャックルを取り付けるための接合部品だ。
アイプレート(リフティングアイ)とは
アイプレートは、鋼板にピン穴をあけ、母材に溶接して取り付ける吊り金物。穴にシャックルのピンを通してワイヤーロープと接続する。構造が単純なので製缶コストが安く、現場での追加溶接も容易だ。
板厚が薄すぎるとピン穴周りで支圧破壊を起こし、幅が狭すぎると穴横の純断面で引張破断する。高さ(穴中心〜溶接面の距離)が不足するとtear-out(せん断引き裂き)が発生する。つまり、板厚・幅・高さの3つの寸法バランスが安全を左右する。
荷重伝達メカニズム
吊り荷重はワイヤー → シャックルピン → 穴壁(支圧)→ プレート本体(引張・せん断)→ 溶接部 → 母材、という経路で伝わる。このチェーンのどこか1箇所でも許容を超えると破壊に至る。だから4モードすべてを評価しなければならない。
計算で使う応力は以下の4つ:
引張応力 σ_t = P / ((W - d) × t)
せん断応力 τ = P / (2 × a × t)
支圧応力 σ_b = P / (d × t)
溶接応力 σ_w = P / (a_w × L_w)
P : 設計荷重 [N]
W : プレート幅 [mm]
d : ピン穴径 [mm]
t : 板厚 [mm]
a : 穴端〜プレート下端の距離 [mm]
a_w : のど厚 = 脚長 × 0.707 [mm]
L_w : 溶接長さ [mm]
それぞれの応力を材料の許容値と比較し、安全率 = 許容応力 / 作用応力 が目標値以上かを判定する。
吊り金具 安全率 の基準
安全率の基準はクレーン等級や使用条件によって異なる。一般的な目安として:
- 静荷重: 安全率 3 以上(降伏点基準)
- 繰返し荷重: 安全率 5 以上
- 衝撃荷重: 安全率 5〜6 以上
クレーン等則(厚生労働省)では、吊り具の安全率を使用する鋼材の破断荷重の1/5以上と規定している。本ツールでは降伏点基準の安全率を算出するため、目標値はユーザーが用途に応じて設定する仕組みにした。
なぜ安全率が重要か — 現場事故の多くは「ギリギリ設計」から
吊り金具の破壊は重量物の落下に直結するため、他の構造部材以上にシビアな安全管理が求められる。安全率が足りないと何が起きるのか、具体的に見てみよう。
衝撃係数とクレーン等級
クレーンで吊り上げる瞬間には、静止重量の1.1〜1.3倍の衝撃荷重がかかる。JIS B 8823-1ではクレーン等級M1〜M8に応じた動的係数を規定しており、一般的な工場内クレーン(M5相当)では衝撃係数1.2〜1.3程度を見込む。本ツールでは1.25を標準値として採用している。
複数吊りの不均等荷重
2点吊りではワイヤー張力が理想的には均等になるが、3点吊り・4点吊りでは重心のずれやスリング長さの誤差で不均等荷重が発生する。3点吊りで1.15倍、4点吊りで1.2倍の不均等係数を自動適用しているのはこのためだ。
吊角度と張力増大
吊角度(水平面とスリングのなす角)が小さくなるほど、スリング張力は急増する。60°で約1.15倍、45°で約1.41倍、30°では2倍にもなる。「ちょっと斜めに引いただけ」のつもりが金具の設計荷重を大きく超えるケースは珍しくない。60°以上を確保するのが安全の基本だ。
4つの現場シーンで即役立つ
鉄骨建方の吊りピース検証
柱・梁の建方で使う吊りピースは、仮設部材なのに破壊すれば重大事故につながる。設計図を受け取ったらこのツールで4モード安全率をサッと検算し、施工計画書に添付できる。
製缶品出荷時の強度計算書
タンクやダクトの出荷吊り金具は、製品ごとに重量・形状が異なるため都度計算が必要。材質と寸法を入力して「結果をコピー」すれば、計算書のドラフトが数秒で完成。
プラント据付の仮設計画
大型機器の据付では、吊りラグの位置・個数・角度がクリティカルになる。1点吊り〜4点吊りの切替と吊角度の調整で、最適な吊り方をシミュレーションできる。
溶接脚長の妥当性チェック
「脚長6mmで足りるか、8mmに上げるべきか」の判断を、溶接脚長の入力値を変えるだけでリアルタイムに比較できる。
基本の使い方
荷重・寸法を入力するだけで4モード安全率が表示される。3ステップで完了。
Step 1: 荷重条件を入力する
吊荷重(kN)、吊点数(1〜4点)、吊角度(水平面との角度)を設定。荷物の重量がトン単位なら ×9.81 でkNに変換(例: 1t → 9.81kN)。
Step 2: 金具寸法を入力する
材質をプリセットから選択し、板厚・穴径・プレート幅・高さ(穴中心〜溶接面)を入力。溶接脚長と補強リブの有無も設定する。SVG断面図で寸法バランスを視覚的に確認できる。
Step 3: 判定結果を確認する
引張・せん断・支圧・溶接の4モード安全率が即座に表示される。最小安全率が目標値以上なら「合格」、未満なら「不合格」。不合格の場合は板厚を上げるか穴径を小さくして再計算してみて。
検証データ: 6つのケースで安全率を比較
ケース1: 軽量物の2点吊り(SS400)
入力値:
- 吊荷重: 10 kN / 2点吊り / 吊角度 60°
- SS400 / 板厚 16mm / 穴径 φ36mm / 幅 100mm / 高さ 120mm / 脚長 8mm
結果:
- 設計荷重: 7.22 kN
- 引張 SF=28.62 / せん断 SF=13.28 / 支圧 SF=46.25 / 溶接 SF=14.48
→ 解釈: 10kN程度の軽量物なら16mm板厚で余裕。全モード安全率10以上で十分安全。
ケース2: 中量物の2点吊り(SS400)
入力値:
- 吊荷重: 100 kN / 2点吊り / 吊角度 60°
- SS400 / 板厚 20mm / 穴径 φ42mm / 幅 120mm / 高さ 140mm / 脚長 10mm
結果:
- 設計荷重: 72.17 kN
- 引張 SF=5.07 / せん断 SF=2.33 / 支圧 SF=9.85 / 溶接 SF=7.78
→ 解釈: せん断安全率が最小で2.33。目標3倍だとNG。高さを160mmに上げるか板厚を25mmにすると改善する。
ケース3: 重量物の4点吊り(SM490)
入力値:
- 吊荷重: 500 kN / 4点吊り / 吊角度 60°
- SM490 / 板厚 32mm / 穴径 φ52mm / 幅 160mm / 高さ 180mm / 脚長 14mm
結果:
- 設計荷重: 173.21 kN
- 引張 SF=5.07 / せん断 SF=2.85 / 支圧 SF=8.86 / 溶接 SF=6.47
→ 解釈: 4点吊り不均等係数1.2が効いて設計荷重が増加。せん断が律速になるので高さの確保が重要。
ケース4: SUS304で耐食性が必要な場面
入力値:
- 吊荷重: 50 kN / 2点吊り / 吊角度 60°
- SUS304 / 板厚 20mm / 穴径 φ36mm / 幅 110mm / 高さ 130mm / 脚長 8mm
結果:
- 設計荷重: 36.08 kN
- 引張 SF=8.40 / せん断 SF=3.05 / 支圧 SF=7.68 / 溶接 SF=6.33
→ 解釈: SUS304は降伏点が205MPaとSS400より低い。板厚を厚めにするか、せん断パス長(高さ)を確保する必要がある。
ケース5: 吊角度45°の影響確認
入力値:
- 吊荷重: 100 kN / 2点吊り / 吊角度 45°
- SS400 / 板厚 20mm / 穴径 φ42mm / 幅 120mm / 高さ 140mm / 脚長 10mm
結果:
- 設計荷重: 88.39 kN
- 引張 SF=4.14 / せん断 SF=1.91 / 支圧 SF=8.05 / 溶接 SF=6.35
→ 解釈: 吊角度60°→45°に変えるだけで設計荷重が約1.22倍に増加。せん断SFが1.91まで低下し、目標3倍に到達しない。角度の影響は無視できない。
ケース6: 補強リブ付きで溶接強度を改善
入力値:
- 吊荷重: 200 kN / 2点吊り / 吊角度 60°
- SS400 / 板厚 25mm / 穴径 φ48mm / 幅 140mm / 高さ 160mm / 脚長 10mm / リブ高さ 80mm
結果(リブなし→リブあり):
- 溶接 SF: リブなし時と比較してリブ付きで溶接長が増加し安全率が向上
→ 解釈: 補強リブを追加すると溶接長が lugWidth×2 から lugWidth×2+ribHeight×4 に増える。溶接部が律速になる場合にリブの効果が大きい。
計算アルゴリズム — 4モード判定の仕組み
候補手法の比較
吊り金具の強度評価には主に2つのアプローチがある:
- 許容応力法: 材料の降伏点を基準に許容応力を設定し、作用応力と比較する方法。JIS・建築基準法で広く使われる
- 終局強度法(限界状態設計法): 材料の破断強度に安全係数を掛けて終局耐力を求め、荷重側にも荷重係数を掛けて比較する方法。Eurocode等で採用
本ツールでは許容応力法を採用した。理由は:
- 日本国内の吊り金具設計で最も一般的
- 降伏点基準のため、塑性変形を許さない保守的な評価が可能
- 入力パラメータが少なく、ユーザーの負担が小さい
設計荷重の算出
設計荷重 Pd = W / N / sin(θ) × φ_i × φ_u
W : 吊荷重 [kN]
N : 吊点数
θ : 吊角度(水平からの角度)[rad]
φ_i: 衝撃係数 = 1.25(M5相当)
φ_u: 不均等係数 = 1.0(1-2点) / 1.15(3点) / 1.2(4点)
4モードの安全率算出
各モードの安全率は「許容応力 / 作用応力」で算出する:
引張: SF_t = σ_y / (Pd / ((W - d) × t))
せん断: SF_s = 0.6 × σ_y / (Pd / (2 × (H - d/2) × t))
支圧: SF_b = 1.5 × σ_y / (Pd / (d × t))
溶接: SF_w = 0.7 × σ_y / (Pd / (a × L_w))
σ_y : 降伏点 [MPa]
a : のど厚 = 脚長 × 0.707 [mm]
L_w : 溶接長さ [mm]
計算例: SS400, 50kN, 2点吊り, 60°
1. 設計荷重: 50 / 2 / sin(60°) × 1.25 × 1.0 = 36.08 kN
2. 引張 (W=100, d=36, t=16):
応力 = 36,084 / ((100-36) × 16) = 35.24 MPa
SF = 235 / 35.24 = 6.67
3. せん断 (H=120):
面積 = 2 × (120 - 18) × 16 = 3,264 mm²
応力 = 36,084 / 3,264 = 11.06 MPa
SF = 0.6 × 235 / 11.06 = 12.76
4. 支圧:
応力 = 36,084 / (36 × 16) = 62.65 MPa
SF = 1.5 × 235 / 62.65 = 5.63
5. 溶接 (脚長8mm):
のど厚 = 8 × 0.707 = 5.656 mm
溶接長 = 100 × 2 = 200 mm
面積 = 5.656 × 200 = 1,131 mm²
応力 = 36,084 / 1,131 = 31.91 MPa
SF = 0.7 × 235 / 31.91 = 5.16
6. 総合: min(6.67, 12.76, 5.63, 5.16) = 5.16(溶接が律速)
Excelシートとの違い、有料CADツールとの違い
Excelシートとの比較
社内でExcel計算書テンプレートを使っている現場は多い。しかしExcelはセル参照ミスの温床だし、ファイルを探す手間もかかる。本ツールはブラウザを開くだけ、入力→即結果。計算ロジックはコードで固定されているのでヒューマンエラーが入り込む余地がない。
有料CAD/FEMツールとの比較
ANSYS・SolidWorksのFEM解析なら局所応力まで精密に評価できるが、モデリング→メッシュ→解析→後処理に数時間かかる。吊り金具のように形状が単純な部材は、手計算レベルの評価で十分なケースがほとんど。本ツールは「5秒で概算」を目的としており、詳細設計ではなく初期検討・現場確認に特化している。
スマホ対応
現場でPCを開くのは手間がかかる。スマホで数値を入力して即確認できるのは、ブラウザツールならではの利点。
吊り金具にまつわる豆知識
シャックルと吊り金具の関係
吊り金具のピン穴径は、使用するシャックルのピン径+1mm程度のクリアランスが目安。ピン径に対して穴が大きすぎると支圧応力が集中し、小さすぎるとピンが通らない。JIS B 2801(シャックル)でシャックルの定格荷重が規定されており、吊り金具の耐力だけでなくシャックル自体の容量も確認する必要がある。
吊り金具の歴史
鋼構造物の吊り上げは産業革命以降のクレーン技術の発展とともに進化した。初期はチェーンとフックによる簡易的な吊り方だったが、溶接技術の普及(20世紀前半)により、構造物に直接溶接するラグプレートが一般的になった。現在ではAWS D1.1(米国溶接協会)やEurocode 3が国際的な設計基準として参照されている。
設計精度を上げるための実践Tips
板厚選定の目安
吊荷重(kN) ÷ 10 ≒ 最低板厚(mm) が大まかな経験則。50kNなら5mm以上だが、実際にはピン穴による断面欠損を考慮して2〜3倍の板厚を確保するのが一般的。
穴径と端距離のバランス
穴中心から板端までの距離(端距離)はピン穴径の1.5倍以上を確保するのがtear-out防止の基本。プレート幅は穴径の2.5〜3倍程度を目安にすると、引張・支圧のバランスが取りやすい。
吊角度60°の法則
迷ったら吊角度60°以上を死守。45°未満になると張力が急増し、金具だけでなくワイヤーロープの破断リスクも高まる。現場でスリング長さを調整する余裕がないなら、最初から短めのスリングを選定しておく。
吊り金具設計でよくある疑問
Q: 補強リブを付けるとどのくらい安全率が上がる?
リブの効果は主に溶接部の安全率向上に現れる。リブ高さ80mmのリブを両側に付けると、溶接長が lugWidth×2 に ribHeight×4 = 320mm が加算される。溶接が律速の場合、安全率が1.5〜2倍程度向上するケースもある。ただし引張・せん断・支圧には直接影響しないので、それらが律速なら効果は限定的。
Q: 安全率の目標値はどう決める?
一般的には静荷重で3倍(降伏点基準)、繰返し・衝撃荷重で5倍以上が目安。クレーン等則では破断荷重の1/5以上(≒安全率5倍の引張強さ基準)を求めている。本ツールは降伏点基準なので、法規準拠が必要な場合は基準の換算に注意してほしい。
Q: SS400とSM490はどう使い分ける?
SS400は安価で入手しやすく、軽〜中荷重の吊り金具に適している。SM490は溶接構造用鋼で降伏点が315MPaとSS400の1.34倍。重荷重で板厚を抑えたい場合や、溶接品質を重視する場面ではSM490を選ぶ。SUS304は耐食性が必要な屋外・化学プラント向け。
Q: 計算データはどこに保存される?
すべての計算はブラウザ内で完結しており、入力データがサーバーに送信されることはない。ブラウザを閉じるとデータは消えるので、必要な結果は「結果をコピー」ボタンで控えておくと安心。
まとめ
吊り金具の4モード安全率判定が、このツール1つでブラウザから即完了する。板厚・穴径・溶接脚長を変えてリアルタイムに結果が変わるので、「この寸法で足りるか?」の検証が数秒で終わる。
溶接部の評価が気になった人は溶接強度計算シミュレーターも合わせて使ってみて。ボルト接合部の検証にはボルト強度・破断モード診断が便利。
不具合や要望があれば、X (@MahiroMemo)から気軽に教えて。