図面の「△6」、その数字の根拠を即答できるか
製缶図面にさらっと書かれている「△6」という溶接記号。脚長6mm。ではなぜ6なのか、5ではダメなのか、8にしたらどうなるのか——この問いに秒で答えられる設計者は意外と少ない。先輩から受け継いだ慣習、類似図面からのコピー、検査屋さんが「これくらい盛っとけば文句言わないよ」と言った数字。現場の脚長は、そういうグレーな根拠で決まっていることが珍しくない。
だけど溶接は構造の命綱だ。母材がいくら分厚くても、脚長が足りなければそこから破断する。逆に過剰に盛れば板は歪み、溶接棒とガスと時間を無駄に食い、ひどい時には熱影響で母材が割れる。適正値には幅がある。その幅の中で、荷重と板厚と電極規格から逆算して最小の合理的な脚長を出す——それがこのツールの仕事だ。
設計荷重F、有効溶接長L、薄い側の板厚t、電極規格を入れれば、AWS D1.1 ASD法と JIS B 8266 の最小脚長規定を同時に満たす推奨脚長と、応力充足率がワンタップで出る。もう「なんとなく6」とは言わせない。
なぜ作ったのか — 強度チェックではなく「脚長を決める」側が欲しかった
このサイトにはすでに /weld-strength という溶接強度チェックツールがある。だが weld-strength は「脚長a、溶接長L、荷重Fが与えられている時に安全率がいくつか」を出すだけだ。つまり、値が全部決まった後の検算ツール。実務で本当に困るのは、その一歩手前、まだ脚長が決まっていない段階だった。
筆者は機械架台の設計で何度もこの壁にぶつかった。ブラケットに30kN掛かる、板厚は10mm、溶接長は100mmしか取れない——ではa=何mmにする? 頭の中で a_req = F/(0.707·L·fv) を逆算して、ceil して、AWS D1.1 Table 7.7 の最小脚長表を開いて、板縁の最大脚長規定(t-2mm)と突合して……と毎回ノートに書き殴っていた。そして数日後、似た継手でまた同じ計算をやり直す。
既存の海外製ツールもいくつか試した。しかし「ASDとLRFDの切替が分かりにくい」「単位がインペリアル主体でkip/inchを毎回換算させられる」「JIS の電極規格(G43/G49)が選べない」といった不満ばかり残った。日本の製缶屋が普通に使うには、SI単位・JIS規格併記・最小/最大脚長規定の同時チェックの3点セットが要る。
だから自分で作った。逆算ツールだから出力は脚長1つでいいし、UIも極限まで絞れる。「値を打ち込んで5秒で脚長が出る」——それだけを愚直に目指した。
隅肉溶接の脚長と喉厚 とは — 第一原理から理解する
脚長(leg size)と喉厚(throat)の違い
隅肉溶接の断面は、2枚の板が直角に接した隅に三角形の溶接金属を盛った形をしている。この三角形を等脚直角三角形と見立てたとき、脚長aは2辺の長さ、喉厚 t_throatは斜辺から直角頂点までの最短距離(つまり三角形の高さではなく垂線)を指す。
ここが最初のつまずきポイント。図面に書く「△6」の6は脚長であって、強度計算に使う喉厚ではない。等脚隅肉の場合、両者には次の関係がある。
// 等脚隅肉の喉厚
t_throat = a · sin(45°) = a · (1/√2) = a · 0.707
6mm脚長の溶接の喉厚は 6 × 0.707 = 4.24mm。つまり有効な強度断面は脚長の約70%しかない。この0.707という係数は隅肉溶接を語る上で一生付き合う数字だ。詳しくは §8 で扱う。
等脚と非等脚(unequal leg)
通常は製作簡便性から a1 = a2 の等脚で指定する。だが板厚差が極端な継手(例: t=25mm板にt=6mmプレートを取り付ける)や、片側のクリアランスが無い場合は非等脚(例: 6mm × 10mm)を使う。非等脚の喉厚はもう少し面倒で、2辺 a1・a2 と挟角θから t = (a1·a2·sinθ)/√(a1²+a2²−2a1a2cosθ) で求める。このツールは実務9割を占める等脚に絞っている。
AWS D1.1 と JIS B 8266 の関係
隅肉溶接の設計規格は世界的に大きく2系統ある。米国系の AWS D1.1 Structural Welding Code - Steel と、日本のJIS系(B 8266 圧力容器、建築学会「鋼構造設計規準」等)だ。どちらも喉厚断面のせん断で設計するという骨格は同じで、違いは許容応力の数値と最小脚長表の境界値くらい。
AWS D1.1 ASD法では E70XX 電極の許容せん断応力を fv = 0.30 · Fxx = 0.30 × 482 ≈ 144.6 MPa と定めている。JIS 系は母材グレード(SM400/SM490)に合わせて fv ≈ 90 / 120 MPa あたりが相場だ。このツールは両方の代表値をプリセットで持ち、電極規格の選択だけで fv が切り替わる。
荷重方向は強度計算に影響しない
直感に反するが、隅肉溶接は引張でも、せん断でも、長手方向荷重でも、同じ喉厚せん断で設計するのが AWS D1.1 の立場だ。三角形の断面はどう力が掛かっても斜面に沿って滑る形で壊れる、という割り切り。ツールの「荷重方向」セグメントは将来の拡張用で、現行ロジックは方向に依存しない。
実務での重要性 — 過剰溶接も過少溶接も罪
脚長選定を軽く見て起きるトラブルは、実は過剰溶接側が多い。現場は「多く盛っておけば安心」と考えがちだが、これは二重に間違っている。
第一に熱歪み。脚長が1mm増えると溶接金属量は脚長の2乗でざっくり増える(三角形断面の面積 = a²/2)。6mm→8mmに増やすと入熱量は約1.78倍。板は引かれて反り、仕上げで矯正できない歪みが残る。薄板の製缶では、この歪みが組立精度を崩壊させる主因になる。
第二にコストと工程。溶接金属1mあたりの消費量は脚長2乗で効くので、6→10mmで約2.78倍の溶接棒とガス、時間を食う。大型架台で溶接長が累計100mあれば、これは数十時間の工数差だ。さらに入熱が増えれば HAZ(熱影響部)が広がり、低温脆性や応力腐食割れのリスクも上がる。建築研究所の解説記事 や JIS Z 3312 にも、過剰脚長は「害あって益なし」と明記されている。
一方過少脚長は言うまでもなく致命的だ。ブラケットが吊り荷重で突然破断する事故は、多くの場合「脚長を記号で指定したが現場では痩せた溶接しか入っていなかった」「設計者が許容応力を間違えた」のどちらかに帰着する。AWS D1.1 Table 7.7 の最小脚長規定は、強度計算では不要でも、冷却速度を確保して割れを防ぐための下限値だ。t=12mmに対して計算上は a=3mmで足りても、規定は a=5mm以上を要求する。これを守らないと溶接金属が急冷され、水素脆化割れを起こす。
つまり脚長は「上下両方に制約がある狭い窓」の中で決まる。下は強度と規定最小脚長の大きい方、上は板縁の最大脚長(t-2mm)。このツールは窓の両端を同時に表示して、設計者が窓の中で最適値を即決できるようにしている。
活躍する場面
機械架台・ブラケット設計: モーター架台、配管サポート、吊り金具。数kN〜数十kNの静的荷重で板厚6〜16mm、溶接長100〜300mmの典型レンジ。このツールがもっとも力を発揮する領域。
柱梁接合部の二次部材: 主構造はボルト接合でも、ガセットやスティフナは隅肉溶接。地震時の軸力・せん断を素早く捌いて脚長を決めたい時に重宝する。
圧力容器まわりの架台・ラグ: JIS B 8266 準拠で設計する時、SM400/SM490 プリセットで即座にチェックできる。本体計算は別ツールに委譲し、脚長だけここで詰める使い分け。
製缶板金の継手検討: 薄板箱物の組立。板厚3〜6mmでは規定最小脚長(3mm)が効いてきて、計算上の必要脚長は飾りになる——そのこともツールが可視化してくれる。
検査・施工側の逆引き: 現場で「図面△5だけど本当に要るの?」と聞かれた時、入力条件を入れて即座に根拠を提示できる。設計と現場の対話ツールとしても機能する。
基本の使い方(3ステップ)
- 荷重条件を入力: 設計荷重F(kN)と方向を入れる。隅肉溶接はどの方向でも喉厚せん断で評価するので、方向は記録目的。
- 継手寸法を入力: 有効溶接長L(mm)と、薄い側の母材板厚t(mm)を入れる。板厚は最小脚長判定に直結するので薄い方を採る。
- 材料と安全率: 電極規格(E70XX / E60XX / JIS G43 / G49)を選び、必要なら追加安全率を掛ける。推奨脚長・応力充足率・規定最小/最大脚長が即座に出る。
コピーボタンで結果を設計メモにそのまま貼れる。入力値は URL にも保持されないので、社外秘の荷重条件を扱っても安心だ。
具体的な使用例 — 6ケースで感覚を掴む
ケース1: 標準的な機械架台(100kN / 200mm / t=10mm / E70XX)
入力: F=100kN, L=200mm, t=10mm, E70XX, SF=1.0 結果: 必要喉厚 3.46mm / 計算上の必要脚長 4.89mm / 規定最小 5mm / 規定最大 8mm / 推奨脚長 5mm / 応力充足率 97.8%
解釈: 計算だけなら a=4.89mm でも足りるが、板厚10mmは AWS Table 7.7 の「6<t≤13」領域で最小5mm規定。1mm刻みで切り上げて5mm、規定とも一致して5mmに落ち着く。充足率97.8%はほぼ限界設計で、長期疲労が気になる用途なら安全率を1.2〜1.5掛けて6mmへ上げる判断もある。
ケース2: 薄板ブラケット(50kN / 150mm / t=6mm / E70XX)
入力: F=50kN, L=150mm, t=6mm, E70XX, SF=1.0 結果: 必要喉厚 2.31mm / 計算上の必要脚長 3.26mm / 規定最小 3mm / 規定最大 6mm / 推奨脚長 4mm / 応力充足率 81.5%
解釈: 計算値 3.26mm を ceil で4mmに切り上げたケース。規定最小3mmは余裕でクリア。t=6mmの薄板では最大脚長が板厚そのもの(=6mm)で抑えられるが、推奨4mmなら十分収まる。充足率 81.5% は健全設計の目安。薄板では「計算値よりceil切り上げ分」で余裕が乗ることを実感できるケース。
ケース3: 重荷重・厚板(200kN / 300mm / t=16mm / JIS SM490)
入力: F=200kN, L=300mm, t=16mm, JIS SM490, SF=1.0 結果: 必要喉厚 5.56mm / 計算上の必要脚長 7.86mm / 規定最小 6mm / 規定最大 14mm / 推奨脚長 8mm / 応力充足率 98.2%
解釈: SM490 用 G49 溶接棒の fv=120 MPa を適用したケース。計算値 7.86mm → ceil 8mm。規定最小6mm(13<t≤19領域)は下に余裕がある。充足率 98.2% は限界に近く、ここから荷重が10%増える設計変更があれば即座に a=9mm への見直しが必要。ツールが「推奨8mmだがほぼフル」と数値で示してくれるので判断が早い。
ケース4: 軽荷重・計算値が規定で持ち上がるケース(30kN / 100mm / t=12mm / E60XX)
入力: F=30kN, L=100mm, t=12mm, E60XX, SF=1.0 結果: 必要喉厚 2.42mm / 計算上の必要脚長 3.42mm / 規定最小 5mm / 規定最大 10mm / 推奨脚長 5mm / 応力充足率 68.3%
解釈: 計算上は a=3.42mm で済むが、t=12mm は「6<t≤13」領域で最小脚長5mm規定。推奨は規定側が勝って5mm。充足率は 68.3% と見かけ上スカスカだが、これは冷却速度確保のために最小規定が効いた結果であって過剰設計ではない。**「計算は余裕、でも規定で決まる」**典型パターン。
ケース5: 中荷重・ゆったり設計(80kN / 250mm / t=9mm / E70XX)
入力: F=80kN, L=250mm, t=9mm, E70XX, SF=1.0 結果: 必要喉厚 2.21mm / 計算上の必要脚長 3.13mm / 規定最小 5mm / 規定最大 7mm / 推奨脚長 5mm / 応力充足率 62.6%
解釈: 250mmと溶接長を十分取っているため計算値は 3.13mm と小さい。最小規定5mmで持ち上がり推奨5mm、充足率62.6%。溶接長を増やすと脚長は劇的に小さくできることが分かる例。200mmだと 3.92mm、150mmだと 5.22mm と、長さを削るほど脚長は跳ね上がる。設計の初期検討では「溶接長で稼ぐ」発想が有効だ。
ケース6: 厚板・大荷重・窓が広いケース(150kN / 180mm / t=22mm / JIS SM490)
入力: F=150kN, L=180mm, t=22mm, JIS SM490, SF=1.0 結果: 必要喉厚 6.94mm / 計算上の必要脚長 9.82mm / 規定最小 8mm / 規定最大 20mm / 推奨脚長 10mm / 応力充足率 98.2%
解釈: t=22mm は t>19mm 領域で最小脚長8mm規定だが、計算値 9.82mm の方が勝って推奨は ceil で10mm。最大脚長は t-2 = 20mm と広く、設計自由度は高い。充足率98.2%で限界近いが、窓が広いので荷重増加時には11, 12mmへ素直にスケールできる。厚板設計では「規定最小より計算値が勝つ」ケースが普通になる。
仕組み・アルゴリズム — ASD 導出と 0.707 と規定最小脚長
候補手法の比較: ASD vs LRFD
溶接設計の計算法は大きく2つ。ASD(Allowable Stress Design, 許容応力設計) は「許容応力 fv を材料規格から決め打ちし、作用応力 τ がそれを下回ることを確認する」古典的手法。LRFD(Load and Resistance Factor Design, 荷重耐力係数設計) は荷重側に割増係数 γ、耐力側に低減係数 φ を掛けて整合性を取る近代的手法だ。AWS D1.1 も2005年以降は両方を併記している。
このツールが ASD を採用したのは3つの理由からだ。
- 入力が1本化される: LRFD は荷重種別ごとに γ が変わる(死荷重1.2、活荷重1.6…)ため、ユーザーが荷重構成を分解して入れる必要が出る。脚長を決めるだけのシンプルUIに合わない。
- 日本の実務との親和性: JIS 鋼構造設計規準、JIS B 8266 は依然 ASD ベース。製缶・機械架台の現場感覚と一致する。
- 逆算の直感性:
a = F/(0.707·L·fv)という一発式で脚長が出る。ユーザーが値の妥当性を暗算でも確認できる。
LRFDが必要な建築本設計は別途専用ツール(将来対応)で分ける方針にした。
ASD 式の導出
隅肉溶接の破壊面は喉部(throat plane)と仮定する。喉面に作用するせん断応力は、
τ = F / A_throat
A_throat = t_throat × L = (0.707 · a) × L
これが許容応力 fv を超えないことを要求すると、
F / (0.707 · a · L) ≤ fv
⇔ a ≥ F / (0.707 · L · fv)
ツール内部ではこれを t_req = F/(L·fv) と a_req = t_req/0.707 の2段で計算している(数値丸めと可読性のため)。
0.707 の正体
この係数はしばしば「なぜ0.707?」と聞かれる。正体は単純で、45度直角二等辺三角形の斜辺に下ろした垂線の長さ/脚長の比だ。
斜辺 = a · √2
垂線(喉厚) = (斜辺) · sin(45°) × cos(45°) / ...
実は幾何的には: t_throat = a · sin(45°) = a / √2 = a × 0.7071067...
つまり 1/√2 の小数近似値。この値は A.W. Graeffe や W. Spraragen らの20世紀初頭の溶接強度実験で実験値にもよく合うことが確認され、AWS D1.1 や AISC に組み込まれた。詳細は Wikipedia: Fillet weld のThroat thickness 節も参照。
最小脚長規定の背景
AWS D1.1 Table 7.7 の最小脚長規定は 強度ではなく溶接金属の健全性から決まっている。厚板に小さな脚長で溶接すると、母材が巨大なヒートシンクとなって溶接金属を急冷し、急冷は水素を閉じ込めて水素脆化割れ(cold cracking) を引き起こす。
脚長が大きいほど入熱が増え冷却速度が遅くなる。経験式的に板厚と最小脚長は以下で結ばれる。
t ≤ 6mm → a_min = 3mm
6 < t ≤ 13 → a_min = 5mm
13 < t ≤ 19 → a_min = 6mm
t > 19mm → a_min = 8mm
この表はミリ換算された概算値で、原典はインペリアル単位(1/8, 3/16, 1/4, 5/16 inch)。だから境界値(6, 13, 19)は中途半端に見える。JIS 系も大筋同じ値を採用している。
計算例: ケース1のステップ追跡
F=100kN, L=200mm, t=10mm, E70XX (fv=144.6 MPa) を式に代入する。
t_req = F / (L · fv)
= 100,000 N / (200 mm × 144.6 MPa)
= 100,000 / 28,920
= 3.4578 mm
a_req = t_req / 0.707
= 3.4578 / 0.707
= 4.8908 mm
min_leg (6<t≤13) = 5 mm
max_leg (t>6) = t - 2 = 8 mm
recommended = max(ceil(4.8908), 5) = max(5, 5) = 5 mm
utilization = 4.8908 / 5 × 100 = 97.82 %
この一連の流れを React の useMemo で input 変更ごとに再計算し、結果セル・ゲージ・バナーに反映している。入力が空や負の時は早期 return で null を返し、ガード節で UI 側の表示分岐を単純化している。
他の溶接ツールとの違い
隅肉溶接まわりのツールは世の中にいくつかあるが、それぞれ役割が異なる。このツールは「脚長を決める側」に特化している点が最大の差別化ポイントだ。
既存の多くのツールは「脚長 a を入力すると応力 τ が返ってくる」チェック型だ。つまり設計者が先に「a=6mm で良さそう」と当たりをつけて、後から検証するスタイル。でも実務では逆方向に欲しい場面のほうが多い。「荷重は決まっている、溶接長も決まっている、じゃあ脚長はいくらにすべきか」——この逆算をワンタップで返す。
さらに、計算値だけを返すツールはよくあるが、AWS D1.1 Table 7.7 の最小脚長規定と、板縁の最大脚長規定(t ≤ 6 は t、t > 6 は t−2)を同時に照合し、ceil で 1mm 刻み切上げまでやってくれるツールは少ない。「計算上は 3.2mm で足りるけど、板厚 12mm だから最小規定で 5mm」という実務判断をツールが代わりに下してくれる。
また、weld-strength は既存の溶接部の健全性チェック、weld-fatigue は繰返し荷重下の寿命評価、weld-symbol-decoder は図面記号の読解、weld-heat-input は入熱管理、welding-filler-consumption は消耗材量の見積りと、フェーズごとに道具を使い分ける設計になっている。隅肉溶接の「初期設計 → 強度検証 → 疲労照査 → 図面化 → 施工計画」という一連の流れのなかで、このツールは最上流の「初期設計」を担当する。
豆知識・読み物
0.707 はどこから来たのか
喉厚係数 0.707 は唐突な数字に見えるが、中学校で習う 45度 直角二等辺三角形の性質そのものだ。脚長 a の等脚隅肉溶接を断面で切ると、斜辺が a√2、そこから垂線を下ろしたときの高さ(= 喉厚)が a/√2。分母を有理化して a·(√2/2) = a·0.7071…。だから「0.707」は歴史的定数というより、単なる 1/√2 の小数表示にすぎない。
面白いのはこの係数が AWS D1.1、JIS B 8266、Eurocode 3、ASME BPVC すべてで共通して採用されていること。溶接工学の多くのパラメータは国・規格ごとにバラつくが、幾何学由来のこの 0.707 だけは世界共通語だ。Wikipedia: Fillet weld にも図入りで解説がある。
E70XX の「70」って何?
AWS の電極規格 E70XX を見て「70 とは何だろう」と思ったことがある人は多いはず。答えは引張強度 70 ksi(キロポンド毎平方インチ)のことで、SI に直すと約 482 MPa。E60XX なら 60 ksi = 414 MPa。末尾の XX は溶接姿勢や被覆剤の種類を表す2桁コード(例: E7018 の 18 は低水素系の全姿勢電極)。
つまり電極の型番には強度がそのまま刻印されている。AWS D1.1 §2.6 ではこの Fxx から許容応力を fv = 0.30·Fxx として導く。E70XX なら 0.30 × 482 = 144.6 MPa、E60XX なら 0.30 × 414 = 124.2 MPa。このツールが電極を選ぶと自動で許容応力を差し替えるのは、この規格ロジックをそのまま実装しているからだ。
ちなみに日本の JIS Z 3211 系は「YGW11」「JIS SM490 対応棒」のような別体系で、ksi ではなく MPa 表記。歴史的経緯で AWS 系と JIS 系が併存しているが、現場では AWS 記号のほうが図面でよく見かける。
Tips
- 有効溶接長の補正: AWS D1.1 §2.4.2 では、回し溶接のない隅肉の始終端は応力集中のため「2a 分」を有効長から差し引く推奨がある。L=200mm・a=6mm なら実効は 200−2×6 = 188mm。ぎりぎりで充足率 100% 近い設計のときは、この補正を先に引いておくと安全側。
- 断続溶接の換算: 全長溶接ではなく「50−150(断続)」のような指示の場合、有効長 L は溶接部の合計長で入れる。たとえば 50mm 溶接を 4 箇所なら L=200mm。ただし断続溶接は疲労に弱いので、繰返し荷重には /weld-fatigue で別途チェック。
- 部分溶込み開先との比較: 必要脚長が 10mm を超えて最大規定にぶつかるときは、隅肉をあきらめて部分溶込み開先(PJP)や完全溶込み(CJP)に切り替えるのが定石。開先を入れると喉厚 = 板厚フルになるので、同じ荷重でも継手長を半分以下にできる。
- 追加安全率の使いどころ: デフォルトの SF=1.0 は規格ベース。動的荷重・予想外の偏心・検査困難な箇所は 1.25〜1.5 を乗じて余裕を持たせる。ボルト併用継手で溶接に 100% 頼らないケースでも SF を少し上げておくと安心。
- 非等脚隅肉は喉厚で判断: 7×5mm のような非等脚では、このツールの 0.707 係数は使えない。非等脚の喉厚は三角形の高さ計算で別途出す必要があり、その場合は /weld-strength のカスタム断面モードを使う。
よくある質問
LRFD(荷重抵抗係数法)と ASD(許容応力法)、どちらで計算しているの?
このツールは ASD(Allowable Stress Design、許容応力法)で計算している。AWS D1.1:2020 §2.6 の fv = 0.30·Fxx を許容応力として採用し、設計荷重をそのまま許容応力と比較する方式。日本の JIS 鋼構造設計規準も歴史的に ASD ベースで、実務の肌感覚に合わせやすい。
LRFD(Load and Resistance Factor Design)で設計する場合は、荷重側に荷重係数(1.2D+1.6L 等)を乗じ、抵抗側に φ=0.75(せん断)を乗じる。同じ継手でも係数の掛かり方が違うため、必要脚長は ASD より若干厚めに出ることが多い。LRFD で厳密にやりたい場合は、入力荷重をあらかじめ係数荷重に換算してから本ツールを使うか、AISC Manual Part 8 を参照してほしい。
電極と母材のマッチング(matching filler metal)って必要?
原則として、母材の強度ランクと同等以上の電極を選ぶのがルール(AWS D1.1 Table 3.2)。たとえば A36(Fy=250 MPa)や SS400 相当の母材には E60XX または E70XX、A572 Gr.50 や SM490 には E70XX 以上。アンダーマッチ(母材より低強度の電極)は原則禁止で、高強度母材に低強度電極を使うと溶接金属が先に破断する。
ただし過剰にオーバーマッチすると、熱影響部(HAZ)の硬化や水素割れリスクが上がるので、必要以上の強度差も避けるべき。このツールの電極選択は規格対応の代表組み合わせを並べているので、母材規格に合ったものを選べばマッチング条件を外すことはない。
繰返し荷重がかかる場合、このツールの結果をそのまま使って大丈夫?
ダメ。このツールは静的荷重前提の設計計算で、疲労照査は含まれていない。繰返し荷重下の隅肉溶接は、静的強度の 1/3〜1/5 程度の応力振幅で疲労破壊することがある(JSSC 疲労設計指針 E等級・F等級)。特に溶接止端部の応力集中は厳しく、ASD で充足率 50% 程度に抑えても 10⁶ 回で割れる事例がある。
風荷重・交通荷重・機械振動・クレーン走行など繰返し性のある荷重は、本ツールで必要脚長を出したあと、必ず /weld-fatigue で S-N 曲線に沿った寿命評価をしてほしい。
非等脚(不等脚)隅肉溶接には対応している?
このツールは等脚前提(0.707 係数)なので、7×5mm のような非等脚には直接対応していない。非等脚が必要になるケースは、
- 上板と下板で板厚が大きく異なり、最大脚長規定が左右で別になる
- 角回し部で意図的に脚長を変える
- 美観・仕上げで片側を小さくしたい
のような場面。このときの喉厚は三角形の高さを幾何学的に求める必要があり、 a_t = (a1·a2) / √(a1² + a2²) となる。計算が複雑になるため /weld-strength 側のカスタム断面入力で検証してほしい。非等脚は溶接記号の書き方も独特なので、図面化のときは /weld-symbol-decoder も併用するとミスが減る。
安全率の入力欄、デフォルトの 1.0 のままでいい?
規格(AWS D1.1 / JIS)の許容応力そのものに既に 3 倍近い安全マージンが組み込まれているので、静的荷重で検査条件が整っている場合は 1.0 のままで問題ない。ただし以下のケースは 1.25〜1.5 を推奨する。
- 偏心荷重・2次応力が予想されるが厳密計算を省略したい
- 検査が目視のみで UT/RT が入らない
- 仮設構造・短期使用だが人命に関わる(足場・吊治具等)
- 設計荷重の精度が低い(推定値ベース)
逆に 1.0 未満には絶対に設定しないこと。規格許容値を下回る設計は根拠を失う。
まとめ
隅肉溶接の脚長設計は、計算式自体はシンプルでも、最小規定・最大規定・電極マッチング・疲労といった周辺条件が絡むため実務では意外と判断材料が多い。このツールは AWS D1.1 ASD 法をベースに、必要脚長の逆算から規定照合・推奨値切上げまでを 1 画面で片付けられるよう作った。初期設計で当たりをつけたら、/weld-strength で健全性を再確認し、繰返し荷重があれば /weld-fatigue で寿命評価、図面化の段階では /weld-symbol-decoder で記号を確認、施工側では /weld-heat-input と /welding-filler-consumption で入熱と消耗材量を管理——という一連の流れで使ってほしい。計算結果に疑問があればお問い合わせページから連絡を。