たった50℃で121MPa — 熱応力の公式に「長さ」が入っていない
両端をがっちり固定された鋼の部材が、50℃だけ温度上昇したとする。内部に生じる応力はどれくらいか。答えは約121MPa。SS400の降伏点235MPaの半分を超える値だ。しかもこの数字、部材が10mの配管でも10cmの試験片でも変わらない。熱応力の公式 σ = E·α·ΔT には長さLが入っていない——材料力学で初めてこの式に出会ったとき、誰もが一度は「Lはどこに消えた?」と戸惑うはず。
温度変化という、目に見えず手で触れても気づきにくい負荷が、外力ゼロのまま降伏点級の応力を部材に叩き込む。これが熱応力の怖さであり、面白さでもある。このツールは、完全拘束・ギャップ付き拘束・二材組合せの3モードで熱応力を計算し、降伏点との比較判定まで一括表示する熱応力計算機だ。SS400・SUS304・A5052・銅C1100の材料定数プリセット付きで、ΔTを入れれば数秒で「何MPaか、引張か圧縮か、降伏点の何%か」まで分かる。
なぜ作ったのか — 伸び量が分かっても「で、壊れるの?」に答えられない
このサイトには熱膨張まわりのツールがすでに3つある。/thermal-fit(焼きばめの締め代・面圧)、/pipe-thermal-expansion(配管の熱伸び量)、/expansion-loop(ループでの変位吸収可否)。作りながら気づいたのは、これらが全部「変位側」のツールだということ。伸び量が17.7mmだと分かる。ループで吸収できるかも判定できる。でも、拘束されて逃げ場がなかったとき部材の中で何が起きるか——つまり「で、応力は? 壊れるの?」という一番肝心な問いに答えるツールが空白のまま残っていた。
実は配管熱伸びツールの記事を書いたとき、「拘束された場合の応力は σ=EαΔT で暗算できる」と一文添えようとして手が止まった。符号はどっちだ(昇温は圧縮、降温は引張)。ギャップがあったら? 鋼ボルトとアルミフランジみたいな異種材料の組合せは? 二材の内力式は分母に 1/E1A1+1/E2A2 が入る形で、電卓で毎回叩くには指数の桁ミスが怖い。「暗算でどうぞ」と書ける代物ではなかった。それなら符号判定・ギャップ吸収・二材内力まで面倒を見る計算機を作ってしまおう、というのが直接の動機だ。
もうひとつの動機が書籍連動。本アプリは、執筆中のKindle続編『材料力学 応用編』の熱応力章のテーマと連動するツールとして設計した。書籍で式の導出を追い、アプリで数値を動かして体感する、という往復を想定している。
熱応力とは何か — 拘束された熱ひずみが応力に変わる
熱応力とは — 第一原理から考える
金属は温度が上がると伸びる。原子の熱振動が激しくなり、原子間の平均距離が広がるからだ。その伸びの割合を決めるのが線膨張係数α。鋼なら11.8×10⁻⁶/℃——1mの棒が1℃の昇温で0.0118mm伸びる。
ポイントはここから。自由に伸び縮みできるなら、温度が何℃変わっても応力はゼロ。熱応力は温度そのものではなく、「伸びようとするのを邪魔されること」で生じる。両端を剛壁に固定された棒がΔTだけ昇温すると、本来 α·ΔT のひずみ分だけ伸びたいのに、全長は1mmも変わらない。つまり熱ひずみと同じ大きさの弾性ひずみ(圧縮)が強制され、それにヤング率Eを掛けたものが熱応力になる。
身近なたとえがふたつある。ひとつは昔の鉄道レールの継目。ガタンゴトンの正体は、夏の熱伸びを逃がすためにわざと空けた隙間だ。隙間なしで完全に固定すれば、炎天下のレール内部には巨大な圧縮軸力が溜まる。もうひとつはジャムの瓶。金属ふたが固くて開かないとき熱湯をかけるのは、αの大きい金属ふたがガラス瓶より大きく膨張して緩むから。これは異種材料の膨張差——後述する二材組合せの熱応力そのものを、日常で逆手に取っている例だ。
熱応力の公式 EαΔT はどう導かれるか
導出は3行で終わる。
熱ひずみ: ε_th = α·ΔT
完全拘束: 全ひずみ = ε_th + ε_elastic = 0
熱応力: σ = E·ε_elastic = −E·α·ΔT
昇温(ΔT>0)ならσは負=圧縮、降温(ΔT<0)なら正=引張。SS400でΔT=+50℃なら σ = 205000×11.8×10⁻⁶×50 ≈ 121MPaの圧縮。冒頭の数字はこうして出てくる。
なぜ長さLに依存しないのか
応力を決めるのはひずみ、つまり「単位長さあたりの変形」だ。伸び量 δ_free = α·ΔT·L は長さに比例するが、ひずみは δ/L = α·ΔT となってLが消える。長い部材は「たくさん伸びたいが、たくさん押し戻される余地もある」ので、単位長さで見た窮屈さはどの長さでも同じ。Lが効いてくるのは、伸び量そのものを問題にする場面——サポートとの取り合いや、次のギャップとの比較——だけだ。
ギャップ付き拘束と二材組合せへの拡張
実物の拘束は完全剛壁ばかりではない。壁との間に隙間gがあれば、自由伸びδ_freeがg以下のうちは応力ゼロ。超えた分のひずみ α·ΔT − g/L だけが拘束されて応力になる。ここでは珍しくLが式に残る。ギャップを「ひずみに換算」するとg/Lになるからだ。降温はギャップが開く方向なので常に応力ゼロ。
もうひとつの頻出パターンが、αの違う2材料を同じ長さで両端結合した二材組合せ。鋼ボルト×アルミフランジのような構造では、昇温するとαの大きいアルミが余計に伸びたがり、鋼に引き止められる。結果、アルミは圧縮・鋼は引張の内力Fを分け合う。外力が一切なくても内部で力の綱引きが起きる——これが熱応力の最大の特徴だ。
実務での重要性 — 完全拘束の鋼はΔT97℃で降伏する
SS400の完全拘束熱応力は1℃あたり約2.42MPa(=205000×11.8×10⁻⁶)。降伏点235MPa(JIS G 3101、板厚16mm以下の下限値)をこれで割ると約97℃。たった97℃の昇温で、完全拘束された軟鋼は計算上降伏する。蒸気配管の昇温は150℃級だから、拘束を逃がさない設計は確実に降伏域。真夏と真冬の年較差40℃程度の屋外鉄骨でも約97MPaと、無視できない大きさになる。
数値を確認せずに拘束したまま使うと何が起きるか。まず配管サポート・固定金具の破損。熱応力の反力は断面積を掛けると数十kN級になり(後述のケース2では167.75kN)、想定していないサポートは変形・脱落する。ボルト締結体では温度上昇でボルト軸力が変動し、緩みやガスケットのリーク、逆に増締め状態での降伏が起きる。鉄道のロングレールは継目を溶接でなくした代わりに、敷設時の設定温度と軸力管理が絶対条件になった——拘束系の熱応力管理そのものだ。そして見落とされがちなのが降温側。冬季の冷却は引張応力を生み、低温・引張・切欠き(溶接止端)という脆性破壊の3条件が揃いやすい。圧力容器の規格(JIS B 8265)が熱応力を含めた応力評価を求めるのは、この種の事故が実際に起きてきたからだ。
実務感覚として重要なのは、熱応力が「強い材料に替えれば解決」ではない点。σ=EαΔTに材料強度は入っていない——高強度鋼に替えても発生応力はほぼ同じで、降伏までの余裕が増えるだけだ。第一選択はあくまで拘束を緩めて逃がすこと(伸縮継手・ループ・ギャップ・固定点配置)。本ツールの完全拘束モードは「逃がさなかったら何MPaか」という安全側の上限を数字で突きつけ、対策の要否判断を数秒で済ませるためにある。
熱応力チェックが効く4つの現場
- 蒸気・温水配管の固定点間チェック——アンカーで拘束される直管部の応力とサポート反力を試算。ΔTが大きければ伸縮継手やループ検討の根拠になる。変位側の検討は /pipe-thermal-expansion と /expansion-loop が受け持つ。
- 屋外鉄骨・橋梁部材の温度応力——夏冬の温度差による応力と、伸縮目地のギャップ設計。ギャップモードで「何mmの目地があれば応力ゼロか」を確認できる。
- 鋼ボルト×アルミ被締結体の温度上昇——エンジン・パワエレ筐体などアルミフランジを鋼ボルトで締める構造は、昇温でボルト張力が増える。二材モードで内力と各材の応力を分けて評価。
- 材料力学の学習・資格試験対策——熱応力は技術士一次試験や機械設計技術者試験の定番テーマ。符号(引張/圧縮)まで即答するので、手計算の検算に使える。
基本の使い方 — 3ステップ
- 計算モードを選ぶ。完全拘束・ギャップ付き拘束・二材組合せの3択。迷ったら代表シナリオプリセット6件(蒸気配管の昇温、橋梁の伸縮目地、鋼ボルト×アルミフランジなど)をタップすれば、モード・材料・数値が一括セットされる。
- 材料と温度変化を入力。材料プリセット(SS400・SUS304・A5052・銅C1100)を選ぶとヤング率E・線膨張係数α・降伏点σyがまとめて入る。温度変化ΔTは昇温が正・降温が負(20℃→70℃なら+50)。完全拘束とギャップでは部材長さL、ギャップモードでは隙間g、二材モードでは両材の断面積も入力する。
- 結果と判定を確認。熱応力の大きさと引張/圧縮の別、自由熱伸び量、拘束反力、そして降伏点に対する比率σ/σyが表示される。判定は80%未満=弾性域(余裕あり)・80〜100%=注意・100%以上=降伏域の3段階。
具体的な使用例 — 検証済み8ケース
以下の8ケースは、実装した計算エンジンの自動テスト(testVectors)で検証済みの値そのままだ。入力→結果→解釈の順で見ていく。
ケース1: 蒸気配管の昇温(完全拘束・SS400)
- 入力: 完全拘束、SS400(E=205GPa・α=11.8×10⁻⁶/℃・σy=235MPa)、ΔT=+150℃、L=10000mm
- 結果: 自由熱伸び17.7mm、熱応力は圧縮362.85MPa、σ/σy=154.4%(降伏域)
- 解釈: 150℃昇温を完全拘束で受けると降伏点の1.5倍超。実配管が伸縮継手・ループ・サポート計画で熱変位を逃がす理由がこの数字に集約されている。
ケース2: 屋外SUS配管の冬季冷却(完全拘束・SUS304)
- 入力: SUS304(E=193GPa・α=17.3×10⁻⁶/℃・σy=205MPa)、ΔT=−40℃、L=5000mm、A=1256mm²
- 結果: 自由伸び−3.46mm(収縮)、引張133.56MPa(σ/σy=65.1%)、拘束反力167.75kN
- 解釈: 降温は引張側。SUS304はαが大きくE·αは鋼の約1.4倍あるため、−40℃でも130MPa超に達する。反力167.75kNはサポート・アンカーの設計荷重に直結する。
ケース3: 注意域の境界(完全拘束・SS400・ΔT+80℃)
- 入力: SS400、ΔT=+80℃、L=10000mm
- 結果: 圧縮193.52MPa、σ/σy=82.3%(注意域)
- 解釈: 80℃で早くも降伏点の8割。材料定数のばらつきや溶接止端の応力集中を考えると局部降伏がありうる領域で、ツールは黄色の注意表示に切り替わる。
ケース4: 橋梁の伸縮目地——ギャップ内で吸収(ギャップ付き・SS400)
- 入力: ΔT=+40℃、L=20000mm、g=10mm
- 結果: 自由伸び9.44mm ≤ ギャップ10mm → 熱応力0
- 解釈: 20mスパンの夏の伸び9.44mmは目地10mmに収まり、応力は一切生じない。目地幅の妥当性チェックがそのままできる。
ケース5: ギャップ超過——はみ出した分だけ応力(ギャップ付き・SS400)
- 入力: ΔT=+100℃、L=10000mm、g=5mm、A=500mm²
- 結果: 自由伸び11.8mm > 5mm → 圧縮139.4MPa(σ/σy=59.3%)、拘束反力69.7kN
- 解釈: 完全拘束なら241.9MPaで降伏域のところ、5mmのギャップが応力を6割弱まで下げた。ギャップの「効き」が定量的に分かる。
ケース6: 鋼ボルトM20×アルミフランジの昇温(二材・SS400×A5052)
- 入力: 材料1=SS400・A1=245mm²(M20の有効断面積)、材料2=A5052(E=70GPa・α=23.6×10⁻⁶/℃・σy=195MPa)・A2=2000mm²、ΔT=+60℃
- 結果: 内力F=26.17kN、ボルトは引張106.82MPa(45.5%)、フランジは圧縮13.09MPa(6.7%)
- 解釈: αの大きいアルミが伸びたがり、鋼ボルトが引き伸ばされる。初期締付け軸力にこの内力が上乗せされるイメージで、昇温時のボルト増力・ガスケット面圧変化の一次評価になる。
ケース7: SUS×鋼の異材組合せ(二材・SUS304×SS400)
- 入力: SUS304(A1=1000mm²)×SS400(A2=1000mm²)、ΔT=+100℃
- 結果: 内力F=54.68kN、SUSは圧縮54.68MPa(26.7%)、鋼は引張54.68MPa(23.3%)
- 解釈: 断面積が等しければ応力の大きさは両材で同じになり、αの大きいSUS側が圧縮を受け持つ。異材溶接構造やクラッド材で起きる内力の綱引きを定量化できる。
ケース8: 同一材料の二材(SUS304×SUS304)
- 入力: SUS304×SUS304、A1=A2=1000mm²、ΔT=+100℃
- 結果: 内力F=0、σ1=σ2=0
- 解釈: αが同じなら両材は同じだけ伸び、内力は生じない。「熱応力の原因は温度ではなく膨張差と拘束」という原理をそのまま確認できる検算ケースだ。
8ケースを通して見ると、同じΔTでも拘束条件と材料の組合せで結果が0MPaから360MPa超まで振れることが分かる。だからこそ、条件を変えて即座に比較できる計算機に意味がある。
仕組み・アルゴリズム — 閉形式解を選んだ理由と検算例
FEMではなく閉形式を選んだ理由
熱応力の評価手法は大きく2つある。ひとつはFEM(有限要素法)による熱応力解析。温度分布・複雑形状・局所応力まで追えるが、モデル化と解析に時間がかかり、ブラウザで即答する用途には向かない。もうひとつが材料力学の閉形式公式。一次元・均質・線形弾性・完全剛拘束という仮定を置く代わりに、電卓レベルの計算で答えが出る。実務の一次チェックで知りたいのは「桁と傾向」であり、完全剛拘束の仮定は実応力より大きめ——つまり安全側の上限——を与える。だから本ツールは閉形式を採用し、その代わり実務で最頻の3つの拘束パターン(完全拘束・ギャップ付き・二材並列)を網羅する構成にした。
3モードの計算式と符号規約
// 符号規約: 引張=正・圧縮=負
// [1] 完全拘束
δ_free = α·ΔT·L // 自由熱伸び量 [mm](負=収縮)
σ = −E·α·ΔT // 昇温→圧縮、降温→引張
F = |σ|·A / 1000 // 拘束反力 [kN](A入力時のみ)
// [2] ギャップ付き拘束
if (ΔT ≤ 0 または δ_free ≤ g) σ = 0 // 降温 or ギャップ内で吸収
else σ = −E·(α·ΔT − g/L) // 超過ひずみ分のみ拘束
// [3] 二材並列組合せ(同一長さ・両端剛板結合)
F = (α1−α2)·ΔT / (1/(E1·A1) + 1/(E2·A2)) // 内力 [N]
σ1 = −F/A1、 σ2 = +F/A2 // αが大きい側が圧縮(昇温時)
// 降伏判定(σy入力時)
ratio = |σ|/σy × 100 // <80% 良好 / 80〜100% 注意 / ≥100% 降伏域
二材の式は2つの条件の連立から導かれる。力のつり合い(外力ゼロなので両材の内力は大きさが等しく逆向き)と、変形の適合(両端が剛板で結ばれているので両材の伸びは等しい)。「熱による自由伸び+内力による弾性伸び」を両材で等置すると長さLが両辺から消え、上のFの式が残る。応力が長さに依存しない構造は、ここでも変わらない。
検算例1: 蒸気配管ΔT=+150℃(ケース1)
熱ひずみ: α·ΔT = 11.8×10⁻⁶ × 150 = 1.77×10⁻³(0.177%)
自由伸び: δ_free = 1.77×10⁻³ × 10000 = 17.7 mm
熱応力: σ = −205000 × 1.77×10⁻³ = −362.85 MPa(圧縮)
判定: 362.85 / 235 = 154.4% → 降伏域
検算例2: 鋼ボルト×アルミフランジΔT=+60℃(ケース6)
E1·A1 = 205000 × 245 = 50,225,000 N
E2·A2 = 70000 × 2000 = 140,000,000 N
1/(E1·A1) + 1/(E2·A2) = 2.70533×10⁻⁸ [1/N]
(α1−α2)·ΔT = (11.8 − 23.6)×10⁻⁶ × 60 = −7.08×10⁻⁴
F = −7.08×10⁻⁴ / 2.70533×10⁻⁸ = −26,170.6 N → |F| = 26.17 kN
σ1 = −F/A1 = 26170.6 / 245 = +106.82 MPa(鋼ボルト: 引張)
σ2 = +F/A2 = −26170.6 / 2000 = −13.09 MPa(アルミ: 圧縮)
ギャップモードの分岐は「ギャップをひずみに換算して差し引く」だけのシンプルな考え方で、g/Lを α·ΔT から引く。降温(ΔT<0)は部材が縮んでギャップが開く方向なので無条件にσ=0とし、その旨を画面にも表示する。降伏判定は入力したσyとの単純比較で、80%と100%の2閾値が判定カードの3段階表示(弾性域・注意・降伏域)に対応する。なお熱応力は変位制御なので、100%超=即破断ではない。ただし塑性変形・残留応力・温度サイクルによる熱疲労の起点になるため、計算結果が降伏域なら拘束の緩和を検討すべき、というのがツールの一貫したメッセージだ。
変位を見るツール、応力を見るツール — 兄弟アプリとの使い分け
当サイトには熱膨張を扱うツールがすでに3つある。守備範囲がそれぞれ違うので、整理しておく。
| ツール | 出すもの | 答える質問 |
|---|---|---|
| /pipe-thermal-expansion | 配管の熱伸び量 mm | どれだけ伸びる? |
| /expansion-loop | ループの吸収可否 | その伸びを逃がせる? |
| /thermal-fit | 焼きばめの締め代・面圧 | 熱膨張をどう利用する? |
| 本ツール | 熱応力 MPa+降伏判定 | 逃がせなかったら壊れる? |
上の3つは基本的に「変位側」のツールだ。伸び量が何mmか、それをループで吸収できるか、締め代として使えるか。一方で本ツールは「応力側」に立つ。拘束されて逃げ場を失った熱ひずみが何MPaの応力に転化し、降伏点に対して何%まで来ているかを判定する。
実務での流れは「伸び量 → 応力 → 対策」の順で考えると迷わない。まず /pipe-thermal-expansion で固定点間の伸び量を把握する。伸びを逃がせない拘束区間があるなら、本ツールで応力と降伏判定を確認する。判定が注意域・降伏域なら、/expansion-loop でループによる吸収を検討するか、本ツールのギャップ付きモードで伸縮目地・隙間の必要量を逆算する。/thermal-fit だけは毛色が違い、熱膨張を「敵」ではなく「道具」として使う焼きばめの計算だ。同じ α·ΔT が、あちらでは締結力になり、こちらでは壊す力になる。
豆知識 — レールと宇宙機と熱応力
新幹線のロングレールはなぜ座屈しないのか。 継目を溶接でつないだロングレールは、まくらぎと締結装置でほぼ完全拘束に近い状態にある。夏の昇温で発生する圧縮軸力は本ツールの完全拘束モードそのもので、レール鋼の断面積を考えると数百kN級になる。それでも座屈しないのは、レールを敷設する際の「設定温度(中立温度)」を管理して夏冬の応力振幅を振り分け、道床の横抵抗力で座屈を押さえ込んでいるからだ。熱応力を「ゼロにする」のではなく「管理する」設計の代表例といえる。
バイメタルサーモスタットは熱応力の曲がり版。 本ツールの二材組合せモードは、両端を剛板で結合して軸力だけを取り出す並列モデルだが、2枚の板を面で貼り合わせると内力がモーメントに変わって湾曲する。これがバイメタルで、こたつやアイロンの温度スイッチとして100年近く使われてきた。α の差が生む力は、壊す方向にも、スイッチを入れる方向にも働く。
SUSの熱応力は鋼の約1.4倍。 完全拘束の熱応力は σ = E·α·ΔT なので、材料の効き方は E×α の積で決まる。SUS304 は 193×17.3 ≈ 3339、SS400 は 205×11.8 ≈ 2419 で、比を取ると約1.38倍。「SUSはEが小さいから応力も小さいだろう」という直感は、αの大きさに負ける。ステンレス配管の熱応力チェックが鋼管より厳しくなる理由がここにある。
宇宙機は熱サイクルとの戦い。 地球周回衛星は日照と日陰を90分ごとに繰り返し、表面温度は±100℃級で振動する。異種材料の接合部には昇温・降温のたびに符号が反転する熱応力が発生し、はんだ接合部の熱疲労は人工衛星の代表的な故障モードのひとつだ。ΔTを1回入力して終わりではなく「何回繰り返すか」まで見るのが熱設計の奥行きである。
使いこなしのコツ
- ΔTは施工時(無応力時)の温度を基準に取る。 使用時の温度そのものではなく「応力ゼロで組み付けた温度との差」が効く。夏に施工した配管なら冬の降温側が、冬施工なら夏の昇温側が厳しくなる。最高使用温度と最低温度の両側でΔTを取り、絶対値の大きい方でチェックする。
- σyに0.2%耐力を使うときは高温での強度低下も意識する。 SUS304やアルミには明確な降伏点がなく、プリセットも0.2%耐力を採用している。さらに高温では耐力自体が低下する(SUS304は300℃で常温の約6割)。100℃を大きく超える用途では、常温σyのままの判定は不利側に外れることを覚えておく。
- ボルト×被締結体の評価では A1 に有効断面積を使う。 二材組合せモードで鋼ボルト×アルミフランジを計算するとき、ボルトの断面積は呼び径の円ではなくねじの有効断面積(M20なら245mm²)を入れる。呼び径断面で計算すると応力を2割以上小さく見積もってしまう。
- 完全拘束の結果は「上限目安」として読む。 実際の壁・架構・サポートは有限の剛性を持つため、実応力は本計算より小さくなるのが普通だ。完全拘束でOKなら実機は確実にOK、NGなら拘束剛性を考慮した詳細検討かFEMへ進む、というスクリーニングの使い方が正しい。
よくある質問
熱応力が部材の長さLに依存しないのはなぜ?
応力はひずみで決まるからだ。拘束される熱ひずみ α·ΔT は「単位長さあたりの伸び」なので、部材が1mでも10mでも同じ値になり、σ = E·α·ΔT にLは現れない。Lが効くのは自由熱伸び量 δ_free = α·ΔT·L と、ギャップ付きモードでの実効ひずみ(α·ΔT − g/L)の計算だ。同じギャップ10mmでも、L=20mなら吸収しきれるがL=5mでは超過する、という形でLが判定に効いてくる。
降伏判定が100%を超えたら破断するということ?
即破断ではない。熱応力は変位制御(伸びの量が決まっていて、それ以上は力が増えない)なので、荷重制御の引張試験のように降伏後も力が増え続けて千切れる、という壊れ方はしない。ただし塑性変形と残留応力が生じ、温度サイクルの繰返しで熱疲労破壊の起点になる。100%超が出たら、伸縮継手・ループ・ギャップによる拘束の緩和や材料変更を検討するサインと読むのが正しい。
二材組合せの「並列」と「直列」は何が違う?
本ツールが扱うのは並列モデル、つまり同一長さの2部材を両端の剛板で結合し、両者が常に同じ長さでいることを強制する構成だ(鋼ボルト×アルミフランジが典型)。αの差の分だけ内力Fが発生し、片方が圧縮・もう片方が引張になる。一方、2部材を端どうしで縦につないだ直列構成では、互いを拘束しなければ全体の伸びは各材の自由伸びの単純な和になり、外部拘束がない限り熱応力は生じない。評価したい構造がどちらかを先に見極めること。
昇温なのに応力が「圧縮」と表示されるのはなぜ?
伸びようとする部材を壁が押し返すからだ。昇温した部材は α·ΔT·L だけ伸びたいのに、両端の拘束がそれを許さない。結果として部材は「伸びた状態から押し縮められた」のと同じ力学状態になり、圧縮応力が残る。逆に降温では縮もうとする部材を壁が引き留めるので引張になる。降温側の引張は溶接部の脆性破壊リスクに直結するため、符号の意味は結果の読み取りで重要だ。
入力した設計データはどこかに保存・送信される?
されない。計算はすべてブラウザ内のJavaScriptで完結しており、温度・材料定数・断面積といった入力値がサーバーに送信されることはない。設計中の実案件の数値をそのまま入れて試しても、データが外部に残る心配はない。ページを閉じれば入力値も消える。
まとめ — 伸び量の先にある「壊れるのか」に答える
温度変化と材料を入れるだけで、σ = E·α·ΔT ベースの熱応力と降伏判定まで一気に出す。完全拘束・ギャップ付き・二材組合せの3モードで、配管の固定点間からボルト×フランジの異材締結まで守備範囲に収めた。伸び量の把握は /pipe-thermal-expansion、ループでの吸収検討は /expansion-loop、熱膨張を利用する側の計算は /thermal-fit と組み合わせれば、「伸びる → 逃がす → それでも残る応力を判定する」の一連の流れがブラウザだけで完結する。
計算結果への疑問や機能の要望があれば、お問い合わせから気軽に送ってほしい。