「アルミにはジルコニウム?それともチタン?」と毎回検索していた
設計レビューでこんなやり取り、覚えがあるよね。「この部品、ELV対応で六価クロメートは使えないんだけど」「鉄ならリン酸亜鉛で行きましょう」「でもアルミ部品はどうする?」「えーと、ジルコニウム系?」「いや、チタン系のほうがアルミは…」と、空気がにごる瞬間。
化成処理は、素材によって使える薬液がガラリと変わる。さらに RoHS・ELV・REACH の規制で六価クロメートが事実上消えてからは、メーカー各社がクロムフリー薬液をこぞって出してきて選択肢が爆増した。アルファメックや三和鍍金の PDF を 5 社ぶん横断して、応用素材表を見比べて、SST 値を読み取って、ようやく「これかな」と決める。所要時間 1 時間。週に何回もやるとさすがに疲弊する。
このツールは、その横断作業をワンフォームで終わらせるためのもの。素材・目的・規制・SST 要求・トップコートを 5 つ選ぶと、ルールベース推論で上位 3 候補をスコア順に返す。「鉄 SS400 + 塗装下地 + ELV + SST480 + 粉体塗装」なら zinc-calcium-phosphate が出る、というレベルで具体的に。化成処理選定の最初の 1 手を、5 秒で済ませたい。
なぜ作ったのか — メーカーPDFを5社ぶん横断するのが嫌だった
きっかけは自動車内装部品の表面処理レビューで詰まった日のこと。ELV 対応で六価クロメートが使えない、SST 480 時間欲しい、トップコートは粉体塗装で固定。鉄部品は「リン酸亜鉛」一択で済むんだけど、同じアセンブリのアルミブラケットで悩んだ。
候補は zirconium・titanium・hybrid-organic。3 社のカタログを開いて、適用素材表を見比べる。あるメーカーは「アルミ A6000 系に最適」と謳い、別メーカーは「チタン系のほうが密着が出る」と書く。SST 値も 380 時間と 480 時間で揺れる。最終的にコスト指数(≒薬液単価×処理工程数)まで含めて比較表を Excel で作って、レビュー会議の 2 時間前にようやく決まった。
「これ、毎回やるのか…」と思った。化成処理は 11 種類。素材は 11 種類。目的は 6 種類。規制は 4 種類。SST 要求は 5 段階。組合せは数千通り。判断軸は (a) 適用素材に入っているか、(b) 規制適合か、(c) 目的(耐食・塗装下地・装飾・潤滑)に向いているか、(d) SST 要求を満たすか、(e) コスト・処理量で現実的か。これを毎回手作業でやるのは無理がある。
このツールは、その判断ロジックを purposeWeights(目的×処理タイプの相性表)と sstRequiredHours(要求 SST テーブル)に落とし込んで、5 つの選択でスコア化するようにした。weight × sstScore × costScore × volumeBonus × topcoatBonus × lubricationBonus の積を全候補について計算し、降順に並べる。最終仕様の確定はやはり処理メーカーとの打合せが要るけれど、レビュー会議に持っていく「たたき台」が 5 秒で出るだけで、設計の手戻りは確実に減る。
化成処理 とは — 素材表面に薄い反応性皮膜を化学的に作る技術
化成処理の正体は「電気化学的に作る薄い皮膜」
化成処理(conversion coating)は、金属表面に薬液を反応させて、本来の素材の一部を別の化合物(リン酸塩・酸化物・金属酸化物の薄膜)に「変換」する処理を指す。塗装やめっきが「上から重ねる」のに対して、化成処理は「素材自体を変える」というのがポイント。例えるなら、塗装は厚化粧で、化成処理は日焼け止め。素材になじむぶん、剥がれにくく、塗装の下地として優秀。
代表例がリン酸亜鉛。鉄表面にリン酸亜鉛溶液をかけると、鉄が反応して表面に微細な結晶皮膜(Zn3(PO4)2・4H2O など)が析出する。皮膜厚は 1〜3 µm 程度と非常に薄いが、塗装後の密着強度・耐食性能を桁違いに引き上げる。詳細は Wikipedia 化成処理 や JIS K 3150(塗装下地用りん酸塩化成処理)を参照。
3大カテゴリ — リン酸塩 / クロメート / ノンクロメート
- リン酸塩系: リン酸亜鉛・リン酸マンガン・リン酸鉄・ジンクカルシウムリン酸塩。鉄や亜鉛めっきが対象。塗装下地・潤滑用途で歴史が長い。
- クロメート系(六価): かつての主流だったが、RoHS・ELV・REACH で 事実上禁止。本ツールでは候補から除外している。
- 三価クロメート: 六価の代替として広く採用される。電気亜鉛めっき向けに
trivalent-clear・trivalent-yellow・trivalent-blackの 3 系統。 - ノンクロメート(クロムフリー): ジルコニウム系・チタン系・有機-無機ハイブリッド。アルミ・マグネシウムなど非鉄向けで採用が急速に進む。皮膜厚は 50〜100 nm と薄く、外観影響が少ないのが武器。
不働態化との違い
ステンレスや一部のチタン合金は、空気中で自然に酸化皮膜(不働態膜)を形成し、それ自体が耐食バリアになる。これは「化成処理」というより「自然形成の皮膜」で、追加の薬液処理は不要。本ツールでは stainless + corrosion-only の組合せに対して no-treatment(不働態のみで十分)を返す特殊分岐を入れてある。
化成処理 とは何か、これだけ抑えておけば、薬液選定の議論についていける。
実務での重要性 — ED塗装下地不良はリコール直結
早期錆事故と「化成処理不良」の因果
自動車のエクステリア部品で「2 年で赤錆が浮いた」というクレームが出ると、原因の上位に必ず化成処理不良が入る。塗装は健全でも、化成処理皮膜が均一でなかったり、リン酸亜鉛の結晶が粗大化していたりすると、塩水浸入時に下地から腐食が進む。塗装の下に錆が広がる「アンダーカット腐食」は、見た目では分からず、ある日突然塗膜が浮いてユーザークレーム化する。
電着塗装(ED 塗装)の下地に zinc-calcium-phosphate を選ぶのが定石なのも、ED 塗装の電気化学的な反応に対してこの皮膜が 均一電着・密着・耐食 の 3 拍子で安定するから。家電の白物(冷蔵庫・洗濯機の鋼板筐体)は ED 塗装が主流で、ここで Zn-Ca リン酸塩を外すと工程後半で塗装ハジキが多発し、ライン停止 → 手戻り工数増 → 利益圧迫という連鎖になる。
規格・法令の前提知識
- JIS K 3150: 塗装下地用りん酸塩化成処理皮膜の定義・試験法
- JIS H 8625: 電気めっき・化成処理(クロメート)皮膜の試験
- RoHS 指令: 鉛・水銀・カドミウム・六価クロムなど 10 物質を制限(EU 域内販売)
- ELV 指令: 自動車用部品を対象に六価クロム・鉛・水銀・カドミウムを禁止
- REACH 規則: 欧州 SVHC(高懸念物質)リストに基づく登録・認可制度
ELV 規制が 2007 年に本格施行されてから、自動車業界では六価クロメートが完全に消えた。家電は RoHS、欧州輸出は REACH と、業界ごとに見るべき規制が違う。「規制なし」のままで設計すると、海外客先のサプライヤーアセスメントで弾かれて受注機会を失う。
数値の大小が設計にどう効くか
SST 要求 480 時間と 720 時間の違いは、皮膜単独で見ると「リン酸亜鉛(120h)+ トップコートで届く」のか「ジルコニウム系(480h)単独でギリ」のか「Zn-Ca リン酸塩 + ED 塗装で 720h を超える」のかというラインの違い。要求が 1 段階違うだけで採用処理が変わる。さらに、コスト指数 1.0 と 1.8 の差は、年産 100 万個ベースで見れば数千万円のコスト差になる。「とりあえず性能高いの選んでおこう」では事業として成立しない。
活躍する場面
自動車内装ボルトの ELV 対応見直し
六価クロメートが使えなくなった既存設計を、三価系または非クロメート系に切替える検討。鉄ボルト + 粉体塗装で SST 480 時間以上を担保したい場面で、Zn-Ca リン酸塩か三価クロメート(有色)か、コストとリスクの天秤を 5 秒で見せる。
家電鋼板の電着塗装下地選定
冷蔵庫・洗濯機の SPCC 鋼板に ED 塗装を施す前段の化成処理。ed-coat × steel-spcc の組合せでは Zn-Ca リン酸塩のスコアにボーナスが乗り、SST 720 時間要求でも候補 1 位として浮かび上がる。
アルミサッシ・建材のクロムフリー化
アルミ A6000 系の押出材を粉体塗装する際、ジルコニウム系・チタン系・ハイブリッドのどれを選ぶかの初期判断。性能優先でジルコニウム、コスト重視でチタン、超厳しい SST ならハイブリッド、と意思決定の軸が一目で見える。
屋外鋼構造ボルトの長期防食
SST 1000 時間超を狙う溶融亜鉛めっきボルト。化成処理単独では届かないことを警告で明示し、トップコート併用が必須であることをツール側から伝える。
機械加工部品の潤滑処理
冷間鍛造・引抜き・摺動部品で使うリン酸マンガン処理。phosphate-lubrication を選ぶと特化ボーナス(×2.0)が乗ってマンガンリン酸塩がトップに来るよう仕込んである。
基本の使い方 — 5ステップで上位3候補が出る
- 素材を選ぶ — 鉄 SS400/SPCC、電気亜鉛、溶融亜鉛、アルミ A1000/A5000/A6000、銅、黄銅、マグネシウム、ステンレスから 1 つ。素材で候補が機械的に絞られる。
- 目的を選ぶ — 耐食性向上(単独)、塗装下地、装飾、電気絶縁、摺動性向上、リン酸塩-潤滑から 1 つ。
- 規制を選ぶ — 規制なし / RoHS / ELV / REACH。
- SST 要求とトップコートを指定 —
sst96〜sst1000plusの 5 段階、トップコートは ED / 粉体 / 溶剤 / クリア / 化成単独から選ぶ。 - 優先度・処理量を選ぶ — コスト最優先 / バランス / 性能最優先、単発少量 / 中量 / 大量。
選び終えると、推奨 1 位が StatusCard に表示され、続いて上位 3 候補のスコア・コスト指数・デメリット・補完処理推奨が並ぶ。コピーボタンで設計仕様書にそのまま貼れる。
具体的な使用例 — 6ケースで挙動を確認
ここでは検算済みの 6 ケースを、入力 → 結果 → 解釈の順で並べる。スコアは weight × sstScore × costScore × volumeBonus × topcoatBonus × lubricationBonus の積。
ケース1: 自動車内装ボルト ELV対応 SST480
入力: 鉄 SS400 / 塗装下地 / ELV / SST480 / 粉体塗装 / バランス / 大量
結果: 推奨 1 位 = zinc-calcium-phosphate(score 0.816)
解釈: paint-base × phosphate の重み 1.0、SST スコアは 720/480 で頭打ち 1.0、balance のコストスコアは 1/√1.5 ≈ 0.816、ボーナス無しで 0.816。リン酸亜鉛単体(score 約 0.5)よりも、ED 塗装併用前提の Zn-Ca リン酸塩のほうが SST マージンで上回る。実務では粉体塗装と組み合わせる前提で問題ない。
ケース2: アルミサッシ A6000 クロムフリー ELV対応
入力: アルミ A6000 / 塗装下地 / ELV / SST480 / 粉体塗装 / 性能最優先 / 大量
結果: 推奨 1 位 = zirconium(score 1.0)、2 位 = hybrid-organic(0.9)、3 位 = titanium(0.792)
解釈: paint-base × non-chromate の重み 1.0、SST 480/480 でぴったり 1.0、performance のコストスコアは無視で 1.0、ボーナス無しで 1.0。アルミ A6000 系のクロムフリー処理として、薄膜(50 nm)かつ常温処理という設備面の利点でジルコニウムが頭一つ抜ける。チタン系は SST 380 時間止まりでスコアが下がる。
ケース3: 家電鋼板 SPCC 電着塗装下地 RoHS SST720
入力: 鉄 SPCC / 塗装下地 / RoHS / SST720 / 電着塗装 / バランス / 大量
結果: 推奨 1 位 = zinc-calcium-phosphate(score 1.224)
解釈: 1.0(重み)× 1.0(SST 720/720)× 0.816(balance × √1.5)× 1.5(ed-coat × Zn-Ca リン酸塩のボーナス)= 1.224。電着塗装との組合せに対するボーナスが効いて、リン酸亜鉛系を圧倒する。家電白物・自動車車体の ED ラインでは事実上の標準解。
ケース4: 機械加工潤滑 リン酸マンガン SS400
入力: 鉄 SS400 / リン酸塩-潤滑 / 規制なし / SST96 / 化成単独 / コスト優先 / 単発少量
結果: 推奨 1 位 = manganese-phosphate(score 1.154)
解釈: phosphate-lubrication × phosphate の重み 1.0、SST 72/96 で 0.75、cost のコストスコア 1/1.3 ≈ 0.769、lubricationBonus が 2.0 で乗算。1.0 × 0.75 × 0.769 × 2.0 ≈ 1.154。摺動性・耐摩耗特化の伝統的選択肢。冷間鍛造・引抜き・歯車摺動部品で活躍する。
ケース5: ステンレス耐食 → 化成処理不要
入力: ステンレス / 耐食性向上(単独)/ 規制なし / SST480 / 化成単独 / コスト優先 / 単発少量
結果: 推奨 1 位 = no-treatment(特殊分岐)
解釈: ステンレス × 耐食単独は不働態膜で十分、というルールを特殊分岐で実装している。スコア計算をスキップして「化成処理不要」と直接返す。情報ボックスに「ステンレスは不働態のみで十分」と表示し、無駄なコスト計上を防ぐ。
ケース6: 屋外鋼構造ボルト(溶融亜鉛+耐食のみ)
入力: 溶融亜鉛めっき / 耐食性向上(単独)/ 規制なし / SST1000+ / 化成単独 / 性能最優先 / 中量
結果: 推奨 1 位 = hybrid-organic(候補内のスコア最大)+ 警告「SST 1000h 超は化成単独で達成困難」
解釈: 溶融亜鉛は SST 1000 時間超を化成単独で取るのは現実的でない。hybrid-organic で SST 720 時間が上限。重み = 1.0(corrosion-only × hybrid)、SST スコア = 720/1000 = 0.72、performance なので costScore = 1.0、最終スコア ≈ 0.72。ツールは候補を返しつつ、complementaryTreatment で「トップコート併用必須」を明示する。設計者は粉体塗装を上に重ねるか、亜鉛めっき厚を増やす方向に検討を切替える。
仕組み・アルゴリズム — ルールベース推論の中身
候補手法の比較 — なぜルールベース?
化成処理選定をアルゴリズム化する場合、候補は次の3つ。
- (A) ルックアップテーブル方式: 「素材×目的→処理ID」を直接マッピング。実装は最小だが、規制・SST・コスト優先度を後から組み合わせる柔軟性がない。
- (B) ルールベース推論(採用): 候補集合をフィルタしてからスコア関数で順位付け。規制・SST・優先度・処理量・トップコートの 5 軸を独立に重み調整できる。
- (C) 機械学習: 過去の選定実績データを学習。データセットが揃わず、ブラックボックス化で説明責任が果たせない。
化成処理選定は判断ロジックが明確(「ELV ならクロメート除外」「ED 塗装なら Zn-Ca リン酸塩」など)で、説明責任も求められる。設計者は「なぜこの処理を推奨したのか」をレビュー会議で語れる必要がある。よって (B) のルールベース推論を採用した。
実装詳細 — スコア関数の構造
// 1. 素材で候補を絞る
const candidates = processSpecs.filter(p =>
p.applicableSubstrates.includes(substrate)
);
// 2. ステンレス×耐食単独は特殊分岐
if (substrate === "stainless" && purpose === "corrosion-only") {
return { topRecommended: noTreatment, ... };
}
// 3. 各候補をスコア化
const scored = candidates.map(p => {
const weight = purposeWeights[purpose + "_" + p.type] ?? 0.5;
const required = sstRequiredHours[corrosionTarget];
const sstScore = Math.min(1.0, p.sstResistance / required);
const costScore =
costPriority === "cost" ? 1 / p.costIndex
: costPriority === "performance" ? 1.0
: 1 / Math.sqrt(p.costIndex); // balance
const volumeBonus = (processVolume === "large" && p.id === "iron-phosphate") ? 1.2 : 1.0;
const topcoatBonus = (topcoat === "ed-coat" && p.id === "zinc-calcium-phosphate") ? 1.5 : 1.0;
const lubricationBonus= (purpose === "phosphate-lubrication" && p.id === "manganese-phosphate") ? 2.0 : 1.0;
const score = weight * sstScore * costScore * volumeBonus * topcoatBonus * lubricationBonus;
return { process: p, score };
});
// 4. 降順ソートして上位3件
const top3 = scored.sort((a, b) => b.score - a.score).slice(0, 3);
purposeWeights は目的×処理タイプの相性テーブル。例えば paint-base_phosphate = 1.0、paint-base_trivalent-chromate = 0.4(クロメート系は塗装下地に向かない)、decoration_trivalent-chromate = 1.0(装飾には強い)と、設計現場の経験則を数値化してある。
sstScore は要求達成度を [0, 1] にクリップする線形関数。要求 480 時間に対して処理 SST 240 時間なら 0.5、720 時間なら 1.0 で頭打ち。「過剰性能でコストを払うのは無駄」という思想を反映している。
costScore は優先度に応じて変わる。コスト最優先なら 1/costIndex(高コストほど不利)、性能最優先なら 1.0(コスト無視)、バランスなら 1/√costIndex(中庸)。
計算例 — ケース3を手で追う
家電鋼板 SPCC + ED 塗装下地 + RoHS + SST720 + 電着 + バランス + 大量、で zinc-calcium-phosphate を計算する。
- weight =
paint-base_phosphate= 1.0 - sstScore = min(1.0, 720/720) = 1.0
- costScore = 1/√1.5 ≈ 0.816(バランス × costIndex 1.5)
- volumeBonus = 1.0(iron-phosphate ではない)
- topcoatBonus = 1.5(
ed-coat×zinc-calcium-phosphateボーナス) - lubricationBonus = 1.0
- score = 1.0 × 1.0 × 0.816 × 1.0 × 1.5 × 1.0 ≈ 1.224
同じ条件でリン酸亜鉛を計算すると、SST 120/720 = 0.167 で頭打ちにならず、score ≈ 1.0 × 0.167 × 0.816 × 1.0 × 1.0 × 1.0 ≈ 0.136。Zn-Ca リン酸塩の 1/9 のスコアに沈む。
このように、SST 要求と処理間相性を数値化することで、感覚に頼らない選定根拠が出せる。
他ツール・既存資料との違い
化成処理の選定は、本来なら薬液メーカー(日本パーカライジング、日本ペイント・サーフケミカルズ、日本ファインコーティングス等)の技術PDFをめくって決めるものだ。だがメーカー資料は基本的に「自社製品の推奨条件」しか書かれていない。zinc-phosphate の処理時間・温度・濃度は丁寧に書いてあっても、「ジルコニウム系と比較してどちらを選ぶべきか」という比較軸では書かれていないんだよね。
このツールの差別化ポイントは3つある。
1. 3軸診断(素材×目的×規制)の独自性: 既存のメーカー資料は「素材別の処理一覧」が中心で、目的(塗装下地/装飾/潤滑)や規制(RoHS/ELV/REACH)まで掛け合わせた逆引きがない。本ツールは purposeWeights テーブルで6目的×4処理タイプの優先度を明示的に重み付けし、regulation で六価系を物理的に除外する。設計者の立場で「アルミA6000の粉体塗装下地で、ELV対応で、SST480時間欲しい」と入力すれば、zirconium がスコア1.0で第1候補に上がる仕組み。
2. クロムフリー化対応の網羅性: 2003年のEU RoHS発効、2007年のELV六価クロム禁止以降、実務はジルコニウム系・チタン系・有機-無機ハイブリッドへ大きくシフトした。本ツールは三価クロメート(光沢/有色/黒)に加え、zirconium titanium hybrid-organic をプリセット化。クロムフリー化の選択肢を一望できる。
3. 関連防食ツールとの連携: 化成処理は単独で完結する処理ではない。塗装系・電気防食・異種金属対策と組み合わせて初めて長寿命化が成立する。本サイトでは /galvanic-corrosion で異種金属接触腐食を、/paint-thickness-calc で塗膜厚さを、/carbon-equivalent-calc で母材の溶接性を診断できる。化成処理選定はその入口に位置する。
メーカーPDFは「製品仕様」を網羅的に教えてくれる。本ツールは「設計条件から処理を逆引き」する。役割が違う。
豆知識・読み物
六価クロメートが消えた理由
20世紀の表面処理は、実質的に六価クロム(Cr6+)の独壇場だった。電気亜鉛めっきの仕上げといえば六価クロメート(光沢/虹色/オリーブ/黒)。アルミの塗装下地はアロジン(クロメート処理)。一度形成された皮膜は自己修復性(Self-Healing Effect)まで持ち、SST480時間程度なら造作なく出る。性能だけ見れば優秀な処理だった。
それが20世紀末から21世紀初頭にかけて急速に消えた。理由は発がん性。六価クロムは IARC(国際がん研究機関)でグループ1(人に対して発がん性がある)に分類されている。詳細は Hexavalent chromium - Wikipedia を参照。
法規制の流れはこうだ。
- 2003年: EU RoHS指令(電子機器の六価クロム禁止)
- 2007年: EU ELV指令(自動車の六価クロム禁止)
- 2007年: REACH規則発効(SVHC: 高懸念物質リストに収載)
- 2011年: 米国カリフォルニア州 Proposition 65(警告表示義務)
メーカー側は2005-2010年頃に三価クロメート(Cr3+)への置換を進め、ジルコニウム系・チタン系の量産化が一気に進んだ。亜鉛めっき仕上げの世界では「クロメートと言えば三価」が常識になった。
ジルコニウム系の発展史
ジルコニウム系処理は1980年代から研究されていたが、商業化されたのは2000年代後半。化学組成的にはフッ化ジルコン酸(H2ZrF6)を主成分とする酸性浴で、被処理物表面に薄い酸化ジルコニウム(ZrO2)皮膜を形成する。皮膜重量は0.05g/m2程度(リン酸亜鉛の1/50)、処理時間は60-90秒、常温施工が可能で、エネルギー消費も廃液量もリン酸塩処理より大幅に少ない。
「クロムフリー」「省エネ」「廃液減」の3点でグリーン化要求にフィットし、自動車外板・アルミサッシ・家電鋼板で急速にシェアを伸ばした。詳細は Zirconium conversion coating - 関連論文 や薬液メーカーの技術資料を参照。
リン酸亜鉛の由来
zinc-phosphate は1869年に英国で特許化された極めて古い技術。当初は鉄部材の防錆塗料下地として開発され、20世紀前半には自動車車体の電着塗装(ED)下地として標準化された。
JIS K 3150(金属用リン酸塩化成皮膜)として規格化されており、皮膜重量1.5-3.5g/m2、処理温度45-55℃が標準条件。150年経った今も家電鋼板・建機・農機の塗装下地として現役。古い技術が現役で使われているのは、化成処理の世界では珍しいことではない。
Tips:実務で役立つ小ネタ
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ジルコ系は薄膜で外観影響が少ない: 皮膜重量0.05g/m2だから、塗装後の意匠面に皮膜跡が出にくい。アルミサッシ等の意匠重視部品で
zirconiumが選ばれる理由のひとつ。 -
ED塗装にはZn-Caリン酸塩: 電着塗装の電気的密着性は皮膜の微細結晶構造に依存する。
zinc-calcium-phosphateはカルシウムを添加することで結晶を微細化し、ED塗装との相性が抜群に良い。本ツールではtopcoat='ed-coat'選択時に1.5倍ボーナスがかかる。 -
黒クロメートはトップコート必須:
trivalent-blackは色ばらつきが出やすく、色調安定のためにアクリル系トップコートが標準。三価黒クロメート単体での仕上がりに期待しないこと。 -
大量処理はリン酸鉄が映える:
iron-phosphateは脱脂とリン酸鉄処理を1浴で同時に行えるシンプル工程。大量生産ラインでは設備コスト・処理速度の両面で有利。本ツールではprocessVolume='large'で1.2倍ボーナス。 -
マグネシウムは選択肢が極端に少ない:
magnesium基材+ELV対応では、実質的に有機-無機ハイブリッドかMX1/MX2系の専用処理しか残らない。設計初期段階で素材選定とセットで化成処理も検討するのが安全。
FAQ:化成処理選定でよくある疑問
Q1. 三価クロメートで六価クロメート並みのSSTは出る?
A. 単独では難しい。六価クロメート(黒)は単体でSST 240-480時間が出ていたが、三価クロメート単独では trivalent-yellow で SST 240時間、trivalent-black で SST 200時間程度が標準。ただし三価クロメート+封孔処理+トップコート(アクリル系/ウレタン系)の3層構成にすればSST 480-720時間も達成可能。本ツールでは topRecommended.sstResistance が要求未達の場合、complementaryTreatment 欄に「トップコート併用必須」と表示される。
Q2. ジルコニウム系とチタン系の違いは?
A. 化学組成と適用素材が違う。ジルコニウム系(フッ化ジルコン酸ベース)はアルミ・鉄・亜鉛めっき鋼板に幅広く対応し、SST 480時間級。チタン系(フッ化チタン酸ベース)はアルミ専用で、SST 380時間級。性能はジルコ系がやや優位だが、チタン系は薬液コストが安く、A1000-A6000系の量産ラインで使われることが多い。本ツールでは zirconium の applicableSubstrates がより広く設定されており、鉄部材ではジルコ系が第一候補に上がりやすい。
Q3. 化成処理の処理費用の目安は?
A. 部品形状・処理量で大きく変動するが、ざっくりの相場感としては:リン酸鉄処理(簡易型)が最安で costIndex=0.7、リン酸亜鉛が基準値 1.0、三価クロメート(有色)が 1.4、ジルコニウム系が 1.8、有機-無機ハイブリッドが 2.5。実コストで言えばリン酸亜鉛処理が部品1個あたり数円〜数十円、ハイブリッドはその2.5倍程度というレンジ感。最終的な見積もりは処理メーカー(日本パーカライジング、千代田ケミカル、三和鍍金等)に部品図面を提示して取得するのが確実。
Q4. ELVとRoHSは何が違う?化成処理選定でどう影響する?
A. 対象製品と禁止物質が違う。RoHS(電気電子機器)は六価クロム・鉛・水銀・カドミウム・PBB・PBDEの6物質を規制し、家電・PC・産業機械が対象。ELV(自動車)は同じく六価クロム・鉛・水銀・カドミウムを規制し、自動車部品が対象(ただし鉛フリーはんだ等の例外規定が異なる)。化成処理の選定では両者とも六価クロメートが使えない点で共通する。本ツールでは regulation を rohs または elv に設定すると、内部的に同じフィルタが効く。差は警告メッセージで自動車特有の事項を補足する点くらい。
Q5. 化成処理単独でSST 1000時間超は可能?
A. 一般的な化成処理単独では困難。本ツールの定数 MAX_BARE_SST=480 が示す通り、化成処理だけで達成可能なSSTは概ね480時間が上限。SST 720時間級の hybrid-organic でも、薄物・複雑形状部品では1000時間を切ることが多い。SST 1000時間超を狙うなら、化成処理+電着塗装(ED)+トップコート(粉体)の3層構成が必須。本ツールでは corrosionTarget='sst1000plus' かつ topcoat='none' で警告が出る。
Q6. 入力したデータは保存される?
A. 全ての処理がブラウザ内で完結し、サーバーへの送信は一切ない。素材・目的・規制・SST要求といった条件はあなたの端末上だけで処理され、ページを閉じれば消える。社内検討段階の機密性が高い設計条件でも安心して使える。
まとめ:化成処理選定 × 関連防食ツール
化成処理の選定は、素材・目的・規制の3軸が絡み合う立体的な意思決定。クロムフリー化が進んだ現代では選択肢が爆発的に増えたが、本ツールが上位3候補とコスト指数・補完処理推奨を一括で示す。設計初期段階のスクリーニング、メーカー打合せ前の事前検討、教育用途の比較表として活用してほしい。
化成処理は防食設計の入口に過ぎない。次のステップとして以下のツールも併せて使うと、より精度の高い設計ができる。
- /galvanic-corrosion — 異種金属接触腐食。化成処理を選ぶ前に、そもそも素材選定で電位差を回避できるか確認する
- /paint-thickness-calc — 塗膜厚さ計算。化成処理+塗装の総合膜厚をJIS K 5600基準で算出
- /carbon-equivalent-calc — 炭素当量。鋼材の溶接性と並行して、母材側の前処理適性も把握できる
ご質問・改善要望は お問い合わせ から。実務で遭遇したレアケース(マグネシウム合金の特殊用途、海外規格対応など)の情報提供も歓迎する。
Mahiro
Mahiro Appの開発者。自動車内装ボルトのELV対応で、5社のクロムフリー薬液PDFを横断比較した経験がベース。レビュー会議の2時間前に決まる選定を、5秒に短縮するつもりで作った。
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