全部のツールで「OK」が出たのに、ブラケットは持たない
壁から腕を1本突き出して、その先に設備機器を載せる。よくある片持ちのブラケットだ。梁の強度計算に数字を入れると安全率は2を超えた。断面係数も鋼材の表で拾った。溶接もアンカーも、それぞれのツールで「安全」と出た。
それでも、このブラケットが設計どおりに持つとは限らない。ツール1本1本の計算が正しくても、ツールとツールのあいだで値を受け渡すところで間違えるからだ。
- 断面係数を cm³ で読んで、mm³ の欄にそのまま入れる
- 付け根の曲げモーメントを、溶接のツールにどう入れればいいか分からず、先端の荷重をそのまま入れる
- 壁のアンカーに掛かる力を、ボルト群のツールに入れて「せん断」で評価してしまう
- 許容応力に安全率がすでに入っているのに、そこへさらに安全率を掛ける
どれも、個々のツールの説明書には書きようがない間違いだ。この記事では、1本のブラケットを荷重 → 断面 → 曲げ → 溶接 → アンカー配分 → アンカー耐力の6工程で最後まで設計しきる。工程ごとに、どのツールに何を入れ、何を受け取って次へ渡すのかを、数値付きで追っていく。数値はすべて、このサイトの各ツールが返す値そのものだ。
なぜ「通しの例題」を書いたのか
このサイトには、断面性能・溶接・ボルトといった分野ごとのまとめ記事がすでにある。断面性能・断面係数の求め方、溶接強度計算まとめ、ボルト設計の計算まとめだ。分野の中でどのツールを使えばいいかは、それぞれの記事で分かる。
ところが、実際の部品は分野の壁をまたぐ。ブラケット1つでも、梁の曲げ、断面性能、溶接、アンカーの4分野を通る。分野ごとの記事は「自分の分野の入口」から書かれているので、前の分野の出力をどう受け取るかには触れていない。つなぎ目は誰の担当でもないまま残っていた。
実際にこの例題を組んでみると、つなぎ目で3つの問題が見つかった。1つは単位の食い違い、1つはツールの前提の食い違い(面内か面外か)、もう1つは安全率の意味の食い違いだ。さらに、このサイトの溶接とアンカーのツール自体にも、判定を危険側に出す箇所が2つ見つかり、この記事を書く前に直した(後の節で触れる)。通しでやってみないと見えないものを1ページに残しておきたかった。
例題の設定と6つの工程
設定は次のとおり。
用途 : 鉄筋コンクリートの壁(Fc21)に、設備機器 300 kg を 2本のブラケットで受ける
1本あたり: 150 kg(機器の重心が2本の中央にあるとして等分)
腕の長さ : 600 mm(壁面から荷重点まで)
荷重位置 : 安全側に、腕の先端に集中して載るとみなす
腕の材料 : 角形鋼管(ツールでは SS400 のプリセット)
付け根 : 角形鋼管をベースプレートに全周すみ肉溶接
壁への固定: ベースプレート 150×150 の四隅に、あと施工アンカー 4本(上下の段間 100 mm)
これを6つの工程に分け、工程ごとに受け渡す値を決める。
| 工程 | 使うツール | 受け取る値 | 次に渡す値 |
|---|---|---|---|
| ① 荷重 | 梁の強度計算(kg で入力) | 質量 150 kg | 荷重 P [N]、曲げモーメント M [N·mm] |
| ② 断面 | 鋼材の断面性能 | 角形鋼管の寸法 | 断面係数 Zx、断面二次モーメント Ix |
| ③ 曲げ・たわみ | 梁の強度計算 | P、Zx、Ix | 曲げ応力 σ、安全率、たわみ |
| ④ 溶接 | 必要脚長・溶接強度 | 付け根の M を力に換算した値 | 必要脚長、溶接の安全率 |
| ⑤ アンカー配分 | (手計算) | 壁面での M と P | アンカー1本の引張・せん断 [kN] |
| ⑥ アンカー耐力 | アンカーの引抜・せん断 | 1本あたりの力 | 耐力と安全率 |
最初は腕を □-60×60×3.2 で組み、工程④でつまずいて □-75×75×4.5 に上げる流れになる。梁の計算だけでは断面が決まらないことを、実際の数値で見てほしい。
①荷重を決める|kg と N と kN が工程ごとに入れ替わる
最初の受け渡しは単位だ。機器の重さは「300 kg」で渡されることが多い。2本で等分して1本あたり 150 kg。梁の強度計算は荷重を kg のまま入れられ、画面の中で「質量(kg) × 9.80665 で重力(N)に自動変換」してくれる。
P = 150 kg × 9.80665 = 1,471.0 N(1.471 kN)
M = P × L = 1,471.0 × 600 = 882,599 N·mm(0.883 kN·m)
ここで3つの単位系が出てくる。梁の強度計算は N と N·mm、溶接のツールとアンカーのツールは kN で荷重を受け取る。工程をまたぐたびに単位を読み替える必要があり、1000倍のずれはここで起きる。この記事では、次の工程へ渡す値を毎回「どの単位で入れるか」まで書いておく。
もう1つの判断が、荷重の位置だ。実際の機器は腕の途中に載ることもあるが、梁の強度計算の片持ち梁は「先端集中」か「等分布」しか選べない。先端に載せたとみなすのは、曲げモーメントが最大になる安全側の置き方なので、この例題では先端集中で進める。重心が2本のブラケットの中央からずれているなら、等分せず、重い側のブラケットの負担で計算し直す。
②断面性能を出す|cm³ で表示され、mm³ で入力する
腕の材料は、まず □-60×60×3.2 で試す。鋼材重量・断面性能計算ツールで角形鋼管を選び、プリセットから □-60×60×3.2 を呼び出すと、断面係数と断面二次モーメントが出る。
□-60×60×3.2
断面二次モーメント Ix = 392,175 mm⁴(39.22 cm⁴)
断面係数 Zx = 13,073 mm³(13.07 cm³)
画面の表示は cm³・cm⁴ だが、梁の強度計算の入力欄は mm³・mm⁴ になっている。13.07 をそのまま入れると、断面係数を1000分の1に見積もったことになり、曲げ応力が1000倍に出る。逆の取り違え(mm³ の欄に cm³ を期待して小さい数を入れる)も起きうる。
断面性能ツールの結果欄には「強度計算へ →」のボタンがあり、押すと Zx と Ix が mm のまま 梁の強度計算に渡る。梁の強度計算の側で「断面性能ツールから取得」を押せば、入力欄に入る。手で写さずにこのボタンを使うのが、単位の取り違えを避けるいちばん確実な方法だ。
なお、このツールの角形鋼管は、角の丸みを持たない単純な矩形の中空断面として計算している。JIS の寸法表の値は角の丸みを含むので、厳密な値が要るときは使う鋼管の規格表と突き合わせてほしい。
③梁の曲げとたわみ|「安全率」がどの強さとの比かを読む
梁の強度計算・たわみ計算ツールで、片持ち梁・先端集中荷重を選び、スパン 600 mm、荷重 150 kg、断面性能(②で受け取った Zx・Ix)、材料 SS400 を入れる。
曲げ応力 σ = M / Zx = 882,599 / 13,073 = 67.5 MPa
安全率 S(許容応力ベース)= 156 / 67.5 = 2.31
降伏に対して = 235 / 67.5 = 3.48
破断に対して = 400 / 67.5 = 5.92
先端たわみ δ = P·L³ / (3·E·I) = 1.32 mm(L/300 = 2.0 mm 以内)
梁の強度計算は、安全率を3通り出す。ここが2つ目のつなぎ目だ。いちばん目立つ「安全率 S」は、許容応力 156 MPa との比で、この 156 は SS400 の基準強度 235 を 1.5 で割った長期の許容応力にあたる。つまり S = 1.0 の時点で、降伏に対してすでに 1.5 倍の余裕が入っている。
ここに「安全率は 1.5 以上ほしい」という目標を重ねると、安全率を二重に掛けることになる。S = 1.5 は降伏に対して 2.25 倍の要求だ。許容応力度で設計するなら、S が 1.0 以上なら許容応力の範囲に収まっている。どこまで上乗せするかは、振動・衝撃・腐食の見込みで決めることで、単に「1.5 のほうが安心だから」で決めると、材料を無駄に大きくするか、どの係数がどこに入っているか分からなくなる。
この例題の S = 2.31 は、長期の許容応力に対して 2.3 倍の余裕がある、という意味になる。梁としては □-60×60×3.2 で十分で、必要な断面係数は 5,658 mm³ にすぎない。ところが、この断面は次の工程で通らなくなる。
④付け根の溶接|曲げモーメントを「溶接線の力」に換える
いちばん大きなつなぎ目がここだ。腕の付け根の溶接には、先端の荷重 P(せん断)と、付け根の曲げモーメント M の両方が掛かる。ところが、溶接強度計算シミュレーターも隅肉溶接 必要脚長 設計計算も、入力は「力 [kN]」で、モーメントを入れる欄がない。M をどう力に換えて渡すかは、ツールの外で決めるしかない。
いちばん素直なのは、M を上下の溶接線の偶力に置き換える方法だ。角形鋼管の上辺の溶接線が引っ張られ、下辺が押される。上下の溶接線の距離を腕のせい(高さ)とみなせば、上辺の溶接線が受ける力は次のとおり。
上辺の溶接線の力 T = M / h = 882,599 / 60 = 14,710 N(14.71 kN)
せん断 P = 1.471 kN は、左右の側面の溶接線が受け持つ
この T を、隅肉溶接 必要脚長 設計計算に「荷重 14.71 kN、溶接長さ 60 mm(上辺1本)、板厚 3.2 mm(管の肉厚)」で入れる。溶接棒は「JIS SM400 対応棒 (G43)」を選ぶ。既定の「E70XX (AWS D1.1)」は米国規格の許容せん断応力 144.6 MPa を使うので、建築の許容応力度(SS400 で 90 MPa)で揃えたいこの例題では、ここも受け渡しの落とし穴になる。
必要のど厚 = 14,710 / (60 × 90) = 2.72 mm
必要脚長 = 2.72 / 0.707 = 3.85 mm
脚長の上限 = 管の肉厚 3.2 mm(板の縁に置く隅肉は板厚を超えられない)
→ 必要脚長 3.85 mm > 上限 3.2 mm で、この断面では溶接が成立しない
溶接強度計算シミュレーターで、すみ肉・脚長 3.2 mm・溶接長さ 60 mm・溶接線は片側(1本)・材質 SS400・引張 14.71 kN を入れても、安全率 0.83 で「許容応力超過」と出る(溶接線の本数の既定は両側なので、上辺1本に切り替える)。梁では安全率 2.31 だった □-60×60×3.2 が、付け根の溶接で通らない。
すみ肉溶接は、引っ張っても許容せん断応力で評価する
ここには、この記事を書くきっかけになった落とし穴がある。すみ肉溶接の許容応力度は、建築基準法施行令第92条で突合せ以外の溶接は、圧縮・引張・曲げ・せん断のすべてが F/(1.5√3)(SS400 で約 90 MPa)と決まっている。上辺の溶接線は「引っ張られて」いるが、すみ肉なので突合せの引張の 156 MPa ではなく 90 MPa で評価する。
このサイトの溶接強度計算シミュレーターは、以前は すみ肉溶接でも荷重を「引張」にすると 155 MPa で判定していた。その判定だと、この例題の □-60×60×3.2 は安全率 1.43 と出て通ってしまう。本当は 0.83 で成立しない。この記事の例題を組んでいて見つけ、2026-09-24 に施行令どおりの 90 MPa に直した。
偶力の置き換えは安全側。通らないときの2つの道
偶力への置き換えは、左右の側面の溶接線も曲げを受け持つことを無視しているので、安全側の簡略法になる。溶接線全体を1つの断面とみなして計算し直すと、全周溶接の断面係数(溶接線を線とみなした値)は次のようになる。
Sw = b·d + d²/3 = 60×60 + 60²/3 = 4,800 mm²
曲げ σ = M / (のど厚 × Sw) = 882,599 / (2.263 × 4,800) = 81.3 MPa
せん断 τ = P / (のど厚 × 側面2本の長さ) = 1,471 / (2.263 × 120) = 5.4 MPa
合成 √(σ² + τ²) = 81.4 MPa ≦ 90 MPa(安全率 1.11)
全周で評価すれば、ぎりぎり許容の範囲には入る。ただし余裕は 1 割しかなく、管の肉厚 3.2 mm に脚長 3.2 mm いっぱいの溶接を求めることになる。溶接の出来栄えのばらつきや、管壁そのものの局部的な曲げまで考えると心もとない。そこで、この例題では腕の断面を □-75×75×4.5 に上げる。
□-75×75×4.5
Ix = 1,055,491 mm⁴(105.55 cm⁴)、Zx = 28,146 mm³(28.15 cm³)
梁: σ = 31.4 MPa、安全率 S = 4.97、たわみ 0.49 mm
溶接: T = 882,599 / 75 = 11.77 kN
必要脚長 2.47 mm → 最小脚長 3 mm、上限 4.5 mm(管の肉厚)
脚長 4 mm で指定すると、溶接強度計算シミュレーターの安全率 1.62
梁の計算だけなら □-60 で余っていたのに、溶接で断面が一回り大きくなった。片持ちの付け根は曲げモーメントが最大になる場所で、しかもそこが溶接でつながっている。この組み合わせでは、溶接が断面を決めることが珍しくない。
もう1つ、隅肉溶接 必要脚長 設計計算の「安全率」欄にも注意がいる。既定値は 1.0 で、許容せん断応力 90 MPa(すでに安全率が入った値)をそのまま使う。ここに 1.5 を入れると、許容応力を 60 MPa まで下げたことになり、□-75 の必要脚長は 3.70 mm に増える。工程③と同じ、安全率の二重掛けだ。
⑤アンカーへの配分|壁のモーメントは「面外」に働く
次は、ベースプレートを壁に留めるアンカー4本に、力がどう配られるかだ。ここで使いたくなるのがボルトパターン荷重解析ツールだが、この工程には使わない。
ボルトパターン荷重解析ツールが扱うのは、ボルトが並ぶ面の中で働く力とモーメントだ。ボルト群をねじるように回すモーメントを、各ボルトのせん断に配る。ところが壁付けのブラケットの M = P × L は、壁の面から突き出した腕を下へ曲げるモーメントで、ボルトの並ぶ面の外へ働く。上の段のアンカーを壁から引き抜き、ベースプレートの下端を壁に押しつける向きだ。
試しにボルトパターン荷重解析ツールに、プリセット「矩形 4本」(上下左右 ±50 mm)・下向きの力 1,471 N・モーメント 882,599 N·mm を入れると、最大のボルトにせん断 3,390 N と出る。数字はそれらしく見えるが、実際にアンカーを壊す力は引き抜き方向で、破壊の仕方(コーン状破壊など)がまるで違う。正しいツールに正しい量を入れても、前提の違うツールに入れれば、数字は出るが意味を持たない。
面外のモーメントは、上の段のアンカーの引張で受けると考える。回転の中心を下の段のアンカーに置けば、腕の長さは段間の 100 mm だ。
上段2本の合計引張 = M / 100 = 8,826 N
アンカー1本の引張 = 8,826 / 2 = 4,413 N(4.41 kN)
アンカー1本のせん断 = P / 4 = 1,471 / 4 = 368 N(0.37 kN)
実際には、押しつけられる側の支点はベースプレートの下端寄りにでき、腕の長さは 100 mm より長くなる(下端まで 125 mm とみれば 1本 3.53 kN)。段間の 100 mm をとるのは、引張を大きめに見積もる安全側の簡略法だ。
⑥アンカーの耐力|その安全率は「壊れる力」との比
1本あたり引張 4.41 kN、せん断 0.37 kN を、アンカーボルト引抜・せん断強度計算に入れる。最初は M10・埋込み 50 mm・Fc21 で試す。
M10 金属拡張式・埋込み 50 mm・Fc21
鋼材の引張破断 23.20 kN、コーン状破壊 11.16 kN → 引抜は 11.16 kN で決まる
引抜の安全率 = 11.16 / 4.41 = 2.53
長期許容引抜荷重 = 11.16 / 3 = 3.72 kN < 4.41 kN
ここが3つ目のつなぎ目だ。梁や溶接の安全率は許容応力との比だったが、アンカーの安全率は壊れる力(耐力)との比になっている。アンカーのツールは、耐力を 3 で割った値を長期の許容荷重としていて、長期荷重に対しては安全率 3 以上が要る。梁の感覚で「2.53 あるから十分」と読むと、長期の許容荷重を超えたまま通してしまう。
このツールも、以前は安全率 1.5 以上を一律に「安全」と表示していた。2.53 は「安全」と出たわけだ。これも例題を組んでいて見つけ、2026-09-24 に 3 以上を「長期OK」、1.5 以上 3 未満を「短期のみOK」と表示するように直した。
M12・埋込み 60 mm に上げる。
M12 金属拡張式・埋込み 60 mm・Fc21
鋼材の引張破断 33.72 kN、コーン状破壊 16.07 kN → 引抜は 16.07 kN で決まる
引抜の安全率 = 16.07 / 4.41 = 3.64(長期OK)
長期許容引抜荷重 = 16.07 / 3 = 5.36 kN ≧ 4.41 kN
せん断は耐力 10.58 kN(コンクリート支圧)に対して 0.37 kN で、安全率 28.8
引抜は長期の許容に収まり、せん断はほとんど効かない。壁付けブラケットのアンカーは、せん断ではなく引抜で決まることが多い。
通しでやり直した結果
最初の案と最終の案を並べる。
| 工程 | 最初の案 | 最終の案 |
|---|---|---|
| 腕の断面 | □-60×60×3.2 | □-75×75×4.5 |
| ③ 梁の安全率(許容応力との比) | 2.31 | 4.97 |
| ③ たわみ(許容 2.0 mm) | 1.32 mm | 0.49 mm |
| ④ 上辺の溶接線の力 | 14.71 kN | 11.77 kN |
| ④ 必要脚長 / 上限 | 3.85 mm / 3.2 mm(不成立) | 2.47 mm / 4.5 mm(脚長 4 mm で指定) |
| ④ 溶接の安全率(偶力置き換え) | 0.83 | 1.62 |
| ⑥ アンカー | M10・埋込み 50 mm(安全率 2.53) | M12・埋込み 60 mm(安全率 3.64) |
断面を決めたのは梁ではなく溶接、アンカーを決めたのは長期の安全率 3だった。どちらも、工程を1つずつ別々に見ていたら見落とすところだ。
この例題で扱っていないものもある。ベースプレート自体の曲げ(アンカーの引張でプレートが反る)、壁のコンクリートの局部的な押しつけ、振動する機器なら疲労、屋外なら腐食代。どれも、この6工程を通したあとに確かめる項目として残る。
通し設計のチェックリスト
- 荷重の位置を「先端集中」に置いたか。等分布や途中の荷重を先端に置き換えたなら、それが安全側であることを確かめたか
- 工程をまたぐたびに単位を読み替えたか(kg → N → kN、cm³ → mm³)
- 断面性能は「強度計算へ →」のボタンで渡したか。手で写したなら mm³ の桁を確かめたか
- 各ツールの安全率が何との比かを確かめたか(許容応力・降伏・耐力)
- 許容応力を使うツールに、さらに安全率を掛けていないか
- 付け根の曲げモーメントを溶接線の力に換算したか(先端の荷重をそのまま溶接に入れていないか)
- すみ肉溶接を許容せん断応力(F/(1.5√3))で評価したか
- 必要脚長が管や板の厚さ(脚長の上限)に収まるか
- 壁への固定で、モーメントが面内か面外かを確かめたか
- アンカーの安全率を、長期は 3 で読んだか
- ベースプレートの曲げ・疲労・腐食など、6工程の外にある項目を洗い出したか
豆知識|「長期」と「短期」の 1.5 倍
梁・溶接・アンカーの3つのツールに共通して出てくる「長期」という言葉は、建築の許容応力度設計の区分だ。建物に常に掛かる荷重(自重・積載)を長期、地震や台風のようにまれにしか来ない荷重を短期と呼び、それぞれに許容応力度が決まっている。
施行令第92条の溶接の表を見ると、短期の許容応力度は「長期の数値の 1.5 倍」と書かれている。長期の許容応力度が基準強度 F を 1.5 で割った値なので、短期の許容応力度は F そのもの、つまり短期は降伏の手前まで使ってよいという考え方になる。地震は建物の一生に何度も来ないので、その一瞬は降伏近くまでの応力を許す。逆に、毎日掛かる荷重には 1.5 倍の余裕を残す。
この区分を知っていると、アンカーのツールの「短期のみOK」の意味も読める。安全率 1.5 以上 3 未満のアンカーは、地震時のような短期荷重には許容の範囲だが、設備機器の自重のように常に掛かる荷重には足りない。壁付けの設備ブラケットは、まさに常に掛かる荷重を受ける部品で、長期で見る必要がある。
もう1つ、すみ肉溶接の許容応力度が向きによらず F/(1.5√3) になっている理由は、すみ肉溶接の壊れ方にある。すみ肉溶接は、どちらの向きに引っ張っても、のど断面(ビードの三角形のいちばん薄いところ)でずれるように壊れる。だから、力の向きに関係なく、のど断面のせん断として評価する。突合せ溶接だけが、母材と同じように引張で評価できる。
通しで使うときのTips
- 1工程ずつ、渡す値をメモに書き出す。「P = 1,471 N」「Zx = 13,073 mm³」のように単位まで書いておくと、次のツールに入れるときの読み替えを忘れない
- 最初の断面は梁の必要断面係数から選ばない。梁の強度計算の必要断面係数は曲げだけの値で、溶接やアンカーで断面が決まることがある。付け根の溶接が成立する肉厚かどうかを先に見ておくと、やり直しが減る
- やり直すときは、最初の工程から全部流し直す。断面を変えると、梁のたわみも、溶接線の力(M ÷ せい)も変わる。溶接だけ計算し直して終わりにしない
- ツールの判定の色ではなく、比の意味で読む。同じ「安全率 2」でも、許容応力との比なら長期の範囲に余裕があり、耐力との比なら長期には足りない
よくある質問
Q: 梁の強度計算で安全率が 1.2 と出た。「許容内・余裕小」と表示されるが、使ってはいけない?
梁の強度計算の安全率 S は、許容応力(SS400 なら 156 MPa)との比だ。許容応力には長期の安全率 1.5 がすでに入っているので、S が 1.0 以上なら許容応力度の範囲には収まっている。表示が「許容内・余裕小」なのは、許容の範囲には入っているが余裕が小さいことを知らせるためだ。振動や衝撃、腐食が見込まれるなら断面を上げ、静かな荷重なら S が 1.0 以上で判断してよい。どちらにするかは用途で決め、許容応力にさらに 1.5 を重ねるかどうかを意識して選んでほしい。
Q: 付け根の溶接に、先端の荷重 1.47 kN をそのまま入れてはだめ?
だめだ。先端の荷重をそのまま入れると、溶接はせん断 1.47 kN だけを受けることになり、付け根の曲げモーメントがまるごと抜け落ちる。この例題の □-60 なら、曲げを偶力に換算した上辺の溶接線の力は 14.71 kN で、先端の荷重の 10 倍になる。溶接のツールはモーメントを受け付けないので、M をせいで割って力に換算してから入れる。
Q: ボルトパターン荷重解析ツールは、どんなときに使う?
ボルトが並ぶ面の中で力やモーメントが働くときだ。たとえば、柱の側面に板を当ててボルトで留め、その板の先に横向きの荷重が掛かる(ボルト群をねじる向きの)継手なら、各ボルトのせん断の配分を出せる。壁から腕が突き出した片持ちのブラケットのように、モーメントがボルトの面の外へ働く場合は、上の段のボルトが引き抜かれる向きになるので、この記事の工程⑤のように引張で配分する。
Q: この例題の数値は、自分の設計にそのまま使える?
使えない。荷重・寸法・コンクリートの強度・アンカーの製品ごとの性能など、条件が1つ違えば結果は変わる。この記事は、工程のつなぎ方と値の受け渡し方を示すための例題で、ベースプレートの曲げや疲労など扱っていない項目もある。実際の設計では、自分の条件で各ツールを通し直し、アンカーはメーカーの技術資料の値を確かめてほしい。
Q: 各ツールに入れた値は、どこかに送られる?
送られない。この記事で使った各ツールの計算は、すべてブラウザの中で完結している。断面性能ツールから梁の強度計算へ値を渡すボタンも、ブラウザの保存領域(localStorage)を使っていて、サーバーには何も送らない。客先の設備の寸法や荷重をそのまま入れても差し支えない。
まとめ|ツールの「あいだ」で間違えないために
1本のブラケットを通して設計すると、個々のツールは正しく動いていても、値の受け渡しで3つの落とし穴があった。単位(cm³ と mm³、N と kN)、ツールの前提(面内か面外か)、安全率の意味(許容応力との比か、耐力との比か)だ。そして、断面を決めたのは梁ではなく付け根の溶接だった。
この記事で使ったツール:
- 鋼材重量・断面性能計算ツール
- 梁の強度計算・たわみ計算ツール
- 隅肉溶接 必要脚長 設計計算
- 溶接強度計算シミュレーター
- ボルトパターン荷重解析ツール(面内の偏心荷重用。この例題の工程⑤には使わない)
- アンカーボルト引抜・せん断強度計算
分野ごとの詳しい解説は、断面性能・断面係数の求め方、溶接強度計算まとめ、ボルト設計の計算まとめにある。
不具合の報告や機能リクエストはお問い合わせページから。
Mahiro
Mahiro Appの開発者。この例題を組んでいる途中で、梁の計算では余裕のあった断面が付け根の溶接で通らず、さらに溶接とアンカーのツールが判定を危険側に出していたことに気づいた。ツールを1本ずつ検証していたときには見えなかった。通しで使ってみることの大切さを、作った本人がいちばん思い知った。
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