PQRの束を前に「この溶接条件、本当にカバーできてる?」と悩んだことはないか
現場でWPS(溶接施工要領書)を開き、施工対象の板厚と母材を見比べる。PQR(溶接施工法確認試験記録)の試験板厚は12mm、今回の施工は16mm——これ、適用範囲内だっけ? JIS Z 3410の表を引っ張り出し、電卓を叩き、姿勢の包含関係を頭の中で確認する。1件ならまだいい。数十件の溶接線がある大型構造物では、この確認作業だけで半日が消える。
WPS適合チェッカーは、PQRの試験条件と施工条件を入力するだけで「OK / NG / 再認定必要」を瞬時に判定するツール。板厚の適用範囲、姿勢の包含関係、母材区分の一致——JIS Z 3410 / ISO 15609が定める3つの判定軸をまとめて処理する。PQRの束と施工図面の間で板挟みになっている溶接管理技術者に、確認作業の時短を届けたい。
「Excel表の更新漏れで手戻り」を繰り返した末に作った WPS適合判定ツール
以前、圧力容器の溶接管理を担当していたとき、WPSの適用範囲チェックはExcelのマクロで回していた。PQRの試験板厚を入力すると0.5倍〜2倍の範囲が出る、よくある自作ツールだ。
問題は「姿勢の包含関係」と「母材区分の一致」をExcelに組み込むのが地味に面倒だったこと。立向(3G)で取得したPQRは横向(2G)と下向(1G)もカバーする——この包含関係をIF文のネストで書くと、条件分岐が膨れ上がる。そしてある日、SUS304のPQRでSM490の施工をカバーできると誤判定してしまった。材質区分A-1とB-1の違いを見落としたのだ。
結果、検査機関の書類審査で不適合を指摘され、PQRの再取得に2週間。工程は遅延し、関係者への説明に奔走する羽目になった。
この経験から「板厚・姿勢・母材区分の3軸を同時にチェックする仕組み」が欲しくなった。Excelではなく、ブラウザでサッと開いて入力すれば即判定。母材区分のグルーピングも内部で持っているから、SM490とSUS304を選んだ瞬間に「再認定必要」と出る。あの手戻りをもう誰にもさせたくない——そんな動機で作ったのがこのツールだ。
WPS・PQRとは何か——溶接施工要領書 判定の基礎知識
溶接施工要領書(WPS)の役割
溶接は「熱で金属を溶かしてくっつける」というシンプルな原理だが、条件の組み合わせが膨大だ。母材の種類、板厚、溶接プロセス(手棒・半自動・TIG等)、溶接姿勢、予熱温度、入熱量——これらが少しでも変われば、溶接部の品質はガラリと変わる。
WPS(Welding Procedure Specification)は、こうした条件を1枚の書類にまとめた「溶接のレシピ」。料理に例えると、WPSは「鶏もも肉250g、170度で25分焼く」というレシピそのもの。レシピ通りに作れば、誰が作っても同じ品質の料理が出来上がる。溶接も同じで、WPSに書かれた条件を守れば、溶接士の個人差を最小限に抑えられる。
PQR(溶接施工法確認試験記録)とは
ではWPSの条件が正しいとどうやって証明するのか。ここで登場するのがPQR(Procedure Qualification Record)だ。PQRは実際に試験片を溶接し、引張試験・曲げ試験・衝撃試験などを行った結果を記録したもの。つまり「このレシピで作ったら本当に美味しかった」という実証データ。
WPSはPQRに裏付けられて初めて有効になる。PQRなしのWPSは、試食なしでメニューに載せた料理のようなものだ。
JIS Z 3410 が定める PQR 有効範囲
JIS Z 3410(溶接管理——任務及び責任)はISO 14731に対応する規格で、溶接施工法の承認に関する枠組みを規定している。PQRの有効範囲——つまり「この試験結果で、どこまでの施工条件をカバーできるか」——は主に以下の3軸で決まる。
1. 板厚の適用範囲
PQRの試験板厚 tr に対し、施工で適用可能な板厚 t の範囲は原則として以下の通り。
tMin = max(1.5, 0.5 × tr)
tMax = 2 × tr
たとえば tr = 12mm なら、tMin = 6mm、tMax = 24mm の範囲が適用可能になる。
2. 溶接姿勢の包含関係
溶接姿勢には難易度の序列がある。重力に逆らう上向き(4G/4F)が最も難しく、下向き(1G/1F)が最も易しい。難しい姿勢で合格したPQRは、それより易しい姿勢もカバーする。
上向(O) ⊃ 立向(V) ⊃ 横向(H) ⊃ 下向(F)
立向で取得したPQRなら、横向と下向の施工にも使える。ただし上向は別途PQRが必要になる。
3. 母材区分(ベースメタルグループ)
母材は化学成分と機械的性質によってグループに分類される。代表的な分類は以下の通り。
| グループ | 代表鋼種 | 特徴 |
|---|---|---|
| A-1 | SM400, SM490, SS400, STPG370, STPT410 | 炭素鋼・低合金鋼 |
| B-1 | SUS304, SUS316 | オーステナイト系ステンレス鋼 |
同じグループ内であればPQRは相互に流用可能だが、グループが異なる場合(例: A-1のPQRでB-1の施工)はPQRの再取得が必要になる。炭素鋼とステンレス鋼では溶接冶金が根本的に異なるため、これは当然の要求だ。
参考: JIS Z 3410:2013(日本産業標準調査会)
WPS適合判定を怠ると何が起きるか——不適合が招く実害
検査機関からの不適合指摘
溶接構造物の品質管理では、第三者検査機関がWPSとPQRの整合性を審査する。板厚が適用範囲外、姿勢の包含関係が不成立、母材区分が不一致——いずれか1つでも該当すれば「不適合」だ。
不適合が出ると、該当する溶接部はすべてやり直し、もしくはPQRの再取得が必要になる。圧力容器や橋梁といった重要構造物では、PQR再取得に試験片の準備から機械試験の実施まで最低2週間。検査待ちの間、後工程はすべて止まる。
法令・規格が求める根拠
高圧ガス保安法の特定設備検査や、労働安全衛生法のボイラー・圧力容器規則では、溶接施工法の承認が法的要件として課されている。JIS B 8285(圧力容器の溶接施工方法の確認試験)やASME Sec. IXでも同様の要求がある。
「たかが板厚の範囲確認」と軽視すると、許認可の取消しや出荷停止という致命的な事態に発展する。特に海外向けのプラント案件では、発注者の要求仕様書(WPS/PQR Requirement)が国内規格より厳しいケースも多く、範囲判定の正確さがプロジェクトの成否を左右する。
板厚1mmの差が明暗を分ける
PQR試験板厚 tr = 12mm の場合、上限は tMax = 24mm。施工板厚が24mmならOKだが、25mmなら即アウト。この1mmの差は、設計変更や製作公差でしばしば発生する。図面上は24mmでも、実測で25.2mmだった——こうした「あと少し」が不適合の引き金になる。だからこそ、事前のチェックが重要なのだ。
WPS適合チェッカーが力を発揮する場面
造船・大型構造物の溶接管理
船殻ブロックでは数百本の溶接線がある。母材はSM490が主体だが、部位によってSS400やSM400も混在する。板厚も6mmから50mm超まで幅広い。数十件のPQRと照合する作業を手作業でやると丸1日かかるが、このツールなら1件あたり数秒で片付く。
圧力容器・配管プラントの品質保証
圧力容器ではSTPG370やSTPT410といった配管用鋼管も使う。母材区分はA-1だが、ステンレス鋼との異材継手が出てくるとB-1との境界判定が必要になる。再認定が必要かどうかを即座に判断できるのは、品質保証担当にとって大きな安心材料だ。
溶接管理技術者の試験対策
WES(溶接管理技術者)1級・2級の試験では、WPSの適用範囲に関する出題がある。「PQR試験板厚15mmで施工板厚32mmは適用可能か?」——こうした設問を、このツールで答え合わせしながら学習できる。tMin = max(1.5, 7.5) = 7.5mm、tMax = 30mm。32mmは範囲外でNG——と即座に確認できる。
検査書類の事前チェック
第三者検査の前にWPSとPQRの整合性を自主チェックしておけば、検査当日の指摘を未然に防げる。特に複数のPQRを持っている場合、「どのPQRがどの施工条件をカバーしているか」の全体像を短時間で把握するのに便利だ。
WPS適合チェッカーの使い方——3ステップで即判定
ステップ1: PQR情報を入力する
取得済みPQRの情報を入力する。母材(SM490、SUS304など)をプルダウンから選択し、試験板厚 tr をmm単位で入力。溶接プロセス(SMAW/GMAW/GTAW/SAW/FCAW)と試験姿勢(下向/横向/立向/上向)をボタンで選ぶ。
ステップ2: 施工条件を入力する
これから溶接する対象の条件を入力する。母材を選択し、施工板厚 t をmm単位で入力。施工姿勢をボタンで選ぶ。
ステップ3: 判定結果を確認する
入力した瞬間にリアルタイムで判定結果が表示される。
- OK — PQRの適用範囲内。そのまま施工可能
- NG — 板厚または姿勢が範囲外。別のPQRが必要
- 再認定必要 — 母材区分が異なる。PQRの再取得が必要
適用板厚範囲(tMin〜tMax)や備考も同時に表示されるので、なぜOK/NGなのかの根拠がすぐわかる。結果はコピーボタンで検査書類に貼り付け可能。
WPS適合判定の具体例——6ケースで理解する PQR 有効範囲
ケース1: 同鋼種・範囲内・姿勢カバー → OK
| 項目 | PQR | 施工 |
|---|---|---|
| 母材 | SM490 (A-1) | SM490 (A-1) |
| 板厚 | tr = 12mm | t = 16mm |
| 姿勢 | 立向 (V) | 横向 (H) |
判定: OK
- 板厚範囲:
tMin = max(1.5, 0.5 × 12) = 6mm、tMax = 2 × 12 = 24mm→ 16mmは範囲内 - 姿勢: 立向(V)は横向(H)を包含 → OK
- 母材区分: 同じA-1 → OK
すべての条件を満たしているため、このPQRで施工可能だ。
ケース2: 板厚上限超過 → NG
| 項目 | PQR | 施工 |
|---|---|---|
| 母材 | SM490 (A-1) | SM490 (A-1) |
| 板厚 | tr = 12mm | t = 30mm |
| 姿勢 | 立向 (V) | 横向 (H) |
判定: NG
- 板厚範囲:
tMin = 6mm、tMax = 24mm→ 30mmは上限24mmを超過 - 姿勢・母材区分は問題ないが、板厚がアウト。tr = 15mm以上のPQRが必要(
2 × 15 = 30mmで丁度カバー)。
ケース3: 母材区分不一致 → 再認定必要
| 項目 | PQR | 施工 |
|---|---|---|
| 母材 | SM490 (A-1) | SUS304 (B-1) |
| 板厚 | tr = 10mm | t = 10mm |
| 姿勢 | 立向 (V) | 立向 (V) |
判定: 再認定必要
- 母材区分: A-1 → B-1で不一致。炭素鋼のPQRではオーステナイト系ステンレス鋼の施工をカバーできない
- 板厚や姿勢が範囲内であっても、母材区分が異なれば再認定が必要になる。SUS304用のPQRを新たに取得しなければならない。
ケース4: 異鋼種だが同グループ → OK
| 項目 | PQR | 施工 |
|---|---|---|
| 母材 | SS400 (A-1) | SM490 (A-1) |
| 板厚 | tr = 20mm | t = 25mm |
| 姿勢 | 立向 (V) | 横向 (H) |
判定: OK
- 板厚範囲:
tMin = max(1.5, 0.5 × 20) = 10mm、tMax = 2 × 20 = 40mm→ 25mmは範囲内 - 姿勢: 立向(V)は横向(H)を包含 → OK
- 母材区分: SS400もSM490もA-1グループ → OK
鋼種名が違っても、母材区分が同じなら流用可能。SS400のPQRでSM490の施工をカバーできるのがグルーピングの利点だ。
ケース5: ステンレス同グループ → OK
| 項目 | PQR | 施工 |
|---|---|---|
| 母材 | SUS304 (B-1) | SUS316 (B-1) |
| 板厚 | tr = 8mm | t = 6mm |
| 姿勢 | 上向 (O) | 下向 (F) |
判定: OK
- 板厚範囲:
tMin = max(1.5, 0.5 × 8) = 4mm、tMax = 2 × 8 = 16mm→ 6mmは範囲内 - 姿勢: 上向(O)は全姿勢を包含 → OK
- 母材区分: 同じB-1 → OK
上向で取得したPQRは最も汎用性が高い。SUS304とSUS316も同じB-1グループなので相互に流用できる。
ケース6: 薄板で板厚下限割れ → NG
| 項目 | PQR | 施工 |
|---|---|---|
| 母材 | SM400 (A-1) | SM400 (A-1) |
| 板厚 | tr = 6mm | t = 2mm |
| 姿勢 | 立向 (V) | 横向 (H) |
判定: NG
- 板厚範囲:
tMin = max(1.5, 0.5 × 6) = 3mm、tMax = 2 × 6 = 12mm→ 2mmは下限3mmを下回る - 薄板は溶け落ちや変形のリスクが高く、専用のPQRが求められる。
tr = 4mm以下のPQR(tMin = max(1.5, 2) = 2mm)が必要だ。
WPS適用範囲判定の仕組み——JIS Z 3410 に基づくアルゴリズム
候補手法の比較
WPSの適合判定を自動化するアプローチは大きく2つ考えられる。
手法A: 規格テーブルの完全再現
JIS Z 3410やASME Sec. IXの板厚範囲テーブルをそのままデータベース化する方法。tr の区間ごとに tMin / tMax が細かく定義されており、これを忠実に引く。正確性は高いが、規格改訂のたびにテーブル更新が必要で、規格ごとに異なるテーブルを管理するコストが大きい。
手法B: 一般則ベースの計算式
JIS Z 3410の一般原則である「0.5tr 〜 2tr」をベースに、下限のフロア値(1.5mm)を設けるシンプルな計算式で判定する。規格の細則(tr > 25mmでの特殊ルール等)は簡略化されるが、実務で最も頻繁に使う範囲を十分にカバーできる。
本ツールでは手法Bを採用した。理由は3つ。第一に、実務で扱う板厚の大半が1.5〜50mmの範囲に収まり、一般則で十分対応できる。第二に、計算ロジックがシンプルなのでユーザーが結果を検算しやすい。第三に、規格改訂への追従コストが低い。
実装の計算フロー
判定は以下の3ステップで順次実行される。
入力: pqrBase, targetBase, tr, t, pqrPosition, targetPosition
Step 1: 母材区分チェック
pqrGroup = baseMetalGroups[pqrBase].group // 例: "A-1"
targetGroup = baseMetalGroups[targetBase].group
if (pqrGroup !== targetGroup) → verdict = "recertify"(終了)
Step 2: 板厚範囲チェック
tMin = max(1.5, 0.5 * tr)
tMax = 2 * tr
if (t < tMin || t > tMax) → verdict = "ng"(終了)
Step 3: 姿勢包含チェック
covers = positionMatrix[pqrPosition].covers // 例: ["f","h","v"]
if (!covers.includes(targetPosition)) → verdict = "ng"(終了)
すべてパス → verdict = "ok"
母材区分を最初にチェックする理由は、グループが異なる場合は板厚や姿勢の判定自体が無意味になるためだ。「再認定必要」という判定を最優先で返すことで、ユーザーに最も重要な情報を真っ先に伝える設計にしている。
計算例: tr = 12mm, SM490, 立向 → t = 16mm, SM490, 横向
Step 1: 母材区分
pqrGroup = baseMetalGroups["sm490"].group = "A-1"
targetGroup = baseMetalGroups["sm490"].group = "A-1"
→ A-1 === A-1 → パス
Step 2: 板厚範囲
tMin = max(1.5, 0.5 × 12) = max(1.5, 6) = 6mm
tMax = 2 × 12 = 24mm
6 ≤ 16 ≤ 24 → パス
Step 3: 姿勢包含
positionMatrix["v"].covers = ["f", "h", "v"]
"h" は covers に含まれる → パス
verdict = "ok"
このように、3つのチェックがすべてパスして初めて「OK」判定となる。どれか1つでも不適合なら、その時点で「NG」または「再認定必要」が返る。判定の優先順位は「再認定 > NG > OK」だ。
参考: ISO 15609-1:2019 — Welding procedure specifications / JIS Z 3410 概要(JISC) / ASME BPVC Section IX(Wikipedia)
他ツールとの違い――Excel照合表やJWES様式との比較
WPS適合判定をやっている現場の多くは、Excel照合表か紙ベースのチェックシートを使っている。JWES(日本溶接工学会)が配布する様式もあるが、基本は手書きまたはセル入力で、判定ロジックは人間の頭の中だ。
WPS適合チェッカーが異なるのは、判定ロジックそのものを自動化している点にある。
- 板厚適用範囲の自動算出: PQR試験板厚 tr を入力するだけで 0.5tr ≦ t ≦ 2tr の範囲を即座に表示する。Excel照合表だと数式を埋め込んでいないケースが多く、毎回手計算になりがちだ
- 姿勢の包含関係を内蔵: 上向(4G)で取得したPQRは下向・横向・立向すべてをカバーする。この包含ルールを頭で覚えておく必要がない
- 母材区分の自動グルーピング: SM400/SM490/SS400は同じA-1グループ、SUS304/SUS316はB-1グループ。区分をまたぐ場合は「再認定必要」と即座に警告が出る
- 結果コピー: 判定結果をワンタップでクリップボードにコピーし、報告書やメールにそのまま貼れる
JWES様式やASMEのWPS Form QW-482は記録用の書式であって、判定機能は持っていない。入力→判定→記録のうち「判定」をゼロ秒にするのが、このツールの役割だ。
豆知識――WPSとPQRの歴史をたどる
WES 8103 から ISO 15609 へ
日本における溶接施工管理の規格は、もともと日本溶接工学会(現・日本溶接協会)が制定した WES 8103「溶接施工方法の確認試験」に端を発する。1970年代の高度経済成長期、橋梁や圧力容器の建設ラッシュで溶接不良が社会問題となり、PQR(施工法確認試験記録)で品質を担保する仕組みが整備された。
その後、国際規格との整合が進み、ISO 15607(溶接施工法の承認通則)と ISO 15609(溶接施工要領書の仕様)が制定された。日本では JIS Z 3410 がこれに対応し、母材区分・板厚範囲・姿勢範囲の考え方が国際標準と統一された経緯がある。
参考: ISO 15607:2019 — Specification and qualification of welding procedures for metallic materials
「PQR 1枚で全部OK」が通用しない理由
現場でよく聞く誤解が「1回PQRを取れば何にでも使える」というものだ。実際には、PQRの有効範囲は板厚・姿勢・母材区分・溶接プロセスの4軸で厳密に制限されている。たとえば板厚12mmのPQRは6〜24mmの範囲にしか適用できず、50mmの厚板には使えない。姿勢も、下向(1G)で取得したPQRでは横向(2G)の施工には適用不可だ。
この「有効範囲」の概念を正しく理解しないまま施工すると、第三者検査で不適合を指摘され、追加PQR試験の費用と工程遅延が発生する。造船では船級協会の検査、圧力容器ではJIS B 8265やASME Section IXの監査で、WPS/PQRの整合性チェックは必ず行われる。
板厚範囲ルールの背景
なぜ 0.5tr ≦ t ≦ 2tr なのか。溶接の熱影響は板厚に大きく依存する。薄板では入熱過多による溶け落ちリスクが高まり、厚板では冷却速度が速くなって低温割れのリスクが増大する。PQRで確認した条件から大幅に外れた板厚では、溶接部の品質が保証できないため、2倍/0.5倍という保守的な範囲が設けられている。
Tips――PQR管理と適合判定を効率化するコツ
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PQRは「広い条件」で取得する — 立向(3G)で取得すれば下向・横向もカバーできる。上向(4G)ならすべての姿勢に適用可能。最初から適用範囲が広い条件で試験を計画すると、後のWPS作成が楽になる
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板厚は中間値で試験板を設定する — 施工予定の板厚範囲の中間付近で試験板を用意すると、上下に広くカバーできる。例えば12mmで試験すれば6〜24mmをカバー。16mmなら8〜32mmだ
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母材区分をまたぐ案件は早めにPQR計画を立てる — 炭素鋼(A-1)とオーステナイト鋼(B-1)が混在するプラント案件では、区分ごとにPQRが必要になる。調達・試験・認定のリードタイムを見込んで、設計段階でPQR計画を確定しておくのが鉄則
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判定結果はコピー機能で記録に残す — WPS適合チェッカーの結果コピーをそのまま検査記録や社内データベースに貼り付ければ、転記ミスを防げる。紙のチェックシートとの二重管理から脱却する第一歩になる
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プロセス変更は「必ず再認定」と覚える — SMAW(被覆アーク溶接)で取得したPQRをGMAW(半自動溶接)に流用することはできない。溶接プロセスが変われば入熱特性もシールド条件もまったく異なるため、JIS Z 3410では別途PQRが必須となる
FAQ――WPS適合チェッカーのよくある質問
ASME Section IX に基づく判定には対応している?
現時点では JIS Z 3410(ISO 15609 相当)の一般原則に基づいた判定を行っている。ASME Section IX では P-Number による母材分類や板厚範囲の規定が異なるため、ASME準拠の判定が必要な場合は、本ツールの結果を参考値として扱い、最終判断は ASME Section IX の Table QW-451 を直接確認してほしい。
PQR試験板厚が25mmを超える場合の板厚上限はどうなる?
JIS Z 3410 の一般原則では、PQR板厚 tr に対して上限は 2tr となる。ただし発注者仕様書や船級協会ルールによっては、25mm超の厚板に対して独自の制限(例: tr+25mm を上限とする等)を課すケースがある。本ツールは 2tr を基本ルールとして算出しているため、特殊な板厚制限がある場合は発注者仕様を優先すること。
判定結果の「再認定必要」とは具体的に何をすればいい?
「再認定必要」は、PQRの母材区分と施工対象の母材区分が異なる場合に表示される。たとえば SM490(炭素鋼・A-1グループ)のPQRで SUS304(オーステナイト鋼・B-1グループ)を溶接しようとした場合だ。この場合、施工対象の母材区分に対応した新たなPQR試験を実施し、その結果に基づいて新しいWPSを作成する必要がある。試験の計画から認定まで、通常2〜4週間のリードタイムを見込んでおくとよい。
入力したデータはサーバーに送信される?
一切送信されない。すべての計算はブラウザ上のJavaScriptで完結しており、入力値も判定結果もサーバーには保存されない。社外秘のPQR情報や施工条件を入力しても、データが外部に漏洩する心配はない。
溶加材(F番号)の違いによる判定には対応している?
現在のバージョンでは溶加材区分(F番号)による判定は未実装だ。JIS Z 3410 / ASME Section IX では溶加材のF番号やA番号による適用範囲制限が規定されているが、まずは母材区分・板厚・姿勢・プロセスの4軸で基本判定を行う設計としている。溶加材判定は今後の拡張で対応予定だ。
まとめ――WPS適合判定を「勘と経験」から「即時自動判定」へ
WPS適合チェッカーは、PQRの適用範囲をJIS Z 3410の原則に基づいて自動判定するツールだ。母材区分・板厚・姿勢・溶接プロセスの4軸で適合/不適合/再認定を瞬時に判別し、Excelシートや紙ベースの照合作業を置き換える。
溶接品質管理を効率化したいなら、関連ツールもあわせて活用してみてほしい。入熱量の算出と鋼種別許容範囲の照合には溶接入熱量・パス間温度管理ツール、溶接法・板厚・継手から推奨条件を一括表示するには溶接条件セレクター、HAZ硬化リスクの事前評価には溶接冷却時間 t8/5 計算機が役に立つ。
不具合や追加機能のリクエストがあれば、お問い合わせから気軽に連絡してほしい。