溶接後に「板が曲がってる」と気づく、あの瞬間を減らしたい
朝一番にアーク溶接で本溶接を終えて、午後ふと定盤の上で冷えた部材を確認すると、開先側にぐっと反り上がっている——。鉄骨工場や圧力容器の現場で働いたことがあるなら、この光景は何度も見てきたはずだ。溶接の熱は板をねじ曲げる。どれくらい曲げるかは、板厚・開先・入熱量・鋼種の組み合わせで決まる。
この記事で紹介する 溶接変形予測ツール は、そのねじ曲げ量をOkerblom式ベースで事前に見積もるためのWebアプリだ。板厚10mm・V60°・SM400・入熱1.5 kJ/mm・溶接長1000mmを入れると「角変形φ=3.33°(58.2 mm/m)、縦収縮0.15mm、横収縮1.55mm、判定:過大」と即座に出る。現場で鉛筆とルートファクタ表を叩かなくていい。タブレットを開いて入力すれば、JASS6ベースの許容判定と推奨拘束までワンタップで返ってくる。
この記事では、なぜこのツールを作ったのか、Okerblom式とは何か、現場でどう使うのかを順に説明する。溶接変形の予測精度を「経験者の勘」から「数値」に引き上げるための一本だ。
なぜ作ったのか:現場のいちばん大きな悩みを数値化する
溶接施工の最大の悩みは「変形量」に尽きる。応力は非破壊検査で後から測れるし、継手強度はWES資格と溶接記録で担保できる。しかし変形——特に角変形と収縮——は、溶接後に冷えてからしか姿を見せない。開先を切り、仮付けして、本溶接を流した瞬間には既に結果が決まっているのに、測れるのは何時間も後。これが手戻りの温床になる。
筆者も橋梁桁の溶接立会いで、主桁フランジの角変形が許容値を超え、ジャッキで押し戻して再溶接——という場面に何度も出くわした。現場のWESは「この開先・入熱なら2度くらい曲がる」という経験則を持っているが、それを若手に伝えるのは難しい。手元のExcelに手計算式を組んでいる人もいるが、式の出典が曖昧だったり、鋼種係数が抜けていたりする。
既存の計算ソフトは高価(FEM系の溶接シミュレータは数百万円)で、立ち上げも大掛かり。一方で無料Webには角変形だけ、縦収縮だけ、という断片的な計算器しか見当たらない。角変形・縦収縮・横収縮を同時に出し、さらにJASS6ベースの許容判定と推奨拘束まで一気通貫で示す——このシンプルな需要を埋めるツールが欲しかった。これが開発の動機だ。
Okerblom式という古典的な経験式を土台にしつつ、開先形状(V/X/レ/K)・鋼種(SS400/SM400/SM490/SM520)をプリセット化。現場でタブレットからそのまま入力できる構成にした。FEMのような精密解析ではないが、施工前の「変形ざっくり予測」には十分だ。
溶接変形とは何か(ドメイン基礎解説)
溶接変形の3要素
溶接部には、凝固と冷却の過程で必ず変形が生じる。主な成分は3つある。
- 角変形 φ:溶接線を軸として、板が開先側に折れ曲がる変形。突合せ溶接で最も問題になる。単位は度(°)、またはmm/m(1m離れた位置での高さ差)。
- 縦収縮 ΔL:溶接線方向に縮む量。長大な桁ほど絶対値が大きくなるが、相対的には1/1000オーダーで小さい。
- 横収縮 ΔB:溶接線に直交する方向の縮み。開先断面積に比例するため、厚板・広い開先ほど大きい。
これらは溶接金属と母材の膨張・収縮の差、および開先形状による熱の偏りから発生する。特に角変形は、開先側(板厚の上半分)が先に冷えて縮むために起こる非対称冷却の結果だ。身近な例えで言うと、煎餅を片面だけ焼くと反り返るのと同じ理屈——上面だけ水分が抜けて縮むから曲がる。
Okerblom式とは
角変形を予測する代表的な経験式が Okerblom式 だ。1950年代にソ連のOkerblomが提案した式で、角変形量 φ が以下の形になる。
φ_rad = k_groove × Q × √A_g / t² × grade_factor
Q:ネット入熱量(J/mm)= 電流 × 電圧 × 60 / 溶接速度 × アーク効率A_g:開先断面積(mm²)t:板厚(mm)k_groove:開先形状係数(V=0.00044、X=0.00020、レ=0.00055、K=0.00030)grade_factor:鋼種係数(SS400/SM400=1.00、SM490=0.95、SM520=0.92)
分母が t² なのがポイントだ。板厚が2倍になると角変形は1/4に縮む。「厚板は曲がりにくい」という現場感覚と一致する。詳しくは 溶接による熱影響(Wikipedia) も参照されたい。
縦収縮・横収縮の経験式
縦横の収縮は、Okerblom自身と以降の各国の溶接研究者が提案した以下の形が広く使われる。
ΔL = 0.001 × Q[kJ/mm] × L[mm] / t[mm] × grade_factor
ΔB = 0.2 × A_g[mm²] / t[mm] × grade_factor
縦収縮は「入熱量と溶接長の積」に比例し、板厚で割る形。横収縮は「開先断面積」に直接比例する。つまり開先を広く取れば取るほど、溶接金属が多く入って、それが冷えて縮む分だけ板間が近づく。これも直感的に納得できるはずだ。
角変形の単位換算
角変形はラジアン(rad)で計算し、実務では度(°)または mm/m に換算する。RAD_TO_DEG = 57.295...、mm/m = φ_rad × 1000 で変換。1m離れた位置で1mmの高さ差があれば「1 mm/m = 約0.057°」の角変形だ。
実務での重要性:角変形1度が何mmの手戻りを生むか
納まり不良という連鎖
角変形2度の板を1m離れた所で測ると、高さ差は約35mm。鉄骨柱の仕口部でこれが発生すると、直上の梁フランジとの取り合いで完全にボルト孔がずれる。結果として:
- 現地で ガス切断による修正 が必要になる(鋼種によっては強度低下の懸念)
- 酸素・アセチレンボンベ代+人件費 で1箇所5-10万円の追加原価
- 監理技術者による再検査、場合によっては JIS Z 3104 放射線透過試験の再実施
1部材あたり数千円のツールで予測できれば防げた損失が、数十万円の手戻りになる。これが現場の痛みだ。
JASS6と鋼構造技術基準の許容値
建築鉄骨の変形許容値は、日本建築学会 鋼構造工事標準仕様書 JASS6 に規定されている。突合せ溶接の角変形は一般に 3 mm/m(約0.17°) が目安で、構造的に重要な部位では 1 mm/m まで厳格化される。本ツールの判定基準は:
- 許容内:≤10 mm/m(軽微な部材を想定)
- 要対策:10〜30 mm/m(逆ひずみ・治具拘束で対応可)
- 過大:>30 mm/m(抜本的に施工計画の見直しが必要)
としている。ただし重要部材ではJASS6の3 mm/m基準を別途確認してほしい。
橋梁・圧力容器での影響
橋梁では主桁の腹板の角変形が走行面の段差に直結する。1m区間で5mmの段差があれば、舗装で吸収しきれず橋面の波打ちになる。圧力容器では胴板の角変形が局部応力集中を生み、運転中の疲労破壊の起点になる。JIS B 8265 圧力容器の設計 では据付精度が規定されており、変形許容値を外すと再製作コースだ。
「曲がってから測る」ではなく「曲がる前に予測して対策する」——施工計画段階で数値化することの価値がここにある。
活躍する場面
鉄骨工場での本溶接前チェック。柱・梁の開先溶接を流す前に、板厚・開先・入熱量・鋼種から角変形を見積もる。許容超過ならロボット溶接の入熱パラメータを下げるか、逆ひずみ量を調整して対応。
橋梁桁の現場溶接計画。主桁フランジの突合せ部で、SM490厚板(板厚25mm以上)の角変形予測に使う。予熱コメントが同時に出るので、weld-preheat連携で必要予熱温度まで一気通貫で確認できる。
圧力容器の胴板突合せ。SM520クラスの厚板でX開先を切る場面で、開先形状ごとの変形量を比較。V開先(k=0.00044)とX開先(k=0.00020)では角変形が倍半分になるため、開先形状の選定に直接効く。
工業高校・高専の溶接実習教材。「入熱量を2倍にすると角変形はどう変わるか」を実習前にツールで見せる。数字と現物の対応を学生に体感させるための教材として有効だ。
基本の使い方(3ステップ)
Step 1:板厚と開先条件を入力。板厚(mm)、開先形状(V/X/レ/K)、開先角度(°)、ルートギャップ(mm)を入力する。プリセットボタンで代表ケースを一括流し込みも可能。
Step 2:溶接条件を入力。溶接長さ(mm)、入熱量Q(kJ/mm)、鋼種(SS400/SM400/SM490/SM520)を入力。入熱量は /weld-heat-input で計算したネット値をそのまま入れればよい。連携ボタンで自動読み込みもできる。
Step 3:結果を確認。開先断面積、角変形(度・mm/m換算)、縦収縮、横収縮、JASS6ベースの許容判定(許容内/要対策/過大)、推奨拘束条件、予熱コメントが即座に表示される。コピーボタンで施工計画書に貼り付けられる。
具体的な使用例(7ケース)
ケース1:10mm V60° SM400 Q=1.5 kJ/mm L=1000 g=2(一般構造・許容超過)
入力:板厚10mm、V開先60°、ルートギャップ2mm、溶接長1000mm、入熱1.5 kJ/mm、SM400。
結果:
- 開先断面積 A = 77.74 mm²
- 角変形 φ = 3.33°(58.2 mm/m)
- 縦収縮 ΔL = 0.15 mm
- 横収縮 ΔB = 1.55 mm
- 判定:過大
解釈:V開先の係数が大きく、板厚10mmでは分母 t² が効かないため角変形が跳ね上がる。58.2 mm/m はJASS6許容の約20倍。逆ひずみ法(事前に反対側へ2-3度曲げておく)か、X開先への変更を検討すべきケースだ。
ケース2:20mm X60° SM490 Q=2.5 kJ/mm L=2000 g=3(大型構造・要対策)
入力:板厚20mm、X開先60°、ルートギャップ3mm、溶接長2000mm、入熱2.5 kJ/mm、SM490。
結果:
- 開先断面積 A = 175.47 mm²
- 角変形 φ = 0.90°(15.7 mm/m)
- 縦収縮 ΔL = 0.238 mm
- 横収縮 ΔB = 1.67 mm
- 判定:要対策
解釈:X開先にしたことで係数 k が V の約半分になり、角変形は桁違いに下がる。それでもSM490の入熱2.5 kJ/mmは大きめなので、治具拘束で対応。SM490×20mm以上は予熱推奨(weld-preheat確認)。
ケース3:25mm X60° SM520 Q=2.0 kJ/mm L=3000 g=3(厚板突合せ・許容内)
入力:板厚25mm、X開先60°、ルートギャップ3mm、溶接長3000mm、入熱2.0 kJ/mm、SM520。
結果:
- 開先断面積 A = 255.42 mm²
- 角変形 φ = 0.54°(9.4 mm/m)
- 縦収縮 ΔL = 0.22 mm
- 横収縮 ΔB = 1.88 mm
- 判定:許容内
解釈:板厚25mmで t²=625 が分母に効き、X開先の小さい係数も追い風。入熱を控えめにして許容内に収めた好例。SM520でも入熱2.0 kJ/mm までで角変形は許容範囲に留まる。予熱100℃以上で運用するのが標準。
ケース4:15mm レ45° SM400 Q=1.2 kJ/mm L=500 g=0(T継手想定・過大)
入力:板厚15mm、レ開先45°、ルートギャップ0mm、溶接長500mm、入熱1.2 kJ/mm、SM400。
結果:
- 開先断面積 A = 112.50 mm²
- 角変形 φ = 1.78°(31.1 mm/m)
- 縦収縮 ΔL = 0.04 mm
- 横収縮 ΔB = 1.50 mm
- 判定:過大
解釈:レ開先は k=0.00055 と4開先のなかで最大。板厚15mmでも角変形が許容を超える。T継手では角変形が見た目の直角度に直接効くため、逆ひずみ法や分割溶接が必須。
ケース5:30mm K45° SM520 Q=3.0 kJ/mm L=3000 g=3(厚板突合せ・要対策)
入力:板厚30mm、K開先45°、ルートギャップ3mm、溶接長3000mm、入熱3.0 kJ/mm、SM520。
結果:
- 開先断面積 A = 315.00 mm²
- 角変形 φ = 0.94°(16.3 mm/m)
- 縦収縮 ΔL = 0.28 mm
- 横収縮 ΔB = 1.93 mm
- 判定:要対策
解釈:板厚30mmと分母が大きく、K開先の係数も小さめ(k=0.00030)。それでも大入熱3.0 kJ/mm では要対策レベル。予熱100-150℃と治具拘束の併用が定番。
ケース6:6mm V70° SS400 Q=0.9 kJ/mm L=500 g=1(薄板・過大)
入力:板厚6mm、V開先70°、ルートギャップ1mm、溶接長500mm、入熱0.9 kJ/mm、SS400。
結果:
- 開先断面積 A = 31.21 mm²
- 角変形 φ = 3.52°(61.5 mm/m)
- 縦収縮 ΔL = 0.075 mm
- 横収縮 ΔB = 1.04 mm
- 判定:過大
解釈:薄板は t²=36 で分母が極端に小さく、V開先70°の広い角度も重なって角変形が最大級に。薄物ほど変形に弱い——この物理を数値で可視化した例。手板金のような軽微な用途でもない限り、開先見直し・入熱低減が必須。
ケース7:10mm V60° SM400 Q=1.0 kJ/mm L=1000 g=2(ケース1の入熱低減版)
入力:ケース1と同条件で入熱のみ 1.5 → 1.0 kJ/mm に下げる。
結果:
- 開先断面積 A = 77.74 mm²(同じ)
- 角変形 φ = 2.22°(38.8 mm/m)
- 縦収縮 ΔL = 0.10 mm
- 横収縮 ΔB = 1.55 mm(同じ)
- 判定:過大
解釈:入熱を2/3にすれば角変形は2/3(Qに比例)。ケース1の58.2→38.8 mm/m まで下がるが、薄板V開先では依然として許容超過。入熱低減は万能ではなく、開先形状の選定がより本質的——という教訓がわかるケース。
仕組み・アルゴリズム:Okerblom式 vs FEM
候補手法の比較
溶接変形の予測手法は大きく3つある。
| 手法 | 精度 | 計算コスト | 適用場面 |
|---|---|---|---|
| 経験式(Okerblom式など) | 中(±30%) | 即時 | 施工計画・ざっくり予測 |
| 簡易FEM(2D弾塑性) | 高(±15%) | 数分〜数時間 | 重要部材の事前検討 |
| 詳細FEM(3D熱弾塑性) | 最高(±5%) | 数時間〜数日 | 一品生産・試作検証 |
本ツールが採用したのは経験式のOkerblom式だ。理由は3つ。
- 施工前の5分で判断したい——タブレット入力で即座に結果が欲しい現場では、FEMは実用的でない
- 溶接種・鋼種・開先で実績豊富——Okerblomは旧ソ連の造船所で実測検証され、以降の各国規格でも引用
- 経験則の伝承ツールとして使える——若手WESに「板厚を上げると角変形が1/4になる」という物理を数値で見せられる
FEMが必要な重要部材では、本ツールの値を初期設計に使い、最終検証はFEMで行うという2段階運用を推奨する。
実装詳細
Tool.tsxの計算フローは以下の通り。
// 開先断面積(mm²)
if (grooveType === 'V') A_g = t² × tan(θ/2) + g × t
if (grooveType === 'X') A_g = (t²/2) × tan(θ/2) + g × t
if (grooveType === 'bevel') A_g = (t²/2) × tan(θ) + g × t
if (grooveType === 'K') A_g = (t²/4) × tan(θ) + g × t
// Okerblom式角変形(ラジアン、Qは J/mm に換算)
φ_rad = k_groove × (Q × 1000) × √A_g / t² × grade_factor
// 縦収縮・横収縮(経験式)
ΔL = 0.001 × Q × L / t × grade_factor
ΔB = 0.2 × A_g / t × grade_factor
// 判定(φ_mmpermで分岐)
if (φ_mmperm ≤ 10) warningLabel = '許容内'
else if (φ_mmperm ≤ 30) warningLabel = '要対策'
else warningLabel = '過大'
開先断面積は三角関数で開先角度θを使って求める。V開先は左右対称で tan(θ/2) を2倍、X開先は上下に開先があるため V の半分、レ開先は片側のみで全角θ、K開先はレの上下版で 1/4——という幾何的整合性を保った式を採用した。
計算例(ケース1をステップバイステップで)
板厚10mm、V開先60°、ルートギャップ2mm、入熱1.5 kJ/mm、SM400。
Step 1: 開先断面積
θ = 60° → θrad = π/3 → tan(θ/2) = tan(30°) = 0.5774
A_g = 10² × 0.5774 + 2 × 10 = 57.74 + 20.00 = 77.74 mm²
Step 2: Okerblom式
k_groove = 0.00044(V開先)
grade_factor = 1.00(SM400)
Q = 1.5 kJ/mm = 1500 J/mm
φ_rad = 0.00044 × 1500 × √77.74 / 10² × 1.00
= 0.00044 × 1500 × 8.817 / 100
= 0.0582 rad
Step 3: 単位換算
φ_deg = 0.0582 × 57.296 = 3.33°
φ_mmperm = 0.0582 × 1000 = 58.2 mm/m
Step 4: 縦横収縮
ΔL = 0.001 × 1.5 × 1000 / 10 × 1.00 = 0.15 mm
ΔB = 0.2 × 77.74 / 10 × 1.00 = 1.55 mm
Step 5: 判定
58.2 mm/m > 30 → 「過大」
Okerblom式の出典は Okerblom, N.O. "Welding Stresses in Metal Structures" (1958) が原典で、日本では 溶接学会論文集 に追試データが多数掲載されている。係数 k_groove は各開先形状での実測角変形から回帰で求めた値を採用した。
他ツールとの違い
溶接変形の計算ツールは世の中に複数ある。FEMソフト(ANSYS、Abaqus、SYSWELDなど)は緻密な熱弾塑性解析ができる一方で、ライセンス費用は年間数百万円、モデリングにも半日以上。現場の「30分後に施工開始、今すぐ変形量を知りたい」には合わない。本ツールは反対側に振り切った。
Okerblom式ベースの手計算レベルを、スマホで5秒。それが差別化の第一点だ。板厚・開先・入熱・鋼種の6項目を埋めるだけで、角変形(度・mm/m換算)、縦収縮、横収縮、JASS6許容判定、推奨拘束条件、予熱コメントが同時に出る。ExcelマクロやPDFの手計算シートを探し回る時間がゼロになる。
第二点が縦収縮・横収縮・角変形の3点同時出力だ。既存の無料ツールは角変形だけ、あるいは縦収縮だけという単品型が多く、「じゃあ横収縮は?」となるたびに別式を開く必要があった。このツールは1画面で3値を並べて出す。板取り寸法の補正量を決めるには3値そろっていないと判断できない。
第三点が/weld-heat-inputとの入熱量連携だ。画面上部のボタンを押すと、前ページで計算したネット入熱量がそのまま流し込まれる。溶接条件を変えた瞬間に変形予測が追従するので、「入熱を下げたら変形はどう減るか」を数値で比較しながら施工計画を詰められる。FEMだと再計算に1時間、このツールなら1秒。ラフ検討のサイクルが圧倒的に速い。
正確な値が欲しいときはFEM、当たりをつけたいときはこのツール。使い分けの棲み分けが、このアプリの立ち位置だ。
豆知識・読み物
溶接変形を式で予測しようという試み自体は古い。代表的な経験式として名を残すOkerblomは、1958年にソ連(当時)のレニングラード造船研究所に所属した研究者で、造船業における溶接変形の定量化を目的に多数の板厚・開先条件で実測を重ね、角変形が「開先断面積の平方根 × 入熱 ÷ 板厚²」に比例するという関係を導いた。彼の原著『The Calculations of Deformations of Welded Metal Structures』(Mashgiz, 1958)は日本語訳も出版され、造船・橋梁の変形予測に長く使われてきた(参考: Welding Deformation - Wikipedia)。
JIS建築工事標準仕様書JASS6(鉄骨工事)では、組立後の部材寸法精度として「柱・梁の曲がり」にL/1000(1m当たり1mm)前後の許容値を設定している。このツールが警告を出す閾値(10 mm/m)は、JASS6許容値を大幅に超える領域を「要対策」、30 mm/mを超えるとほぼ手直し必須の「過大」ゾーンと位置付けている。実際の鉄骨工場は製品精度を維持するため、1 mm/m以下に抑えるのが普通だ。
面白いのが鉄骨工場の逆ひずみ量調整ノウハウだ。熟練の溶接士は、図面通りに組み立てる前に「どれくらい曲がるか」を経験から予測して、反対側にあえて3〜5度ほど傾けた状態で仮止めする。溶接が進むにつれて板は熱収縮で起き上がり、最終的に図面通りに収まる。これが逆ひずみ法だ。このツールのmm/m出力は、そのまま逆ひずみ量の目安として使える。例えば角変形15 mm/mが予測されたら、1m離れた位置で15 mm反対側に傾けて仮組みする、というわけだ。
橋梁の分野では入熱制限が厳しい。日本道路協会『道路橋示方書』は入熱上限を鋼種別に定めており、SM490YBクラスで40 kJ/cm(=4.0 kJ/mm)が一般的な上限となる。このツールで4.0 kJ/mmを超えると黄色警告が出るのは、HAZ軟化とセットで変形過大リスクが跳ね上がるためだ。
Tips
- 軽度の変形なら逆ひずみ法で吸収: 予測角変形が10〜20 mm/mの「要対策」レベルなら、仮組み段階で反対方向に同等量の逆ひずみをつけるのが最も経済的。治具不要で熟練が必要だが、鉄骨工場では標準手法だ
- 大きめの変形には分割溶接: 長手方向に1パスで走らせず、300〜500 mmごとに区切って飛び石溶接(スキップ溶接)すると入熱集中が緩和され、縦収縮・角変形ともに20〜40%減る。長尺溶接ほど効果が大きい
- 剛強な治具で機械的に拘束: 30 mm以上の厚板や高張力鋼では、ストロングバック・ジグクランプで板を物理的に拘束する。拘束が強いほど残留応力は増えるが、寸法精度は上がる。トレードオフを理解して選ぶこと
- 入熱低減で根本対策: 警告が「過大」になる場合、パス数を増やして1パス当たりの入熱を下げるのが有効。/weld-heat-inputで電流・電圧・速度を調整して、2.0 kJ/mm以下に抑えると変形量は目に見えて減る
- 予熱は変形ではなく割れ対策: 予熱は主に低温割れ防止のために行うが、副次的に冷却速度を下げて残留応力を緩和する効果もある。高張力鋼では/weld-preheatで必要温度を確認しよう
FAQ
Okerblom式の精度はどれくらい?実測とのズレは?
一般的なV開先・X開先の突合せ溶接では、実測値と±30〜50%の範囲で一致する。拘束度が中程度の自由膨張に近い条件が前提で、強拘束時や複雑な形状では誤差が広がる。絶対値の精度よりも「条件を変えたとき変形量がどう動くか」の感度を掴む用途に向く。重要部材はFEMや実機試験で検証すること。
角変形 mm/m と度、どちらを見ればいい?
施工現場の逆ひずみ量設定には mm/m が直感的だ。板の端から1m離れた位置で何mm反対側に傾ければいいかが直接わかる。一方、設計図面や検査書類で角度指定されている場合は度表示を使う。両方並べて出しているので、用途に応じて使い分ければいい。
多層盛り溶接の場合、入熱量Qはどう入力すべき?
1パス目と2層目以降で変形への寄与度が異なるが、簡易予測としては各パスの入熱合計を入れて構わない。より厳密に見たい場合は、初層のみで計算した値と全層合計で計算した値の間に実際の変形が入ると考えてよい。/weld-heat-inputでパスごとの入熱を計算し、合計値をこちらに入れるのが現場向きだ。
SS400とSM400は鋼種係数が同じ1.00だけど、違いはないの?
炭素当量や変形挙動の観点ではほぼ同等なので、このツールでは同係数で扱っている。SS400は一般構造用(溶接性の保証なし)、SM400は溶接構造用(溶接性保証あり)という規格上の違いがあるが、変形量そのものには有意差がない。溶接割れのリスク評価では鋼種を区別する必要があるが、変形予測では同じ扱いで問題ない。
入力した値はどこかに保存される?外部サーバーに送信される?
入力値はすべてブラウザ内(localStorage)にのみ保存される。外部サーバーへの送信は一切ない。/weld-heat-inputとの連携も、localStorage経由でブラウザ内だけで完結する。機密案件の条件でも安心して使える。
ルートギャップが大きいと警告が出るのはなぜ?
開先断面積は A = t²·tan(θ/2) + g·t の形で、ルートギャップ g が入るほど断面積が大きくなる。断面積が増えれば必要溶接金属量が増え、入熱も変形も増える。g が板厚 t に近いと開先断面積の幾何整合性が崩れるため、赤い警告を出している。通常は g = 0〜6 mm の範囲で使うこと。
まとめ
溶接変形を「施工前に数値で掴む」ためのシンプルな相棒になれば、このツールの役割は果たせたと思う。6項目を埋めれば、角変形・縦横収縮・JASS6判定・推奨拘束条件が5秒で出る。迷ったらまずプリセットを押して、値を少しずつ動かしながら感度を掴んでみて。
入熱量の最適化は/weld-heat-inputで、高張力鋼・厚板の予熱温度は/weld-preheatで確認できる。3つセットで使えば、施工前の変形・入熱・割れリスクが一気に見通せる。
計算が合わない、別の開先パターンが欲しい、実測との比較データが知りたい——そんな要望があればお問い合わせから教えてほしい。現場の声に合わせて改善していく。