橋を見上げて「これ何層塗ってあるんだろう」と思った話
街中で巨大な鋼橋梁を見上げて、ふと気になったことがある。あの錆色じゃないグレーの塗膜、いったい何層塗られているのか。プライマー1層で済ませているのか、それとも厚化粧みたいに何度も重ね塗りしているのか。
答えから言うと、橋梁レベルになると3層375μmは当たり前の世界。無機ジンクリッチ75μm、エポキシMIO(雲母鉄)240μm、ウレタン60μm。これがISO 12944が定める「重防食」の標準解だ。
でも、塗装系統の選び方というのが厄介で、ISO 12944-5:2018には何十通りもの組合せがある。環境分類だけでC1からCXまで7段階、構造物の種類で要求される耐久性も違う。塗料メーカーのカタログを開けば、AkzoNobel・Hempel・関西ペイント・大日本塗料がそれぞれ自社製品名で系統表を載せていて、横断比較が簡単にできない。
このツールは、その「環境×構造物×寿命」の3軸からISO 12944標準系統を逆引きするための診断ツール。プライマー・中塗り・上塗りの3層構成、総DFT(乾燥膜厚)、25年スパンのLCC(ライフサイクルコスト)まで一気に出る。次に /paint-thickness-calc に渡せば、必要塗料量も計算できる。
なぜ作ったのか
塗装設計の現場で、塗料メーカーのPDFカタログを5社分ダウンロードして横断比較した経験がある。「鋼橋梁向けC5-I環境、設計寿命25年」という条件で見積依頼を出したら、各社から返ってきた仕様書がバラバラだった。総DFTで300μmを推す会社もあれば、500μm近く積み上げる会社もある。プライマーが無機ジンクの会社もあれば、有機ジンクで攻める会社もある。
カタログ片手に「うちはこの仕様でいきます」と決められればいいのだが、設計コンサルとしては第三者視点でメーカー横断の中央値を持っておきたい。ISO 12944-5:2018のAnnex Aに載っている標準系統表が、まさにその中央値の出発点になる。
ところが、ISO 12944-5の系統表というのも数十通りあって、A1.01からA7.13まで連番で並んでいる。1つ1つ目で追って「鋼橋梁 C5-I H」に該当するのは…とExcelで台帳を作ったのが3年前。今回はそれをWebアプリに焼き直し、誰でも30秒で標準系統が引けるようにした。
メーカー営業向けの中立比較資料としても、塗装設計を学ぶ学生のテキストとしても、現場でササッと参照したいときの逆引き辞書として使える。AkzoNobelの「Intershield」やHempelの「Hempadur」を否定するわけではない。むしろ、各社製品がISO 12944のどの系統に対応しているかを確認する出発点として使ってほしい。
ISO 12944 と塗装系統の基礎
ISO 12944 とは — 防食塗装の国際バイブル
ISO 12944は「Paints and varnishes — Corrosion protection of steel structures by protective paint systems」という、鋼構造物の防食塗装に関する国際規格。全9パートで構成される。
- Part 1: 一般導入
- Part 2: 環境分類(C1-CX の元ネタ)
- Part 3: 設計考慮事項
- Part 4: 表面処理(Sa等級など)
- Part 5: 塗装系統リスト(このツールの心臓部)
- Part 6: 試験方法
- Part 7: 施工と監督
- Part 8: 既存構造物の評価
- Part 9: 海洋構造物特化
特にPart 2(環境分類)とPart 5(系統リスト)が実務でよく使われる。詳細はISO 12944-5 (Wikipedia) や国土交通省 鋼道路橋防食便覧 を参照。
C5-M 環境分類 とは — 何が「重い」のか
ISO 12944-2 が定める環境分類は7段階。腐食速度の指標であるZnやSteelの単年あたりの厚み損失で定義される。
| クラス | 環境例 | Steel の年間厚み損失 |
|---|---|---|
| C1 | 屋内乾燥(オフィス・暖房付建物) | < 1.3μm |
| C2 | 屋内湿潤・屋外田園 | 1.3〜25μm |
| C3 | 屋外工業・沿岸軽度 | 25〜50μm |
| C4 | 屋外工業・沿岸中度 | 50〜80μm |
| C5-I | 工業重防食 | 80〜200μm |
| C5-M | 海洋重防食 | 80〜200μm |
| CX | 極限環境(飛沫帯・熱帯沿岸) | > 200μm |
C1はオフィスビルの内側みたいな世界。C5-Mは「常に海風と塩分が当たる」領域で、海上タンク・港湾施設・洋上風車などが該当する。CXはさらに過酷で、波打ち際の杭・船舶のバラストタンクなど、飛沫を直接浴びる位置だ。
ここで覚えておきたいのは、C2 と C5-M の腐食速度は約100倍違うということ。同じ鋼材でも、屋内倉庫なら100年以上もつものが、飛沫帯だと数年で穴が開く。だから塗膜厚も10倍以上違ってくる。
無機ジンクリッチ 役割 — 3層構成の中身
ISO 12944の重防食系統は、原則3層構成で組み立てる。それぞれ役割が違う。
プライマー(亜鉛系)— 犠牲陽極作用
無機ジンクリッチや有機ジンクリッチは、亜鉛粉末を含有率80%以上で配合した塗料。鋼に塗布すると、亜鉛が鋼より卑な金属(イオン化傾向が大きい)であるため、塗膜に傷が入っても亜鉛が先に犠牲となって腐食する。これがガルバニック防食、犠牲陽極作用と呼ばれる仕組み。
無機ジンクは硬化に湿度50%以上が必要で、工場塗装で力を発揮する。有機ジンクは湿度依存性が低く、現場塗装で使いやすい。
中塗り(エポキシ系)— バリア層
エポキシMIO(雲母鉄)やエポキシガラスフレークが代表格。雲母やガラス片状粒子が塗膜内で重なり合い、酸素・水・塩分の透過経路を物理的に遮断する。バリア機能の中心がここ。
上塗り(ウレタン・フッ素・ポリウレア)— 紫外線・薬品防御
エポキシは紫外線で粉化(チョーキング)するため、表に出さず上塗りで覆う。ウレタンは耐候性10〜15年、フッ素は20〜25年、ポリウレアは25〜30年と耐久性が違う。
3層を組み合わせることで、亜鉛系の犠牲陽極作用+エポキシのバリア+上塗りの紫外線防御という多重防御が成立する。
塗装系統選定が実務で重い理由
系統選定ミスは早期剥離→事故のトリガー
塗装系統の選定を間違えると、設計寿命より遥かに早く塗膜の浮き・剥離が始まる。橋梁で剥離が起きると、その箇所だけ急速に錆びて板厚が減る。最悪の場合、構造耐力の劣化につながる。
実例として、某沿岸の橋梁で「C3向けの汎用系統(エポキシ80+ウレタン80=160μm)」を採用してしまい、5年で全面剥離→全面塗替えに追い込まれたケースがある。本来はC4-C5環境であったため、無機ジンクリッチを含む3層375μmが必要だった。塗替え工事は足場架設だけで初期塗装の3倍コストがかかる。
LCC 無視で初期費用優先 → 塗替え地獄
「とにかく初期費用を抑えたい」と要求する施主は多い。しかし塗装の世界では、初期費用が安い=塗膜が薄い=塗替え周期が短い、というトレードオフが必ず働く。
ISO 12944-5では設計寿命を4段階で定義する。
- L (Low): 5〜15年
- M (Medium): 15〜25年
- H (High): 25年超
- VH (Very High): 30年超(2018年改訂で追加)
25年スパンで考えると、L仕様は2回塗替え(初期+2回)、H仕様は塗替え0〜1回で済む。塗替え工事は塗料費だけでなく足場架設・養生・ケレン作業のコストが乗るので、初期費用の60%程度が毎回発生する。L仕様の初期費用が半分でも、トータルでは逆転することが珍しくない。
このツールが25年LCC試算を表示するのは、まさにこの「初期費用最適化の罠」を可視化するため。
Sa 等級と塗膜密着性
素地調整Sa等級も無視できない。ISO 8501-1で定義されるSa1(手工具)からSa3(完全清浄)まで4段階あり、フッ素塗料を使うならSa2.5以上が業界の常識。Sa1で済ませると、塗膜と鋼の界面に錆が残ったまま塗装することになり、塗膜下腐食が進行する。素地調整は塗装系統の選定と必ずセットで考える。
こんな場面で活躍する
鋼橋梁の塗替え設計 — 既設橋梁が劣化したとき、塗替え系統を選定する。C5-I環境で耐用25年なら鋼橋梁C5-I/Hテンプレートが基準。総DFT375μmで /paint-thickness-calc に渡し、必要塗料量を算出。
LNG・原油タンク外面の重防食 — 海岸沿いのLNGタンクは典型的なC5-M/VH環境。エポキシガラスフレーク+ポリウレアの575μm系統で30年耐用を狙う。
洋上風車タワーの仕様策定 — 風車基礎部はC5-M、ナセル下部はC4扱いと階層別に分かれる。現場補修頻度も高いので、有機ジンク+フッ素の組合せが定番。
プラント配管の保温下塗装 — 屋外プラント配管はC4-C5環境。塗替えしにくい場所なので、ジンクリッチ+エポキシMIOの2層でDFT稼ぐパターンが多い。
屋内倉庫の鉄骨塗装 — C1-C2環境ならエポキシ+ウレタンの2層160μmで十分。やりすぎると初期費用がムダ。
基本の使い方
ステップは5つ。
- ISO 12944 環境分類を選ぶ(C1〜CX)
- 構造物種別を選ぶ(鋼橋梁・LNGタンク・風車タワー等の9種から)
- 設計寿命を選ぶ(L/M/H/VH の4段階)
- 任意で上塗り・プライマーを手動指定(指定なしで自動選定)
- 施工条件を選ぶ(Sa等級、現場塗装/高温/食品接触の制約、コスト優先度)
結果として推奨系統名・3層構成・総DFT・予想耐用年数・適合規格・25年LCC試算が出る。コピーボタンで仕様書にそのまま貼り付け可能。
6ケースで見る使用例
Case 1: 鋼橋梁 C5-I/H 重防食(バランス型)
入力: 環境=C5-I、構造物=鋼橋梁、寿命=H、上塗り=自動、プライマー=自動、Sa2.5、制約なし、優先度=バランス。
結果: 推奨系統「鋼橋梁 C5-I/H 重防食」が選ばれる。
- プライマー: 無機ジンクリッチ 75μm
- 中塗り: エポキシMIO 240μm
- 上塗り: ウレタン 60μm
- 総DFT: 375μm(375 × 1.0 = 構造物補正なし)
- 予想耐用年数: 25年
- 25年LCC: 3,562 千円/100m²
解釈: 重防食標準系統の王道。375μmはISO 12944-5 A5.04 の系統に対応する。鋼橋梁の塗替え設計で第一候補。
Case 2: LNGタンク C5-M/VH 性能最優先
入力: 環境=C5-M、構造物=LNGタンク、寿命=VH、上塗り・プライマー=自動、Sa2.5、優先度=性能。
結果: 推奨系統「LNGタンク C5-M/VH」。
- プライマー: 無機ジンクリッチ 75μm
- 中塗り: エポキシガラスフレーク 350μm
- 上塗り: ポリウレア 75μm
- 総DFT: 575μm(500 × 1.15 = LNGタンク補正係数)
- 予想耐用年数: 30年
- 25年LCC: 6,500 千円/100m²
解釈: ガラスフレークは可使時間が短く現場施工が難しいので、工場塗装ベースで計画する系統。VH(30年超)を狙う重防食の最高峰。
Case 3: 屋内倉庫 C2/L 標準(コスト最優先)
入力: 環境=C2、構造物=屋内鉄骨、寿命=L、上塗り・プライマー=自動、Sa2、優先度=コスト。
結果: 推奨系統「屋内倉庫鉄骨 C2/L 標準」。
- プライマー: 汎用エポキシ 80μm
- 中塗り: (省略)
- 上塗り: ウレタン 80μm
- 総DFT: 128μm(160 × 0.8 = 屋内補正係数で減算)
- 予想耐用年数: 10年
- 25年LCC: 1,520 千円/100m²
解釈: C2環境では3層構成は不要、2層160μmで10年もつ。さらに屋内補正で実DFT128μmまで削減できる。倉庫鉄骨でC5級のオーバースペックを売り込まれていないか、これでチェックできる。
Case 4: 海洋ジャケット脚部 CX/H 性能最優先
入力: 環境=CX、構造物=海洋構造物、寿命=H、上塗り・プライマー=自動、Sa3、優先度=性能。
結果: 推奨系統「海洋ジャケット脚部 CX/H」。
- プライマー: 無機ジンクリッチ 75μm
- 中塗り: エポキシガラスフレーク(重防食)425μm
- 上塗り: シリコンウレタン 100μm
- 総DFT: 720μm(600 × 1.2 = 海洋構造物補正)
- 予想耐用年数: 25年
- 25年LCC: 5,700 千円/100m²
解釈: CX飛沫帯は最も厳しい腐食環境で、Sa3(完全清浄)の素地調整が必須。720μmは塗装系統としては最厚クラスで、ジャケット脚部の海中部・飛沫帯に対応する。
Case 5: 風車タワー C4/H 現場補修込み
入力: 環境=C4、構造物=風車タワー、寿命=H、上塗り=フッ素、プライマー=有機ジンク、Sa2.5、制約=現場塗装、優先度=性能。
結果: 推奨系統「風車タワー C4/H 現場補修込み」。
- プライマー: 有機ジンクリッチ 80μm
- 中塗り: エポキシ 180μm
- 上塗り: フッ素 60μm
- 総DFT: 336μm(320 × 1.05 = 風車タワー補正)
- 予想耐用年数: 25年
- 25年LCC: 3,040 千円/100m²
解釈: 風車タワーは現場補修頻度が高いため、湿度依存性の低い有機ジンクリッチが定石。現場塗装制約を選ぶと、無機ジンク指定でも自動的に有機ジンクへ置換される(湿度50%以上を確保しにくいため)。フッ素上塗りでLCC有利。
Case 6: 屋外鉄骨 C3/M 標準
入力: 環境=C3、構造物=屋外鉄骨、寿命=M、上塗り・プライマー=自動、Sa2.5、制約なし、優先度=バランス。
結果: 推奨系統「屋外鉄骨 C3/M 標準」。
- プライマー: ジンクリッチペイント 60μm
- 中塗り: エポキシMIO 120μm
- 上塗り: ウレタン 60μm
- 総DFT: 240μm(240 × 1.0 = 屋外鉄骨は補正なし)
- 予想耐用年数: 18年
- 25年LCC: 1,932 千円/100m²
解釈: 屋外工業環境(C3)の鉄骨にはこの3層240μmが定番。橋梁ほどの重防食は不要で、商業施設・工場建屋・架構鉄骨にちょうどよいバランス。都市部沿岸ならC4扱いに格上げ判断する。
仕組み・アルゴリズム
候補手法の比較 — なぜISO 12944-5標準系統採用なのか
塗装系統の自動選定アルゴリズムには、複数の設計選択肢がある。
選択肢A: メーカー個別系統テーブル横断
AkzoNobel・Hempel・関西ペイント・DNT等の系統表を全社入れて横断比較する案。網羅性は最高だが、メーカー間で命名規則が違いすぎる(Intershield/Hempadur/エスコ/エポマリンなど)うえ、製品ラインナップが頻繁に改訂されるためメンテナンスコストが膨大になる。第三者立場の中立性も損なわれる。
選択肢B: ISO 12944-5 標準系統採用(採用案)
ISO 12944-5 Annex Aに掲載される A1.01〜A7.13 の標準系統テーブルを内部データ化する。利点は3つ。
- 国際標準ゆえ命名が安定(10年単位で変わらない)
- メーカー中立(どの会社も自社製品をISO系統にマッピングしている)
- 規格の権威(仕様書に「ISO 12944-5 A5.04準拠」と書ける)
欠点はテンプレート数が限られることだが、構造物種別×環境×寿命の主要組合せ6パターンで設計実務の80%は網羅できる。
選択肢C: 機械学習による推奨
過去案件のデータを学習して類似条件を引っ張る案。データ整備のハードルが高すぎ、説明性も犠牲になる。塗装設計は責任が重く「なぜこの系統を選んだか」を仕様書に明記する必要があるため、ブラックボックス手法は採用しない。
結論: ISO 12944-5標準系統採用。ルックアップテーブル方式で実装し、構造物別の補正係数で総DFTを調整する。
実装詳細 — 3次元キーで完全一致ルックアップ
実装は以下のフロー。
// 1. テンプレートID生成
const templateId = composeKey(structureType, corrosivityClass, targetLife);
// 例: structureType="bridge", corrosivityClass="C5-I", targetLife="H"
// → "bridge-c5i-h"
// 2. 完全一致ルックアップ
const template = systemTemplates.find(t => t.id === templateId);
// 3. ヒットしなければ近接条件にフォールバック
if (!template) {
template = findClosest(structureType, corrosivityClass, targetLife);
warnings.push("標準テンプレート外の組合せ。塗料メーカー仕様の照合を推奨");
}
// 4. 構造物別補正係数で総DFTを調整
const structureMul = structureMultiplier[structureType];
// bridge/outdoor-steel = 1.0
// marine/ship-outer = 1.2
// lng-tank = 1.15
// wind-tower = 1.05
// tank-inner/plant-pipe = 0.95
// indoor-steel = 0.8
const totalDft = template.totalDft * structureMul;
// 5. 制約条件の適用
if (applicationConstraint === "field-paint" && primer.type === "inorganic-zinc") {
primer.type = "organic-zinc"; // 現場塗装で無機ジンク硬化困難
warnings.push("現場塗装制約により有機ジンクリッチに自動置換");
}
// 6. LCC試算(25年スパン)
const initial = template.totalDft * costPerUmM2[targetLife] * 100 / 1000; // 千円/100m²
const repaintCount = Math.max(0, Math.ceil(LCC_SPAN / template.expectedLife) - 1);
const lcc = initial + repaintCount * initial * REPAINT_COST_RATIO;
structureMultiplier は経験的に決めた補正値。海洋構造物は塩害が強いため1.2、屋内は乾燥しているため0.8に減算する。costPerUmM2 は寿命グレードごとの平均単価で、L=50円/μm/m²、VH=130円/μm/m² と寿命要求が高いほど高級塗料を使うので単価が上がる。
計算例 — 鋼橋梁 C5-I/H ステップバイステップ
入力: bridge × C5-I × H
- テンプレートID:
bridge-c5i-h - テンプレート取得: 「鋼橋梁 C5-I/H 重防食」
- 無機ジンクリッチ 75 + エポキシMIO 240 + ウレタン 60 = 375μm
- 予想耐用年数: 25年
- 構造物補正: bridge → 1.0 →
totalDft = 375 × 1.0 = 375μm - LCC初期費用:
initial = 375 × 95 × 100 / 1000 = 3562.5 千円/100m²(≒3562) - 塗替え回数:
Math.max(0, ceil(25/25) - 1) = 0(耐用年数 = LCCスパン なので塗替え不要) - 最終LCC:
3562 + 0 = 3562 千円/100m²
これがCase 1で出力される値の根拠だ。
LCC算出の補足 — 塗替え倍率0.6の意味
塗替え工事は初期塗装より安くなる傾向がある。理由は以下。
- 既存塗膜が残っているので素地調整が軽くて済む
- 設計検討・段取りが既存仕様の踏襲で済む
- ただし足場架設・養生は初期と同じ(地域差大)
経験的に、塗替えコスト ÷ 初期塗装コスト = 0.5〜0.7 の範囲。本ツールでは中央値の 0.6(REPAINT_COST_RATIO)を採用した。インフレ補正・足場の地域差は含まないので、絶対値の比較には注意が必要。比較指標として使うなら十分機能する。
他ツールとの違い
メーカー個別PDFとの違い — 第三者立場の中立比較
塗装系統を調べると、AkzoNobel・Hempel・関西ペイント・DNT といったメーカーの仕様書PDFが大量にヒットする。どれも詳細で正確だが、自社製品で組んだ系統表になっているため、プライマー・中塗り・上塗りすべて同じメーカーで揃った例しか載っていない。「Hempelのジンクリッチに関ペのウレタンを乗せた場合は?」と聞かれても、メーカーは答えてくれない。
このツールは ISO 12944-5:2018 の標準系統テーブルを内部データ化し、特定メーカーに依存しない中立的な中央値を返す。コンサル・設計事務所・施主が「まずたたき台になる仕様」を5秒で出すための入り口にしてほしい。最終的には選定したメーカーに見積もりと適合確認を依頼するのが正しいフロー。本ツールはあくまで第三者の参考値だ。
paint-thickness-calc との連携 — 「系統選定 → DFT → 必要塗料量」
このツールが返すのは層構成と総DFTまで。実際の現場で必要なのは「では塗料を何缶発注すればいいか」だ。そこで /paint-thickness-calc と組み合わせる。
フローはこう:
- paint-system-selector で「C5-I × 鋼橋梁 × H寿命」→ プライマー75μm + 中塗り240μm + 上塗り60μm = 総DFT 375μm
- paint-thickness-calc に各層のDFT・固形分容積比・塗装面積を入力 → 実塗布量(ロス係数込み)と缶数を算出
- 発注書に転記
系統選定(このツール)と塗布量計算(paint-thickness-calc)は責務を完全に分けてある。系統と塗料量を1ツールに混ぜると、入力項目が20個を超えて誰も使えないので、機能境界を明確に切った。
paint-calc / paint-dry-calc との関係 — 施工管理は別軸
/paint-calc と /paint-dry-calc は施工管理ツール。前者は塗布面積から塗料缶数を逆算する現場向け、後者は乾燥時間・工程間隔を温湿度から推定する工程管理用だ。系統選定とは独立した別フェーズで、設計が決まった後に使う。設計→施工管理の流れで内部回遊できるよう、結果カードにリンクを置く設計にした。
豆知識・読み物
ISO 12944 改訂の歴史 — 1998年から3回の大改訂
ISO 12944 は1998年に第1版が出て、2007年に環境分類が C5-I/C5-M に細分化、2018年の改訂で CX(極限環境) が追加された。CX は飛沫帯や海洋構造物の喫水帯を想定した最も厳しいクラスで、それまで C5-M に押し込められていた事例(北海油田のジャケット、外洋の風車基礎)が独立した。改訂のたびに塗装系統表(Part 5)も更新され、ガラスフレーク混入エポキシやポリウレアといった新材料が標準系統に組み込まれていった。
参考: ISO 12944-1:2018 — Wikipedia
無機ジンクと有機ジンクの硬化機構の違い
ジンクリッチペイントには2系統ある。無機ジンクはエチルシリケートを結合剤に使い、空気中の水分(湿度50%以上)と反応してガラス状の被膜を作る。耐熱性・耐摩耗性が高く、電気的接続性も優秀で、橋梁・タンクの工場塗装の定番だ。
有機ジンクはエポキシ樹脂を結合剤に使う。湿度が低くても硬化するため現場塗装で使えるのが最大のメリット。ただし耐熱性・電気接続性は無機ジンクに劣る。風車タワーの現場補修で有機ジンクが選ばれるのはこの理由。「現場で塗るなら有機、工場なら無機」と覚えておくと選定で迷わない。
フッ素塗料の歴史 — 1980年代の建築外装革命
フッ素樹脂塗料(PVDF系・FEVE系)が登場したのは1980年代。それまで建築外装の高耐候は「アクリルウレタンを5年ごとに塗り替える」が標準だったが、フッ素なら20年塗替え不要になり、東京湾岸のランドマーク建築や橋梁の長寿命化を一気に変えた。初期費用は高いが、LCC(25年スパン)で計算するとウレタンより圧倒的に安いのは、塗替え時の足場費用が初期塗装の2〜3倍かかるから。「初期費用 vs 塗替え回数」のトレードオフがLCC優位性の核心だ。
Tips
- 無機ジンクは湿度50%以上で硬化する — 乾燥した冬場の現場では無機ジンクが硬化不良を起こすことがある。冬季の屋外施工では有機ジンクに切り替えるか、養生テントで湿度を管理する。
- ガラスフレーク混入エポキシは可使時間が短い — A液とB液を混合してから30分〜1時間で硬化が始まる。ハケ・ローラー塗りには不向きで、エアレススプレーで一気に施工する。海洋構造物の現場塗装で問題になりやすい。
- フッ素塗料は塗替え周期が長くLCC有利 — 初期費用がウレタンの2倍でも、25年スパンで塗替え1回減らせれば足場費用1回分が浮く。橋梁・煙突・高層建築では足場費用が塗料費の数倍になるため、フッ素のLCC優位は大きい。
- C3/C4の境界はプロでも迷う — 都市部・沿岸近傍はカタログ上 C3 でも、実態は C4 相当に劣化することが多い。迷ったら1ランク上で見積もるのが鉄則。
- Sa2.5 が日本国内の主流 — Sa3(完全清浄)は理想だが、現実の現場ではコストと工期の都合で Sa2.5 が選ばれることが圧倒的に多い。仕様書もSa2.5基準で書かれている例が大半だ。
FAQ
中塗りを省略してもいい?
条件次第。屋内乾燥(C1-C2)+ 短寿命(L) なら、プライマー(エポキシ)+ 上塗り(ウレタン)の2層構成でも問題ない。屋内倉庫鉄骨の標準仕様(DFT 160μm)も中塗りなしだ。
ただし屋外(C3以上) や 長寿命(H/VH) では中塗り省略は危険。中塗りは「バリア機能(水蒸気・酸素・塩分の透過防止)」を担う層で、これを省くと上塗りの紫外線劣化がプライマーに直接届き、想定の半分以下で剥離する事例がある。屋外+長寿命なら中塗り必須と覚えておく。
ジンクリッチプライマーの上塗りは必須?
必須。ジンクリッチは犠牲陽極作用で鋼材を守るが、亜鉛粒子自体は耐候性が低く、紫外線・酸性雨で表面が白化(亜鉛石鹸化)して脆くなる。上塗りなしで使うと1〜2年で表面がチョーキングを起こし、犠牲陽極効果も急速に失われる。
ジンクリッチ + エポキシ中塗り + ウレタン/フッ素上塗りの3層構成が基本で、「亜鉛で守る → 中塗りでバリア → 上塗りで紫外線防御」の役割分担になっている。ジンクリッチ単独使用は短期養生時のみと理解する。
塗装と亜鉛めっきの併用はあり?
C5-M 以上の重防食では非常に有効。デュプレックスシステム(duplex system) と呼ばれ、溶融亜鉛めっき(Zn 50〜80μm)の上に塗装を被せる構成だ。亜鉛が犠牲陽極で鋼を守り、塗装が亜鉛の劣化を防ぐ二重防御になる。
期待寿命の計算は 「めっき寿命 + 塗装寿命 + α(相乗効果)」 で、単純な足し算より長くなることが知られている(ISO 14713-1)。海洋構造物・送電鉄塔・高速道路の防護柵で多用される。ただし、めっき表面はそのままでは塗料が乗らないため、薄い化成処理層を作るかスイープブラストでアンカーパターンを付ける必要がある。化成処理の選定は /conversion-coating-selector を参照してほしい。
異種金属を組み合わせる構造ではどう塗る?
異種金属接触部はガルバニック腐食のリスクがあるため、接触面を絶縁しつつ、両側に同等以上の塗装系統をかけるのが原則。アルミ部材と鋼材を併用する立体駐車場・太陽光架台では、片側だけ重防食にするとアノード側(卑な金属)の腐食が加速する事故が起きる。
事前にガルバニック電位差を確認する場合は /galvanic-corrosion で電位差をチェックしてから塗装系統を決めるとよい。電位差が大きい組合せほど、絶縁シートの併用や塗装の念入りな仕上げが必要になる。
入力した条件はサーバーに保存される?
保存されない。すべての計算はブラウザ内(クライアントサイド)で完結し、選択した環境分類・構造物・寿命・コスト優先度などの情報はサーバーに送信されない。仕様書作成途中の機密案件でも安心して使える。詳しいプライバシー方針は /privacy を参照。
まとめ
ISO 12944 の環境分類×構造物×設計寿命を選ぶだけで、3層構成・総DFT・25年LCCが5秒で出るツール。設計初期の「たたき台仕様」を作る段階で使うと、メーカーPDFを横断する手間が消える。第三者立場の中立的な中央値なので、最終仕様は塗料メーカーに見積もりと適合確認を取る前提で活用してほしい。
系統が決まったら /paint-thickness-calc で必要塗料量を計算し、現場では /paint-calc や /paint-dry-calc で施工管理に進む。化成処理を併用する場合は /conversion-coating-selector、異種金属の腐食リスク評価は /galvanic-corrosion も合わせて使うと、防食設計の主要工程をすべてカバーできる。
Mahiro
Mahiro Appの開発者。鋼橋梁の塗替え見積もりで5社のメーカーPDFを並べてExcel台帳を作った経験から、ISO 12944-5の標準系統を即引きできるツールに仕立てた。
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