ND1000は「10段」ではない——正確には9.97段
NDフィルターの箱には、たいてい「約10段減光」と書いてある。ND1000のことだ。けれど倍率1000倍を段数に直すと、出てくる数字は log2(1000) = 9.965784 段。10段ちょうどではない。カタログの「約10段」は、桁を丸めた表記であって設計値そのものではない。
差は0.034段。ふだんなら誤差のうちだが、もっと厄介なのがND400だ。「9段」と書いてある早見表と「8と2/3段」と書いてある早見表が世の中に両方ある。正しくは log2(400) = 8.643856 段。9段だと思い込むと、1/60秒から換算したときに8.5秒と6.7秒——系列でひとつぶん、露出をオーバー側に外す。
そして現場でいちばん困るのは、早見表に自分の組み合わせが載っていないことだ。手元のND8とND16を重ねて使いたい、ベースは1/250、何秒になる? 早見表には単枚のパターンしか並んでいない。
このツールは、その3手順——倍率を掛け合わせる、段数に直す、1/3段系列に丸める——を1画面でやり切るために作った。丸めた結果だけでなく、系列値で撮ると何段ずれるかまで出す。
早見表では届かなかった場所
滝を撮りに行った日のことだ。渓流沿いに三脚を立てて、露出計が1/125を示していた。水を白い筋にしたいのでND16を装着する。さて何秒になるか。
ND16は4段。4段暗くなるということは、シャッター速度は2の4乗=16倍。1/125の16倍は……そこで詰まった。分数の掛け算を頭の中で秒に直して、また分数に戻す。8で割って16を掛けて、と数えているうちに、1/8なのか1/6なのか自信がなくなる。実際の答えは0.128秒で、系列でいえば1/8。すぐ出せそうで、現場の指先ではもたつく計算だ。
ブックマークしていた早見表画像を開いたら、そこには単枚のパターンしか載っていなかった。ND8の行、ND16の行、ND1000の行が縦に並んでいるだけ。自分が持っているND8とND16を重ねた「×128」の列はどこにもない。当たり前で、番手10種類の重ね掛けを全部表にすると組み合わせが数百通りになる。表という形式では、そもそも重ね掛けを載せられない。
もうひとつ引っかかったのが、ND400の段数だった。あるサイトは「9段」、別のサイトは「8と2/3段」。どちらを信じればいいのか、その場では判断できなかった。帰ってから電卓を叩いて、log2(400) が8.64だと確認して、ようやく「9段」表記のほうが丸めだと分かった。
つまり必要だったのは、早見表の精度を上げたものではない。倍率の積を取って、対数で段数に直して、カメラのダイヤルに載っている1/3段系列へ丸める——この一本道を、番手の組み合わせがいくつだろうと同じ手順で通してくれるものだった。表を引くのではなく、そのつど計算する。だから重ね掛けが何枚でも破綻しないし、ND400が9段なのか8.64段なのかで悩む余地もなくなる。丸めた結果と正確値の両方を出すことにしたのも、あの日「1/8でいいのか」と迷った感覚が残っていたからだ。
NDフィルターと露出段数の基礎——「段」とは何か
段(EV)とは何か
写真の露出で使う「段」は、光の量が2倍になる、あるいは半分になるという単位だ。1段明るくすれば光量は2倍、1段暗くすれば半分。3段暗くすれば 2 × 2 × 2 = 8 分の1になる。
なぜ2倍刻みなのかというと、絞りもシャッター速度もISO感度も、この2倍刻みで目盛りが打たれているからだ。シャッター速度が1/250から1/125になれば時間は2倍、つまり1段明るい。絞りをF8からF5.6にすれば通る光は2倍、これも1段。単位が違う3つの操作を「段」という共通の物差しに乗せられるから、露出の話は段で語られる。
英語圏では段のことをstopと呼ぶ。海外製フィルターに「3-stop」と書いてあれば3段減光の意味だ。詳しくは露出値(Wikipedia)を参照。
NDフィルター 計算の出発点——番手は「光を何分の1にするか」
NDフィルター(Neutral Density=中性濃度フィルター)は、色を変えずに光の量だけを減らすフィルターだ。サングラスを想像すると近い。ただしサングラスと違って、特定の色だけを吸収せず、可視光全体を均等に落とすことを狙って作られている。だから「ニュートラル」と呼ばれる(NDフィルター(Wikipedia))。
番手の数字は、光を何分の1にするかを表している。ND8なら光は1/8。ND1000なら1/1000。この分母がそのままND倍率で、露出を戻すために必要なシャッター速度の倍率でもある。光が1/8になったのなら、シャッターを8倍長く開けば元の明るさに戻る。
ND8 何段? ——倍率と段数をつなぐlog2
倍率と段数の関係は対数だ。
段数 = log2(ND倍率)
ND8なら log2(8) = 3 段。2を3回掛けると8になるから3段だ。同じようにND2=1段、ND4=2段、ND16=4段、ND32=5段、ND64=6段。ここまでは2の累乗なので段数がきれいな整数になる。
問題は、2の累乗になっていない番手だ。ND400は log2(400) = 8.643856 段、ND500は8.965784段、ND1000は log2(1000) = 9.965784 段。どれも整数から半端に外れている。カタログの「約9段」「約10段」は、この半端な実数を読みやすく丸めた表記だ。丸めが悪いわけではないが、丸めた値を計算の入力に使うと誤差がそのまま結果に乗る。
NDフィルター 重ね付けの計算——掛け算と足し算
フィルターを重ねると何が起きるか。1枚目で光が1/8になり、その残った光が2枚目で1/16になる。だから通過する光は 1/8 × 1/16 = 1/128。倍率は掛け算になる。
合成ND倍率 ndFactor = nd1 × nd2 × nd3
換算後の露光時間 exactSec = ベースシャッター秒 × ndFactor
段数のほうは足し算だ。log2(8 × 16) = log2(8) + log2(16) = 3 + 4 = 7 段。対数は掛け算を足し算に変える性質を持つので、倍率が掛け算なら段数は必ず足し算になる。ND8とND16とND32を3枚重ねれば 8 × 16 × 32 = 4096 倍で、段数は 3 + 4 + 5 = 12 段ちょうど。4096は2の12乗なので、段数が整数で揃う気持ちのいい組み合わせだ。
光学濃度 OD——「ND 3.0」表記の読み方
海外製のフィルター、特に角形フィルターの世界では「ND 0.9」「ND 3.0」といった表記が使われる。これは光学濃度(Optical Density, OD)で、常用対数を取った値だ。
光学濃度 OD = log10(ND倍率)
| 番手 | ND倍率 | 段数(log2) | 光学濃度 OD(log10) |
|---|---|---|---|
| ND2 | ×2 | 1.0段 | 0.3 |
| ND4 | ×4 | 2.0段 | 0.6 |
| ND8 | ×8 | 3.0段 | 0.9 |
| ND16 | ×16 | 4.0段 | 1.2 |
| ND32 | ×32 | 5.0段 | 1.5 |
| ND64 | ×64 | 6.0段 | 1.8 |
| ND400 | ×400 | 8.64段 | 2.6 |
| ND500 | ×500 | 8.97段 | 2.7 |
| ND1000 | ×1000 | 9.97段 | 3.0 |
つまり「ND 0.9」はND8のこと、「ND 3.0」はND1000のことだ。ODは0.3刻みが1段に対応する(log10(2) = 0.301)ので、0.3ずつ増えるたびに1段暗くなると覚えておくと現場で換算が効く。倍率系(ND1000)・濃度系(ND 3.0)・段数系(10-stop)の3つの表記が併存しているのは、規格の出自が違うためだ。
この0.03段を追いかける意味——実務での重要性
段数を誤ると露出はどれだけ外れるか
ND1000を「10段ちょうど」として計算するとどうなるか。10段は1024倍なので、1/250から換算すると 0.004 × 1024 = 4.096 秒。正しい1000倍なら4.0秒。1/3段系列ではどちらも「4秒」に丸まるので、実害はほぼない。ND1000に関しては、丸め表記のまま使っても事故にならない。
問題はND400だ。これを「9段=512倍」と誤ると、1/60秒のベースから 0.0166667 × 512 = 8.533 秒。系列では「8秒」を選ぶことになる。正しい400倍なら6.667秒で、系列は「6秒」。系列でひとつぶん、露出にして約1/3段オーバー側に外す計算だ。日中の水辺は輝度差が大きいから、1/3段のオーバーは白い水しぶきや空のハイライトが飛ぶかどうかの分かれ目になる。しかもRAWでも飛んだ白は戻ってこない。
長秒露光の撮り直しコストは「枚数」ではなく「時間」
通常のスナップなら、露出を外しても撮り直せばいい。長秒露光は違う。4分の露光を1回外せば、そのまま4分が消える。書き込みと長秒時ノイズ低減が働けばさらに数分。しかも日没前後のマジックアワーは全体で20〜30分しかないうえ、明るさが刻々と変わる。撮り直したときには、もう同じ光ではない。
だから長秒露光では、シャッターを切る前に段数を確定させておく価値が他ジャンルより高い。換算値が出発点として正しければ、あとはヒストグラムで微調整するだけで済む。
30秒を境に、必要な機材が変わる
もうひとつ効いてくるのが30秒という壁だ。一般的なデジタル一眼・ミラーレスの自動露出で設定できる最長シャッター速度は30秒で、これを超える露光にはバルブ(B)またはタイム(T)モードを使う。バルブは押している間だけ露光が続くモードなので、手で押さえたままでは確実にブレる。リモートレリーズかインターバルタイマーが要る。
つまり「31秒になるかどうか」は、数字が1増える話ではなく、カバンにレリーズを入れて出かけたかどうかという話になる。ND1000を1枚だけ使うつもりが、現場でND8を足した瞬間に32秒——このツールが30秒超で表示をバルブ側に切り替えるのはそのためだ。加えて強NDを付けると位相差AFが光量不足で迷い始めるので、装着前にピントを合わせてMFに固定しておくのが安全側の手順になる。
NDが「必須」になる場面
減光は長秒露光のためだけのものではない。日中シンクロではストロボ同調速度(多くの機種で1/200〜1/250秒)より速いシャッターが切れないため、明るい屋外では絞るかNDを入れるしかない。
動画はさらに切実だ。自然な動きのブレを得るには、シャッター速度をフレームレートの約2倍に保つ「1/2倍則」(シャッター角180°)が基本になる。30fpsなら1/60秒に固定するということで、明るさに応じてシャッター速度を上げる逃げ道が使えない。屋外の動画撮影にとって、NDは事実上の必需品だ。
こんな現場で開くツール
滝・渓流で水を糸にする。 岩を流れ落ちる水を白い筋にしたい。1/8秒あたりから流れが伸び始め、1/2秒を超えると全体が霧のように均される。手持ちの番手で狙いの秒数に届くか、現場で三脚を立てる前に確認できる。
海と雲を流す風景写真。 波が霧状になり雲が線を引くのは4秒あたりからで、そこから30秒に向かうほど水面は鏡に近づく。ND1000を1枚か、ND400にもう1枚足すか。1枚足したときに30秒を超えてバルブ域に入るかどうかは、レリーズを取りに車まで戻るかどうかを決める。
日中に大口径レンズを開放で使う。 F1.4の背景ボケを晴天下で使いたいのに、1/8000でも露出オーバー。ND8を入れて3段落とせば、1/2000相当のシーンが常用域の1/250に降りてくる。ポートレートでストロボを合わせるときは同調速度の制約も絡む。
動画のシャッター角180°を保つ。 30fpsで1/60秒に固定したまま屋外に出るには、明るさぶんをNDで吸収するしかない。何段ぶん落とせばよいかを段数で把握しておくと、可変NDのどのあたりに合わせるかの見当がつく。
基本の使い方
1. ベースシャッター速度を選ぶ。 フィルターを付けない状態で適正露出になるシャッター速度を選ぶ。カメラの露出計が示している値をそのまま選べばいい。1/8000秒から30秒までの標準1/3段系列55段が並んでいるので、実機のダイヤル表示と同じ感覚で選べる。
2. NDフィルターを1〜3枚選ぶ。 使う番手を1枚目から順に選ぶ。重ねない場合は2枚目・3枚目を「なし(×1)」のままにしておく。「なし」は倍率1として計算に参加するだけなので、3枚とも「なし」でもエラーにはならず、減光0段・シャッター速度そのままの結果が出る。
3. 換算後の値を読む。 1/3段系列の最寄り値が大きく表示され、その下に正確な露光時間と、系列値で撮ったときのズレ段数が出る。合わせて合成ND倍率・合成減光段数・光学濃度ODも並ぶ。30秒を超えると系列丸めをやめてバルブ表示(分秒・時間分)に切り替わり、リモートレリーズが必要な旨の警告が出る。
急ぐときはシーンプリセットのチップをタップすれば、滝・海・日中開放の定番3パターンがベース速度ごと一括で入る。
実際に9ケース通してみる
すべて実装済みの計算エンジンに同じ入力を与えて出力を確認した値だ。
ケース1: 滝・渓流(1/125 + ND16)
- 入力: ベース 1/125秒、ND16
- 結果: 合成×16、4.0段、OD 1.2、正確値0.128秒 → 系列「1/8」(+0.034段アンダー)
- 解釈: ND16は2の4乗なので段数がぴったり4段。1/125を16倍して0.128秒。系列の最寄りは1/8=0.125秒で、そこで撮ると0.034段アンダーになる。目で見て分からない差なので1/8でそのまま撮ってよい。水の流れが白い筋になり始める定番の秒数だ。
ケース2: 海・雲を流す(1/250 + ND1000)
- 入力: ベース 1/250秒、ND1000
- 結果: 合成×1000、9.97段、OD 3.0、正確値4.0秒 → 系列「4秒」(差0段)
- 解釈: 段数は9.965784段で10段ちょうどではないが、
0.004 × 1000 = 4.0秒は系列の「4秒」とぴったり一致する。ND1000の「約10段」表記でも実害が出にくいのは、丸め先が同じになるケースが多いからだ。波が霧状になり、雲が伸び始める長秒露光の入口。
ケース3: 日中に開放で撮る(1/2000 + ND8)
- 入力: ベース 1/2000秒、ND8
- 結果: 合成×8、3.0段、OD 0.9、正確値0.004秒 → 系列「1/250」(差0段)
- 解釈: 3段ぶん系列の上を移動して1/2000から1/250へ。ちょうど9ステップ(1/3段×9=3段)動いた形で、丸め誤差はゼロ。晴天下でF1.4開放を使いたいときにシャッター速度を常用域まで降ろす典型例。同調速度が1/250のカメラなら、ここでストロボも噛ませられる。
ケース4: ND64単体(1/125 + ND64)
- 入力: ベース 1/125秒、ND64
- 結果: 合成×64、6.0段、OD 1.8、正確値0.512秒 → 系列「0.5秒」(+0.034段アンダー)
- 解釈: ND64は6段ちょうど。0.512秒に対して系列は0.5秒で、ケース1と同じ0.034段のズレ。2の累乗の番手はいつもこの値になる——系列の「0.5秒」が真の値(0.512)を丸めた慣用表示だからだ。滝を完全に霧化させたいときの秒数帯。
ケース5: 丸め誤差が大きい例(1/60 + ND400)
- 入力: ベース 1/60秒、ND400
- 結果: 合成×400、8.64段、OD 2.6、正確値6.667秒 → 系列「6秒」(+0.152段アンダー)
- 解釈: ND400は8.643856段。ここまでのケースの0.034段と違い、系列丸めのズレが0.15段まで開く。1/3段(0.333段)の半分近い。露出を厳密に合わせたいなら「6秒」ではなくバルブで6.7秒を狙うほうが正しい。そしてND400を「9段=512倍」と誤読していたら8.533秒=系列「8秒」を選ぶことになり、正解の6秒から系列ひとつぶん外れる。ND400の段数論争が実害になる、まさにその場面。
ケース6: 3枚重ね(1/500 + ND8 + ND16 + ND32)
- 入力: ベース 1/500秒、ND8・ND16・ND32
- 結果: 合成×4096、12.0段ちょうど、OD 3.6、正確値8.192秒 → 系列「8秒」(+0.034段アンダー)
- 解釈:
8 × 16 × 32 = 4096、そして3 + 4 + 5 = 12段。倍率が掛け算で段数が足し算になることが、これ以上なくきれいに出るケースだ。4096は2の12乗なので段数が整数で揃う。ただし3枚重ねると広角側でケラレが出やすく、色被りやフレアのリスクも上がる。同じ12段を1枚で作れる番手があるならそちらが有利。
ケース7: 1枚足してバルブ域へ(1/250 + ND1000 + ND8)
- 入力: ベース 1/250秒、ND1000・ND8
- 結果: 合成×8000、12.97段、OD 3.9、正確値32.0秒 → バルブ域(系列丸めなし)
- 解釈: ケース2の4秒に、ND8を1枚足しただけで32秒になる。段数で見れば
9.965784 + 3.0 = 12.965784段で、まさに足し算だ。そして32秒はオート露出上限30秒を超えている。系列丸めをやめてバルブ表示に切り替わり、リモートレリーズが必要になる。機材要件が切り替わる境界の代表例。
ケース8: 系列の最短端(1/8000 + ND2)
- 入力: ベース 1/8000秒、ND2
- 結果: 合成×2、1.0段、OD 0.3、正確値0.00025秒 → 系列「1/4000」(差0段)
- 解釈: 系列の端でも丸めが破綻しないことの確認ケース。1/8000の2倍はちょうど1/4000で、系列上に存在する。最短端で1段ぶん動かしても計算が成立するのは、系列探索を秒数の絶対差ではなく対数空間で行っているからだ(後述)。
ケース9: 非実用域(30秒 + ND1000)
- 入力: ベース 30秒、ND1000
- 結果: 合成×1000、9.97段、OD 3.0、正確値30000秒=8時間20分
- 解釈:
30 × 1000 = 30000秒。8時間20分の露光は、センサーの発熱由来の熱ノイズとバッテリー消耗で1枚を成立させにくい。30分(1800秒)を超えると非実用域として赤い警告に切り替わり、ND番手を下げるかベース側(絞り・ISO)を見直すよう促す。意図してやるならインターバル撮影の比較明合成に切り替えるべき領域だ。
9ケースを通して見ると、2の累乗番手(ND2〜ND64)は段数が整数で読みやすく、丸め誤差も0.034段に収まる。半端なのはND400とND500で、ここだけズレが0.15段まで開く。そして重ね掛けは、段数の足し算がそのまま結果になる。
仕組み・アルゴリズム
手法比較: 静的早見表 vs 倍率の積からlog2
換算を実装する方法は大きく2つある。
①番手ごとの静的早見表を持つ方式。 「ND8のとき、1/250なら1/30」といった対応をあらかじめ全部テーブルに書き出しておく。実装は単純で参照も速い。ウェブ上の早見表画像や簡易フォームの多くはこの方式だ。
弱点は組み合わせ爆発。ベース速度55段 × 番手9種類で495行なら現実的だが、重ね掛けに対応した瞬間に破綻する。2枚重ねなら番手の組み合わせが45通り、3枚なら165通り。ベース速度を掛ければ1万行に届く。しかも番手を1つ追加するたびに全テーブルを再生成しなければならない。表という形式が重ね掛けを載せられないのは、著者の手抜きではなく構造上の限界だ。
②倍率の積からlog2で段数を出す方式(本ツール採用)。 番手を倍率という数値として持ち、掛け合わせてから対数で段数に直す。テーブルはND番手のリスト(9行)とシャッター系列(55行)だけで済み、重ね掛けが何枚だろうと同じコードが動く。番手の追加もリストに1行足すだけだ。計算コストは対数を数回取る程度で体感差がない。重ね掛け対応を要件にした時点で、②以外の選択肢は実質なかった。
実装詳細: 4ステップ
// 1) 合成ND倍率(「なし」は 1 として積に参加させる。特別分岐は作らない)
const ndFactor = nd1 * nd2 * nd3;
// 2) 減光段数(log2)と光学濃度(log10)
const stops = Math.log2(ndFactor);
const opticalDensity = Math.log10(ndFactor);
// 3) 換算後の正確な露光時間
const exactSec = baseShutterSec * ndFactor;
// 4) 1/3段系列の最近傍を「log空間」で探す
const logTarget = Math.log(exactSec);
const nearest = SHUTTER_SERIES.reduce((best, s) =>
Math.abs(logTarget - Math.log(s.sec)) < Math.abs(logTarget - Math.log(best.sec))
? s
: best
);
const seriesDiffStops = Math.log2(exactSec / nearest.sec);
段数と濃度は実数のまま保持し、表示するときだけ小数1桁に丸める。ND1000を9.97段と表示しつつ、内部では9.965784284662087を持っている。丸めた値で次の計算をしないのが、この手の換算ツールで精度を保つ最低条件だ。
「なし(×1)」に特別扱いを与えていないのもポイントで、倍率1を積に混ぜるだけなら結果は変わらない。3枚とも「なし」なら ndFactor = 1、stops = 0、換算後=ベース値そのまま。エラーではなく正常な計算結果として扱える。
最近傍探索をlog空間で行う理由
ステップ4が、このツールで唯一悩んだところだ。「正確値に最も近い系列値を選ぶ」だけの処理に見えるが、「近い」を秒数の絶対差で測ってはいけない。
1/3段シャッター系列は等比数列だ。隣り合う値の比はどこでも約1.26倍(2の3乗根)で一定だが、絶対差はまったく一定でない。短秒端では1/8000(0.000125秒)から1/6400(0.00015625秒)で差は0.00003125秒。長秒端では25秒から30秒で差は5秒。同じ「1/3段」なのに、秒数の絶対差では16万倍も違う。
つまり秒数の絶対差は、段数の物差しになっていない。絶対差を最小化する探索は、長秒域では大きく外れていても「近い」と判定し、短秒域ではわずかなズレを「遠い」と判定する、場所によって縮尺の変わる歪んだ定規を使うことになる。さらに等比数列では、隣り合う2値の中間(露出として真ん中)は算術平均ではなく幾何平均 √(a × b) の位置にある。絶対差で境界を引くと算術平均が境界になるため、本来は長い側に丸めるべき値まで短い側へ吸い込まれる区間が生まれる。
対数を取れば等比数列は等差数列になり、隣接値の間隔が系列のどこでも一定になる。|log(exactSec) − log(候補秒)| を最小化すれば、それはそのまま「段数として最も近い」を意味する。ケース8(1/8000 + ND2)が系列の端でもきれいに1/4000へ丸まるのは、この対数空間での探索のおかげだ。
なお、系列の値そのものは真の等比数列ではない。2の3乗根で厳密に刻めば1/8の次は0.1575秒だが、実際のカメラのダイヤルには「1/6」と表示される。0.3秒・1.3秒・1/13も同様の慣用的な丸めだ。数学的に正しい等比数列を採用すると、表示された値がカメラのどこにも見当たらない事態になる。実機のダイヤル表示に合わせるほうが現場で使えるという判断で、慣用系列をそのまま採用している。
ステップバイステップ: 1/250 + ND1000 + ND8
ケース7を式で追ってみる。
1) 合成ND倍率
ndFactor = 1000 × 8 × 1 = 8000
2) 減光段数
stops = log2(8000) = 12.965784 段
(= log2(1000) + log2(8) = 9.965784 + 3.0 の足し算になっている)
3) 光学濃度
OD = log10(8000) = 3.903
(= 3.0 + 0.903。ODも同じく足し算)
4) 換算後の正確な露光時間
exactSec = 0.004 × 8000 = 32.0 秒
5) 30秒(オート露出上限)を超えたので系列丸めを行わず
seriesLabel = null / isBulb = true
→ バルブ表示「32.0秒」+リモートレリーズ警告
ND1000だけなら4.0秒でオート露出に収まっていたものが、ND8を1枚足しただけで壁の向こうへ出る。段数で見れば3段——8倍だから当然なのだが、秒数だけ眺めていると気づきにくい変化だ。段数と秒数を並べて表示しているのは、この「何段足したら何秒になるか」の感覚を持ち帰ってもらうためでもある。
30秒を超えたケースでは、秒数のまま出しても長さが直感的に掴めない。そこで分秒・時間分・日へ段階的に変換している。32.0秒はそのまま、166.4秒なら「2分46秒」、3200秒なら「53分20秒」、ケース9の30000秒なら「8時間20分」。日没までの残り時間と見比べられる形にしておかないと、撮影計画の判断材料にならないからだ。
早見表画像との違い — NDフィルター換算で取りこぼされる情報
「NDフィルター 換算 早見表」で見つかるのは、縦にシャッター速度・横に番手を取ったマトリクス画像がほとんど。スマホに保存して現場で開く用途としてはよくできているが、使い込むと3つの壁に当たる。
重ね掛け。表に載るのは単枚パターンだけだ。番手が10種あれば2枚重ねは45通り、3枚なら165通りで、画像1枚に収まらないから作られていない。本ツールは倍率の積で計算するので、ND8+ND16+ND32(×4096・12段ちょうど)も単枚と同じ手順で出る。
丸め誤差。表のマス目には「6秒」のような系列値しか書かれない。だが1/60秒にND400を掛けた正確値は6.667秒で、6秒で撮れば0.15段アンダーになる。この差を「系列値だと約0.15段アンダー」と併記するのが本ツールの核。ズレが0.05段未満なら「ほぼ一致」と出るので、気にすべき場面の区別もつく。
OD表記。海外製フィルターの多くは「ND 3.0」という光学濃度表記で、国産の番手と地続きになっていない。合成倍率から OD = log10(倍率) を同時に出せば、輸入品と国産が混ざったフィルターケースでも読み替えに迷わない。
そして30秒を超えた領域。オート露出の上限を越えた瞬間、早見表は役目を終える。本ツールは「32.0秒」「8時間20分」と分秒・時間分に切り替え、バルブとレリーズが要ると明示する。機材計画は現場ではなく出発前に立てるものだから、ここが数字で見えるかは大きい。
写真クラスタの他ツールとは扱う辺が違う。被写界深度シミュレーターは絞りとピント距離、星景撮影の露出リミット計算機は日周運動が決める最長露出、ストロボ光量シミュレーターは光源側の光量、本ツールは減光量とシャッター速度。重複ではなく、組み合わせて使う前提の設計。
豆知識 — ND8とND 0.9と3-stopが同じ濃さである理由
表記が3系統ある理由
同じフィルターが「ND8」「ND 0.9」「3-stop」と3通りに呼ばれるのは、規格の出自が違うからだ。倍率系(透過率の逆数。日本の写真用で主流)、光学濃度系(OD= log10(倍率) 。欧米のシネ系で主流)、段数系(英語圏の写真用途)の3つで、ND8 = OD 0.9 = 3-stop はすべて同一物を指す。
読み替えは10のべき乗で考える。「ND 1.8」なら10^1.8 ≒ 63倍、実質ND64。「ND 3.0」なら1000倍でND1000だ。本ツールがODを常時表示しているのは、この換算を現場でやらずに済ませるため。定義はWikipediaのNDフィルターにまとまっている。
強NDで位相差AFが迷う理由
位相差AFは測距画素に届いた光を2系統に分けて像のズレを読む方式なので、元の光量が3桁落ちるとS/Nが成立しなくなる。晴天日中のEV15なら10段引いてもEV5で残るが、曇天のEV12からならEV2、日没前のEV9まで待てばEV-1だ。長秒露光を狙う時間帯ほど光は弱く、しかも測距画素は開口が小さいぶん本体の低照度AF限界より不利になる。対策は単純で、フィルターを付ける前にAFで合わせMFへ切り替える。フォーカスリングを養生テープで軽く留めておけば暗所での事故も防げる。
可変NDのX字ムラは偏光の直交で起きる
バリアブルNDは偏光板2枚の相対角度で減光量を変える。透過光量は角度差θに対して cos²θ に比例し、θが90度に近づくほど暗くなる。強い側へ回すほど直交に近づくが、広角レンズでは中心と四隅で光線の入射角が違うため実効的な直交角が場所ごとにずれ、これがX字状の暗部になる。「最強端の1つ手前まで」と言われるのはこのため。段数が読めない可変NDより、固定番手を重ねて積を計算するほうが再現性は高い。
IR汚染で長秒カットが赤紫に転ぶ
NDのコーティングは可視光を減らす前提の設計で、近赤外域まで同じだけ落とせているとは限らない。ND1000で可視光を10段削ると相対的に赤外の比率が上がり、長秒露光のシャドウがマゼンタ〜赤紫に転ぶことがある。安価な強NDほど出やすい。ホワイトバランスをオートに任せず、現場でケルビン値を固定してRAWで撮っておくと後処理の幅が段違いに広がる。色被りを数値で詰めるなら色温度⇄色度・RGB変換ツールが使える。
現場で効くND運用Tips
- 重ねるより単枚で足りる番手を選ぶ — ND8+ND16(×128・7段)と単枚のND128相当は計算上同じでも、ガラス面が増えれば反射・フレア・色被りも増え、広角では四隅がケラレる。常用する段数があるなら単枚を買い足すほうが画質は有利
- ピントとWBは装着前に固定 — 強ND装着後はAFもライブビューの目視も当てにならない。AF→MF固定、WBはケルビン指定に切り替えてから装着する。この順序だけで失敗カットが激減する
- 30秒の壁は出発前に越えておく — 換算後が30秒を超えるとバルブ+リモートレリーズが必須。「現場でレリーズを忘れたと気づく」のが一番痛い。狙う番手とベース速度は家で入れて機材リストに反映する
- 被写体別の目安秒数を持つ — 滝や渓流は1/8〜1/2秒で水が糸状になり、1秒を超えると白い塊に潰れる。海の波を霧状にするなら4〜30秒、雲を線に伸ばすなら30秒〜数分。狙いの秒数から番手を逆算すると早い
- 「ND400=9段」の表を疑う —
log2(400)は8.644段で9段ではない。約1/3段の差だが、ハイライトが飛ぶ境目ではこれが効く。ND500も8.966段で10段には届かない
よくある質問
ND1000は10段じゃないの?
厳密には違う。 `log2(1000)` は9.9658段で、10段には0.034段だけ足りない。カタログの「約10段」は丸めた表記だ。1/250秒に掛けた正確値は4.0秒で、系列の4秒とぴったり一致するから実害は小さい。ただしND400(8.644段)やND500(8.966段)を9段・10段として扱うと1/3段近いズレになる。本ツールは常に対数の実数値で計算するので、番手ごとの端数を意識しなくていい。フィルターを重ねると段数は足し算でいいの?
理論上は正しい。倍率は掛け算になり、対数を取るので段数は足し算になる。ND8(3段)+ND16(4段)+ND32(5段)なら 8×16×32 = 4096倍、段数は3+4+5 = 12段で `log2(4096)` と一致する。ただし実測は公称よりわずかに暗くなりがちだ。ガラス面が増えるぶん表面反射の損失が乗り、強ND同士では色被りも加算される。計算値は出発点として使い、最終的な露出はヒストグラムで確認してほしい。換算後の値がカメラで設定できない中間の秒数になるのはなぜ?
正確値が連続量だからだ。1/125秒にND16を掛ければ0.128秒だが、ダイヤルに0.128秒の目盛りはない。そこで1/3段系列の最寄り値(この場合1/8=0.125秒)に丸めて大きく表示し、正確値とズレ段数を併記している。0.03段程度なら無視してよく、1/60+ND400のように0.15段ずれる組み合わせでは、アンダー気味を承知で系列値にするかバルブで正確値を狙うかを選べる。誤差を隠さないのが設計方針。30秒を超えるとどうなる?
一般的なデジタルカメラのオート露出は30秒が上限なので、それを超えるとバルブ(B)またはタイムモードに切り替え、リモートレリーズかインターバルタイマーで時間を測ることになる。本ツールは30秒超で表示を分秒・時間分に切り替え、必要な機材を警告として出す。1/250秒にND1000とND8を重ねると32.0秒で、1枚追加しただけでこの壁を越える。30分を超えると熱ノイズとバッテリー消耗で1枚を成立させにくいため、番手の見直しを促す赤い警告に変わる。入力したデータはどこかに保存される?
されない。計算はすべてブラウザ内で完結し、選んだシャッター速度もND番手もサーバーへ送信・保存されることはない。一度ページを開いていれば、電波の届かない渓谷や堤防の上でも動く。撮影計画を持ち出したいときはコピーボタンで結果をテキスト化し、メモアプリに貼っておけばいい。まとめ — 減光段数を出してから三脚を立てる
NDの換算は、倍率を掛けて対数を取り、1/3段系列に丸める3手順に尽きる。手順は単純でも、重ね掛けと端数と30秒の壁が絡めば現場の暗算は途端に危うくなる。出発前に数字を出しておけば、レリーズの要不要まで含めた機材計画がその場で決まる。ピント位置と絞りの追い込みは被写界深度シミュレーター、日没後に星まで狙うなら星景撮影の露出リミット計算機、日中シンクロで光を足すならストロボ光量シミュレーターと併せて使ってほしい。
「この番手を追加してほしい」「可変NDにも対応してほしい」といった要望はお問い合わせページから気軽にどうぞ。
Mahiro
Mahiro Appの開発者。渓流でND16を付けて1/125から何秒になるか暗算しようとして詰まり、帰宅後にlog2(400)を叩いてND400が9段ではないと知った——その二つの記憶からこのツールを作った。
運営者情報を見る