SMPSインダクタ選定ツール

Buck/Boost/Buck-Boost のインダクタンス・飽和電流・DCR許容値を一括算出

トポロジと動作条件を入れるだけで、Buck/Boost/Buck-Boostの最小インダクタンス・飽和電流・DCR許容値を一括算出。CCM仮定の教科書式で選定値を返す。

シナリオプリセット

トポロジ

動作条件

選定結果

最小インダクタンス Lmin

9.72 µH

推奨飽和電流(×1.3)

2.99 A

リプル電流 ΔIL

0.600 A

ピーク電流 Ipk

2.30 A

デューティ比 D

41.7 %

DCR許容値(1%損失)

0.0250 Ω

本ツールはCCM(連続導通モード)仮定の教科書式による概算値です。DCM動作・同期整流の損失・コアロス・温度上昇等は考慮していません。実設計ではデータシートと実機評価で最終確認してください。
不具合・ご要望はお気軽に@MahiroMemoまで

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📘 スイッチング電源設計の定番書・部品選び

インダクタのカタログを20分眺めても、どれを選べば正解なのかわからない

データシートに並ぶ「10µH」「22µH」「47µH」の数字と、飽和電流、DCR、コアサイズ。Buckコンバータを組むとき、最初にぶつかる壁がこのインダクタ選定だ。計算式はわかっている、CCM仮定の教科書式も知っている、でもトポロジがBoostやBuck-Boostに変わるたびに式を引き直すのが面倒で、結局「定番の22µH」に逃げてしまう——そんな経験、電源設計者なら一度はあるはず。

SMPSインダクタ選定ツールは、Buck・Boost・Buck-Boostの3トポロジについて、Vin・Vout・Iout・fsw・リプル率を入れるだけで最小インダクタンス・ピーク電流・推奨飽和電流・DCR許容値までを一気に吐き出す。IC品番に縛られない中立の概算だから、部品選定の桁感を掴むフェーズで一番役に立つ。

なぜこのツールを作ったのか

アプリノートは英語ばかり、しかも微妙に式が違う

TIもADIもRohmも、優秀なアプリノートを山ほど公開している。だが英語、しかもIC品番に依存した例題だらけ。「まだICを決めていない、Buck/Boost/Buck-Boostの3つでざっくり比較したい」だけなのに、毎回別のドキュメントを開いて式を読み直すのは、率直に言って時間の無駄だと感じた。

さらに厄介なのが、同じトポロジでもドキュメントごとに式の書き方が微妙に違うことだ。Boostの LminVin×D/(fsw×ΔIL) で書かれているものと Vin×(Vout-Vin)/(Vout×fsw×ΔIL) で書かれているものがある。数学的には等価なのだが、代入ミスが起きやすい。自分用のメモ代わりにUIに閉じ込めてしまえば、もう二度と式を取り違えない。

飽和電流の「1.3倍マージン」を忘れない仕組みが欲しかった

過去、自作Buckコンバータで12V→5V/2Aを組んだとき、ピーク電流2.3Aに対して「飽和電流2.5A」のインダクタを選んでしまい、温度上昇でインダクタンスが落ちてMOSFETを焼いた。教訓は明確で、「計算上のピーク電流=データシートの飽和電流」は絶対にやってはいけない。このツールでは推奨飽和電流を自動で1.3倍して表示する。マージンを忘れる余地をUIからなくした。

DCR許容値まで出すツールが見当たらなかった

インダクタンスと飽和電流だけ出すツールは海外にもある。だが銅損を出力電力の1%以下に抑えるためのDCR上限まで計算してくれるツールは意外と少ない。DCR=0.1Ωのインダクタを2A流せば0.4Wの損失、出力10Wなら効率4%を食う。これを見落とすと「計算上の効率90%」が実機で82%まで落ちる。DCR許容値は効率設計の出発点として必ず出すべき数字だ、という信念でフィールドに入れた。

SMPSインダクタの役割——エネルギーを時分割で運ぶバケツ

インダクタはなぜSMPSに不可欠なのか

スイッチング電源の心臓部がインダクタだ、とよく言われる。なぜか。理由は一つで、「エネルギーを一時的に蓄えて、別のタイミングで放出する」という役割を、他のどの受動部品も担えないからだ。

インダクタに流れる電流は急には変えられない。電圧を加えると電流は直線的に増加し、その間インダクタは磁界の形でエネルギーを蓄える。蓄えたエネルギーは E = (1/2) × L × I² で、インダクタンス L [H] と電流 I [A] の2乗に比例する。スイッチをONにしている間に蓄え、OFFにすると今度は磁界が崩れるのに合わせてインダクタが起電力を発生させ、蓄えたエネルギーを出力コンデンサに注ぐ。この「蓄える→放出する」を毎秒数十万回〜数百万回繰り返すのがSMPSの基本動作だ。

バケツリレーに例えるとわかりやすい。スイッチON期間はバケツ(インダクタ)に水(エネルギー)を汲み、OFF期間は隣の人(コンデンサ)にバケツの水を渡す。バケツの大きさ(インダクタンス)が小さすぎると、1回に運べる量が少なくてリプルが大きくなる。大きすぎると応答が遅くなる。この「ちょうどよいバケツサイズ」を決めるのが、このツールの主な仕事だ。

電圧-秒バランスとリプル電流

インダクタの基本式は V = L × di/dt だ。ここから定常状態では「ON期間のボルト秒積=OFF期間のボルト秒積」という電圧-秒バランスが導かれる。Buckの場合、ON期間にインダクタにかかる電圧は (Vin - Vout)、OFF期間は Vout。これが釣り合う条件を解くと、デューティ比 D = Vout/Vin が出てくる。

さらにON期間の電流増加を計算すると、リプル電流は次のようになる。

// Buck リプル電流(CCM)
ΔIL = (Vin - Vout) × D / (L × fsw)
    = (Vin - Vout) × Vout / (Vin × L × fsw)

これを L について解き直すと、SMPSインダクタ選定の中核式が出てくる。

// 指定したリプル電流 ΔIL を得るための最小インダクタンス
Lmin = (Vin - Vout) × Vout / (Vin × fsw × ΔIL)

教科書では ΔIL0.2×Iout0.4×Iout に設定することが多い。リプルが小さすぎるとインダクタが大型化して基板面積とコストを食い、大きすぎるとコア損失とピーク電流が増えて飽和リスクが上がる。経験的な落としどころが30%前後で、このツールもデフォルトを30%にしている。

コアが磁気飽和するとどうなるか

インダクタのコア(フェライト、鉄粉、アモルファスなど)には磁束密度の上限(飽和磁束密度 Bsat)がある。電流が大きくなって磁束密度が Bsat を超えると、透磁率が急激に低下し、インダクタンスも一気に落ちる。一度落ちたインダクタンスのもとでは同じ電圧で di/dt が激増するため、さらに電流が増え、さらに飽和が深まる——正のフィードバックだ。

Wikipedia: Magnetic saturation にも解説があるが、飽和は「ゆっくり進む」ものではなく「ある電流を超えると崖のように起きる」現象だと理解しておいたほうがいい。だからこそ、ピーク電流にマージンを乗せた Isat_rec = 1.3 × Ipk を推奨値として扱う。

選定を誤ると何が起きるか——インダクタはSMPSの単一故障点

飽和によるMOSFET破壊

最悪のシナリオがこれだ。インダクタが飽和するとインダクタンスがほぼ0に近づき、インダクタはただの低抵抗線になる。この瞬間、スイッチONのたびに数十Aのサージ電流がMOSFETに流れ込む。ゲートドライブのパルス1発で素子が逝く。検品で見つけるのは困難で、フィールド出荷後に連続通電試験で壊れ始めるのが典型的なパターン。開発段階で飽和マージンを十分取っておくのが唯一の防衛策だ。

DCRによる銅損と効率低下

インダクタの銅線にはDC抵抗(DCR)がある。例えば22µH/DCR=0.1ΩのインダクタにRMS電流3Aを流すと、銅損は Pcu = I² × R = 9 × 0.1 = 0.9W。出力電力が15W(5V×3A)なら、6%が銅損で消える。効率90%を目指していたのに84%まで落ちる。効率仕様が厳しい車載・産業用途では、DCR選定を外すと要求を満たせない。内線規程やJIS C 61000ラインのEMI・効率要件にも間接的に影響する。

コアロスと温度上昇

リプル電流が大きいとコアロス(ヒステリシス損+渦電流損)も増え、インダクタ本体の温度が上がる。温度が上がるとフェライトの透磁率が低下し、飽和電流もさらに下がる。データシートには「25℃時の飽和電流」と「温度上昇後の電流」の2つが書かれているが、後者のほうが常に小さい。設計時は高温側を見て決めるのが鉄則。

実害の例

USBチャージャーのODM案件で、コスト削減のため飽和電流マージンを1.1倍に詰めたロットが、夏場の車内放置で大量リコールになった事例は業界では知られている。マージン1.3倍はケチらない、これが経験則だ。

こんなときに出番がある

  • 新規DC-DC設計の初期検討: ICを決める前に「22µHで行けるのか、47µHが必要なのか」の桁感を掴みたい
  • 既存設計の仕様変更: 出力電流を2Aから3Aに引き上げたとき、今のインダクタで足りるか即判定
  • 評価ボードからの置き換え: リファレンス回路のfswを変更したい、リプル率を絞りたい、そのときの新しいL値を素早く試算
  • 学生・初学者のSMPS学習: トポロジ切替でLminやピーク電流がどう変わるかをパラメトリックに理解
  • 故障解析: 現品の部品値と動作条件から、マージン不足が原因だったかを逆算検証

基本の使い方——3ステップで選定完了

Step 1: トポロジを選ぶ

Buck(降圧)・Boost(昇圧)・Buck-Boostの3択から、電源仕様に合うものをボタンで選択。選んだ瞬間にデューティ比の計算式が切り替わる。

Step 2: 動作条件を入力

Vin・Vout・Iout・fsw(kHz)・リプル率(%)を入れる。リプル率はデフォルト30%のままで大抵問題ない。fswはIC候補のデータシートから引いてくる。

Step 3: 結果を確認してデータシートと照合

最小インダクタンス、リプル電流、ピーク電流、推奨飽和電流、デューティ比、DCR許容値が一覧表示される。これらを満たすインダクタをVendorのカタログから絞り込めばよい。

実例で検証——6ケースで桁感を掴む

ケース1: 12V → 5V/2A Buck (fsw=500kHz, ripple=30%)

入力値: topology=Buck, Vin=12V, Vout=5V, Iout=2A, fsw=500kHz, ΔIL/Iout=30%

計算結果:

  • デューティ比 D: 41.7%
  • リプル電流 ΔIL: 0.6 A
  • 最小インダクタンス Lmin: 9.72 µH
  • ピーク電流 Ipk: 2.3 A
  • 推奨飽和電流(1.3倍): 2.99 A
  • DCR許容値: 0.025 Ω

解釈: USB充電器・組込み電源の最頻出仕様。10µHの標準品(E6系列なら10µH)で十分カバーできるが、E6に合わせるなら22µHを選んでもリプルが半減して余裕ができる。飽和電流3A以上・DCR 25mΩ以下のインダクタを選べば安全。

ケース2: 24V → 12V/3A Buck (fsw=300kHz, ripple=30%)

入力値: topology=Buck, Vin=24V, Vout=12V, Iout=3A, fsw=300kHz, ΔIL/Iout=30%

計算結果:

  • デューティ比 D: 50.0%
  • リプル電流 ΔIL: 0.9 A
  • 最小インダクタンス Lmin: 22.22 µH
  • ピーク電流 Ipk: 3.45 A
  • 推奨飽和電流(1.3倍): 4.485 A
  • DCR許容値: 0.040 Ω

解釈: 産業機器の汎用電源でよく見る仕様。D=50%なのでON/OFF時間が対等で制御が安定しやすい。22µHか33µHを選択し、飽和電流5A級のインダクタ(例えばSRP1265A-220M系)が候補になる。

ケース3: 5V → 12V/1A Boost (fsw=400kHz, ripple=30%)

入力値: topology=Boost, Vin=5V, Vout=12V, Iout=1A, fsw=400kHz, ΔIL/Iout=30%

計算結果:

  • デューティ比 D: 58.3%
  • リプル電流 ΔIL: 0.3 A
  • 最小インダクタンス Lmin: 24.31 µH
  • ピーク電流 Ipk: 2.55 A
  • 推奨飽和電流(1.3倍): 3.32 A
  • DCR許容値: 0.120 Ω

解釈: USBバスパワーから12Vを作る計測機器の典型例。Boostはピーク電流が Iout/(1-D) で増幅されるため、出力1Aでもインダクタには2.5A以上が流れる点に注意。27µHの標準品で余裕を確保するのが現実的。

ケース4: 9V → 5V/1A Buck-Boost (fsw=500kHz, ripple=30%)

入力値: topology=Buck-Boost, Vin=9V, Vout=5V, Iout=1A, fsw=500kHz, ΔIL/Iout=30%

計算結果:

  • デューティ比 D: 35.7%
  • リプル電流 ΔIL: 0.3 A
  • 最小インダクタンス Lmin: 21.43 µH
  • ピーク電流 Ipk: 1.71 A
  • 推奨飽和電流(1.3倍): 2.22 A
  • DCR許容値: 0.050 Ω

解釈: 9Vアルカリ電池(満充電9.6V、放電末期6V程度)から安定した5Vを取り出す用途。入力電圧が出力を跨いで変動するためBuck-Boostが必要。22µHでLminを満たしつつ飽和電流2.5A以上のインダクタを選ぶ。

ケース5: 24V → 3.3V/2A Buck (fsw=1000kHz, ripple=30%)

入力値: topology=Buck, Vin=24V, Vout=3.3V, Iout=2A, fsw=1000kHz, ΔIL/Iout=30%

計算結果:

  • デューティ比 D: 13.8%
  • リプル電流 ΔIL: 0.6 A
  • 最小インダクタンス Lmin: 4.74 µH
  • ピーク電流 Ipk: 2.3 A
  • 推奨飽和電流(1.3倍): 2.99 A
  • DCR許容値: 0.0165 Ω

解釈: 降圧比7:1超の高降圧比。fswを1MHzまで上げたことでLminが約5µHと小型化。ただしD=13.8%は制御ICの最小ON時間制約に近いので、ICデータシートで tON,min を必ず確認。DCR 16mΩ以下と要求が厳しく、XAL5030クラスの低DCRインダクタが候補。

ケース6: 3.7V → 5V/2A Boost (fsw=1000kHz, ripple=30%)

入力値: topology=Boost, Vin=3.7V, Vout=5V, Iout=2A, fsw=1000kHz, ΔIL/Iout=30%

計算結果:

  • デューティ比 D: 26.0%
  • リプル電流 ΔIL: 0.6 A
  • 最小インダクタンス Lmin: 1.60 µH
  • ピーク電流 Ipk: 3.00 A
  • 推奨飽和電流(1.3倍): 3.90 A
  • DCR許容値: 0.025 Ω

解釈: Li-Poバッテリー(3.7V)からUSB 5V/2Aを作るモバイル電源。1MHzの高速スイッチングで1.6µHまでLminが下がり、0806サイズ級の小型インダクタが使える。ただしピーク電流3A・飽和電流4A級の確保は必須で、ここを削ると発熱と飽和で壊れる。

仕組み・アルゴリズム——CCM仮定の選定式を導出する

候補手法の比較

SMPSインダクタ選定には主に3つのアプローチがある。

  1. CCM仮定の解析式 — 電圧-秒バランスから直接 Lmin を導出する教科書的手法。計算が高速で、パラメータ感度を把握しやすい。TI/ADI/Rohmのアプリノートもベースはこれ
  2. CCM/DCM境界判定付き厳密解析 — 負荷電流が小さい領域でDCMになる場合を分離して扱う。精度は上がるが、入力パラメータが増えて初期検討には重い
  3. SPICE時間領域シミュレーション — LTspice、PSIMなどで実回路をモデル化。寄生成分・非線形・制御応答まで出せるが、ブラウザ内で秒単位の応答性で回せない

本ツールは手法1(CCM仮定)を採用している。部品の桁感を出すフェーズでは解析式で十分で、SPICEは設計が固まった後の最終検証フェーズに任せる、という役割分担だ。

CCM vs DCM — どちらの前提で計算するか

CCM(Continuous Conduction Mode)はスイッチング周期中にインダクタ電流が0に落ちない動作モード、DCM(Discontinuous Conduction Mode)は0まで落ちてしまうモードだ。軽負荷でDCMになると、デューティ比の式が負荷依存になり、同じ D でも出力電圧が変わる。制御が複雑化し、リプル電流も増える。

本ツールでは定格負荷を想定したCCM設計を前提にしている。理由は、SMPSは通常「最大負荷時にCCM動作」となるようにインダクタを決めるのが定石で、軽負荷でDCMに落ちるのは許容範囲だからだ。DCM境界のインダクタンス Lbound は次式で、このツールの Lmin を満たせば定格付近ではCCMが保証される。

// Buck の DCM/CCM 境界
Lbound = Vout × (1 - D) / (2 × fsw × Iout)

Buckの選定式の導出

ON期間 t_on = D/fsw にインダクタにかかる電圧は (Vin - Vout)。リプル電流増加分は ΔIL = (Vin - Vout) × t_on / L。これを L について解くと:

L = (Vin - Vout) × D / (fsw × ΔIL)
  = (Vin - Vout) × (Vout/Vin) / (fsw × ΔIL)
  = (Vin - Vout) × Vout / (Vin × fsw × ΔIL)

ピーク電流はDC成分 Iout にリプルの片振幅を加えて Ipk = Iout + ΔIL/2。Boost/Buck-Boostはインダクタ電流の平均が Iout/(1-D) になるので Ipk = Iout/(1-D) + ΔIL/2 と書き換える。

計算例(ケース1 Buck 12V→5V/2A, 500kHz, 30%)

// Step 1: デューティ比
D = Vout / Vin = 5 / 12 = 0.4167

// Step 2: リプル電流
ΔIL = 0.30 × Iout = 0.30 × 2 = 0.6 A

// Step 3: 最小インダクタンス
Lmin = (12 - 5) × 5 / (12 × 500000 × 0.6)
     = 35 / 3,600,000
     = 9.722 × 10⁻⁶ H
     = 9.72 µH

// Step 4: ピーク電流と推奨飽和電流
Ipk = 2 + 0.6/2 = 2.3 A
Isat_rec = 1.3 × 2.3 = 2.99 A

// Step 5: DCR許容値(銅損=出力電力の1%)
Pout = 5 × 2 = 10 W
Pcu_max = 0.01 × 10 = 0.1 W
DCR_max = Pcu_max / Iout² = 0.1 / 4 = 0.025 Ω

テストベクトルの値と完全一致する。これが本ツールの計算フローの全貌だ。

他のSMPS系ツールとどう違うのか

既存の「SMPSコンポーネント計算」(/smps-component-calc) は入力コンデンサ・出力コンデンサ・スナバなど周辺受動部品全般を俯瞰するツールだ。便利だが、インダクタに関しては「ΔILを仮定してL値を出す」までで、飽和電流やDCR許容値まで踏み込まない。現場で一番悩むのは「結局どの品番を買えばいいのか」であり、そこを埋めるのがこのツールの役割だ。

具体的な差分は3つ。第一に、ピーク電流から1.3倍マージンを掛けた推奨飽和電流 IsatRec を直接表示する。データシートの Isat 列と見比べるだけで合否が決まる。第二に、DCRの許容値を「銅損が出力電力の1%以下」という実務的な基準で逆算する。効率目標から逆引きするより感覚的で速い。第三に、Buck/Boost/Buck-Boost の3トポロジを同じUIで切り替えられる。昇降圧のデューティ比計算は手で解くとミスが多い領域なので、ここを自動化する価値は大きい。

一方で、コアロスや温度上昇、スナバRCの最適化、同期整流FETの導通損失までは扱わない。それらは smps-component-calc や、放熱設計に寄った /heatsink-calc/ldo-thermal-calc と組み合わせて使う想定だ。インダクタ選定はここ、周辺部品は smps-component-calc、熱はヒートシンク/LDO熱ツール、という住み分け。役割が重ならないように意図して設計している。

フェライトコアの歴史という豆知識

SMPS用インダクタの主役「フェライトコア」は、意外と新しい技術だ。1930年代、東京工業大学の武井武と加藤与五郎が OP磁石と並行して軟磁性フェライト(Mn-Znフェライト)を発明し、1935年にTDKの前身である東京電気化学工業が商品化した。それまで高周波用コアといえばダスト鉄芯くらいしかなく、渦電流損でkHz領域が限界だったところに、MHz帯まで使える絶縁性セラミック磁性体が登場したインパクトは大きい(参考: Wikipedia: フェライト(磁性材料))。

戦後、テレビの水平偏向ヨークやスイッチング電源が普及するにつれて Mn-Zn と Ni-Zn の使い分けが確立された。低周波・高透磁率が必要な電源には Mn-Zn、数MHz以上のEMIフィルタやRF用途には Ni-Zn。今のSMPS設計で「PC40」「PC47」「3C94」といった材質記号を見かけるのはその系譜だ。

もう一つ面白いのが「鉄粉コア(パウダーコア)」との比較だ。鉄粉コアは絶縁被覆された鉄粉末を圧粉成形した分布ギャップ構造で、磁気飽和が緩やかで大電流に強い。一方フェライトは直線的なB-H特性の後に急に飽和する「ハードな膝」を持つ。DC重畳の大きい大電流チョークには鉄粉、高効率が欲しい小信号DC-DCにはフェライト、という選び分けはこの膝の形から来ている。計算式上は同じL値でも、コア材が違えば飽和挙動がまったく違うことは覚えておきたい。

Tips・データシートの読み方

  • Isat と Irms は別物。データシートには Saturation Current (Isat)RMS Current (Irms / Temp Rise) の2列があるのが普通だ。前者はインダクタンスが初期値から30%(メーカーによっては10%)落ちる電流、後者は銅損で温度上昇40℃に達する電流。本ツールの IsatRec と比べるべきは前者。後者は平均電流 Iout と比較する。
  • インダクタンス低下カーブを必ず見る。Isat を「L が30%ダウンする点」と定義するメーカーが多いが、DC重畳特性グラフを見ると Ipk 近傍で既に10-20%落ちていることがある。L が下がれば ΔIL が増え、さらに Ipk が上がる正のフィードバックで飽和が加速する。Ipk がグラフの「10%ダウン点」に収まる品番を選ぶと安心だ。
  • 温度での飽和電流低下に注意。フェライトは飽和磁束密度 Bs が温度と共に下がるため、25℃仕様の Isat は100℃で2-3割落ちる。車載やパワー用途では100℃基準の Isat が明記されたグレードを選ぶ。
  • DCR は配線抵抗と合算する。算出された dcrMax にパターン配線や半田付けの寄生抵抗(数mΩ)を食われるので、実物の DCR は dcrMax の7割程度を目標にしておくとよい。
  • シールドタイプを優先。オープン型コアは安いが、隣接回路へ磁束を漏らす。メタルコンポジットや樹脂モールドのシールドタイプを選ぶとEMI評価で後悔しない。

FAQ

CCM前提で計算しているそうだが、DCMで動かすと結果はどれくらいずれる?

ずれる方向は「必要Lが小さく済む」だ。DCM(電流不連続モード)では1周期内にコイル電流がゼロまで落ちるため、エネルギー収支式が変わり、Lmin = (Vin-Vout)×D²/(2×Iout×fsw) のような別式になる。軽負荷でDCMに入る設計では本ツールの Lmin は保守側(大きめ)の値になるので、安全側に働く。一方、常時DCMで攻める設計(高周波低電力コンバータ等)には本ツールは向かない。

飽和電流マージン1.3倍の根拠は?もっと攻められない?

業界の経験則値だ。TI・Analog Devices・Renesasのアプリノートでは「Ipkの120-140%を目安」と書かれていることが多く、本ツールは中央値の1.3を採用した。LDO前段など温度変動が少ない用途なら1.2倍でも通るが、車載・産業機器の-40℃~125℃運用や過渡応答時のオーバーシュートを考えると1.3倍が妥当。Isat を攻めると短絡・過負荷時に一気に L が崩壊して FET を壊すので、マージンはケチらない方がいい。

DCRを「損失1%」で縛っているが、もっと緩くていい設計もあるのでは?

その通りで、dcrMax は「効率95%以上を狙う設計の目安」だ。民生用途で効率90%程度を許容するなら、dcrMax の2-3倍までは実務的にOK。逆にデータセンター用途で98%以上を狙うなら0.5%以下に締める。表示値は「この値より小さいDCRを選べば銅損だけで効率1%を削らない」という意味なので、自分の効率目標に合わせて許容範囲を読み替えてほしい。

同期整流コンバータの場合、下側FETの導通損失分はどこに入っている?

本ツールには入っていない。ここで扱うのはインダクタの銅損(DCR起因)だけで、FETの Rds(on) やダイオードの Vf による損失は対象外だ。効率全体を詰めたい場合は、出てきた LminIsatRec でインダクタ品番を決めたあと、smps-component-calc や FET データシートの損失計算ツールで FET 側を見積もる流れになる。

リプル率はデフォルト30%だが、この値は動かすべき?

電源の種類で変える。一般的な民生Buckは20-40%が定石で30%は中央値。負荷過渡応答を速くしたいPoL電源は40-50%に上げて小さいLを選ぶ。逆にEMIを抑えたいオーディオ電源や計測器前段では10-15%まで下げる。リプル率を下げるとLは大きくなるがΔILが減るので出力コンデンサのリプル電圧も下がる、というトレードオフがあることを覚えておくとよい。

デューティ比が80%を超える警告が出た。何をすればいい?

選択肢は3つ。(1) スイッチング周波数を下げて制御ICの最小オン時間制約を回避する、(2) Buck-BoostやSEPICなどトポロジを変える、(3) 入力電圧を上げるか出力電圧を下げる。D>0.8 は制御IC内部の補償回路や最小オフ時間の限界に近く、ライン過渡で制御が外れやすい。特にBoostで D>0.8 は右半平面ゼロが低周波に来て位相余裕を食うので、設計を見直すサインだと思っていい。

まとめ

SMPSのインダクタ選定は「L値・飽和電流・DCR」の3点を同時に満たす部品探しだ。本ツールは教科書式を CCM 前提で回し、ピーク電流に1.3倍マージンを掛けた推奨飽和電流と、銅損1%縛りの DCR 許容値まで一発で出す。データシートとの突き合わせを最速化するのが狙いだ。周辺部品の検討は /smps-component-calc、放熱設計は /heatsink-calc、リニアレギュレータ併用時の熱設計は /ldo-thermal-calc と組み合わせて使ってほしい。計算結果に疑問があればお問い合わせから気軽に連絡を。

M

Mahiro

Mahiro Appの開発者。過去に飽和電流マージン1.1倍でMOSFETを焼いた経験から、このツールでは1.3倍マージンを自動で乗せる仕様にした。

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