三端子レギュレータが「触れないほど熱い」と気づいた日
Arduinoの電源に7805をつないで、12V入力で5Vを取り出す。回路としては定石どおりのはずなのに、動かして数分で指先が反射的に離れるほど発熱した。電圧は出ている。電流も想定内。でも、ボディが70℃超え——これが「ジャンクション温度」の問題だと理解するまで、恥ずかしながら少し時間がかかった。
LDOレギュレータ熱設計計算機は、入力電圧・出力電圧・出力電流・パッケージの熱抵抗を入れるだけでジャンクション温度と熱マージンを瞬時に算出するツールだ。放熱が足りないときは具体的な対策——パッケージ変更、DC-DCへの切替——まで提示する。
なぜLDO熱設計計算機を作ったのか
開発のきっかけ
LDOの熱設計を真面目にやろうとすると、まずメーカーのアプリケーションノートにたどり着く。ROHMやTIの資料は網羅的で正確だ。ただ、どれもPDFで20ページ超え。「9V→5V/500mAでTO-220は大丈夫か?」を確認するためだけに読み込むのは重い。
Excelで自作シートを組んだ時期もあるが、パッケージを変えるたびにθJAを手入力し直すのが面倒。しかもスマホでは使えない。ブラウザで開いて、数値を入れたら即座に判定が出る——そんなツールが見当たらなかったから自分で作った。
こだわった設計判断
- プリセット搭載: 7805、AMS1117、LM317、AP2112Kなど定番LDOをワンタップで呼び出せる。データシートからIq値を探す手間を省いた
- 4段階の熱判定: 「安全 → 注意 → 警告 → 危険」の色分けで、数値を読まなくても一目で状況がわかる
- DC-DC推奨の自動判定: 効率50%未満で「DC-DCへの変更を推奨」、40%未満で「強く推奨」と段階的に提示する
LDOレギュレータの熱設計 とは
LDOの動作原理と発熱メカニズム
LDO(Low Dropout Regulator)は、内部のパストランジスタで入出力の電圧差を吸収して、安定した出力電圧を生成する。言い換えると、余分な電圧×電流をすべて熱に変換している。
日常的なたとえで言えば、水道の蛇口を半分閉めて水圧を下げているようなもの。蛇口(LDO)が受け持つ圧力差が大きいほど、蛇口自体が発熱する。
消費電力の計算式はシンプルだ:
Pd = (Vin - Vout) × Iout + Iq × Vin
第1項がメインの発熱源。入出力電圧差(Vin - Vout)が大きいほど、出力電流(Iout)が大きいほど、消費電力は増える。第2項はレギュレータ自身の消費電流(Iq)による発熱で、通常は数mA〜数十μAと小さい。
ジャンクション温度 Tj の求め方
ICチップ内部の最も温度が高い点を「ジャンクション温度 Tj」と呼ぶ。計算式は熱抵抗モデルに基づく:
Tj = Ta + θJA × Pd
- Ta: 周囲温度(基板周辺の空気温度)
- θJA: 接合部-周囲間の熱抵抗(パッケージの放熱能力を表す値、単位は℃/W)
- Pd: 消費電力
θJAが大きいほど熱が逃げにくく、同じ消費電力でもジャンクション温度は高くなる。SOT-23のθJA=250℃/Wに対してTO-220は50℃/W——同じ1Wの発熱でも温度上昇は5倍違う。
θJA と ΨJT の違い
データシートには「θJA」のほかに「ΨJT(psi-JT)」という値が記載されていることがある。θJAはJEDEC標準基板での測定値で、基板サイズ・銅箔面積が規格で決まっている。一方ΨJTは実基板でのケース温度測定から推定する値で、θJAより実測値に近い傾向がある。
ただし概算段階ではθJAで十分。ΨJTを使う場面は、実基板での温度測定結果と照合するフェーズだ。詳細はJEDEC JESD51規格を参照。
なぜ熱設計を怠ると危険なのか
熱暴走と回路誤動作
ジャンクション温度がTj_max(一般に125℃〜150℃)を超えると、ICはサーマルシャットダウンする。電源が瞬間的に落ちるため、マイコンがリセットし、センサーデータが消える。組込み機器では「原因不明の再起動」として報告されるケースが多い。
最悪のシナリオは熱暴走。温度上昇→リーク電流増加→さらに温度上昇のループが止まらなくなり、デバイスが破壊される。基板の焦げ跡が残る「あの失敗」だ。
寿命への影響——アレニウスの法則
半導体の寿命は温度に指数関数的に依存する。経験則として「ジャンクション温度が10℃上がると寿命が半分になる」(アレニウスの法則の簡易近似)。
つまりTj=105℃で動作させたLDOは、Tj=85℃のときの1/4の寿命しかない。「動いているから大丈夫」ではなく、「何年動き続けるか」を考えたとき、熱設計のマージンは製品品質に直結する。
規格要件
車載機器ではAEC-Q100、産業用ではIEC 62368-1などの規格でジャンクション温度の上限が定められている。趣味の電子工作では規格への準拠は不要だが、Tj_maxの80%以下に抑えるのが一般的な設計指針だ。
こんな設計場面で力を発揮する
Arduino・Raspberry Piの電源設計
9VのACアダプタや12VのバッテリーからArduinoの5V電源を作る場面。三端子レギュレータの発熱が想定内かどうかを事前に確認できる。
バッテリー駆動機器の電源効率チェック
リチウムイオン電池(4.2V〜3.0V)から3.3Vを取り出す低ドロップアウト構成。効率が何%になるか、バッテリー寿命への影響を数値で把握できる。
産業用電源基板の放熱検証
量産前の設計レビューで「このパッケージで熱は大丈夫か」を数値で示す必要があるとき。StatusCardの判定結果をそのままレビュー資料に転記できる。
基本の使い方
操作は3ステップで完結する。
Step 1: 電圧・電流条件を入力する
入力電圧(Vin)、出力電圧(Vout)、出力電流(Iout)、自己消費電流(Iq)を入力する。定番LDOプリセットからワンタップで代入することもできる。
Step 2: パッケージを選択する
SOT-23、SOT-223、TO-252、TO-220、QFNの5種から選ぶか、「カスタム入力」でデータシートのθJA値を直接入力する。周囲温度も必要に応じて変更してみて。
Step 3: 結果を確認する
消費電力、ジャンクション温度、熱マージン、最大出力電流、変換効率が表示される。4段階の色分け判定で安全性が一目でわかる。「結果をコピー」で計算条件と結果をまとめてクリップボードに取得できる。
具体的な使用例で検証する
ケース1: 7805で12V→5V/500mA(TO-220)
入力値:
- 入力電圧: 12V
- 出力電圧: 5V
- 出力電流: 0.5A
- パッケージ: TO-220(θJA=50℃/W)
計算結果:
- 消費電力: 3.53W
- ジャンクション温度: 201.5℃
- 熱マージン: -76.5℃
→ 解釈: 危険。TO-220でも放熱なしでは使えない。ヒートシンク必須か、入力電圧を下げるべき。
ケース2: AMS1117-3.3で5V→3.3V/800mA(SOT-223)
入力値:
- 入力電圧: 5V
- 出力電圧: 3.3V
- 出力電流: 0.8A
- パッケージ: SOT-223(θJA=65℃/W)
計算結果:
- 消費電力: 1.385W
- ジャンクション温度: 115.0℃
- 熱マージン: 10.0℃
→ 解釈: 警告ゾーン。ヒートシンク追加またはPCB銅箔面積拡大を検討。
ケース3: USB 5V→3.3V/100mA(SOT-23)
入力値:
- 入力電圧: 5V
- 出力電圧: 3.3V
- 出力電流: 0.1A
- パッケージ: SOT-23(θJA=250℃/W)
計算結果:
- 消費電力: 0.170W
- ジャンクション温度: 67.5℃
- 熱マージン: 57.5℃
→ 解釈: 安全。SOT-23でも100mA程度なら問題ない。
ケース4: リチウムイオン電池(4.2V)→3.3V/200mA
入力値:
- 入力電圧: 4.2V
- 出力電圧: 3.3V
- 出力電流: 0.2A
- パッケージ: SOT-23(θJA=250℃/W)
計算結果:
- 消費電力: 0.180W
- ジャンクション温度: 70.0℃
- 効率: 78.6%
→ 解釈: 安全で効率も良好。電圧差が小さいLDOの理想的な使い方。
ケース5: 24V→5V/1A(TO-220、産業用)
入力値:
- 入力電圧: 24V
- 出力電圧: 5V
- 出力電流: 1A
- パッケージ: TO-220(θJA=50℃/W)
計算結果:
- 消費電力: 19.14W
- ジャンクション温度: 982℃
- 効率: 20.8%
→ 解釈: 論外。効率20%で19Wが熱になる。DC-DCコンバータへの変更が必須。
ケース6: AP2112K-3.3 低消費電流LDO(5V→3.3V/150mA)
入力値:
- 入力電圧: 5V
- 出力電圧: 3.3V
- 出力電流: 0.15A
- Iq: 0.055mA
- パッケージ: SOT-23(θJA=250℃/W)
計算結果:
- 消費電力: 0.255W
- ジャンクション温度: 88.8℃
- 熱マージン: 36.2℃
→ 解釈: 安全。超低消費電流LDOでも出力電流が多くなれば発熱は増えるが、この条件なら余裕がある。
仕組み・アルゴリズム
候補手法の比較
LDOの熱計算には大きく2つのアプローチがある:
- θJAベースの簡易モデル(本ツール採用): Tj = Ta + θJA × Pdの1次式。JEDEC標準基板の条件でのθJAを使う。PCBレイアウトの違いを反映できないが、概算段階で十分な精度
- CFD(数値流体解析): 基板パターン・部品配置・筐体形状まで考慮した3D熱解析。精度は高いが専用ソフト(Flotherm、Icepak等)が必要で、概算には重すぎる
本ツールは前者を採用。「まず概算で問題がないか確認し、限界付近なら精密解析に進む」という実務フローに合わせた。
計算フローの詳細
1. 消費電力: Pd = (Vin - Vout) × Iout + (Iq/1000) × Vin
2. ジャンクション温度: Tj = Ta + θJA × Pd
3. 熱マージン: ΔT = Tj_max(125℃) - Tj
4. 最大出力電流: Iout_max = (Tj_max - Ta) / (θJA × (Vin - Vout))
5. 変換効率: η = (Vout × Iout) / (Vin × (Iout + Iq)) × 100%
ステップバイステップ計算例
7805(9V→5V/500mA、TO-220、θJA=50℃/W、Ta=25℃)の場合:
Pd = (9 - 5) × 0.5 + (6/1000) × 9
= 2.0 + 0.054
= 2.054 W
Tj = 25 + 50 × 2.054
= 25 + 102.7
= 127.7 ℃
熱マージン = 125 - 127.7 = -2.7 ℃ → 危険!
最大電流 = (125 - 25) / (50 × 4) = 0.5 A(ギリギリ)
効率 = (5 × 0.5) / (9 × 0.506) × 100 = 54.9%
9V入力でさえ500mAでTj_maxを超える。これが「三端子レギュレータは電圧差が命」と言われる理由だ。
ブラウザで完結する手軽さが最大の違い
メーカーシミュレータとの比較
ROHMのThermal Resistance EstimatorやTIのWEBENCH Power Designerは精密だが、自社製品限定。汎用的な「7805で大丈夫か?」には使いにくい。
Excelシートとの比較
θJA×Pd+Taの計算はExcelでもできるが、パッケージプリセットや4段階判定の可視化がない。スマホでサッと確認したいときにExcelは不向き。
本ツールの立ち位置
「概算で十分な場面」に特化。定番LDOのプリセット、パッケージθJAの自動入力、効率のDC-DC推奨判定など、判断に直結する情報を最短で提示する設計にした。
三端子レギュレータの意外な歴史
7805の誕生
1969年、Fairchild Semiconductor(現ON Semiconductor)のRobert Widlarが設計したμA7800シリーズが三端子レギュレータの起源。50年以上経った今でも「78xx」の型番は現役で、電子工作の入門キットに必ず入っている。当時のデータシートには「TO-3パッケージ」しかなく、TO-220が登場したのは1970年代後半だった。詳しくはWikipedia: 78xxを参照。
「Low Dropout」の定義
LDOの「Low Dropout」は、入出力電圧差(ドロップアウト電圧)が小さいことを意味する。従来の78xxシリーズはドロップアウト電圧が約2V必要だったのに対し、LDOは0.1V〜0.5V程度で動作する。リチウムイオン電池(3.7V typ.)から3.3Vを取る場面では、78xxでは不可能だがLDOなら実現できる。
熱設計で差がつく実装のコツ
入力コンデンサと出力コンデンサの配置
LDOのVinピン直近に0.1μF〜1μFのセラミックコンデンサを配置する。リード線が長いと寄生インダクタンスで発振する場合がある。出力側にも同容量以上のコンデンサを。ESRが低すぎると不安定になるLDOもあるので、データシートの推奨値を確認してみて。
熱伝導ビアでθJAを下げる
SOT-223やQFNの放熱パッド直下に、φ0.3mmの熱伝導ビアを格子状に配置すると、θJAを20〜40%改善できる。ビアの本数は5×5(25本)程度が目安。裏面に広い銅箔ベタパターンを設けるとさらに効果的。
パッケージ選定の判断基準
消費電力0.3W以下ならSOT-23、1W以下ならSOT-223またはQFN、1W超ならTO-252かTO-220が目安。ただしこれはθJAの標準値に基づく概算で、実際のPCBレイアウトで大きく変わる。
よくある質問
Q: θJAの値はデータシートのどこに載っている?
「Thermal Information」または「Package Thermal Data」のセクションに記載されている。θJA以外にθJC(接合部-ケース間)、ΨJT、ΨJBなどが併記されていることが多い。θJAはJEDEC標準基板(通常2層、1oz銅箔)での測定値なので、実基板とは条件が異なる点に注意。
Q: ジャンクション温度が125℃を少し超えた場合、すぐに壊れる?
即座に破壊されるわけではない。多くのICにはサーマルシャットダウン機能があり、Tj_maxを超えると自動的に出力を停止する。ただし、シャットダウンと復帰を繰り返す「サーマルサイクリング」は接合部にストレスを与え、長期的な信頼性を損なう。設計段階でTj_max以下に抑えるのが鉄則。
Q: 効率が低いとき、DC-DCに変えるべき判断基準は?
一般的な目安として効率50%未満ならDC-DCへの変更を検討するべき。消費電力が0.5W以下の小電力回路ならLDOのシンプルさ(部品点数が少ない、ノイズが低い)を優先してもよい。ただし効率30%以下はバッテリー駆動では致命的で、ほぼ確実にDC-DCが適切。
Q: 計算結果とデータ保存について
本ツールはすべての計算をブラウザ内で実行しており、入力データがサーバーに送信されることはない。「結果をコピー」でクリップボードに保存し、設計メモやレビュー資料に貼り付けて利用できる。
まとめ
LDOレギュレータの熱設計は、Tj = Ta + θJA × Pd というシンプルな式に帰着する。だが「この条件で本当に大丈夫か?」を毎回手計算するのは面倒だし、間違いやすい。
LDOレギュレータ熱設計計算機なら、プリセットで定番LDOを呼び出して、パッケージを選ぶだけで4段階の安全判定が出る。効率が低ければDC-DCへの切替も提案してくれる。
放熱が足りないとわかったら、ヒートシンク放熱設計ツールで具体的なサイズを検討してみて。
不具合や要望があれば、X (@MahiroMemo)から気軽に教えて。