データシートの推奨回路をコピーしたのに、なぜか出力が安定しない
12V→5V降圧のBuckコンバータ。ICメーカーの評価ボードそのまま組んだのに、出力リップルが仕様の3倍。原因はインダクタの飽和だった——定格電流が足りていなかったのだ。スイッチング電源の部品選定は「動く」と「安定して動く」の差が大きい。
スイッチング電源 部品選定計算機は、Buck・Boost・Buck-Boostの3トポロジーに対応し、入出力電圧・出力電流・スイッチング周波数を入力するだけでインダクタンス・コンデンサ容量・ダイオード/MOSFET耐圧をまとめて算出する。リップル電圧と概算効率も同時に表示されるから、部品選びの見当をつけるのに便利だ。
なぜスイッチング電源 部品選定計算機を作ったのか
開発のきっかけ
ICメーカーのWebツール——TIのWebenchやAnalog DevicesのLTpowerCAD——は高精度だが、IC品番が前提になっている。「まだICは決めてない。Buckで12V→3.3V/2Aの設計に必要なインダクタンスはどのくらいか」を知りたいだけなのに、品番選定から始めさせられる。
教科書の式を手計算する手もあるが、Boost・Buck-Boostでデューティ比の定義が変わるたびに式を引き直すのが煩わしい。3つのトポロジーを同じUIで切り替えて比較できるツールが欲しかった。探してもちょうどいいものが見つからなかったから自分で作った。
こだわった設計判断
- IC非依存: 特定のICに縛られない。電圧-秒バランスの基本式から計算するので、どのメーカーのICにも適用できる概算値が得られる
- 1.5倍ディレーティング: ダイオード・MOSFETの耐圧は計算値の1.5倍を自動で推奨。実務で当然のマージンが最初から組み込まれている
- リップル4段階判定: 出力電圧に対するリップル比率を「優秀(<1%)」「良好(1-3%)」「許容(3-5%)」「要改善(>5%)」で色分け。数値を読まなくても品質レベルが一目でわかる
スイッチング電源 設計の基礎知識
DC-DCコンバータ とは
スイッチング電源(DC-DCコンバータ)は、スイッチ素子のON/OFFとインダクタのエネルギー蓄積・放出を組み合わせて、ある直流電圧を別の直流電圧に変換する回路だ。
日常のたとえで言えば、バケツリレーに近い。水(電気エネルギー)をバケツ(インダクタ)に汲んでは次の場所に渡すことを高速に繰り返す。バケツの大きさ(インダクタンス)とリレーの速さ(スイッチング周波数)で、1回あたりに運べる量が決まる。
LDOレギュレータが「余分な電圧を熱に変えて捨てる」のに対し、スイッチング電源は「必要なエネルギーだけをパルス的に転送する」ため、理論上は100%に近い効率を実現できる。実用的には80〜95%の効率が一般的だ。
Buck・Boost・Buck-Boost 3トポロジーの違い
Buck(降圧)コンバータは入力電圧より低い出力を得る。スマートフォンの充電器で5V→バッテリー電圧への変換や、組込みボードの12V→3.3V電源ラインなど、最も使用頻度が高いトポロジーだ。デューティ比Dは:
D = Vout / Vin
Boost(昇圧)コンバータは入力電圧より高い出力を得る。リチウムイオン電池(3.7V)からUSB 5Vを生成するモバイルバッテリーが代表例。デューティ比は:
D = 1 - Vin / Vout
Buck-Boost(昇降圧)コンバータは入力が出力より高くても低くても動作する。ただし出力電圧の極性が反転する(反転型)。太陽電池のように入力電圧が大きく変動する用途で使われる:
D = Vout / (Vin + Vout)
いずれのトポロジーも、スイッチON期間にインダクタに蓄えたエネルギーをOFF期間に出力へ放出するという基本原理は同じだ。この「電圧-秒バランス」(ボルト秒積平衡)がスイッチング電源設計の出発点になる。
CCM(連続導通モード)とDCM(不連続導通モード)
インダクタ電流がスイッチング周期中に0まで下がらない状態をCCM、0に達してしまう状態をDCMと呼ぶ。CCMでは上記の単純なデューティ比の式がそのまま成り立つため、設計が容易だ。本ツールではCCM動作を前提に計算し、DCM境界のインダクタンスも合わせて表示する。
インダクタ飽和と耐圧不足——部品選定を誤ると何が起きるか
インダクタ選定ミスの実害
スイッチング電源の部品選定で最も多い失敗がインダクタの飽和だ。インダクタンスが不足すると、リップル電流が増大してコア材が磁気飽和に達する。飽和するとインダクタンスが急激に低下し、さらに電流が増える正のフィードバックに入る。最悪の場合MOSFETの過電流破壊に至る。
データシートにはインダクタンス値だけでなく「飽和電流」と「温度上昇電流」の2つの定格が記載されている。ピーク電流が飽和電流を超えないこと、RMS電流が温度上昇電流を超えないことの両方を確認する必要がある。
コンデンサESRの影響
出力コンデンサの容量が十分でもESR(等価直列抵抗)が高いと、リップル電圧が目標値を超える。セラミックコンデンサはESRが数mΩと低いが、電解コンデンサは数十〜数百mΩ。コスト優先で電解コンデンサを使う場合は、ESR要件をしっかり確認しないとリップル仕様を満たせない。
ダイオード・MOSFET の耐圧不足
Buckコンバータではダイオードとスイッチに入力電圧が印加される。Boostでは出力電圧、Buck-Boostでは入力+出力の合計電圧がかかる。配線インダクタンスによるサージを考慮すると、計算値の1.5倍以上の耐圧が必要だ。耐圧不足のデバイスを使うと、サージで素子が一瞬で破壊される。
電子機器の安全規格(IEC 62368-1等)でも、部品のディレーティングが求められている。
部品値の概算が必要になる4つの場面
新規設計の初期検討
ICを選定する前に「この仕様だとインダクタは10µH級か100µH級か」の見当をつけたい。桁感を間違えると基板面積の見積もりが狂う。
既存設計の仕様変更
出力電流が0.5Aから2Aに変わった。既存のインダクタとコンデンサで足りるのか、部品変更が必要なのかを素早く判断したい場面。
学習・教育
大学のパワーエレクトロニクスの授業で、3つのトポロジーのデューティ比とインダクタンスの関係を可視化したい。式を手計算するより、パラメータを変えたときの変化を体感できる。
故障解析
フィールドで壊れた電源基板の部品が適切だったかを逆算で検証する。入出力条件と部品値から、マージンが足りていたかどうかを確認する。
基本の使い方
3ステップで部品定格が出る。
Step 1: トポロジーを選ぶ
Buck(降圧)・Boost(昇圧)・Buck-Boost(昇降圧)からボタンで選択。選んだ瞬間にバリデーションが切り替わる。
Step 2: 電源仕様を入力
入力電圧・出力電圧・出力電流・スイッチング周波数を入力。目標リップル電圧とリップル電流比は初期値のまま使えるケースが多い。
Step 3: 結果を確認
デューティ比、推奨インダクタンス、コンデンサ容量、ダイオード/MOSFET耐圧が一覧表示される。リップル判定の色分けと概算効率もチェックして、部品の目星をつけよう。
設計ケースで検証する——6つの具体例
ケース1: USB 5V → 3.3V マイコン電源(Buck)
入力値:
- トポロジー: Buck
- Vin: 5 V / Vout: 3.3 V / Iout: 0.5 A
- fsw: 500 kHz / リップル目標: 50 mV / ΔI/Iout: 0.3
計算結果:
- デューティ比: 66.0%
- 推奨インダクタンス: 7.5 µH
- 出力コンデンサ: 4 µF
- スイッチ耐圧: 7.5 V
→ 解釈: 10µHのインダクタと10µFのセラミックコンデンサで十分カバーできる。USB電源からの3.3V生成としてはごく標準的な構成。
ケース2: Li-Po 3.7V → 5V USB出力(Boost)
入力値:
- トポロジー: Boost
- Vin: 3.7 V / Vout: 5 V / Iout: 1 A
- fsw: 500 kHz / リップル目標: 50 mV / ΔI/Iout: 0.3
計算結果:
- デューティ比: 26.0%
- 推奨インダクタンス: 2.4 µH
- 入力電流: 1.35 A
- ダイオード耐圧: 7.5 V
→ 解釈: モバイルバッテリーの典型構成。インダクタンスが小さく小型化しやすい。ピーク電流が1.5A程度なので2A定格のインダクタを選べばよい。
ケース3: 12V → 48V LED駆動(Boost)
入力値:
- トポロジー: Boost
- Vin: 12 V / Vout: 48 V / Iout: 0.5 A
- fsw: 200 kHz / リップル目標: 100 mV / ΔI/Iout: 0.3
計算結果:
- デューティ比: 75.0%
- 推奨インダクタンス: 15.0 µH
- スイッチ耐圧: 72.0 V
- 概算効率: 約85%
→ 解釈: デューティ比75%はやや高めだが許容範囲。耐圧72V(1.5倍済み)なので100VクラスのMOSFETが必要。LED照明のドライバ回路として実用的。
ケース4: 車載12V → 5V/3A(Buck・大電流)
入力値:
- トポロジー: Buck
- Vin: 12 V / Vout: 5 V / Iout: 3 A
- fsw: 300 kHz / リップル目標: 30 mV / ΔI/Iout: 0.3
計算結果:
- デューティ比: 41.7%
- 推奨インダクタンス: 6.5 µH
- 出力コンデンサ: 63 µF
- ピーク電流: 3.45 A
→ 解釈: 車載USB充電器の典型。出力コンデンサが63µF必要で、22µF×3のセラミックコンデンサ並列が現実的。ピーク電流3.45Aに対し、飽和電流5A以上のインダクタを選定する。
ケース5: 太陽電池12V → 5V(Buck-Boost)
入力値:
- トポロジー: Buck-Boost
- Vin: 12 V / Vout: 5 V / Iout: 1 A
- fsw: 500 kHz / リップル目標: 50 mV / ΔI/Iout: 0.3
計算結果:
- デューティ比: 29.4%
- 推奨インダクタンス: 5.7 µH
- スイッチ耐圧: 25.5 V
- 概算効率: 約82%
→ 解釈: Buck-Boostは出力極性が反転する点に注意。太陽電池の電圧変動が大きい場合に有用だが、効率はBuck単体より若干落ちる。
ケース6: 24V → 3.3V/2A(Buck・高降圧比)
入力値:
- トポロジー: Buck
- Vin: 24 V / Vout: 3.3 V / Iout: 2 A
- fsw: 500 kHz / リップル目標: 33 mV / ΔI/Iout: 0.3
計算結果:
- デューティ比: 13.8%
- 推奨インダクタンス: 7.6 µH
- ESR要件: 55 mΩ
- 概算効率: 約85%
→ 解釈: 降圧比が約7:1と大きい。デューティ比が14%と低いため、最小ON時間の制約に注意が必要。ICのデータシートで最小ON時間を確認し、周波数を下げる検討も視野に入れる。
仕組み・アルゴリズム——電圧-秒バランスから部品値を導く
候補手法の比較
スイッチング電源の部品計算には大きく2つのアプローチがある:
- 電圧-秒バランス(ボルト秒積平衡): インダクタの定常状態条件から解析的に解く。計算が高速で、パラメータの影響を直感的に理解しやすい
- SPICEシミュレーション: 回路をモデル化して過渡解析する。非線形効果やパラスティクスを含む精密な結果が得られるが、収束に時間がかかり、Webブラウザでの実行は現実的でない
本ツールでは手法1(電圧-秒バランス)を採用した。概算で部品の桁感をつかむ用途に適している。
計算フロー
Buckコンバータを例にとると:
1. デューティ比: D = Vout / Vin
2. リップル電流: ΔI = rippleRatio × Iout
3. インダクタンス: L = Vout × (1 - D) / (fsw × ΔI)
4. DCM境界: L_boundary = Vout × (1 - D) / (2 × fsw × Iout)
5. 出力コンデンサ: Cout = ΔI / (8 × fsw × ΔV)
6. ESR上限: ESR_max = ΔV / ΔI
具体的な計算例(Buck 12V→5V/1A, 500kHz)
D = 5 / 12 = 0.417
ΔI = 0.3 × 1 = 0.3 A
L = 5 × (1 - 0.417) / (500000 × 0.3) = 19.4 µH
L_boundary = 5 × 0.583 / (2 × 500000 × 1) = 2.9 µH
Cout = 0.3 / (8 × 500000 × 0.05) = 1.5 µF
ESR_max = 0.05 / 0.3 = 167 mΩ
推奨インダクタンス19.4µHに対してDCM境界は2.9µH。22µHの標準品を選べばCCM動作が確実に保証される。
損失モデル
効率の概算では4つの損失要因を簡略モデルで計算している:
- スイッチング損失: Psw = 0.5 × V × I_peak × fsw × t_rise × 2
- 導通損失: Pcond = I_rms² × Rds(on)
- ダイオード損失: Pdiode = Vf × I_avg
- インダクタDCR損失: Pdcr = I_L² × DCR
この4つの合計と出力電力から概算効率 η = Pout / (Pout + Ploss) を算出している。
既存の電源設計ツールとの棲み分け
IC非依存の概算が強み
TI WebenchやLTpowerCAD Ⅳはシリコンモデルに基づく高精度シミュレーションだが、品番選定が前提。本ツールはICに依存せず、基本式から桁感を出す。設計初期の「見当をつける」フェーズに特化している。
トポロジー比較が即座にできる
3つのトポロジーをボタン1つで切り替え、同じ入出力条件での部品定格を比較できる。「BuckとBuck-Boostでインダクタンスがどう変わるか」を瞬時に確認できるのは、IC固有ツールにはない利点。
ブラウザ完結・インストール不要
LTpowerCADはデスクトップアプリ、WebenchもTIアカウントが必要。本ツールはURLを開くだけで使えるから、出先のスマホでもサッと概算できる。
スイッチング電源の豆知識
スイッチング電源の起源は宇宙開発
スイッチング方式のDC-DC変換は1960年代にNASAの宇宙開発で実用化された。宇宙船では重量とエネルギー効率が文字通り生死を分ける。リニアレギュレータの「余分な電力を熱に捨てる」方式は許容できなかった。アポロ計画で使われた電源回路がスイッチング方式の商業化のきっかけになったとされている。
参考: Switched-mode power supply - Wikipedia
周波数の高速化トレンド
2000年代は200〜500kHzが主流だったスイッチング周波数が、GaN(窒化ガリウム)FETの普及により数MHzに到達しつつある。周波数が上がるとインダクタとコンデンサを小型化できるが、スイッチング損失とEMIが増大する。この計算機でfswを変えてインダクタンスがどう変化するか試してみると、周波数と部品サイズのトレードオフが実感できる。
設計をスムーズに進めるTips
Tip 1: E系列への丸め
計算で19.4µHと出ても、市販品は22µHか15µH(E6系列)。常に大きい方に丸めるのが安全側。本ツールの値を22µHに読み替えて、ピーク電流の再確認をしよう。
Tip 2: コンデンサは並列で稼ぐ
出力コンデンサの容量が大きい場合、1個の大容量品より複数の小容量品を並列にする方がESRを下げられる。10µF×3 > 33µF×1 のケースは多い。
Tip 3: サーマルパッドを忘れない
MOSFETの耐圧と電流定格が足りていても、パッケージの熱抵抗で損失を放熱しきれないケースがある。LDOレギュレータ熱設計計算機で放熱の見積もりを併用すると安心。
Tip 4: デューティ比の極端な値を避ける
D < 10% や D > 90% は制御ICのパルス幅制限に引っかかりやすい。このツールでデューティ比が極端な場合は、スイッチング周波数の変更やトポロジーの見直しを検討しよう。
スイッチング電源 部品選定でよくある疑問
Q: 同期整流と非同期整流の違いは?
非同期整流はダイオードで整流する方式で、ダイオードの順方向電圧降下(約0.5V)による損失が発生する。同期整流はダイオードの代わりにMOSFETを使い、導通損失を大幅に低減できる。本ツールは非同期整流を前提に計算しているため、同期整流ICを使う場合は効率がさらに改善される。
Q: LDOとスイッチング電源、どちらを選ぶべき?
入出力電圧差が小さく(1V以下)、出力電流が数百mA以下なら、LDOの方がノイズが少なくシンプル。電圧差が大きい、電流が大きい、効率を重視する場合はスイッチング電源が有利。「(Vin - Vout) × Iout」の値が0.5Wを超えるあたりからスイッチング電源を検討するのが目安だ。
Q: 計算データはサーバーに送信される?
一切送信されない。すべての計算はブラウザのJavaScriptで完結しており、入力値がネットワークに出ることはない。社内の開発中プロジェクトの数値を入力しても安全だ。
Q: なぜ効率が100%にならないの?
本ツールではMOSFETのRds(on)=50mΩ、ダイオードVf=0.5V、インダクタDCR=0.1Ωという概算値で損失を計算している。実際のデバイスパラメータに応じて効率は変動する。Rds(on)が低いGaN FETや同期整流を使えば95%以上も実現可能。
まとめ
スイッチング電源 部品選定計算機は、Buck・Boost・Buck-Boostの3トポロジーでインダクタ・コンデンサ・スイッチ・ダイオードの定格を瞬時に概算するツールだ。
IC選定の前段階で「どのくらいの部品が必要か」の桁感をつかむのに使ってほしい。設計の方向性が固まったら、ICメーカーのツールやSPICEで精密な検証に進もう。
LDOとの使い分けが気になった人はLDOレギュレータ熱設計計算機も試してみて。コンデンサ周りを深掘りしたいならデカップリングコンデンサ選定ツールもある。
不具合や要望があれば、X (@MahiroMemo)から気軽に教えて。