「重量物は何kgまで持ってよいのか」に、日本には答えが2つある
現場でこの質問が出たとき、返ってくる答えはたいてい2種類ある。ひとつは厚生労働省の指針が言う「体重のおおむね40%以下」。もうひとつは女性労働基準規則の「継続作業なら20kg以上は就かせてはならない」。片方は努力義務、片方は法令上の禁止で、性格からして違う。
ただ、この2つには決定的に共通した弱点がある。どちらも、荷物がどこにあるかを問わない。1分に何回持つかも問わない。体をひねるかどうかも、取っ手があるかどうかも問わない。重量という1つの数字しか見ていない。
でも実際は、同じ12kgの箱でも、腰の高さで正面から取るのと、床のパレットから60度ひねって取るのとでは、腰にかかる負担がまるで違う。逆もある。たった6kgの部品箱でも、1分8回のペースで8時間続けたら、NIOSHの評価では「要注意」(持ち上げ指数1.77)になる。重量だけを見ていると、この作業は永遠に安全に見えてしまう。
NIOSH改訂式は、そのズレを6つの係数に分解する。このツールは6係数を計算するだけでなく、どの条件が推奨重量限界を一番削っているかを順位で示し、それを直したら指数がいくつになるかまで試算する。
なぜ作ったのか — 「LIを出して終わり」の先が知りたかった
NIOSH式の解説は日本語でもそれなりにある。労働安全衛生総合研究所の解説ページ、専門書、コンサルタントの記事。係数の表も載っている。ただ、ブラウザで数値を入れて確かめられる場所が見つからなかった。表を読んで、電卓を叩いて、掛け算を6回やる。それが日本語圏での標準的なやり方だった。
海外には計算ツールがいくつかある。ただ、どれも6係数を掛けてLI(持ち上げ指数)を出して終わりだ。「LI 2.15 — 高リスク」。それは分かった。で、どうすればいい。
実務で本当に知りたいのはその先だと思う。だから改善シミュレーションを主役にした。設計で効いた判断が2つある。
ひとつは、順位を出すこと自体は難しくないと気づいたこと。 RWLは6係数の掛け算なので、係数 M_i を理想値1.0に戻すとRWLは RWL ÷ M_i になり、LIは LI × M_i になる。つまり係数が小さいものほど、直したときにLIが大きく下がる。減点が最大の条件と、最も効く改善策は数学的に必ず一致する。順位付けにアルゴリズムの工夫は要らない。
難しかったのはその先だった。1つ直しても足りないケースが、思っていたより多い。倉庫のピッキングのプリセット(12kg・水平距離45cm・ひねり60度)は、水平距離を理想まで詰めてもLI 1.19で、まだ1.0を切れない。頻度も一緒に下げてようやく0.94になる。「一番効くのはここ」だけ出して終わると、改善案を1つ実行して「まだダメだった」となる。だから1つ直したときのLIと、上位2つを直したときのLIの両方を出すことにした。
もうひとつは定数の検証で足をすくわれかけたこと。 Web検索の要約が、厚労省指針の重量目安を「体重の50%以下」と伝えていた。原文PDFを開いたら「おおむね40%以下」だった。孫引きの一覧表で定数を決めない、というのはこのサイトで何度も繰り返している教訓で、今回もそのまま再現した。NIOSH側の係数表も、CDCのPDF原文から17行×6列を1つずつ転記して突き合わせている。
NIOSH 持ち上げ 計算の基礎 — 推奨重量限界 RWL とは何か
なぜ掛け算なのか
NIOSH改訂式(Revised NIOSH Lifting Equation, 1991)の骨格は、拍子抜けするほど単純だ。
RWL = 23 × HM × VM × DM × AM × FM × CM
LI = 実際に持ち上げる重量 ÷ RWL
23kgは基準荷重と呼ばれる。すべての条件が理想的なとき、つまり荷物が体のすぐ前にあり、ちょうど腰の高さで、ほとんど動かさず、ひねらず、めったに持たず、しっかりした取っ手があるとき、持ち上げてよい上限だ。そこから条件の悪さの分だけ削っていく。6つの係数はいずれも0〜1.0の値をとる残存率であって、減点そのものではない。
ここが直感と一番ずれるところだと思う。学校の採点なら「姿勢が悪いから−10点、頻度が多いから−15点」と足し算で引いていく。NIOSH式は違う。悪条件は掛け算で効く。
たとえ話としては、工程ごとの歩留まりが近い。1工程あたり95%しか通らないラインでも、1工程だけなら95%。でも6工程重なると0.95の6乗で74%まで落ちる。個々の工程は「まあ悪くない」のに、通してみると4分の1が消えている。持ち上げ作業もこれと同じで、「どれも致命的ではないがどれもちょっと悪い」条件が6つ揃うと、23kgが5kgまで削れる。
実際、後で出てくる倉庫のピッキングの例では、0.5556 × 0.82 × 0.88 × 0.808 × 0.79 × 0.95 で積が0.243になり、RWLは5.59kgしか残らない。単独で壊滅的な係数は1つもないのに、だ。
推奨重量限界 RWL 計算 の6つの係数
6つの係数は、それぞれ違う「条件の悪さ」を測っている。
| 記号 | 何を見ているか | 式・引き方 |
|---|---|---|
| HM | 水平距離 H — 足首の中点から手までの水平距離 | 25 / H(H≦25cmで1.0、H>63cmで0) |
| VM | 垂直位置 V — 持ち上げ始めるときの手の高さ | 1 − 0.003 × abs(V − 75)(V>175cmで0) |
| DM | 垂直移動距離 D — 始点と終点の高さの差 | 0.82 + 4.5 / D(D≦25cmで1.0、D>175cmで0) |
| AM | ひねり角 A — 正面から見た荷物の左右のずれ | 1 − 0.0032 × A(A>135度で0) |
| FM | 頻度 F — 1分あたりの持ち上げ回数 | 頻度×継続時間×手の高さの3次元表 |
| CM | 握りやすさ C — 手と荷物の結合の質 | 握りやすさ×手の高さの表 |
水平距離Hの定義だけは注意がいる。両足首の内くるぶしの中点から、両手で握った位置の真下までの距離であって、荷物までの歩行距離ではない。ここを歩行距離だと思って「5m」と入れてしまう誤解が一番多い。
ひねり角Aも独特だ。上体のねじれ角でも足の向きでもなく、足首の中点と手の位置を結んだ線が、正中面(体の正面)となす角で定義される。足ごと踏み替えて荷物に正対すれば、上体はねじれていなくてもAは大きくならない。
6つの係数は「効きの強さ」がまったく違う
この節の主役はここだ。6つ並んでいるからといって、寄与が同じわけではない。
HM は最も急に落ちる。 反比例なのでH=25cmで1.0、40cmで0.625、50cmで0.50、打切り直前の63cmでは約0.40。荷物を10cm体から離すだけでRWLが2割吹き飛ぶ領域がある。
VM は75cmを中心に上下対称。 床上50cmと床上100cmはどちらも0.925で同じ。高すぎるのも低すぎるのも等しく不利、という設計だ。床(V=0)で0.775、上限の175cmで0.70。振れ幅は0.30しかない。
DM は6つの中で最も鈍い。 D=25cmで1.00、D=175cmでも0.846で、全域で1.00から約0.85までしか動かない。「高く持ち上げること自体はさほど不利ではない。不利なのは持ち上げる位置と姿勢だ」というNIOSH式の思想がここに出ている。DMを直そうとする改善案は、たいてい費用のわりに効かない。
AM は素直な直線。 90度で0.712、打切り値の135度で0.568。
FM は最も強い。 これだけは式ではなく表で、しかも3次元だ。頻度(0.2〜15回/分)× 作業継続時間(1時間以内/1〜2時間/2〜8時間)× 手の高さ(75cm未満/以上)の組合せで引く。最小値は0.13——RWLが8分の1近くまで落ちる。他のどの係数も、単独でここまでの破壊力は持たない。
CM は最も弱い。 「不良」でも0.90にしかならない。取っ手を付けるのは正しい改善だが、それ単独でLIが劇的に下がることはまずない。
つまり改善の効き目は、おおざっぱに言えば FM > HM > AM ≒ VM > DM > CM の順に大きい。ただし実際にどれが効くかは、その作業でどの係数がどれだけ落ちているかで決まる。だから「一般論としてどれが強いか」ではなく「この作業で今どれが減点されているか」を出す必要がある。
持ち上げ指数 LI とは
RWLが出たら、実重量をそれで割る。これが持ち上げ指数(Lifting Index, LI)だ。RWLちょうどならLI 1.0、倍の重さならLI 2.0。
NIOSHは「すべての持ち上げ作業をLI 1.0以下に設計すること」を目標として掲げ、LI 3.0を超える作業ではほぼすべての労働者が腰痛のリスクにさらされるとしている。この1.0と3.0の2本は原典に根拠がある線だ(本ツールが1.0〜3.0を「要注意」と「高リスク」に分ける2.0の線は、改善の優先順位を付けるための実務上の慣行で、原典に対応する記述はない)。
そして原典が明記しているもうひとつのことがある。LIと腰痛発生率の関係の形(リスク関数の形状)は分かっていない。LI 1.0以下なら安全が保証されるわけではないし、1.01になった瞬間に何かが起きるわけでもない。あくまで作業条件の相対的な悪さを測る物差しだ。
原典はNIOSH Publication No. 94-110『Applications Manual for the Revised NIOSH Lifting Equation』で全文が公開されている。日本側の基準は厚生労働省『職場における腰痛予防対策指針』が原文だ。
実務での重要性 — 日本の2つの基準とNIOSH式は別のことを言う
冒頭に書いた「答えが2つある」問題を、もう少し踏み込んで見ておきたい。
厚労省指針の「体重のおおむね40%以下」は努力義務だ。「〜となるよう努めること」と書かれている。女性についてはさらに「男性が取り扱うことのできる重量の60%位まで」とされていて、掛け合わせると体重の24%になる。
女性労働基準規則の重量制限は法令上の禁止だ。満18歳以上の女性は、継続作業なら20kg以上、断続作業なら30kg以上の重量物取扱い業務に就かせてはならない。努力義務ではない。
この2つは、同じ「重量物」という言葉で語られながら、法的な重みがまるで違う。そしてどちらも、荷物の位置も頻度もひねりも問わない。
一致しない例はすぐ出てくる。使用例で扱う引越しの段ボール(15kg・体重60kgの男性)は、厚労省の目安に対しては6割程度で余裕があるのに、NIOSHのLIは「要注意」の水準に入る。床から持ち上げること、体から離れていること、この2つで推奨重量限界が削られているからだ。2つの基準は別のことを言っている。どちらかが間違っているのではなく、見ている次元が違う。
もうひとつ、あまり知られていない非対称がある。成人男性には法定の重量上限が存在しない。労働基準法が重量制限を定めているのは女性(女性労働基準規則)と満18歳未満(年少者労働基準規則)だけで、成人男性については指針の努力義務があるだけだ。だから男性の作業を法令で縛ろうとしても、そもそも縛る条文がない。数値で作業条件を評価する意味は、男性の作業でこそ大きい。
腰痛の重さについても触れておきたい。厚生労働省の業務上疾病の統計で、災害性腰痛は長く最多を占め続けている。しかも腰痛は「腰を落として持ちましょう」「気をつけましょう」の掛け声では減らない。作業条件そのものが変わらないからだ。台の高さ、パレットの置き方、1人あたりの持ち上げ回数——そこを数値で押さえない限り、改善のしようがない。逆に言えば「水平距離45cmを25cmに詰めればLIは2.15から1.19に下がる」という数字が出せれば、設備投資の稟議は通しやすくなる。
なお、NIOSH式は衛生管理者や労働衛生コンサルタント、人間工学系の講義でも扱われる範囲だ。式を暗記するより、数値を動かして係数の効きを体感するほうが早い。
現場でどう回るか — 4つの利用場面
腰痛の労災が出た作業を評価して、改善の優先順位を決める。 災害が起きた後、「重いものを持たせすぎた」で片付けると次が防げない。6係数に分解すると、実際に効いていたのが重量ではなく頻度や水平距離だったというケースが出てくる。減点の順位が出れば、限られた予算をどこに使うかの根拠になる。
新しい作業を設計する前に、置き方から逆算する。 「この棚の高さでこの位置なら何kgまでか」を、作業を組む前に確認できる。RWLは条件を入れた時点で出るので、実重量を決める前でも使える。パレットに直置きするか、リフターで腰高に上げるかの比較にもなる。
安全衛生委員会に出す資料に、根拠のある数字を載せる。 「腰に悪そう」ではなく「LI 3.98で、NIOSHが極めて高いとする水準」と書けるかどうかで、議論の質が変わる。厚労省指針の体重比と女性労働基準規則の該当有無も同時に出るので、日本の実務向けの資料としてそのまま使える形になる。
引越しや家具移動のような、家庭の作業を確かめる。 段ボール1箱を床から持ち上げる動作でも、条件が悪ければ要注意水準に届く。プロの引越し作業員が膝を使い、荷物を体に密着させ、台車を挟むのには理由がある——それが係数のどこに効いているのかが見える。
基本の使い方は3ステップ
ステップ1: プリセットを選ぶか、荷物と姿勢を入れる。 倉庫のピッキング、製造ラインの部品箱、引越しの段ボール、建設現場の資材の4つのプリセットを用意した。選ぶと10項目すべてが一括で埋まるので、そこから自分の現場の値に書き換えるのが早い。
手入力する場合、必ず押さえてほしいのが水平距離Hの測り方だ。両足首の内くるぶしの中点から、両手で荷物を握った位置の真下までの水平距離を測る。荷物までの歩行距離ではない。パレットの手前の箱を取るときと、奥の箱に手を伸ばすときで、この値が20cmも変わる。手の高さV(持ち上げ始めるときの床からの高さ)、垂直移動距離D(始点と終点の高さの差)、ひねり角A(正面からのずれ)も同じように入れる。
ステップ2: 頻度と継続時間と握りやすさを選ぶ。 頻度は15分間を平均した1分あたりの回数で、0.5回/分のような小数でよい。継続時間は「1時間以内」「1〜2時間」「2〜8時間」の3択で、これは勤務時間ではなく休憩で区切られた連続作業時間を指す。握りやすさは取っ手や手掛け穴の有無で3択。迷ったら不利なほうを選ぶ、というのが原典の指示だ。
ステップ3: 6係数の内訳と改善シミュレーションを読む。 持ち上げ指数LIと推奨重量限界RWL、6係数の値と減点量、減点が最大の条件、それを理想値に戻したときのLI、上位2つを直したときのLIが表示される。6係数の横棒グラフと、各係数を理想値に戻したときのLIを並べた横棒グラフ(LI 1.0の位置に基準線を引いてある)も描かれるので、どこを直せば線を下回るかは図で追える。
作業者の体重は任意入力だ。空欄でもRWLとLIは通常どおり計算される。入れると、厚労省指針の体重比の目安と照らした結果が追加で表示される。
具体的な使用例 — 8ケースの計算結果と解釈
すべて実装済みの計算エンジンで検証した値だ。特に注目してほしいのはケース2とケース4の対比で、重量だけを見ていると危険な作業を見逃すことがはっきり出る。
ケース1: 倉庫のピッキング(12kg・LI 2.15)
入力 — 12kg/水平距離45cm/手の高さ15cm(床置きパレットの下段)/垂直移動75cm/ひねり60度/3回/分/2時間/握りやすさ「まずまず」/体重65kg・男性
結果 — HM 0.556・VM 0.820・DM 0.880・AM 0.808・FM 0.790・CM 0.950。RWL 5.59kg、LI 2.15で「高リスク」。減点の順位はHM > FM > AM > VM > DM > CM。
解釈 — 単独で壊滅的な係数はひとつもない。それでも積が0.243まで落ちてRWLは5.59kgしか残らない。掛け算モデルの怖さがそのまま出たケースだ。最も効くのは水平距離で、45cmを25cm以内に詰めればLIは1.19まで下がる。ただしそれでも1.0は切れない。頻度も一緒に下げて(3回/分から減らして)ようやく0.94で目標に届く。厚労省の目安(体重65kg×40%=26.0kg)に対して12kgは46.2%で、こちらの基準では何の問題もない。
ケース2: 製造ラインの部品箱(6kg・LI 1.77)
入力 — 6kg/水平距離30cm/手の高さ80cm(腰高)/垂直移動25cm/ひねり0度/8回/分/8時間/握りやすさ「良好」/体重70kg・男性
結果 — HM 0.833・VM 0.985・DM 1.000・AM 1.000・FM 0.180・CM 1.000。RWL 3.40kg、LI 1.77で「要注意」。
解釈 — 姿勢はほぼ理想だ。腰の高さで、正面を向いて、ほとんど動かさず、取っ手付き。DM・AM・CMはいずれも1.000で減点ゼロ。それでもLIが1.77になるのは、頻度だけでFMが0.180まで落ちるからだ。1分8回を8時間、V≧75cmの列で引くとこの値になる。頻度を下げればLIは0.32まで落ちる。6kgの箱が要注意水準になる——重量だけを見ている限り、この作業は永遠に安全に見える。厚労省の目安28.0kgに対して21.4%だから、なおさらだ。
ケース3: 引越しの段ボール(15kg・LI 1.51)
入力 — 15kg/水平距離35cm/手の高さ20cm(床置き)/垂直移動90cm(胸の高さまで)/ひねり30度/0.5回/分(2分に1回)/1時間/「まずまず」/体重60kg・男性
結果 — HM 0.714・VM 0.835・DM 0.870・AM 0.904・FM 0.970・CM 0.950。RWL 9.94kg、LI 1.51で「要注意」。
解釈 — 頻度が低いのでFMは0.970とほとんど減点されない。それでも、床から持ち上げること(VM 0.835)と体から35cm離れていること(HM 0.714)でRWLは9.94kgにとどまる。引越し1回ぶんの作業でも、床からの持ち上げは条件が悪い。厚労省の目安24.0kgに対して62.5%で、日本の指針だけを見ていれば「余裕あり」と判定される。2つの基準が別のことを言う典型例だ。水平距離を直すとLI 1.08、手の高さも直して0.90で目標に届く。
ケース4: 建設現場の資材(20kg・LI 3.98)
入力 — 20kg/水平距離60cm/手の高さ30cm/垂直移動60cm/ひねり45度/1回/分/2時間/握りやすさ「不良」(取っ手なし)/体重70kg・男性
結果 — HM 0.417・VM 0.865・DM 0.895・AM 0.856・FM 0.880・CM 0.900。RWL 5.03kg、LI 3.98で「極めて高い」。
解釈 — ケース2と並べてほしい。あちらは6kgでLI 1.77、こちらは20kgでLI 3.98。重量は3.3倍だが、LIは2.2倍にしかならない。重量とリスクは比例しない。ここでの主犯は水平距離60cmで、HMが0.417まで落ちている。水平距離を詰めてもLI 1.66、ひねりも直して1.42で、1つや2つの改善では1.0に届かない。この作業は1人でやるべきではない、というのが結論になる。なお水平距離60cmは打切り値63cmのわずか3cm手前で、あと3cm遠いだけで「作業不可」に変わる崖の縁にいる。
ケース5: 水平距離が打切り値を超えた(H=70cm・作業不可)
入力 — 15kg/水平距離70cm/手の高さ40cm/垂直移動50cm/ひねり0度/1回/分/1時間/「良好」
結果 — HM 0.000(打切り)。VM 0.895・DM 0.910・AM 1.000・FM 0.940・CM 1.000は正常に計算されるが、HMが0なのでRWL 0.00kg。LIは算出不能で、判定は「作業不可」。
解釈 — NIOSHは水平距離が63cmを超えると、バランスを崩さずに垂直に持ち上げることが通常できないとして、式の適用限界を打ち切る。ここで「エラー」と表示して終わるツールが多いが、それだと何をすればいいか分からない。このツールは打切りのときも改善シミュレーションを出し続ける。水平距離だけを理想値に戻すとLI 0.85で、一気に許容範囲に入る。つまりこの作業は絶望的なのではなく、荷物を体に近づけるだけで解決する。打切りの原因が1つだけなら、これが最も有用な情報になる。
ケース6: 頻度上限の境界(F=8で通り、F=8.5で作業不可)
入力 — 5kg/水平距離30cm/手の高さ40cm/垂直移動30cm/ひねり0度/8時間/「良好」。頻度だけを8回/分と8.5回/分で振る。
結果 — 8回/分ではFM 0.180、RWL 3.00kg、LI 1.67で「要注意」。8.5回/分ではFM 0.000、RWL 0.00kg、判定は「作業不可」。
解釈 — 頻度の上限は継続時間と手の高さの組合せで変わる。この条件(2〜8時間・V<75cm)の上限は8回/分ちょうどで、0.5回超えただけで表の外に出る。同じ8.5回/分でも、手の高さが75cm以上なら上限は10回/分なので通るし、継続時間が1時間以内なら上限は12回/分だ。だから「作業不可」とだけ出すツールは不親切で、このツールはどの組合せの上限に引っかかったかまで名指しする。逆に言えば、手の高さを上げるか休憩を挟むだけで、同じ頻度が合法な範囲に入るということでもある。
ケース7: 同じ18kgが、男性75.0%・女性125.0%(体重基準の男女ペア)
入力 — 18kg/水平距離40cm/手の高さ60cm/垂直移動50cm/ひねり0度/2回/分/2時間/「良好」/体重60kg。作業者区分だけを男性と女性で振る。
結果 — どちらもRWL 10.49kg、LI 1.72で「要注意」。NIOSH側の結果は完全に一致する。変わるのは厚労省指針の体重比で、男性は目安24.0kg(体重の40%)に対して75.0%、女性は目安14.4kg(体重の40%×60%=24%)に対して125.0%になる。
解釈 — NIOSHの基準荷重23kgは男女共通で、式のどこにも性別の係数はない。だから作業者区分を切り替えてもRWLもLIも1ミリも動かない。動くのは日本側の2基準だけだ。同じ荷物・同じ姿勢でも、日本の指針では男性は目安内、女性は目安の1.25倍という判定になる。評価の枠組みによって結論が変わることを一番はっきり示すペアだと思う。
ケース8: 女性・22kgで法令上の禁止に触れる
入力 — 22kg/水平距離40cm/手の高さ60cm/垂直移動50cm/ひねり0度/2回/分/2時間/「良好」/体重55kg・女性
結果 — RWL 10.49kg、LI 2.10で「高リスク」。厚労省指針の目安13.2kg(体重55kg×24%)に対して166.7%。そして女性労働基準規則の重量制限に該当し、継続作業では就業禁止の水準になる。
解釈 — ここが日本の実務でNIOSH式だけでは足りない理由だ。LI 2.10は確かに高リスクだが、それは「改善すべき」という話であって、法的な禁止ではない。一方で22kgという重量は、女性の継続作業では条文上そもそも就かせられない。姿勢を直してLIを1.0まで下げても、この禁止は消えない。だから本ツールは、NIOSHの判定とは独立に、実重量だけを見て法令チェックを行う。30kg以上なら断続作業でも禁止になる。逆に男性を選ぶと「法定の重量上限はない(指針の努力義務のみ)」と表示される——これは行を消すべきではないと考えた。消すと「女性のときだけ何か出るのはなぜか」が分からなくなる。
以上8ケース。通して見ると、LIを押し上げているのは重量そのものではなく、水平距離と頻度であることが多い。この2つは設備と人員配置の問題で、作業者の心がけでは動かない。
仕組み・アルゴリズム — 6係数から改善シミュレーションまで
なぜNIOSH式を主軸に、厚労省指針を併記したのか
持ち上げ作業のリスク評価には、実務で使われる手法が少なくとも4つある。
(a) NIOSH改訂式 — 6係数の乗算モデル。作業条件を細かく見る。国際的に最も広く使われ、原典が無償で全文公開されている。(b) 厚労省指針の体重比 — 体重の40%(女性はその60%)。単純だが作業条件をまったく見ない。(c) KIM(ドイツの Key Indicator Method) — 荷重・姿勢・作業条件を点数化して合計する。加算モデルなので直感的。(d) 生体力学モデルによる腰椎圧縮力の直接計算 — 最も原理に近いが、体格・関節角度・筋活動などの入力が要る。
本ツールは(a)を主軸にして(b)を併記した。理由ははっきりしている。(b)は単純すぎて作業条件を見ないが、日本の実務では避けて通れない——安全衛生委員会も労基署対応も、まず指針の数字が出てくる。(c)は日本語の資料が乏しく、係数の解釈を誤ったまま使われるリスクがある。(d)は入力が専門的すぎて、現場でメジャー1本で測れる値では足りない。
(a)の強みは、必要な入力がすべて巻尺と時計で測れることだ。水平距離、手の高さ、移動距離、角度、回数。特別な機材は要らない。
計算フロー
1. 入力の検証
重量・H・V・D・A・F の範囲を確認。体重だけは空欄が正当(任意入力)
2. 6係数の算出(vHigh = V >= 75 で FM表・CM表の列を選ぶ)
HM = H <= 25 ? 1.0 : (H > 63 ? 0 : 25 / H)
VM = V > 175 ? 0 : 1 - 0.003 * abs(V - 75)
DM = D <= 25 ? 1.0 : (D > 175 ? 0 : 0.82 + 4.5 / D)
AM = A > 135 ? 0 : 1 - 0.0032 * A
FM = Table5[継続時間][vHigh] を線形補間(列ごとの上限を超えたら 0)
CM = Table7[握りやすさ][vHigh]
3. RWL = 23 * HM * VM * DM * AM * FM * CM
4. 打切り判定
値が 0 の係数を HM,VM,DM,AM,FM,CM の順に拾って全件列挙する
1つでもあれば RWL = 0 となり、LI は算出不能(null)
5. LI = 実重量 / RWL
liRounded = LI を小数2桁に丸めた値 ← 以降の閾値判定はすべてこれを使う
6. 減点 = 1.0 - 係数 を6つ並べ、大きい順に順位付け
7. 改善シミュレーション
係数 i を 1.0 に戻すと RWL_i = RWL / M_i, LI_i = LI * M_i
クランプの評価順序には落とし穴がある。DMの 0.82 + 4.5/D はD=0でゼロ除算になるが、D≦25の判定を先に置くことで吸収される。順序を逆にすると「水平に移すだけ」(D=0)の入力で無限大が出る。HMの 25/H も同じで、H≦25のクランプが先だ。
FM表の3次元表引きと線形補間
6係数の中でFMだけが式を持たない。原典のTable 5は、頻度17点(0.2, 0.5, 1, 2, 3, …, 15回/分)× 継続時間3種 × 手の高さ2種の表になっている。
問題は、実際の頻度が表の刻みに乗らないことだ。0.5回/分刻みの入力は普通にある。原典はこれについて「実際の頻度に最も近い2つの値の間で補間しなければならない」と明示的に指示している。だから表の値を丸めて使う実装にはできない。
F = 2.5回/分・継続1時間・V < 75cm
表の刻み: F=2 → .91 / F=3 → .88
FM = .91 + (.88 - .91) × (2.5 - 2) / (3 - 2) = .895
同じ F = 2.5回/分でも、継続時間が1〜2時間なら
表の刻み: F=2 → .84 / F=3 → .79
FM = .84 + (.79 - .84) × 0.5 = .815
頻度が低すぎる場合は下限にクランプする。0.2回/分(5分に1回)未満は0.2として引く。上限は列ごとに違い、1時間以内なら12回/分(V≧75cmなら15)、1〜2時間なら10(同12)、2〜8時間なら8(同10)。ここを超えると表の外なのでFM=0、つまり作業不可になる。ケース6の境界ペアはこの上限を跨いだものだ。
計算例: ケース1をステップバイステップで
入力: 12kg / H=45cm / V=15cm / D=75cm / A=60度 / F=3回/分 / 2時間 / まずまず
HM = 25 / 45 = 0.5556
VM = 1 - 0.003 * abs(15-75) = 1 - 0.180 = 0.8200
DM = 0.82 + 4.5 / 75 = 0.82 + 0.060 = 0.8800
AM = 1 - 0.0032 * 60 = 1 - 0.192 = 0.8080
FM = Table5[1〜2時間][V<75cm] の F=3 の行 = 0.7900
CM = Table7[まずまず][V<75cm] = 0.9500
RWL = 23 × 0.5556 × 0.8200 × 0.8800 × 0.8080 × 0.7900 × 0.9500
= 5.5913 kg
LI = 12 / 5.5913 = 2.1462 → 表示 2.15(高リスク)
減点: HM 0.444 > FM 0.210 > AM 0.192 > VM 0.180 > DM 0.120 > CM 0.050
HM だけを 1.0 に戻すと LI = 2.1462 × 0.5556 = 1.192(まだ 1.0 を切れない)
HM と FM を両方戻すと LI = 0.942(目標到達)
7行目の LI_i = LI × M_i が、このツールの改善シミュレーションの中身のすべてだ。RWLを係数で割り直す必要すらない。乗算モデルであることが、そのまま感度分析になっている。
設計判断3つ
1. 早見表ではなく式から直接計算している。 原典のTable 1〜4は手計算用の早見表で、小数2桁に丸められている。原典自身が「各係数は該当する式から計算すること」と指示しているので、こちらに従った。ただしこの選択には副作用がある。マニュアルの例題の答えと数%ずれる。例題3(ホッパーへの袋の投入)は、表の値 .56/.89/.91/.86/1.00/.95 を掛けてRWL 18.9ポンドとしているが、式から直接計算すると18.52ポンドになる。表そのものの丸め方にも癖があって(後の豆知識で触れる)、手計算の答えと合わないときは、まずここを疑ってほしい。
2. 閾値判定を「表示に使う丸め値」で行っている。 RWLは23と6つの係数の積なので、倍精度の丸め誤差が必ず乗る。ここで問題になるのが、ツールが表示したRWLをユーザーがそのまま重量欄に入れ直すという操作だ。実際に起きる。たとえば表示「RWL 21.62kg」を重量に入れると、生値のLIが1.0000000000000002になり、素直に LI <= 1.0 で比較すると**「LI 1.00」の真下に「要注意」が並ぶ**。仕様検討の段階で、Hを0.5cm刻み・Vを5cm刻みで総当たりしたところ、この現象が起きる組合せが207件見つかった。対策として、許容誤差を足すのではなく liRounded = LI を小数2桁に丸めた値 を1回だけ作り、リスク判定も表示打切りも改善目標の到達判定もすべてこの値で行うことにした。許容誤差方式だと、入れた箇所と入れ忘れた箇所で挙動が食い違う。丸め値で判定すれば、表示と判定が構造的に一致する。
3. 打切りを「係数を0にする」ことで表現している。 H>63cmのようなケースを別のフラグで管理するのではなく、HMに0を入れてそのまま掛け算に流す。すると RWL = 0 が自然に出る。この設計の利点は改善シミュレーションに出る。打切り時でも他の5係数は正常に計算されているので、0になった係数を1.0に戻せばRWLが復活し、LIが算出できる。ケース5で「H=70cmなので作業不可。ただし水平距離を直せばLI 0.85」と出せるのはこのためだ。打切りを例外扱いにしていたら、この情報は出せなかった。ただし0の係数が2つ以上あるときは、1つ直してもまだ0が残るのでLIは算出不能になる。この場合は上位2つを直したときのLIのほうを見ることになる。
海外の計算ツールに足りなかった5つ
日本語圏にNIOSH式をブラウザで計算できる場所がほとんど無い、という前提は前半で触れたとおり。ここでは海外にいくつかある計算ツールと比べて、本ツールが何を足したのかに絞る。
海外ツールの多くは6つの係数を掛け合わせてRWLとLIを表示し、そこで終わる。「LI 2.15、高リスク」と出たあと、では現場の何を変えるのかは利用者が自分で考える。足したのは次の5つ。
1. 減点量と順位を出す。 各係数が1.0からどれだけ削られたか(1.0−係数)を並べ、大きい順に順位を付ける。同じ内訳を横棒グラフでも描いているので、どれが突出して効いているかを数字を読まずに掴める。
2. 各条件を理想値に戻したときのLIまで試算する。 ここが本題。「水平距離を直せばいい」まで分かっても、直した結果が1.0を切るのかどうかは別の話だ。1つ戻したときのLIと、上位2つを戻したときのLIを両方出しているので、1つの改善で足りるのか、2つ手を打たないと届かないのかが数字で分かる。1.0の基準線を引いた横棒グラフで、6つの改善案を横並びに比べられる。
3. 打切り条件を名指しする。 水平距離63cm超・手の高さ175cm超・移動距離175cm超・ひねり角135度超・頻度の上限超のいずれかに当たると、RWLは0になる。「作業不可」とだけ返すのではなく、どの条件が原因かを挙げる。2つ同時に当たっていればその両方を挙げる。
4. 日本の2つの基準と同時に照らす。 厚生労働省の指針が示す体重比の目安と、女性労働基準規則の重量制限。この2本が並ぶ計算ツールは海外には無い。
5. 適用できない作業を先に書く。 片手での持ち上げ、人の抱え上げ、座位や膝立ち、スコップ作業。当ててはいけない場面を明示しておかないと、数字だけが独り歩きする。
同じ現場の話でも、ツールごとに見ている単位が違う。ライン全体で誰にどれだけ作業を割り振るかはタクトタイムと編成効率の話で、ラインバランシングの計算が扱う領域。人力で持たない重量物をどう吊るかは定格荷重と作業半径の話で、クレーンの能力計算の領域。引越しで何をどれだけ運ぶかは荷物の総量とトラックサイズの話。本ツールが見ているのは、そのどれとも違う1回の持ち上げ動作そのものだ。1個の箱を、どこから、どんな姿勢で、1分に何回持つか。関連ツールへのリンクは記事の最後にまとめてある。
23kgという数字はどこから来たのか
理想条件での上限が23kg、という基準荷重は、1つの実験から出た値ではない。性格の違う3つの基準を重ねて、そのすべてを満たす線として決められている。
生体力学の基準 — 腰椎L5/S1(第5腰椎と仙骨のあいだ)にかかる圧縮力が3.4kNを超えないこと。椎間板の損傷データから引かれた線だ。心理物理学の基準 — 健康な労働者のうちどれだけの人が「この重さなら繰り返し扱える」と受け入れるか。生理学の基準 — 長時間繰り返したときの代謝負担が過大にならないこと。3つの根拠のもとになったのは Waters らが1993年に発表した論文で、書誌情報は CDC STACKS で確認できる。腰の負担だけでも、疲れやすさだけでもなく、両方を同時に満たす値が23kgだった、という順序で読むと納得しやすい。
1981年版から1991年版で何が足されたか
NIOSHの持ち上げ式には1981年版がある。現在使われている式が「改訂版(Revised)」と呼ばれるのはそのためで、1991年の改訂で新しく入ったのがひねり角の係数AMと握りやすさの係数CMだ。裏を返せば1981年版は、体を60度ひねって取る作業も、取っ手のない段ボールも、正面から取っ手付きの箱を取るのと同じ評価をしていた。現場の実感とずれる部分をあとから式に足していった歴史が、この2つの係数に残っている。
ポンド版とメートル法版は厳密には同じでない
米国慣用単位版の基準荷重は51ポンド。換算すると23.13kgで、メートル法版の23kgちょうどとは一致しない。水平距離の下限も、ポンド版は10インチ=25.4cmで、メートル法版の25cmとは0.4cmずれる。どちらも「きりのいい数字」を独立に選んだ結果で、換算して揃えたわけではない。海外のポンド入力のツールと本ツールの答えが小数点以下で合わないのは、多くの場合これが理由になる。
早見表の丸め方は一定ではない
マニュアルには手計算用の早見表が付いている。ところが水平係数の表を眺めると、H=22インチの行は 10/22 = .4545 なのに表の値は .46、H=23インチの行は .4348 なのに .44 になっている。四捨五入なら .45 と .43 のはずで、素直な丸めでは説明できない値が混ざっているわけだ。表を引いた手計算と式から直接計算した答えが微妙に食い違う原因の1つがここにある。
日本の指針は2013年に19年ぶりに改訂された
厚生労働省の「職場における腰痛予防対策指針」は1994年に策定され、2013年6月に19年ぶりの改訂を受けた。大きく変わったのは適用範囲で、それまで福祉・医療分野の記述が重症心身障害児施設に限られていたものが、介護作業全般に広がった。あわせて、原則として人力による人の抱え上げを行わせないこと、リフト等の福祉機器を使うことが明記された。介護の移乗をNIOSH式で評価したいという相談を受けることがあるが、そもそも日本の指針の側が「人力で抱え上げない」と言っている領域だ。改訂の経緯は厚生労働省の案内ページにまとまっている。NIOSH式そのものの原典(Publication No. 94-110)はCDCのページから本文PDFを開ける。
入力を間違えないための勘どころ
水平距離Hは足首から測る。 両足首の内くるぶしの中点から、両手で握った位置の真下までの距離であって、立っている場所から荷物までの歩行距離ではない。ここを歩行距離で入れると数値が跳ね上がり、あっさり打切りに当たる。誤解が一番多いのがこの項目だ。
迷ったら不利なほうを選ぶ。 握りやすさが「良好」なのか「まずまず」なのか判断がつかない、ひねり角が30度なのか45度なのか測っていない。そういうときは悪いほうを入れる。原典自身がそう指示している。
始点と終点で条件が違うなら、悪いほうで評価する。 本ツールが計算しているのは持ち上げ開始時点の推奨重量限界だ。終点で荷物を正確に置く必要がある作業(棚の奥に差し込む、位置決めして積む)は終点側の条件でも一度計算し、厳しく出たほうを採る。
頻度は15分間を平均して数える。 1日の総持ち上げ回数を勤務時間で割ると、実態よりずっと低い頻度が出る。実際に持ち上げが集中している15分を切り出して、その回数を15で割る。頻度係数は6つの中で最も大きく効くので、ここを甘く見積もると結論ごと変わる。
LIが下がらないときは重量そのものを疑う。 6つの係数をすべて理想値の1.0にしても、RWLは基準荷重の23kgが上限だ。24kgの荷物はどんな姿勢で持ってもLIが1.0を切らない。改善シミュレーションで上位2つを直しても届かないケース(使用例の建設現場の資材のケースがそれに当たる)は、姿勢ではなく荷姿と分割を検討する段階に来ている。
このツールについてよく聞かれること
マニュアルの例題や手計算の答えと少し違うのはなぜ?
丸めの入れどころが違うためで、計算ミスではない。理由と具体的なずれ幅は前半の仕組みの節で例題の数字を挙げて説明している。使う側としては何もしなくてよい——手計算の答えに合わせるために入力を調整する必要はないし、どちらか一方が正しいという話でもない。判定に使うのはLIの帯(1.0/2.0/3.0)なので、数%のずれで判定が変わる境界ぎりぎりのケースだけ、両方の値を見て慎重に扱えば足りる。
握りやすさを「まずまず」から「良好」に変えても結果が変わらない
不具合ではなく、原典の表がそうなっている。結合係数の表は手の高さで列が分かれていて、手の高さが75cm以上のときは「良好」も「まずまず」もどちらも1.00になる。腰より高い位置では握りの質が腰部への負担に効きにくい、という知見によるものだ。握りやすさの選択が結果に効くのは手の高さが75cm未満のときだけで、そのときは「まずまず」0.95・「不良」0.90と分かれる。該当する条件では、同値になっている旨の注記が結果に添えられる。
介護の移乗介助に使える?
使えない。NIOSH式が対象にしているのは荷物の持ち上げで、人の抱え上げは適用範囲外だ。人は重心が動き、抱え方も毎回変わり、そもそも水平距離やひねり角を一定の値として測れない。加えて厚生労働省の腰痛予防対策指針が、原則として人力による人の抱え上げを行わせないこととし、リフト等の福祉機器の使用を求めている。数値化して「LIが1.5だから注意して続ける」という結論に持っていくべき作業ではない、というのが指針の立場だ。プリセットに介護の移乗を入れていないのもこの理由による。
LIが1.0以下なら安全ということ?
保証ではない。NIOSH自身が、持ち上げ指数と腰痛発生リスクの関係の形(リスク関数の形状)は分かっていないと原典に明記している。1.0以下でも腰痛が起きないわけではないし、1.0を超えたからといって直ちに災害が起きるわけでもない。1.0は「すべての持ち上げ作業をこの水準以下に設計することを目標に掲げる」という設計目標であって、安全と危険を分ける線ではない。なお判定帯のうち1.0と3.0は原典に根拠のある線だが、その間を「要注意」と「高リスク」に割る2.0の線は改善の優先順位を付けるための実務上の慣行で、原典に対応する記述は無い。
作業者の区分を男性から女性に変えてもRWLが変わらないのはなぜ?
NIOSHの基準荷重23kgは男女共通で、式に性別の係数が無いからだ。区分の選択が効くのは日本の2つの基準のほうだけで、厚生労働省の指針の目安(男性は体重の40%、女性はさらにその60%=体重の24%)と、女性労働基準規則の重量制限(継続作業20kg・断続作業30kg以上は就業禁止)の表示が切り替わる。同じ重量・同じ姿勢でも体重比のパーセントだけが大きく動くのはこのためだ。なお成人男性には法定の重量上限が存在せず、法令が重量制限を定めているのは女性と満18歳未満だけなので、男性を選ぶと法令チェックの行は「該当なし」になる。これも仕様だ。
入力した重量や体重はどこかに送信される?
されない。計算はすべてブラウザの中で完結していて、重量・水平距離・手の高さ・頻度・体重といった入力値がサーバーに送られることはない。保存もしていないので、ページを再読み込みすれば初期状態に戻る。作業者の体重は個人情報に当たりうる項目だが、そもそも任意入力で、空欄のままでもRWLとLIの計算には一切影響しない。厚生労働省の指針と照らした行が表示されなくなるだけだ。安全衛生委員会の資料づくりなどで実在の作業者の数値を扱う場合も、この点は気にしなくてよい。
まとめ
重量物を何kgまで持ってよいかという問いに、体重の40%とも20kgとも答えられるが、どちらも荷物がどこにあるかを見ていない。NIOSH式はそこを6つの係数に分解し、本ツールはさらに、どれがRWLを一番削っているか、それを直せばLIが1.0を切るのかまで試算する。作業の改善を数字で説明したいときに使ってほしい。
ライン全体で作業をどう割り振るかを見直すならライン編成効率・タクトタイム計算、人力では扱えない重量物の揚重を計画するならクレーン能力・定格荷重計算、引越しの荷物量とトラックサイズの見積もりには引越し見積もりシミュレーターが使える。
計算結果がおかしい、この作業条件はどう入力すればいいのか判断がつかない、といったことがあればお問い合わせページから知らせてほしい。
Mahiro
Mahiro Appの開発者。倉庫のピッキング作業を評価したときに、LIを押し上げていたのが12kgという重量ではなく「パレットの奥に手を伸ばす45cm」だったのが意外で、6係数の減点順位を出す機能を主役にした。
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