回転軸がある日突然折れる——疲労破壊という静かな破滅
金属は曲げても戻る。引っ張っても耐える。でも「繰り返す」と、ある日なんの前触れもなく割れる。これが疲労破壊だ。見た目には何の変形もない部品が、10万回、100万回と応力を受け続けた末にパキッと折れる。機械設計をやっていれば、この恐怖は他人事じゃない。
このツールは、応力振幅と平均応力を入力するだけで修正グッドマン線図上にプロットし、安全率と推定寿命を即座に返す。複数の荷重パターンを重ねるマイナー則の累積損傷度計算にも対応しているから、実務の疲労評価がブラウザだけで完結する。
なぜ疲労寿命シミュレーターを作ったのか
手計算グッドマン線図の苦痛
修正グッドマン線図の評価自体はシンプルだ。σa/(1 - σm/σB) で等価応力振幅を出して、疲労限度で割るだけ。でも実務では材料を変え、荷重条件を振り、安全率の感度を見る——何十パターンも手計算するのは正直つらい。Excelで組むにしても、線図の可視化まで作り込むのは面倒だった。
累積損傷の計算が特に面倒
単一応力ならまだいい。問題はマイナー則だ。荷重パターンごとにBasquin式で寿命を求め、繰返し数との比をとり、全パターン合算する。手計算だとミスの温床になる。「パターンを1つ追加して再計算」がワンタップでできるツールが欲しかった。
既存ツールが見当たらない
ウェブ上で「グッドマン線図 ツール」と検索しても、インタラクティブに操作できるものはほとんど見つからない。CAEソフトは高価で大げさだし、論文PDFの図を眺めても設計判断には使えない。材料プリセット付きで、SVG線図がリアルタイムに動くツールを自分で作ることにした。
疲労破壊とは何か——SN曲線と疲労限度の基礎
疲労破壊 とは
金属材料に繰返し応力を加え続けると、静的な引張強さよりはるかに低い応力レベルで破壊が起きる。これが疲労破壊だ。日常的なたとえでいえば、針金を何度も同じ場所で曲げ伸ばしすると折れるのと同じ原理。微小なき裂が発生し、繰返しのたびに少しずつ進展し、ある臨界長さに達した瞬間に一気に破断する。
SN曲線 とは
SN曲線(S-N curve)は横軸に繰返し数 N、縦軸に応力振幅 S をとったグラフだ。試験片を一定の応力振幅で繰り返し負荷し、何回で折れるかをプロットしていく。応力が高いほど少ない回数で壊れ、低いほど長持ちする。
鋼の場合、繰返し数が10^7回あたりで曲線が水平に近づく。この水平部分の応力を**疲労限度(σe)**と呼ぶ。疲労限度以下の応力なら、理論上は何回繰り返しても壊れない(無限寿命)。
応力振幅 S
│
│\
│ \
│ \___________ ← 疲労限度 σe
│
└──────────────── 繰返し数 N(対数軸)
10^3 10^5 10^7
ただしアルミニウム合金など非鉄金属には明確な疲労限度がない場合もあり、その場合は10^7回や10^8回時点の応力を便宜的に疲労限度とする。
疲労限度 求め方
疲労限度の正確な値は回転曲げ疲労試験(JIS Z 2274)で求めるが、簡易的には引張強さ σB の約0.4〜0.5倍(鋼の場合)で推定できる。本ツールのプリセット値もこの範囲に基づいている。
なぜ疲労設計が重要か——事故と規格が語る現実
コメット号の教訓
1954年、世界初のジェット旅客機デ・ハビランド コメットが相次いで空中分解した。原因は客室窓角部の疲労き裂。与圧・減圧の繰返しで窓の角にき裂が発生し、進展して胴体が破裂した。この事故をきっかけに航空機の疲労設計基準が根本的に見直され、損傷許容設計(Damage Tolerance)の概念が確立された。
規格が求める疲労評価
日本のJIS規格でも疲労設計は多くの分野で要求されている。
- JIS B 2704(コイルばね): 疲労限度線図による設計が必須
- JIS B 1082(ボルト): 繰返し荷重を受けるボルトの疲労強度評価
- 道路橋示方書: 鋼橋の溶接継手に対する疲労照査
安全率が1.0を下回る設計は、静的には持っても繰返し荷重で壊れる。逆に過剰な安全率は重量・コスト増に直結する。適切な疲労評価は「壊れない設計」と「軽量化」の両立に不可欠だ。
数値の感覚
S45C(σB=690MPa, σe=310MPa)で応力振幅150MPa・平均応力100MPaの場合、修正グッドマン線図での安全率は約1.77。これは「安全」判定だが、切欠きや表面粗さを考慮するとマージンは減る。同じ条件でSUS304(σe=230MPa)に変えると安全率は約1.18——「注意」レベルまで下がる。材料選定一つで疲労寿命は劇的に変わる。
繰返し荷重と戦う現場——こんな場面で使える
回転軸・シャフトの疲労評価
モーターや減速機の出力軸は回転曲げ応力を受け続ける。1分間に1000回転なら、1日で144万回。設計段階で安全率を確認しておかないと、数ヶ月で折損する。
ばね・弾性部品の寿命推定
圧縮ばねやトーションバーは繰返し変形が本業。荷重パターンが複数ある場合(通常走行+急ブレーキなど)はマイナー則での累積損傷評価が有効だ。
溶接継手の疲労照査
溶接部は応力集中が大きく、母材より疲労強度が低い。橋梁やプラント配管の溶接継手では、等級ごとの疲労限度を使ってグッドマン線図評価を行う。
圧力容器の繰返し与圧
ボイラーや化学プラントの圧力容器は、起動・停止のたびに内圧が変動する。年間300回の起動停止で20年運転すれば6000回。低サイクル疲労の領域に入るケースもある。
基本の使い方
3ステップで疲労安全率がわかる。
Step 1: 材料を選ぶ
プリセットから材料を選択すると、引張強さ σB と疲労限度 σe が自動入力される。カスタム値を使いたい場合は直接数値を書き換えればOK。
Step 2: 応力条件を入力する
「単一応力」モードなら応力振幅 σa と平均応力 σm を入力。「累積損傷」モードなら荷重パターンを複数追加し、それぞれの応力振幅・平均応力・繰返し数を入力する。
Step 3: 線図と結果を確認する
入力と同時にグッドマン線図上に応力点がプロットされ、安全率・等価応力振幅・推定寿命がリアルタイムで表示される。安全率の色分け(青→緑→黄→赤)で直感的に判断できる。
具体的な使用例——6つのケースで検証
ケース1: S45Cシャフトの回転曲げ
入力値:
- 材料: S45C(σB=690MPa, σe=310MPa)
- 応力振幅 σa: 200 MPa
- 平均応力 σm: 50 MPa
計算結果:
- 等価応力振幅 σa_eq: 215.4 MPa
- 安全率 S: 1.44
- 推定寿命 N: 約2.4×10^8 回
→ 解釈: 安全率1.44は「注意」領域。切欠き係数を考慮すると1.0を下回る可能性がある。応力低減か材料変更を検討すべきケース。
ケース2: SCM440高強度ボルトの繰返し引張
入力値:
- 材料: SCM440(σB=980MPa, σe=440MPa)
- 応力振幅 σa: 120 MPa
- 平均応力 σm: 300 MPa
計算結果:
- 等価応力振幅 σa_eq: 172.9 MPa
- 安全率 S: 2.54
- 推定寿命: ∞(疲労限度以下)
→ 解釈: 安全率2.54で「安全」判定。高強度鋼の恩恵で余裕がある。ボルトの場合は締付力が平均応力に相当するため、適正トルク管理が前提。
ケース3: A5052アルミ部材の振動疲労
入力値:
- 材料: A5052(σB=230MPa, σe=110MPa)
- 応力振幅 σa: 80 MPa
- 平均応力 σm: 30 MPa
計算結果:
- 等価応力振幅 σa_eq: 92.0 MPa
- 安全率 S: 1.20
- 推定寿命: 約1.0×10^9 回
→ 解釈: 安全率1.20は注意域。アルミは明確な疲労限度を持たないため、長期間の繰返しでは推定寿命を超えて破壊する可能性がある。
ケース4: 累積損傷評価(マイナー則)
入力値:
- 材料: SS400(σB=400MPa, σe=180MPa)
- パターン1: σa=150MPa, σm=50MPa, n=50,000回
- パターン2: σa=100MPa, σm=30MPa, n=200,000回
- パターン3: σa=80MPa, σm=20MPa, n=500,000回
計算結果:
- P1: σa_eq=171.4 → N=4.2×10^8 → D=0.000119
- P2: σa_eq=108.1 → N=∞ → D=0
- P3: σa_eq=84.2 → N=∞ → D=0
- 累積損傷度 D: 0.000119
→ 解釈: D=0.000119で「余裕あり」。パターン2・3は疲労限度以下なので損傷寄与ゼロ。実際にはパターン1の高応力域だけが寿命を支配している。
ケース5: 溶接継手の疲労等級比較
入力値:
- 構造用鋼 SM490(σB=490MPa)
- 母材: σe=220MPa
- 隅肉溶接継手(応力集中係数 Kt=2.5 相当で σe を 220/2.5=88MPa に補正)
- 応力振幅 σa: 60 MPa
- 平均応力 σm: 80 MPa
母材そのままの場合(σe=220MPa):
- 等価応力振幅 σa_eq: 71.9 MPa
- 安全率 S: 3.06
- 推定寿命: ∞(疲労限度以下)
隅肉溶接継手の場合(σe=88MPa に補正):
- 等価応力振幅 σa_eq: 71.9 MPa
- 安全率 S: 1.22
- 推定寿命: 約5.8×10^9 回
→ 解釈: 同じ応力条件でも、母材なら安全率3.06で余裕十分だが、隅肉溶接部では1.22まで急落する。溶接継手の等級(道路橋示方書ではA〜Hの8等級)によって疲労限度は大きく異なる。溶接部の評価では、疲労限度を応力集中係数で補正して入力するのが実務的なやり方だ。補正なしの値で「安全」と判断すると、溶接止端部からき裂が発生するリスクを見逃す。
ケース6: 多軸荷重を受ける圧力配管の等価応力評価
入力値:
- 材料: SUS316L(σB=480MPa, σe=210MPa)
- 内圧変動による周方向応力振幅: 90 MPa
- 熱応力による軸方向応力振幅: 60 MPa
- 等価応力振幅(von Mises換算): σa = √(90² + 60² - 90×60) ≈ 79.4 MPa
- 平均応力 σm: 120 MPa(常時内圧による)
計算結果:
- 等価応力振幅 σa_eq: 105.9 MPa
- 安全率 S: 1.98
- 推定寿命: 約3.7×10^10 回
→ 解釈: 安全率1.98で「安全」判定だが、化学プラント配管としてはギリギリのライン。多軸荷重の場合、個々の応力成分だけを見ると見落としがちだが、von Mises等価応力に変換してから本ツールに入力することで統一的に評価できる。なお、配管の場合は腐食環境下での疲労(腐食疲労)も考慮が必要で、腐食環境では疲労限度が30〜50%低下することがある。SUS316Lの耐食性を加味しても、σeを150MPa程度に下げた保守的な評価を推奨する。
仕組み・アルゴリズム——3つの手法の組み合わせ
修正グッドマン線図 vs ソダーバーグ線図
本ツールは2種類の疲労限度線図に対応している。
修正グッドマン線図は、応力振幅 σa を縦軸、平均応力 σm を横軸にとり、(0, σe) と (σB, 0) を結ぶ直線を安全限界線とする。この線の内側が安全領域だ。
等価応力振幅 σa_eq = σa / (1 - σm / σB)
安全率 S = σe / σa_eq
ソダーバーグ線図は、グッドマン線図の σB を降伏点 σy に置き換えたもの。より保守的な評価になるため、永久変形を許容しない部品の設計に使われる。
等価応力振幅 σa_eq = σa / (1 - σm / σy)
なぜグッドマンをデフォルトにしたか——実務で最も広く使われているからだ。ソダーバーグは保守的すぎて過剰設計になりがちだが、安全最優先の用途では選択できるようにした。
Basquin式による寿命推定
SN曲線の高サイクル領域(10^3〜10^7回)は、Basquin式で近似できる。
N = N_e × (σe / σa_eq) ^ (1/b)
N_e = 10^7(疲労限度の基準繰返し数)
b = -0.1(Basquin指数、鋼の典型値)
たとえばσe=310MPa, σa_eq=400MPaの場合:
N = 10^7 × (310/400) ^ (1/(-0.1))
= 10^7 × 0.775 ^ (-10)
= 10^7 × 13.4
≈ 1.34 × 10^8 回
マイナー則(線形累積損傷則)
複数の荷重パターンが混在する場合、各パターンの損傷度を合計するのがマイナー則だ。
D = Σ (ni / Ni)
ni: パターン i の実際の繰返し数
Ni: パターン i の応力レベルでの破壊寿命(Basquin式から算出)
D < 1.0 → 安全
D ≥ 1.0 → 疲労破壊の可能性
マイナー則は荷重順序の影響を無視する線形モデルなので、実際の寿命とは乖離する場合がある。それでも簡便で規格にも採用されており、初期設計段階の評価手法として広く使われている。
既存ツールとは何が違うか
CAE不要でブラウザ完結
有限要素法ベースのCAEソフト(ANSYS, Abaqus等)は疲労解析が可能だが、ライセンス費用・学習コスト・モデル構築の手間が大きい。本ツールは入力項目が数個だけで、結果が即座に出る。
SVG線図がリアルタイムに動く
入力値を変えるたびにグッドマン線図上の点がリアルタイムに移動する。安全率の感度——「平均応力を50MPa減らしたら安全率はどう変わるか」——を体感的に把握できる。
累積損傷計算まで一画面で
単一応力の評価だけでなく、マイナー則の累積損傷評価まで同じ画面でできるツールは珍しい。荷重パターンの追加・削除もワンタップだ。
疲労にまつわる豆知識
Wöhlerの功績——SN曲線の発見
SN曲線を最初に体系的に研究したのは、ドイツの鉄道技術者アウグスト・ヴェーラー(August Wöhler)だ。1860年代、鉄道車軸の折損事故が相次いだことをきっかけに、繰返し荷重と破壊寿命の関係を実験的に明らかにした。SN曲線は「ヴェーラー曲線」とも呼ばれる。
「無限寿命」は迷信?
鋼には疲労限度があり、それ以下なら無限寿命——というのは古典的な理解だ。しかし近年の超高サイクル疲労(VHCF)研究では、10^9回を超える領域でも内部起点の疲労破壊(フィッシュアイ破壊)が報告されている。「疲労限度以下だから絶対安全」とは言い切れない時代になっている。
疲労強度と表面状態
疲労き裂は部品の表面から発生することが多い。ショットピーニング(表面に圧縮残留応力を付与)で疲労寿命が2〜3倍に伸びることもある。逆に、加工傷や腐食ピットがあると疲労限度は大幅に低下する。
疲労設計をもっと上手く使うコツ
安全率の目安を知っておく
一般的な機械部品の疲労安全率の目安:
- S ≥ 3.0: 十分安全。重要保安部品向け
- 1.5 ≤ S < 3.0: 安全。通常の機械設計
- 1.0 ≤ S < 1.5: 注意。切欠き係数等の補正が必要
- S < 1.0: 危険。設計見直し必須
切欠き係数を忘れずに
本ツールの計算は平滑試験片ベース。実部品にはキー溝・段付き・穴などの応力集中がある。切欠き係数 Kt は1.5〜3.0程度になることが多く、実効的な安全率はツール表示値の1/Kt倍と考えるのが安全だ。
ソダーバーグを使うべき場面
降伏点を超える変形が許されない精密部品や、振動で位置精度が要求される場合はソダーバーグ線図を使う。グッドマンより保守的な評価になるが、永久変形リスクを排除できる。
よくある質問
Q: 疲労限度がない材料(アルミ等)ではどう評価すればいい?
アルミニウム合金など明確な疲労限度を持たない材料では、10^7回または10^8回時点の疲労強度を便宜的に疲労限度として入力する。ただし「無限寿命」判定が出ても、それは基準繰返し数までの話であり、超長寿命域では破壊の可能性がある点に注意が必要だ。
Q: マイナー則の累積損傷度はどこまで信頼できる?
マイナー則は荷重順序の影響を無視する線形モデルなので、実験値とのずれが大きい場合がある。研究によると、実際の破壊はD=0.5〜2.0の範囲で起きることが多い。D=1.0は目安であり、重要部品ではD=0.5以下を安全側の判定基準とすることが推奨される。
Q: 入力したデータはサーバーに送信される?
一切送信されない。全ての計算はブラウザ内のJavaScriptで完結しており、サーバーとの通信は発生しない。入力データはページを閉じると消える。
Q: 圧縮側の平均応力はどう入力する?
本ツールでは平均応力σmは引張を正とし、0以上の値を入力する設計になっている。圧縮平均応力下では疲労寿命が向上する方向に働くが、グッドマン線図の圧縮側補正は材料・条件依存が大きいため、現バージョンでは引張側のみをカバーしている。
Q: Basquin指数 b=-0.1 は変更できる?
現バージョンではb=-0.1(鋼の典型値)で固定されている。実際のBasquin指数は材料や試験条件によって-0.05〜-0.15の範囲でばらつく。より正確な寿命推定が必要な場合は、材料試験データに基づくSN曲線を使用してほしい。
まとめ
疲労寿命シミュレーターは、修正グッドマン線図・Basquin式・マイナー則の3手法を組み合わせ、繰返し荷重を受ける部品の疲労安全率と推定寿命をブラウザだけで評価できるツールだ。
材料を選んで応力を入力するだけで、SVG線図上にリアルタイムにプロットされる。設計初期段階の「この条件で持つのか?」という問いに、即座に答えを返してくれる。
梁の静的強度が気になった人は梁の安全審判員も試してみて。ボルトの繰返し荷重が心配ならボルト強度・破断モード診断も参考になる。
不具合や要望があれば、X (@MahiroMemo)から気軽に教えて。