橋が落ちる前に気づけたら——溶接と疲労の見えない戦い
2007年、ミネソタ州の高速道路橋が突然崩落し、13人が命を落とした。原因の一つは、溶接継手に長年蓄積した疲労き裂。静的な荷重では何の問題もなかったはずの鋼材が、数千万回の繰返し荷重で限界を迎えた。
溶接構造物の疲労破壊は「静的強度がOKだから大丈夫」では防げない。このツールは、IIW(国際溶接学会)の疲労等級に基づくS-N曲線を使い、溶接継手の疲労寿命と安全率をブラウザ上で即座に判定する。応力範囲と繰返し回数を入力するだけで、その設計がS-N曲線のどこに位置するのかが視覚的にわかる。
なぜ溶接疲労設計シミュレーターを作ったのか
日本語で使える無料ツールがなかった
溶接の疲労設計は構造設計の基本中の基本なのに、日本語で手軽にS-N曲線判定ができるWebツールがほとんどない。海外にはSkyCivのような英語ツールがあるし、商用ソフト(ASU/WELD等)なら高精度な評価ができる。しかし「ちょっとFAT等級で疲労寿命を確認したい」だけのときに、高価なソフトを立ち上げるのは重い。
実務では手計算でS-N曲線を読むことが多いが、両対数グラフの読み取りは直感的とは言いがたい。10のべき乗が軸に並ぶグラフで、設計点がどのあたりに位置するのかを正確に把握するのは慣れが要る。ましてや一定振幅と変動振幅で疲労限の扱いが変わるあたりは、毎回指針を引っ張り出して確認する羽目になる。
こだわった設計判断
まず、S-N曲線をSVGでインタラクティブに描画することにこだわった。設計点がS-N線の上にあるのか下にあるのかを、色分けされたマーカーで直感的に把握できる。次に、一定振幅と変動振幅の切替で疲労限(折れ点)の挙動が変わる点を正しく反映した。一定振幅なら5×10⁶回で水平線、変動振幅ならm=5で延長——この違いが設計結果を大きく左右するからだ。
溶接継手の疲労破壊とは何か
疲労破壊のメカニズム
金属に繰返し荷重をかけると、静的な強度よりずっと低い応力で破壊が起きることがある。これが疲労破壊だ。日常のたとえでいえば、針金を何度も曲げ伸ばしすると折れるのと同じ原理。ただし実際の構造部材では、目に見えない微小き裂がゆっくり進展し、ある臨界サイズに達した瞬間に一気に破断する。
溶接継手はこの疲労に対して特に弱い。理由は3つある。
- 応力集中: 溶接ビードの止端(トゥ)部に応力が集中する。母材単体の疲労強度の1/3〜1/5まで低下することもある
- 残留応力: 溶接時の熱収縮で引張残留応力が生じ、疲労き裂の進展を加速する
- 内部欠陥: スラグ巻込み、ブローホール、融合不良などの溶接欠陥がき裂の起点になる
S-N曲線(疲労寿命曲線)とは
S-N曲線は、応力範囲Δσ(Stress range)と破断までの繰返し回数N(Number of cycles)の関係を両対数で表したグラフだ。August Wöhlerが19世紀に鉄道車軸の疲労試験で確立したため「ヴェーラー曲線」とも呼ばれる。
両対数グラフ上で:
log(Δσ) = log(FAT) - (1/m) × log(N / 2×10⁶)
IIWの疲労等級(FATクラス)は、N = 2×10⁶回における疲労強度(MPa)で定義される。例えばFAT 90なら、200万回の繰返しで90 MPaの応力範囲に耐えるという意味だ。
応力集中と溶接継手の疲労等級
溶接継手の疲労等級は、継手の形状と品質で決まる。母材そのもの(FAT 160)に対し、裏当て付き突合せ溶接(FAT 90)は約半分の疲労強度しかない。十字継手の隅肉溶接(FAT 71)になるとさらに低下する。これは溶接トゥ部やルート部の応力集中係数の違いを反映している。
参考: IIW Recommendations for Fatigue Design of Welded Joints and Components
なぜ疲労設計が構造設計者に不可欠なのか
静的強度OKでも疲労でNG
鋼橋の設計を例にとろう。SS400鋼材で許容引張応力155 MPa。部材の応力が100 MPaなら静的には安全率1.55で余裕がある。しかしこの部材に交通荷重で±50 MPa(応力範囲100 MPa)の繰返しが加わり、溶接継手がFAT 71(十字隅肉)だったらどうか。
FAT 71で応力範囲100 MPaの許容繰返し回数は約72万回。1日1000回の荷重が作用するとすると、わずか2年で疲労限界に達する計算になる。静的にはOKだが疲労ではNGだ。
規格が要求する疲労照査
日本ではJSSC(日本鋼構造協会)の疲労設計指針や、道路橋示方書(鋼橋編)が溶接継手の疲労照査を要求している。Eurocodeでは EN 1993-1-9 が対応する。いずれもIIWの疲労等級体系をベースとしており、設計段階でS-N曲線による寿命評価が必須とされている。
部分安全係数γ_Mfの設定も重要だ。IIWは損傷許容設計で1.15、安全寿命設計で1.35を推奨している。橋梁やクレーンのように検査が困難な構造物では、より大きな安全係数が求められる。
この疲労設計ツールが役立つ場面
橋梁・道路構造物の疲労照査
鋼橋の溶接継手は、車両荷重による繰返し応力を受け続ける。設計段階でFAT等級を選び、交通量から想定繰返し数を設定して疲労寿命を確認する。供用後の残存寿命評価にも使える。
クレーン・建設機械の強度検討
天井クレーンのガーダーやブラケット溶接部は、吊荷の繰返しで疲労蓄積が起きやすい。クレーン構造規格ではJIS B 8821に基づく疲労評価が求められる。
圧力容器・プラント配管の設計
圧力変動を受ける溶接継手の疲労評価。起動・停止サイクルによる熱応力の繰返しも対象になる。
建築鉄骨の振動疲労チェック
体育館の屋根トラスやペデストリアンデッキなど、人の歩行や風荷重で振動する鉄骨構造物の溶接部疲労を確認する。
基本の使い方
操作は3ステップで完了する。
Step 1: 溶接継手を選ぶ
プルダウンからFAT等級を選択する。突合せ溶接・十字継手・ガセット・重ね継手など13種類から、設計対象に近い継手を選んでみて。
Step 2: 荷重条件を入力する
応力範囲(MPa)と設計繰返し回数を入力する。荷重タイプは一定振幅か変動振幅かを選択。部分安全係数γ_Mfは用途に応じて調整すればOK。
Step 3: S-N曲線で判定を確認する
設計点がS-N曲線のどこに位置するかがグラフ上で一目でわかる。緑なら安全、黄色なら要注意、赤なら疲労破壊の危険。許容応力範囲と安全率も数値で確認できる。
具体的な使用例(検証データ)
ケース1: 橋梁ガーダーの突合せ溶接(余盛あり)
一般的な鋼道路橋のフランジ突合せ溶接を評価する。
入力値:
- 疲労等級: FAT 90(突合せ溶接・裏当て付き)
- 応力範囲: 60 MPa
- 設計繰返し回数: 2×10⁶ 回
- 荷重タイプ: 変動振幅
- γ_Mf: 1.15
計算結果:
- 許容応力範囲: 78.3 MPa
- 応力安全率: 1.30
→ 解釈: 安全率1.30で安全域。ただし余裕はそこまで大きくないので、溶接品質管理を確実に行うべき。
ケース2: クレーンガーダーのガセット溶接
天井クレーンのガーダーに取り付くガセットプレート端部の評価。
入力値:
- 疲労等級: FAT 56(ガセット 50<L≤150mm)
- 応力範囲: 40 MPa
- 設計繰返し回数: 5×10⁶ 回
- 荷重タイプ: 変動振幅
- γ_Mf: 1.35(安全寿命設計)
計算結果:
- 許容応力範囲: 30.5 MPa
- 応力安全率: 0.76
→ 解釈: 安全率1.0未満で疲労破壊の危険。FAT 63以上の継手に変更するか、応力範囲を低減する設計変更が必要。
ケース3: 圧力容器の突合せ溶接(高品質)
非破壊検査済みの突合せ溶接を持つ圧力容器。起動停止サイクルでの評価。
入力値:
- 疲労等級: FAT 125(余盛除去・NDT済)
- 応力範囲: 100 MPa
- 設計繰返し回数: 1×10⁶ 回
- 荷重タイプ: 一定振幅
- γ_Mf: 1.15
計算結果:
- 許容応力範囲: 136.9 MPa
- 応力安全率: 1.37
→ 解釈: 安全率1.37で安全。NDTによる品質保証がFAT 125の使用を正当化している。
ケース4: 建築鉄骨トラスの十字継手
体育館屋根トラスのガセットプレートと弦材の十字継手。風荷重と人の歩行荷重による振動。
入力値:
- 疲労等級: FAT 71(十字継手・隅肉溶接)
- 応力範囲: 30 MPa
- 設計繰返し回数: 2×10⁷ 回
- 荷重タイプ: 変動振幅
- γ_Mf: 1.15
計算結果:
- 許容応力範囲: 32.5 MPa
- 応力安全率: 1.08
→ 解釈: 安全率1.08で安全だがギリギリ。長寿命設計が求められる構造物では余裕不足。溶接トゥの仕上げ(グラインダ処理)でFAT等級を上げる対策を検討すべき。
ケース5: 一定振幅で疲労限以下のケース
繰返し回数が少なく、応力範囲も低いケース。
入力値:
- 疲労等級: FAT 90
- 応力範囲: 40 MPa
- 設計繰返し回数: 1×10⁷ 回
- 荷重タイプ: 一定振幅
- γ_Mf: 1.15
計算結果:
- 許容応力範囲: 57.1 MPa(疲労限)
- 判定: 無限寿命
→ 解釈: 一定振幅疲労限(約65.7 MPa)に対して応力範囲40 MPaは十分に低い。一定振幅荷重であれば無限寿命と判定できる。
ケース6: 低FAT等級の重ね継手
重ね継手の隅肉溶接で高応力のケース。
入力値:
- 疲労等級: FAT 45(重ね継手)
- 応力範囲: 50 MPa
- 設計繰返し回数: 5×10⁵ 回
- 荷重タイプ: 一定振幅
- γ_Mf: 1.15
計算結果:
- 許容応力範囲: 62.6 MPa
- 応力安全率: 1.25
→ 解釈: 安全率1.25で安全域。重ね継手は疲労等級が低いため、繰返し回数が多い場合はボルト接合への変更も検討する価値がある。
計算の仕組み・アルゴリズム
候補手法の比較
溶接継手の疲労評価には複数のアプローチがある。
| 手法 | 概要 | 精度 | 適用範囲 |
|---|---|---|---|
| 公称応力法(S-N曲線) | FAT等級とS-N曲線で評価 | 中 | 標準的な継手 |
| ホットスポット応力法 | FEMで応力集中を直接計算 | 高 | 複雑な形状 |
| 破壊力学法 | き裂進展速度で評価 | 最高 | き裂検出後の残存寿命 |
本ツールでは公称応力法を採用している。理由は、IIW/JSSCの実務で最も広く使われ、FEMを必要とせず、FAT等級の選定だけで評価できる手軽さがあるからだ。
IIW S-N曲線の数式
IIWの標準S-N曲線は以下の式で表される。
N ≤ 5×10⁶ のとき(勾配 m=3):
Δσ_R = FAT × (2×10⁶ / N)^(1/3) / γ_Mf
N = 2×10⁶ × (FAT / (Δσ × γ_Mf))^3
一定振幅 かつ N > 5×10⁶:
疲労限 Δσ_D = FAT × (2×10⁶ / 5×10⁶)^(1/3)
→ Δσ ≤ Δσ_D / γ_Mf なら無限寿命
変動振幅 かつ N > 5×10⁶:
Δσ_R = Δσ_D × (5×10⁶ / N)^(1/5) / γ_Mf
N = 5×10⁶ × (Δσ_D / (Δσ × γ_Mf))^5
具体的な計算例
FAT 90、応力範囲 80 MPa、一定振幅、γ_Mf = 1.15 の場合:
Step 1: FAT = 90 MPa(2×10⁶ 回での疲労強度)
Step 2: 有効応力 = 80 × 1.15 = 92.0 MPa
Step 3: 疲労寿命 N = 2×10⁶ × (90 / 92.0)³
= 2×10⁶ × 0.9348
= 1.87×10⁶ 回
Step 4: 許容応力範囲 = 90 × (2×10⁶ / 2×10⁶)^(1/3) / 1.15
= 90 / 1.15 = 78.3 MPa
Step 5: 応力安全率 = 78.3 / 80 = 0.98 → 要注意
参考: IIW Doc. IIW-2259-15 (2016)
Excel手計算との違い
インタラクティブなS-N曲線表示
Excel手計算ではS-N曲線のグラフを別途作成する必要があるが、本ツールでは入力値を変えるたびにリアルタイムでS-N曲線上の設計点が移動する。安全側か危険側かが視覚的に即座に判別できる。
一定/変動振幅の自動切替
疲労限の折れ点(5×10⁶回)前後での勾配切替は、手計算で間違えやすいポイント。一定振幅なら水平線、変動振幅ならm=5で延長——この使い分けを自動で行う。
スマホ対応
現場で「この継手のFAT等級だと何回まで持つ?」を確認したいとき、スマホからすぐに計算できる。パソコンを開いてExcelを立ち上げる手間がない。
溶接疲労研究の歴史と豆知識
ヴェーラー曲線の誕生
疲労試験の体系化は、1860年代のドイツ人技術者August Wöhlerに始まる。鉄道車軸の折損事故が頻発していた当時、ヴェーラーは膨大な疲労試験データを収集し、応力振幅と破断回数の関係を初めて系統的にグラフ化した。このS-N曲線(ヴェーラー曲線)が、現代の疲労設計の出発点となった。
IIWとJSSCの関係
IIW(International Institute of Welding)は1948年設立の国際機関で、溶接技術の標準化を推進している。日本鋼構造協会(JSSC)の疲労設計指針はIIWの分類体系を日本の設計実務に適合させたもので、FAT等級の体系はほぼ共通。ただしJSSCでは日本固有の継手タイプや施工条件を追加した拡張分類を採用している部分もある。
疲労設計で押さえておきたいポイント
FAT等級は「最も弱い継手」で決まる
構造物全体の疲労寿命は、最もFAT等級の低い継手で支配される。他の部分がいくら高い等級でも、1箇所のガセット溶接(FAT 36)があればそこがボトルネックになる。
溶接後処理で疲労強度は上がる
グラインダ仕上げ(トゥ研削)やTIGドレッシング、ピーニング処理を施すと、溶接トゥの応力集中が緩和されFAT等級を1〜2ランク上げられることがある。IIW指針では後処理によるFAT等級の向上係数が規定されている。
変動振幅では疲労限がない
一定振幅では5×10⁶回以降に疲労限があるが、変動振幅荷重ではこの疲労限は存在しない。小さな応力範囲でも損傷が蓄積し続ける。実構造物の荷重はほとんどが変動振幅なので、疲労限以下だから安全とは言い切れない。
よくある疑問
Q: 静的強度と疲労強度は何が違う?
静的強度は1回の荷重に対する耐力。疲労強度は繰返し荷重に対する耐力で、通常は静的強度よりずっと低い。溶接継手の場合、FAT 71(十字隅肉)は2×10⁶回で71 MPaだが、母材SS400の引張強度は400 MPa。疲労強度は静的強度の1/5以下になることもある。
Q: 板厚が厚いと疲労強度は下がる?
IIWでは板厚25mm以上で板厚補正が必要。板厚が大きいほど疲労強度は低下する。補正式は Δσ_corrected = Δσ × (25/t)^0.2 で、板厚50mmなら約13%の低下。本ツールはMVPとして板厚補正を省略しているため、厚板の場合は手動で補正値を適用して。
Q: 応力比R(最小応力/最大応力)は結果に影響する?
IIWの公称応力法では、溶接継手には高い引張残留応力が存在すると仮定し、応力比Rの影響は考慮しない(つまり応力範囲のみで評価する)。ただし、応力除去焼鈍を行った場合や圧縮側の応力範囲については、修正係数を適用できるケースがある。本ツールでは保守的に応力比の影響を無視している。
Q: 計算データはどこに保存される?
入力データはすべてブラウザ上で処理され、サーバーには一切送信されない。ページを閉じるとデータは消えるので、結果を残したい場合は「結果をコピー」ボタンでテキストを保存して。
まとめ
溶接継手の疲労設計は、静的強度では見えないリスクを定量化する重要なプロセスだ。このツールを使えば、FAT等級の選定からS-N曲線上の安全判定まで数秒で完結する。
溶接の静的強度を確認したい場合は溶接強度計算シミュレーターも併せてチェックしてみて。
不具合や要望があれば、X (@MahiroMemo)から気軽に教えて。