溶接したら板が反った——あの「やっちまった」をゼロにする
「仮組みはピッタリだったのに、溶接したら3mmも反ってボルト穴が合わない」——製缶や鉄骨加工の現場で一度はやった経験があるはず。溶接変形は熱による膨張と冷却収縮が引き起こす宿命的な現象で、完全にゼロにはできない。でも「どのくらい変形するか」が事前に予測できれば、逆ひずみや溶接順序で対策を打てる。
溶接変形予測シミュレーターは、板厚・入熱量・継手形式を入れるだけで角変形・横収縮・縦収縮の3つの変形量を経験式で算出し、逆ひずみの推奨値まで提示するツールだ。FEM解析ソフトに手が届かない現場でも、スマホひとつで概算予測ができる。
なぜ溶接変形予測ツールを作ったのか
現場の「勘と経験」をツールに置き換える
前作の「溶接強度チェッカー」を使ってくれたユーザーから「強度はOKだったけど変形で組立てに苦労した」というフィードバックを何件かもらった。溶接の世界では強度と変形はセットの問題で、片方だけ確認しても片手落ちだ。
溶接変形の予測には大きく分けて2つのアプローチがある。1つはFEM熱弾塑性解析で、溶接の温度分布と応力場を時間ステップごとに解く方法。精度は高いが、モデリングからポスト処理まで数日〜数週間かかり、ライセンス費用も年間数百万円。もう1つは佐藤・寺嶋をはじめとする経験式で、入熱量と板厚から直接変形量を推定する。精度はFEMに劣るが、現場で「だいたいこのくらい反る」がわかるだけで対策の方向性が決まる。
本ツールは後者の経験式アプローチを採用した。理由は明確で、「見積もり段階で逆ひずみ量を決めたい」「溶接施工計画書に変形予測の根拠数値を入れたい」という現場のニーズに応えるには、秒単位で結果が出る軽量ツールのほうが圧倒的に実用的だからだ。
設計で重視したこと
- 入熱計算の二通り入力: 溶接条件(電流・電圧・速度)から自動計算するモードと、入熱量を直接入力するモードを用意。WPSに入熱量が記載されているケースにも対応する
- 3種の変形を同時表示: 角変形だけでなく横収縮・縦収縮も一画面で確認できる。どの変形が支配的かが一目でわかる
- 逆ひずみ推奨値の自動算出: 角変形量×安全係数1.1で逆ひずみの目安値を提示。現場で板を曲げるときの参考値になる
溶接変形のメカニズム — 角変形・横収縮・縦収縮とは
溶接変形 とは何か
溶接変形とは、溶接時の局所的な加熱と冷却によって母材に生じる永久ひずみのこと。溶接アークで加熱された部分は膨張しようとするが、周囲の低温部に拘束されて自由に伸びることができない。その結果、加熱部には圧縮の塑性ひずみが蓄積される。溶接後に冷却すると加熱部が収縮するが、すでに塑性変形した分だけ元に戻らず、全体として変形が残る。
身近な例で言えば、アイロンをかけたワイシャツが冷めると生地が引きつるのと似た原理だ。ただし溶接の場合は温度勾配が急峻(溶融池は1500°C以上、数cm離れると常温)なので、変形量も桁違いに大きくなる。
参考: 溶接変形 — Wikipedia
角変形 とは — 板が「く」の字に曲がる
角変形(Angular Distortion)は、溶接線を軸として板が回転するように変形する現象。突合せ溶接でV開先を使うと、開先の広い表面側のほうが入熱量が大きく収縮も大きいため、板が表側に「く」の字に折れ曲がる。
角変形量の目安(突合せ・V開先):
t=6mm, Q=10,000 J/cm → θ ≈ 9.3°(大きな変形)
t=12mm, Q=10,000 J/cm → θ ≈ 2.3°(中程度)
t=25mm, Q=10,000 J/cm → θ ≈ 0.5°(軽微)
板厚の2乗に反比例するため、薄板ほど角変形が大きい。
横収縮 とは — 溶接線に直角方向の縮み
横収縮(Transverse Shrinkage)は、溶接線に対して垂直方向に母材が縮む現象。溶接金属と熱影響部が冷却時に収縮するために発生する。突合せ溶接の場合、横収縮量は入熱量に比例し板厚に反比例する。開先ギャップ(ルートギャップ)が大きいほど横収縮も増加する。
縦収縮 とは — 溶接線方向の縮み
縦収縮(Longitudinal Shrinkage)は、溶接線方向に母材全体が縮む現象。溶接長が長いほど累積的に大きくなる。角変形や横収縮に比べると絶対量は小さいことが多いが、長尺部材(桁やパイプ)では寸法精度に影響する。
3種の変形の大きさの一般的な傾向:
角変形 > 横収縮 > 縦収縮
(回転量) (直線量) (直線量)
溶接変形の予測が実務で重要な理由
手直しコストは溶接コストの数倍になる
溶接変形による寸法不良が発覚するのは、たいてい組立て工程だ。ボルト穴のピッチが合わない、フランジ面が平坦でない、パイプの芯がずれている——どれも手直しには「矯正」という追加工程が必要になる。ガス加熱矯正(線状加熱)やプレス矯正には熟練作業者と時間がかかり、溶接そのものよりもコストが高くつくケースが珍しくない。
AWS D1.1(米国溶接学会の構造用鋼溶接基準)では、溶接後の許容変形量が規定されている。たとえばカラム(柱)の真直度は長さの1/1000以内、梁のフランジの角変形は開先角度の±5°以内など。これらの許容値を超えると再溶接や部材の作り直しになるため、事前に変形量を予測して対策を打つことが品質管理の要になる。
日本溶接協会の指針
日本溶接協会(JWES)の「溶接施工管理技術者テキスト」でも、溶接変形の予測と対策は施工計画の必須項目として扱われている。特に建築鉄骨(SN材)やプラント機器では、変形予測→逆ひずみ設定→溶接順序計画→検査という一連の品質管理フローが確立されている。
角変形1°の違いが数十トンの鉄骨構造物で数cmの寸法誤差として現れるため、「だいたい大丈夫だろう」では済まない。経験式による簡易予測でも、予測値があるのとないのとでは施工計画の精度がまるで違う。
こんな現場で溶接変形予測が役立つ
- 製缶工場: フレーム・架台の溶接で角変形を予測し、逆ひずみ量を決定。組立て精度の向上とガス矯正工数の削減に直結する
- 造船業: ブロック建造で数百mの溶接線が生じる。縦収縮の累積がブロック接合時の寸法誤差を引き起こすため、入熱管理と変形予測が生命線
- 橋梁工場: I桁フランジの突合せ溶接で横収縮を予測し、切断寸法に余裕を持たせる。JIS Z 3040の溶接施工管理基準に準拠した管理が求められる
- 建築鉄骨: 柱梁仕口のすみ肉溶接で角変形を予測。鉄骨製作工場の社内基準で逆ひずみ量を標準化するときの参考値として使える
基本の使い方 — 3ステップで変形量を予測
- 継手条件を設定: 継手形式(突合せ・すみ肉T・すみ肉重ね)を選び、板厚と溶接長さを入力する。すみ肉の場合は脚長、突合せの場合は開先ギャップも入力
- 溶接入熱を入力: 溶接電流・電圧・速度から自動計算するか、入熱量を直接入力する。WPSに入熱量が記載されていればそのまま使える
- 予測結果を確認: 角変形・横収縮・縦収縮の予測値がリアルタイム表示される。変形レベル(軽微/中程度/大きな変形)の色分け判定と逆ひずみ推奨値も同時に確認できる
具体的な使用例 — 入力値と予測結果
ケース1: 薄板の突合せ溶接(t=6mm)
- 条件: 突合せ、板厚6mm、溶接長500mm、電流180A、電圧24V、速度250mm/min、ギャップ2mm
- 入熱量: 60×180×24÷25 = 10,368 J/cm
- 角変形: 0.0335×10368/36 ≈ 9.64° → 大きな変形
- 解釈: 薄板に対して入熱が大きく、角変形が顕著。溶接速度を上げるか電流を下げて入熱を抑える対策が必要
ケース2: 厚板V開先(t=25mm)
- 条件: 突合せ、板厚25mm、溶接長1000mm、入熱量15,000 J/cm、ギャップ3mm
- 角変形: 0.0335×15000/625 ≈ 0.80° → 軽微な変形
- 横収縮: 15000/(762×25)+1.5 ≈ 2.29 mm
- 解釈: 厚板では角変形は小さいが、横収縮が無視できない。切断寸法に2mm程度の余裕を見ておく
ケース3: すみ肉T継手(t=12mm、脚長6mm)
- 条件: すみ肉T、板厚12mm、溶接長600mm、電流200A、電圧25V、速度300mm/min
- 入熱量: 60×200×25÷30 = 10,000 J/cm
- 角変形: 0.018×10000/144 ≈ 1.25° → 中程度
- 横収縮: 0.04×36/12 = 0.12 mm
- 解釈: 片側すみ肉のため角変形が発生。両側溶接にすれば相殺効果が期待できる
ケース4: すみ肉重ね継手(t=9mm、脚長5mm)
- 条件: すみ肉重ね、板厚9mm、溶接長400mm、入熱量8,000 J/cm
- 角変形: ≈ 0° → 重ね継手は角変形ほぼなし
- 横収縮: 0.04×25/9 ≈ 0.11 mm
- 解釈: 角変形がほぼゼロのため逆ひずみは不要。横収縮も微小
ケース5: 大入熱溶接(サブマージアーク溶接)
- 条件: 突合せ、板厚20mm、溶接長2000mm、入熱量40,000 J/cm、ギャップ2mm
- 角変形: 0.0335×40000/400 ≈ 3.35° → 大きな変形
- 警告: 「入熱量が非常に大きいため予測精度が低下する可能性」が表示される
- 解釈: サブマージアーク溶接のような大入熱プロセスでは経験式の適用範囲を超える可能性がある
ケース6: 小入熱・高速溶接(t=3mm)
- 条件: 突合せ、板厚3mm、溶接長200mm、電流100A、電圧20V、速度500mm/min
- 入熱量: 60×100×20÷50 = 2,400 J/cm
- 角変形: 0.0335×2400/9 ≈ 8.93° → 大きな変形
- 解釈: 薄板は入熱量が小さくても角変形が大きい。板厚3mm以下では拘束治具の使用が必須
計算の仕組み — 佐藤・寺嶋の経験式
候補手法の比較
溶接変形予測には大きく2つのアプローチがある:
| 手法 | 精度 | 計算コスト | 必要な入力 |
|---|---|---|---|
| FEM熱弾塑性解析 | 高い(±10-20%) | 数時間〜数日 | 3Dモデル・材料物性・溶接条件詳細 |
| 経験式(佐藤・寺嶋式) | 概算(±30-50%) | 秒単位 | 板厚・入熱量・継手形式 |
本ツールは経験式を採用。理由は「施工計画の初期段階で方向性を決める」用途に特化しているため。FEMほどの精度は不要で、「角変形が2°か3°か」の桁感がわかれば十分。
実装詳細 — 計算フロー
1. 入熱量の算出
auto: Q = 60 × I[A] × V[V] / (v[mm/min] / 10) [J/cm]
manual: ユーザー入力値をそのまま使用
2. 角変形量(佐藤・寺嶋式)
突合せ(V開先): θ = 0.0335 × Q / t² [deg]
すみ肉T継手: θ = 0.018 × Q / t² [deg]
すみ肉重ね: θ ≈ 0
3. 横収縮量
突合せ: δt = Q / (762 × t) + 0.5 × rootGap [mm]
すみ肉: δt = 0.04 × legSize² / t [mm]
4. 縦収縮量(共通式)
δl = Q × L / (20000 × E × t) [mm]
E = 206,000 MPa(鋼のヤング率)
5. 逆ひずみ推奨値
= 角変形量 × 1.1(安全係数)
計算例(突合せ、t=12mm、Q=10,000 J/cm)
入力: 板厚t=12mm, 入熱Q=10,000 J/cm, 溶接長L=500mm, ギャップ=2mm
① 角変形: θ = 0.0335 × 10000 / (12²) = 335 / 144 = 2.33°
② 横収縮: δt = 10000 / (762 × 12) + 0.5 × 2 = 1.09 + 1.0 = 2.09 mm
③ 縦収縮: δl = 10000 × 500 / (20000 × 206000 × 12) = 0.0001 mm(極小)
④ 逆ひずみ推奨: 2.33 × 1.1 = 2.56°
→ 角変形2.33°は「中程度」の変形。逆ひずみ約2.6°を設定するのが目安。
経験係数の根拠
突合せの角変形係数0.0335は、佐藤・寺嶋(1965年)がV開先の突合せ溶接で実験的に求めた値。すみ肉の0.018は同様の実験研究に基づく。これらの係数は日本溶接協会の溶接施工管理技術者テキストにも収録されており、実務で広く参照されている。
ただし、これらの係数は拘束なし(自由端)条件での値であり、実際の構造物では拘束条件によって変形量が大幅に変わる点に注意が必要だ。
他の変形予測ツールとの違い
市販の溶接変形解析ソフトには、ASU/WELD(旭化成エンジニアリング)、Simufact Welding(MSC Software)、SYSWELD(ESI Group)などがある。これらはFEM熱弾塑性解析ベースで高精度だが、ライセンス費用は年間100万〜500万円、解析1ケースに数時間〜数日を要する。
本ツールの立ち位置は「施工計画の概算予測」に特化した簡易ツール。FEMソフトの代替ではなく、FEM解析を実施する前の「当たりをつける」段階で使うものだ。経験式の誤差は±30-50%あるが、「角変形が1°か5°か」の桁感がわかるだけで対策の方向性は決まる。無料・即時・スマホ対応という点で、現場の施工管理者にとって最もアクセスしやすいツールを目指した。
溶接変形対策の歴史 — 造船業が切り開いた技術
溶接変形の研究が本格化したのは1940年代、造船業がリベット接合から溶接接合に大転換した時期だ。アメリカでは第二次大戦中のリバティ船大量建造で溶接変形と残留応力による船体亀裂が多発し、溶接工学の研究が急加速した。
日本では1960年代に佐藤邦彦・寺嶋善一が体系的な実験研究を行い、板厚と入熱量から角変形量を予測する経験式を確立。この成果は現在でも溶接施工管理技術者の教科書に掲載されている。
逆ひずみ(Pre-strain / Pre-set)という対策手法は、溶接前にあらかじめ逆方向に変形させておくことで、溶接後の変形と相殺させる技術。造船のブロック建造では板厚ごとに逆ひずみの標準値が社内規格化されているケースが多い。本ツールの逆ひずみ推奨値は、この標準化の参考値として使える。
参考: 溶接 — Wikipedia
溶接変形を抑える実務Tips
- 入熱管理が基本: 角変形は入熱量に比例するため、必要最小限の入熱で溶接するのが最も効果的な対策。溶接速度を上げるか、電流を下げて入熱を低減する
- 溶接順序の工夫: 対称溶接(溶接線の左右を交互に施工)で角変形を相殺させる。T継手は両側同時溶接が理想だが、片側ずつなら短いパスで交互に行う
- 拘束治具の活用: 仮付け溶接やストロングバックで変形を拘束する。ただし過度な拘束は残留応力の増大を招くため、解放タイミングの管理が重要
- 逆ひずみの設定: 本ツールの推奨値を参考に、溶接前に逆方向の変形を与えておく。板厚6mm以下の薄板では特に有効
よくある質問
経験式の誤差はどのくらい?
佐藤・寺嶋式の角変形予測は、拘束なし条件で実測値と±30-50%程度の誤差がある。実際の構造物では拘束条件・溶接姿勢・パス数によって変形量が大きく変わるため、あくまで「オーダーの見当をつける」ためのツールとして使ってほしい。±10%以内の精度が必要ならFEM解析を推奨する。
多パス溶接の変形量は予測できる?
現在のバージョンは1パス溶接を前提とした予測のみ対応している。多パス溶接では各パスの入熱が累積的に変形を増大させるが、先行パスによる拘束効果も働くため、単純な加算にはならない。多パスの正確な予測にはFEM解析が必要だ。
ステンレスやアルミにも使える?
本ツールの係数は軟鋼(SS400相当)を前提としている。ステンレス鋼は熱膨張係数が軟鋼の約1.5倍、熱伝導率が約1/3のため、同じ入熱でも変形量が2〜3倍になる場合がある。アルミ合金も熱膨張係数が軟鋼の約2倍で、変形傾向が大きく異なる。これらの材料に適用する場合は、結果を定性的な参考にとどめ、定量的な判断にはFEM解析を使ってほしい。
計算データはサーバーに送信される?
入力データはすべてブラウザ内で処理されており、サーバーには一切送信されない。計算結果の「コピー」ボタンはクリップボードへのコピーのみで、外部通信は発生しない。安心して社内の溶接条件データを入力してほしい。
まとめ
溶接変形予測シミュレーターは、佐藤・寺嶋の経験式を使って角変形・横収縮・縦収縮を秒単位で予測する簡易ツール。FEM解析の代替ではないが、施工計画の初期段階で「どのくらい反るか」の当たりをつけるには十分な精度を持っている。
溶接強度の確認には「溶接強度チェッカー」を、変形予測と合わせて使うことで、強度と変形の両面から溶接設計を検証できる。
間違いや改善の提案があれば、X (@MahiroMemo)からぜひ教えてほしい。