溶接冷却時間 t8/5 計算機

入熱・板厚・予熱温度から 800→500℃ 冷却時間とHAZ硬さ傾向を推定(EN 1011-2 Annex D準拠)

入熱・板厚・予熱温度からEN 1011-2式でt8/5(800→500℃冷却時間)を算出。遷移板厚を自動判定し、2D/3D熱流モードを切り替えます。
シナリオプリセット

溶接条件

隅肉は F3=0.67 / F2=0.9 で冷却が速くなる

冷却時間 結果

t8/5 冷却時間7.9 sHAZ: 標準
適正範囲

適用熱流

3D

自動判定

遷移板厚

22.5 mm

判定: t ≥ dt

HAZ傾向

標準

組織バランス良好

本ツールはEN 1011-2 Annex Dの簡易式による推定値です。実機溶接では冷却時間は溶接姿勢・板サイズ・境界条件で変動します。重要箇所は熱電対実測またはFEM解析で確認してください。
不具合・ご要望はお気軽に@MahiroMemoまで

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HT780の溶接部が割れた夜の話

高張力鋼HT780の突合せ溶接を終えた翌朝、溶接ビード直下のHAZから斜めに伸びる微細な割れを見つけたことがある。原因を追っていくと、予熱温度が現場で50°C足りなかった。たった50°C。それだけでt8/5が基準を外れ、HAZはマルテンサイトに近い硬い組織に変わっていた。

溶接の品質は、アークが消えた瞬間から始まる「冷える速度」で決まる。800°Cから500°Cまで何秒で冷えるか、その時間が鋼のミクロ組織を決め、硬さと靭性を決め、最終的に割れるかどうかを決める。数字にすればたった一桁のスカラー値だが、この裏にある物理を理解している人とそうでない人の溶接は、まったく別物になる。

このツールは、入熱Qと板厚tと予熱温度T0を入れると、EN 1011-2 Annex D 準拠の式で t8/5 冷却時間を即座に返す。経験と勘に頼ってきたWPS作成の世界に、一本の物差しを差し込むためのものだ。

なぜ作ったのか

きっかけは、ある施工監理の現場で「t8/5計算、毎回エクセルでやってるんだけど式が合ってるか自信がない」という声を聞いたことだった。のぞかせてもらうと、2D熱流と3D熱流の切り替えが手動で、しかも係数を丸暗記している。EN 1011-2の原文はドイツ語寄りの記号体系で、現場に出る人間が一発で読める資料ではない。

市販の溶接ソフトには t8/5 計算機能が入っているものもあるが、数百万円クラスの総合パッケージの一機能として埋もれていて、WPS一枚引くために起動するには重すぎる。Webで検索して出てくる簡易計算機は、継手形状係数F2/F3を無視していたり、遷移板厚の概念がなかったりして、肝心の境界領域で信用できない。

自分が欲しかったのは「入熱と板厚と予熱だけ入れれば、2D/3Dを自動判定して継手形状係数まで掛けた現実解を返すもの」だった。ついでに、入熱Q計算ツールで算出したQ値をワンタップで取り込めるようにして、電流・電圧・速度から冷却時間まで一本の線で繋ぎたかった。

作ってみて改めて思ったのは、t8/5は「計算できる」よりも「結果を見て条件を動かせる」ことに価値があるということだ。Q値を0.2kJ/mm動かすとt85はどう変わるか、予熱を20°C上げると何秒延びるか。その感覚は、電卓を叩き続けない限り身につかない。だから計算を秒で返す道具が要る。

t8/5 冷却時間とは何か

t8/5 とは - HAZ組織を決める指標

t8/5(ティーはちごぶんのご) とは、溶接金属およびHAZ(熱影響部, Heat Affected Zone)が 800°Cから500°Cまで冷却するのに要する時間 のことだ。単位は秒。溶接直後の温度サイクルは1500°C付近から常温まで一気に落ちていくが、その全区間の中で特に「800→500°C」の300°C幅を切り取って指標にするのには理由がある。

鋼のオーステナイトが変態し、マルテンサイト・ベイナイト・フェライト+パーライトのどれになるかを決める温度域が、まさにこの800→500°Cの区間だからだ。この区間を速く駆け抜ければ炭素はどこにも逃げられず、硬くて脆いマルテンサイトに閉じ込められる。ゆっくり冷えれば炭素は拡散する時間を得て、軟らかく靭性のあるフェライト+パーライト組織に落ち着く。

たとえるなら、急いで冷凍庫に入れたゼリーと、冷蔵庫でゆっくり固めたゼリーの違いだ。同じ材料でも固まり方で食感がまるで違う。鋼の場合、この「食感」が引張強さや硬さ、そして割れるかどうかを左右する。

冷却速度から時間指標への転換

古い文献では「冷却速度(°C/秒)」で議論されていた時期もあった。しかし冷却速度は温度依存で一定値にならない上、どの温度での速度を指すのか記述者によってバラバラになりやすい。そこで1970年代以降、固定区間の 所要時間 で表現する流儀が定着した。800→500°Cは実用鋼種のCCT曲線(連続冷却変態線図)上で組織変化が集中する区間であり、この300°Cだけ見れば最終組織がほぼ決まる。

参考: 連続冷却変態線図 - WikipediaEN 1011-2 溶接施工要領 - European Standard

適正範囲の目安

鋼種によって差はあるが、一般的な構造用鋼・低合金高張力鋼では以下のレンジが目安になる。

t8/5HAZ傾向リスク
5秒未満急冷・マルテンサイト優勢硬化・低温割れ
5〜6秒硬さ上限境界要注意
6〜20秒適正範囲健全なベイナイト〜フェライト
20〜30秒軟化傾向引張強さ低下
30秒超粗大化靭性低下・CTOD値悪化

このレンジはHT590〜HT780クラスの鋼種でおおむね共通する中央値で、SM400のような一般構造用鋼はもう少し広く許容される。

冷却時間を誤ると何が起きるか

t8/5が短すぎる場合 に真っ先に起きるのは 低温割れ(水素遅れ割れ)だ。HAZがマルテンサイト化すると格子内に水素がトラップされ、溶接後数時間〜数日かけて亀裂が進展する。割れは溶接完了後に出るので検査時には健全に見え、納品後に発覚すると手戻りの損失が大きい。1980年代の石油プラットフォーム事故の多くがこのメカニズムで説明されている(水素脆化 - ISO 17641)。

実例として、HT780クラスの厚板(t=40mm)で予熱を省いて溶接した場合、t8/5 は3〜4秒程度まで落ちる。HAZビッカース硬さはHV450を超え、JIS Z 3158(y形溶接割れ試験)で規定される限界を簡単に突破する。現場では翌朝の超音波探傷で割れが見つかり、開先を削って再溶接というコースが確定する。やり直し1箇所あたり半日潰れるから、10箇所あれば工程は1週間遅れる。

t8/5が長すぎる場合 は、逆に 粗大粒化による靭性低下 が問題になる。HAZ中の結晶粒が肥大し、シャルピー衝撃値が半分以下に落ちることがある。橋梁や圧力容器のように低温靭性が求められる用途では、CTOD値がスペック外になって受け入れ拒否になる。2000年代以降の低温用鋼ではこの上限管理が厳しく、入熱上限 として「Q ≤ 2.5 kJ/mm」のように制限されることが多い。

どちらの方向にも落とし穴がある。だからこそ 上下限の両方 を意識した条件設計が必要で、t8/5の数値化は「どれだけ余裕があるか」を見せてくれる。

引用: JIS Z 3158 y形溶接割れ試験建築基準法施行令 第67条(鉄骨の溶接)

活躍する場面

WPS(溶接施工要領書)作成時。新規案件の鋼種と板厚が決まった段階で、候補となる入熱・予熱の組み合わせを数通り試算し、t8/5 が適正範囲の真ん中に収まる条件を本採用する。条件を決めてから現場に降ろすまでの時間が数分単位に縮む。

施工監理・立ち会い時。現場で「入熱が上限ギリギリになっているが問題ないか」と聞かれたとき、その場で板厚と予熱を入れて確認できる。電卓とEN 1011-2のコピーを開く時間より先に結論が出る。

ノンコンフォーマンス(NCR)対応時。HAZ硬さが規格外になった溶接部に対して「なぜ硬くなったか」を逆算する。記録された入熱と予熱を入れれば t8/5 が出て、硬化の原因がプロセス条件にあるのかそれとも測定誤差なのかを切り分けられる。

教育・新人研修時。若手に「Q を0.3上げると冷却時間がどう変わるか」を見せるときの教材になる。感覚を数字で示せるので、口頭説明の3倍くらい早く伝わる。

基本の使い方

① 入熱Qを入れる。手計算または入熱Q計算ツールの結果値を kJ/mm 単位で入力する。Q取込ボタンで前回の計算値を引っ張ってくることもできる。

② 板厚と予熱温度と継手形状を指定。板厚 t は mm、予熱温度 T0 は °C。継手形状は突合せ・隅肉・肉盛から選ぶ(隅肉は F3=0.67 が自動適用される)。

③ 結果のt8/5とHAZ傾向を確認。適正範囲外なら入熱か予熱を動かして再計算。下限に近ければ予熱を上げ、上限に近ければ入熱を下げるのが基本方針。

使用例 - 6ケース

ケース1: SM490A 突合せ・常温・中入熱

項目
入熱 Q1.5 kJ/mm
板厚 t25 mm
予熱 T020 °C
継手突合せ
熱流3D

結果: t8/5 = 7.9秒(適正)

一般構造用鋼SM490Aの定番条件。3D熱流で板厚の影響は消え、入熱と予熱だけで冷却時間が決まる。7.9秒は適正レンジ(6〜20秒)の下側にあり、ベイナイト主体の健全なHAZが期待できる。

ケース2: HT780 厚板・予熱150°C・高入熱

項目
入熱 Q2.0 kJ/mm
板厚 t30 mm
予熱 T0150 °C
継手突合せ
熱流3D

結果: t8/5 = 15.7秒(適正)

HT780クラス厚板の標準WPS。予熱150°C と入熱2.0 kJ/mm の組み合わせで、冷却時間は適正レンジの上側に着地する。予熱を100°Cに下げるとt8/5 は約10秒まで落ちるので、低温割れ感受性の高い鋼種では150°Cの設定が正解になる。

ケース3: 過小入熱による急冷リスク

項目
入熱 Q0.8 kJ/mm
板厚 t20 mm
予熱 T020 °C
継手突合せ
熱流3D

結果: t8/5 = 4.2秒(急冷・硬化リスク)

省エネ優先で入熱を絞ったケース。t8/5 は5秒を下回り、HAZはマルテンサイト優勢になる。HT590以上では低温割れ要注意。対策は入熱を1.2〜1.5kJ/mmに上げるか、予熱を100°Cまで引き上げるか、あるいはその両方。

ケース4: 薄板・2D熱流の軟化ケース

項目
入熱 Q1.0 kJ/mm
板厚 t6 mm
予熱 T020 °C
継手突合せ
熱流2D(薄板)

結果: t8/5 = 31.6秒(粗大化傾向)

板厚6mmの薄板では熱が板面内に2次元的に逃げ、3D熱流よりも冷却が遅れる。同じQ=1.0 kJ/mmでもt8/5 は30秒を超え、低温靭性が要求される用途ではCTOD値不足になる。薄板では 逆に入熱を下げる のが正攻法(Q=0.6kJ/mm程度まで落とすと15秒付近に着地する)。

ケース5: 隅肉溶接(F3=0.67)

項目
入熱 Q1.8 kJ/mm
板厚 t15 mm
予熱 T0100 °C
継手隅肉
熱流3D

結果: t8/5 = 8.0秒(適正)

隅肉溶接はT字の交差部で熱が3方向に逃げるため、突合せより冷却が速い。EN 1011-2ではF3=0.67 を乗じて補正する。同条件を突合せ扱いにするとt8/5 は約12秒になるが、隅肉係数をかけて8秒まで下がる。この差を見落とすと、隅肉で思ったより硬化が進む事故になる。

ケース6: 高予熱・高入熱の粗大化ケース

項目
入熱 Q3.5 kJ/mm
板厚 t40 mm
予熱 T0200 °C
継手突合せ
熱流3D

結果: t8/5 = 33.3秒(粗大化・靭性低下)

「予熱は高いほど安全」という誤解から出てくる条件。実際には入熱3.5と予熱200°Cの組み合わせは冷却を遅らせすぎ、HAZ粗大粒化でシャルピー値が半減する。低温用鋼では即NG。入熱を2.5kJ/mmに下げるか予熱を100°Cに抑えれば適正範囲に戻る。上限も下限と同じくらい厳しく管理する必要がある ことがこのケースから分かる。

ケース7(肉盛オーバーレイ)

項目
入熱 Q2.2 kJ/mm
板厚 t25 mm
予熱 T080 °C
継手肉盛
熱流3D

結果: t8/5 = 13.7秒(適正)

摩耗部品の肉盛溶接。継手係数はF3=1.0(肉盛は突合せと同等扱い)。ステンレスやコバルト合金を母材鋼に肉盛する場合、母材側HAZの冷却時間管理が寿命を決める。このケースは適正範囲に収まっており、HAZは健全に仕上がる。

仕組み・アルゴリズム - 2D vs 3D 熱流と遷移板厚

候補手法の比較

t8/5 の推定手法は大きく分けて3系統ある。

  1. Rykalin式(1950年代, ロシア)- 点熱源・線熱源モデルから微分方程式を解いた解析解。EN 1011-2の土台
  2. EN 1011-2 Annex D(2001年)- Rykalin式を実測データで補正した簡易式。F2/F3係数を導入
  3. FEM熱解析(現代)- 有限要素法による非定常熱伝導解析。計算コストが高い

このツールが採用したのは EN 1011-2 Annex D。理由は3つある。FEMは精度は高いが入熱分布・境界条件・材料物性値を全部入れる必要があり、WPS作成の初期検討には重すぎる。Rykalin原式は美しいが係数補正がなく、実測とのズレが20%を超えることがある。EN 1011-2 はその中間で、現場の条件範囲で実測と±15%程度に収まる経験式として欧州の溶接業界で標準化されており、ISO/JISとも整合する。

2D熱流 vs 3D熱流

熱流モデルが2つあるのは、板厚と熱源サイズの相対関係で熱の逃げ方が変わるからだ。

  • 3D熱流(厚板): 熱源から放射状に3次元に熱が逃げる。板の下面まで温度が上がりきらず、板厚が冷却速度に影響しない
  • 2D熱流(薄板): 熱源の真下まで一瞬で温度が上がり、その後は板面内の2次元方向にのみ熱が広がる。板厚が薄いほど熱を貯める容量が小さく、逆に冷却が遅れる

どちらに該当するかは 遷移板厚 dt で判定する。

// EN 1011-2 遷移板厚(概念式)
dt = sqrt( Q / (2 * ρ * c) * (1/(500-T0) + 1/(800-T0)) )
// ρ*c = 約 0.0050 J/(mm³·K) for steel

// 実板厚と比較
if (t < dt) flow = "2D";  // 薄板
else        flow = "3D";  // 厚板

冷却時間の式

3D熱流の場合、入熱Qと予熱温度T0 のみで決まる。

// 3D熱流
t85_3D = (6700 - 5*T0) * Q * (1/(500-T0) - 1/(800-T0)) * F3

2D熱流の場合、板厚tが2乗で効く。

// 2D熱流
t85_2D = (4300 - 4.3*T0) * 1e5 * Q² / t² * (1/(500-T0)² - 1/(800-T0)²) * F2

継手形状係数 F2/F3 は継手の熱流経路の数に応じた補正。

継手形状F2(2D)F3(3D)
突合せ1.001.00
隅肉0.900.67
肉盛1.001.00

隅肉はT字の交差部で熱が3方向に逃げるため、3D熱流では特に補正係数が小さくなる(F3=0.67)。この係数を掛けずに隅肉を突合せ扱いすると、t8/5 が1.5倍近く過大評価され、実際より冷却が遅い=安全側と誤認してしまう。

計算例ステップバイステップ

ケース2(Q=2.0 kJ/mm, T0=150°C, butt, 3D)を手で追う。

// Step 1: 係数展開
(6700 - 5 * 150) = 6700 - 750 = 5950

// Step 2: 温度差項
1/(500-150) - 1/(800-150)
= 1/350 - 1/650
= 0.002857 - 0.001538
= 0.001319

// Step 3: 合算
t85 = 5950 * 2.0 * 0.001319 * 1.0
    = 5950 * 0.002637
    = 15.69 秒

予熱T0が入ると「T0が高いほど温度差項が大きくなり冷却時間が伸びる」ことが数式からも見える。T0=20°Cなら温度差項は約0.000767、T0=200°Cなら約0.00167 と倍以上に膨らむ。予熱は線形ではなく非線形に効く、というのがEN 1011-2式の要点で、実務では 予熱50°C の差が t8/5 の2倍の差 になることも珍しくない。

他ツールとの違い — weld-heat-input / weld-preheat との関係

t8/5 を出せるオンラインツール自体は海外サイトに存在するが、日本語で EN 1011-2 Annex D の式を素直に実装し、しかも入熱・予熱とシームレスに連携するツールはほとんど無い。このツールの立ち位置は「溶接三兄弟」の末っ子である。

  • /weld-heat-input — 電流・電圧・溶接速度から入熱 Q を算出する。このツールの Q 欄には weld-heat-input からQを取込 ボタンがあり、前段の計算結果をそのまま流し込める。Q を手入力で往復させる手間が消える
  • /weld-preheat — 炭素当量と板厚から必要予熱温度を決める。こちらで T0 を決定 → 本ツールで「その予熱で t8/5 が適正範囲に収まるか」を確認、という二段構えが現場フローに近い

海外の t8/5 ツール(例: TWI のオンライン計算機)は 3D 前提で板厚入力すら無いものが多く、薄板の 2D 熱流で過小評価しがちだ。本ツールは遷移板厚を自動計算して 2D/3D を切り替えるため、同じ Q=1.0 kJ/mm でも 6 mm 板と 20 mm 板で結果が別物になる実態を再現できる。また継手形状係数 F2/F3(突合せ・隅肉・肉盛)を選択可能で、EN 1011-2 Annex D のテーブルに忠実だ。

「計算だけ速ければいい」なら Excel でも十分だが、Excel は前工程(Q 決定)と後工程(予熱調整)の間の橋渡しが弱い。3 つのツールを一本の動線で繋いだところに、この溶接クラスタの意味がある。

豆知識 — Rykalin 式と冷却時間研究の歴史

t8/5 という指標は一朝一夕に生まれたものではない。起源は 1940〜50 年代のソ連、Nikolai Rykalin(Н.Н. Рыкалин)による移動熱源理論に遡る。彼は点熱源・線熱源の解析解を体系化し、溶接熱の伝播を偏微分方程式から解いた。現代の t8/5 式の原型は、この Rykalin 解の 800°C → 500°C 間の積分から導かれている。

800 と 500 という温度の選び方も恣意的ではない。低合金鋼の CCT 線図(連続冷却変態図)を重ねると、この温度帯でオーステナイトがフェライト・パーライト・ベイナイト・マルテンサイトのいずれに変態するかが決まる。この区間の滞留時間こそが HAZ 組織を支配するという経験則が、多数の実験で裏付けられた結果、t8/5 が業界標準となった。

1960〜70 年代に西ドイツの SEW 088(Stahl-Eisen-Werkstoffblatt 088)が規格化し、1990 年代に EN 1011-2 として欧州統一規格へ昇格した。日本では WES(日本溶接協会規格)や JIS Z 3158 の低温割れ試験と併用されることが多い。詳細は EN 1011-2 — Welding Recommendations (Wikipedia) を参照。

ちなみに日本では Yurioka(百合岡)らによる HAZ 最高硬さ予測式(CEN を使う式)が有名で、t8/5 と炭素当量から Hv を出す研究が 1980 年代から蓄積されている。このツールでは定性表示に留めているが、将来的にバージョンアップで Yurioka 式の実装も検討している。

Tips — 予熱管理の実務

  • 予熱温度は層間温度でも守る。初層だけ予熱して多層盛り中に冷めると、中間層で急冷側にシフトする。層間温度計で都度測るのが原則
  • 熱電対を捨て溶接で拾う。重要案件では試験材に熱電対を点付けし、実測の t8/5 を取得する。計算値と 20% 以上ずれたら入熱・予熱を見直す合図
  • 角隅・端部は 3D から 2D 寄りへ。板の端部は熱が逃げにくく、同じ Q でも t8/5 が長くなる。端部は補正値の一段階遅めで評価すると安全側
  • 予熱の保持時間。予熱温度に達してから最低 10 分保持してから着手する。表面だけ熱くて芯が冷たい「見かけ予熱」は t8/5 短縮効果が薄い
  • 入熱を上げる前に予熱を上げる。冷却時間を稼ぐ手段は 2 つあるが、入熱増は溶接変形や粗粒化を招きやすい。まず予熱で対応、それでも足りなければ入熱調整の順が鉄則

FAQ

t8/5 が 6〜20 秒の「適正範囲」とはどんな根拠か?

EN 1011-2 Annex D と SEW 088 における低合金鋼・高張力鋼(490〜780 MPa 級)の経験的な適正帯域だ。これより速いと HAZ がマルテンサイト化して硬化割れの危険が増し、遅いと粒界フェライト・上部ベイナイトが粗大化して靱性が落ちる。材料グレードによって最適帯は上下するため、HT780 級など高強度材では上限をもう少し絞る(15 秒程度まで)方が安全だ。

2D 熱流と 3D 熱流はどう違い、なぜ自動判定が必要か?

3D 熱流は板が十分に厚く、熱が板厚方向にも拡散できる状態で、t8/5 は板厚 t に依存しない。2D 熱流は薄板で、板厚方向へ逃げ場がないため熱が面内に広がり、t8/5 が t² に反比例して変化する。同じ Q でも 6 mm 板と 25 mm 板では支配式が変わるため、遷移板厚 dt を計算して自動で切り替える必要がある。境界付近(±10%)では両式の値が近いので、どちらでも大差ないが、意図を明確にしたい場合は手動指定もできる。

継手形状係数 F2/F3 の 0.67 はどこから来た?

EN 1011-2 Annex D の表 D.1 に記載された経験係数だ。隅肉溶接(T 継手・3 板継手)は突合せに比べて熱が 3 方向へ分散するため、同じ Q でも冷却が速くなる。3D 式では F3=0.67 を乗じることで板 1 枚分の放熱を「実質 1.5 倍」に補正する。2D 式では F2=0.9 と補正が緩い。肉盛(overlay)は下地板 1 枚しかないため F=1.0 のまま扱う。

計算結果と熱電対実測値が合わない場合、どちらを信じるべきか?

迷わず実測を信じる。EN 1011-2 の式は無限大板・理想条件の簡易解であり、溶接姿勢(下向き/立向き)・板サイズ・周囲温度・拘束度などの実条件は無視されている。実測で 20% 以上ずれた場合は、(1)板端部効果で 2D 寄りになっていないか、(2)予熱が均一に行き渡っているか、(3)多層盛りの層間温度がズレていないか、を順に点検する。計算値は WPS の初期設計と再現性確認、実測は重要箇所の最終検証、という使い分けがおすすめだ。

ステンレス鋼やアルミでも使えるのか?

このツールは低合金鋼・高張力鋼を主な対象とした EN 1011-2 式を実装している。オーステナイト系ステンレス(SUS304 など)は CCT 線図の考え方自体が異なり、t8/5 で組織を語る意味が薄い(鋭敏化は 500→700°C 帯が主問題)。アルミは熱伝導率が鉄の 3〜4 倍で、式の係数がそもそも違う。これらの材料には別途 AWS D1.2(アルミ)や専門文献の式を使ってほしい。

まとめ

t8/5 は HAZ の運命を左右する最重要パラメータだ。入熱・板厚・予熱の 3 つを動かすだけで、硬化割れと軟化・粗大化の間を自在に調整できる。/weld-heat-input で Q を決め、/weld-preheat で T0 を決め、最後に本ツールで t8/5 が適正帯域に収まるかを確認する——この 3 ステップを習慣化すれば、WPS 作成の手戻りが目に見えて減る。計算ロジックへの質問や要望は お問い合わせ から気軽にどうぞ。

M

Mahiro

Mahiro Appの開発者。HT780の溶接で予熱50°C不足による低温割れを一度経験して以来、t8/5を数値で握ることがWPS作成の命綱だと痛感している。

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