「±3σ に収まっています」と報告したら、「それ、月に135個ですよね」と返された
品質会議で寸法のばらつきを報告したときの話だ。「規格の内側に ±3σ で収まっているので問題ありません」と言った直後、生産技術の人が電卓を叩いて「それ、月産5万個なら月に135個ですよね」と返してきた。
同じ 99.73 % の話をしているのに、%で言うと安全に聞こえ、個数で言うと危険に聞こえる。外れる側は 0.27 %。言い換えれば 2,699.8 ppm、もっと言い換えれば 約370回に1回。月産5万個を掛けると 5万 × 0.0026998 = 134.99 で、月に約135個が規格の外へ出ていく。数字は1つも変わっていない。変わったのは単位だけだ。
それ以来、σ の話を人に持っていくときは必ず ppm と「何回に1回」に直してから行くようにしている。ところが、その変換をやってくれる日本語のツールが見つからなかった。だから作った。
このツールは、平均 μ と標準偏差 σ を入れて範囲を選ぶと、その範囲に入る確率を % と ppm と「約N回に1回」の3通りで同時に出す。該当する側と該当しない側の両方を並べて出すので、「内側 99.73002 %」と「外側 2,699.8 ppm」が同じ画面に載る。範囲は「x 以下」「x 以上」「a〜b の間」「a〜b の外側」「μ ± kσ」の5種類。逆向きも同じ画面にあって、「95 %」と入れると z = 1.959964 が返る。会議で使う言い換えが1往復で済む。
なぜ %・ppm・「約N回に1回」を1画面に集めたのか
日本語で「正規分布 計算」を検索すると、それなりの数のツールが出てくる。それでも自分用に作ったのは、どれを開いても同じ3つの不満が残ったからだ。
ひとつ目。順算か逆算のどちらか片方しかない。 z から確率を出すツールと、確率から z を出すツールが別々のページに分かれている。しかも片側なのか両側なのかが画面に書かれていない。上側5 % の 1.645 と両側95 % の 1.96 を取り違える事故は、ほぼ全部ここが原因だと思っている。同じ「5 %」でも、上側だけに5 % を置くのか、左右に 2.5 % ずつ置くのかで答えが変わる。これは難しい話ではなく、定義が画面に書いてあれば起きない種類の間違いだ。
ふたつ目。ppm が出ない。 品質の現場は % で話さない。ppm で話す。ところが確率計算ツールの出力は必ず % なので、結局そのあと電卓で 1e6 倍することになる。月に何度もやる作業を、毎回手でやっていた。
みっつ目。裾で桁が落ちる。 これは自分の失敗談そのものだ。±6σ の外側がどれくらいかを知りたくて、表計算ソフトで 1 − NORM.S.DIST(6, TRUE) と書いた。返ってきたのは 0.000000000 だった。「0 ってことはないだろう」と思って桁数を増やしても 0 のまま。原因は簡単で、Φ(6) が 0.999999999013412 という 1 にほぼ等しい値で、それを 1 から引いた瞬間に有効数字が全部消えていたからだ。倍精度の 1 は小数16桁くらいしか情報を持たないので、9 が9個並んだ数を 1 から引けば、残るのは誤差だけになる。
正しい答えは、片側の裾を 直接 求めることだ。Φ(−6) = 9.86587646e−10、両側で 1.9732e−9、つまり 0.0019732 ppm。約5.07億回に1回。引き算を一度もしなければ、桁は落ちない。
この3つ——順算と逆算が1画面、ppm と「約N回に1回」の同時表示、裾を直接求める——を全部入れたものが欲しかった。それだけの理由で作っている。
正規分布 とは — z値と Φ を第一原理から組み立てる
正規分布 とは: 小さなズレが積み重なった結果の形
正規分布がこれほどあちこちに出てくるのは、偶然ではない。小さくて独立したズレがたくさん足し合わさると、元のズレがどんな形をしていても、その和は正規分布に近づく(中心極限定理)。だから「たくさんの原因が少しずつ効いている量」は、たいてい正規分布に化ける。
工場のラインで考えると分かりやすい。ある穴の直径がばらつく原因は1つではない。材料ロットごとの硬さの差、刃の摩耗、朝と昼の室温差、段取りのたびの取り付け角、作業者の癖——どれも数μmずつの話で、互いにほとんど無関係だ。この十数個のズレが足し合わさった結果が、測定した寸法のばらつきになる。個々の原因の分布がどんな形でも、足した結果は左右対称の釣鐘型に寄っていく。これが、寸法・重量・電圧・試験成績のような量が正規分布で近似できる理由だ。
JIS Z 8101-1:2015「統計-用語及び記号-第1部」 の 2.50 は、正規分布を「確率密度関数が次の式で表される連続分布」と定義している。
f(x) = 1 / (σ·√(2π)) · exp( −(x − μ)² / (2σ²) )
μ は分布の中心(平均)、σ はばらつきの大きさ(標準偏差、分散の非負の平方根)。同じ規格の 2.51 は、そのうち μ = 0、σ = 1 のものを標準正規分布と呼んでいる。形を決めるパラメータは μ と σ の2つだけで、これ以上でも以下でもない。
z値 求め方: 「平均から標準偏差何個分か」という物差し
μ と σ が案件ごとに違うままだと、確率を求めるたびに違う分布を相手にすることになる。そこで使うのが z 値だ。
z = (x − μ) / σ
x = μ + z·σ
やっていることは単純で、平均を原点にずらして、σ を1目盛にした物差しで測り直しているだけ。偏差値 70(μ = 50、σ = 10)なら z = (70 − 50)/10 = 2.0。寸法 10.05 mm(μ = 10、σ = 0.02)なら z = (10.05 − 10)/0.02 = 2.5。片方は学力テスト、片方は機械加工だが、z にしてしまえば同じ1本の表で読める。単位も消えるので、mm でも kg でも点でも扱いが変わらない。
標準偏差 何パーセント: Φ と裾の関係
Φ(ファイ)は標準正規分布の累積分布関数で、Φ(z) = z 以下に入る割合を表す。Φ(0) = 0.5、Φ(2) = 0.977249868、Φ(3) = 0.998650102。左右対称なので、上側の裾(z 以上に出る割合)は Φ(−z) で直接求まる。この「上側を Φ(−z) と書く」という一手が、あとで効いてくる。
ここから、よく聞く 68-95-99.7 則が出る。μ ± kσ の内側に入る確率は、両側の裾を引いて 1 − 2·Φ(−k) になる。実際の値を並べると次のとおり。
| 区間 | 内側の確率 | 外側(ppm) | 外れるのは |
|---|---|---|---|
| μ ± 1σ | 68.268949 % | 317,310.5 ppm | 約3.15回に1回 |
| μ ± 2σ | 95.449974 % | 45,500.26 ppm | 約22.0回に1回 |
| μ ± 3σ | 99.730020 % | 2,699.796 ppm | 約370回に1回 |
| μ ± 4σ | 99.993666 % | 63.342 ppm | 約15,787回に1回 |
| μ ± 5σ | 99.999943 % | 0.5733 ppm | 約174万回に1回 |
| μ ± 6σ | 99.999999803 % | 0.0019732 ppm | 約5.07億回に1回 |
この18個の数値は 英語版 Wikipedia の 68–95–99.7 rule が載せている公表表と全一致することを確認している。ツールの中に出る早見表も、記事のこの表も、同じ関数から生成した同じ値だ(表の数字を手で書き写すと、実装を直したときに表だけ古い値のまま残る)。
注目してほしいのは右端の列。σ が1つ増えるたびに、外れる頻度は加速度的に下がっていく。3σ の 370回に1回 と 4σ の 15,787回に1回 のあいだには約43倍の開きがある。% の列だけ見ていると 99.73 と 99.99 で「どちらもほぼ100」に見えるが、実態はまったく違う。
逆算が返しているのは JIS の「100p パーセント点」
確率から z を求める向きも、規格に名前がある。JIS Z 8101-1 の 2.13 は、0 < p < 1 に対して分布関数 F(x) が p 以上になる x 全体の下限を p 分位点(100p パーセント点) と定義している。「95 % と入れたら 1.959964 が返る」という操作は、この 100p パーセント点を求めていることに他ならない。教科書で Φ⁻¹ や z(p) と書かれているものと同じものだ。
%で見ると安全、個数で見ると危険
σ を1つ増やすことの意味は、個数にして初めて見える
冒頭の話に戻る。月産5万個のラインで ±3σ に収まっているとき、外れる個数は 5万 × 2,699.8 ppm = 約135個/月。年間なら約1,620個。これを ±4σ まで持っていくと 5万 × 63.342 ppm = 約3個/月になる。
% で書くと 99.730020 → 99.993666 という、小数第2位の話にしか見えない。個数で書くと 135個 → 3個 という、約43分の1の話になる。改善に人と金を突っ込む判断をするのは後者の表現を見たときで、前者の表現しか見ていない会議では「もう十分では」という結論になりやすい。σ を1つ増やす価値は、%では原理的に伝わらない。
公差と σ の関係 — 現場が Cp ≥ 1.33 を求める理由
規格の幅と σ の関係も、同じ数字で説明できる。規格幅がちょうど ±3σ に収まっている状態は工程能力指数 Cp = 1.00 にあたり、そのとき規格から外れるのは 2,700 ppm。現場が Cp = 1.00 では足りないと言い、Cp ≥ 1.33(規格幅が ±4σ 相当)を求めるのは、63 ppm との 2桁の差を買っているからだ。品質保証部門の「1.33 以上」という数字は、思いつきの安全率ではなく、この表の隣の行との距離を指している。
ただし、規格限界 USL/LSL を入れて Cp・Cpk そのものを計算するのは別のツールの仕事だ。このページは規格を持たない素の確率計算に徹していて、規格幅からの工程能力判定は 工程能力指数 Cp/Cpk 計算(不良率ppm換算・Pp/Ppk比較) が担当している。両者は同じ Φ の実装を使っているので、同じ z を入れれば同じ ppm が返る。
在庫では「裾」がそのまま欠品になる
同じ数字が、まったく違う顔で出てくる分野もある。在庫管理のサービス率だ。「サービス率 95 %」は、言い換えれば 外れる 5 % = 20回の発注サイクルに1回は欠品するという意味になる。月1回の発注なら1年8か月に1回、週1回なら約5か月に1回。
この言い換えをしないまま「95 % なら安心」と決めると、欠品が起きたときに「想定外」という言葉が出てくる。想定内である。95 % を選んだ時点で、20回に1回は切らすことを選んでいる。99 % にすれば100回に1回になるが、そのぶん安全在庫は z = 1.644854 → 2.326348 へと 1.41倍に増える。この綱引きを数字で見るために、確率を「何回に1回」に直す列を用意している。
なお、正規分布表そのものは日本の規格にも載っている。JIS Z 9041-1:1999「データの統計的な解釈方法-第1部」には表13「正規分布表」があり、統計的なデータ解釈の共通基盤として正規分布が規定されている。σ の議論が社内で通じるのは、この共通基盤があるからだ。
この確率計算が要る場面
品質会議に持っていく前の言い換え。 σ で書かれた報告書を、そのまま持っていっても議論にならない。μ と σ と規格幅を入れて、外側の ppm と「何個/月」を先に出しておく。冒頭で自分が黙ることになった質問を、資料の中に先回りして書いておける。
発注点を決めるとき。 「サービス率を何%にするか」を決めたら、その確率に対応する安全係数 z を逆算する。あとは 発注点 = 需要の平均 + z × 需要のσ に入れるだけ。90 % や 95 % のような刻みの良い値だけでなく、97.5 % のような中途半端な値でも同じ手順で出る。
QC検定や統計の勉強。 巻末の標準正規分布表を指でたどる代わりに、任意の z をそのまま読む。μ と σ を色々変えてみると、±3σ の確率だけは何をしても 99.73002 % から動かないことが確かめられる。z の変換が何をしているのかは、この実験が一番早い。
レポートで 1.96 を使うとき。 なぜ 1.96 なのか、そして片側の検定なら 1.96 ではなく 1.644854 なのか。両方を同じ画面で出して見比べれば、片側と両側を取り違える余地がなくなる。
使い方は3ステップ
① モードを選ぶ。 「確率を求める」か「確率から逆算」か。前者は範囲を入れて確率を出す向き、後者は確率を入れて z 値と x を出す向きだ。使わない側の入力欄は隠れるので、どちらの値が結果に効いているか迷わない。
② 平均 μ と標準偏差 σ を入れる。 標準正規分布の表を引きたいだけなら、初期値の 0 と 1 のままでいい。偏差値なら 50 と 10、需要なら平均需要とその標準偏差を入れる。
③ 範囲(または確率)を入れる。 「確率を求める」なら範囲の種類を選び、必要な値だけ入力する——「x 以下」「x 以上」なら x を1つ、「a〜b の間」「a〜b の外側」なら a と b、「μ ± kσ」なら k だけ。3σ の確率を見たいなら k = 3 と入れる。「確率から逆算」なら、確率 % と向き(下側・上側・両側)を選ぶ。
いちばん早いのは、8つのプリセットのどれかから始めて、そこから値を書き換えること。下の使用例8ケースがそのまま8つのプリセットに対応しているので、近いものを選んで自分の μ と σ に差し替えれば、迷う場所がほとんどない。
使用例8ケース — プリセットそのままの入力と結果
以下はすべて、実装した計算エンジンに同じ入力を与えて得た値だ(別系統の実装と突き合わせて検算済み)。8ケースはツール内の8つのプリセットと1対1で対応している。
① ±3σ は何 %(μ = 0、σ = 1、k = 3) 結果は内側 99.7300204 %、外側 2,699.79606 ppm、外れるのは 約370.4回に1回。 「3σ に入っている」は安全の代名詞のように使われるが、370回に1回は外れるという意味でもある。日産1,000個のラインなら1日2.7個。
② ±1σ(μ = 0、σ = 1、k = 1) 内側 68.2689492 %、外側 317,310.508 ppm、外れるのは 約3.15回に1回。 1σ は「3回に1回は外れる」精度だ。日常会話の「だいたいこのくらい」に近い。「平均 ± 標準偏差」の範囲を提示された資料を読むときは、この 3回に1回 を頭に置いておくと過信しない。
③ ±6σ の外側(μ = 0、σ = 1、k = 6) 内側 99.9999998 %、外側 0.00197317529 ppm、外れるのは 約5.07億回に1回。 片側の裾は Φ(−6) = 9.86587646e−10。これが冒頭で 0.000000000 になってしまった値そのもので、裾を直接求めれば有効数字10桁で出せる。なおここで出る「5.07億回に1回」は、シックスシグマの世界でよく言われる 3.4 ppm とは別の数字だ(理由は後半の FAQ にある)。
④ 両側95 % の z を逆算(p = 95 %、両側) 結果は z = 1.95996398。 論文や報告書に出てくる 1.96 の出どころがこれ。両側に 2.5 % ずつの裾を残した位置を指している。μ = 0、σ = 1 なので x も ±1.95996398 になる。
⑤ 上側5 % の z を逆算(p = 5 %、上側) 結果は z = 1.64485363。 片側検定の棄却限界。1.96 ではない。④と⑤を続けて出すと、同じ「5 %」という言葉が向きによって別の z を指すことが一目で分かる。ちなみに「下側95 %」を逆算しても同じ 1.64485363 が返る。上側に 5 % を残すことと、下側に 95 % を入れることは同じ条件だからだ。
⑥ 在庫のサービス率95 %(μ = 500、σ = 80、p = 95 %、下側) z = 1.64485363、発注点 x = 631.588290個。 需要の平均が500個、標準偏差が80個のとき、631.6個を持っていれば 95 % のサイクルで欠品しない。安全在庫は 631.588 − 500 = 131.588個。裏を返せば20回に1回は切らす設計だという確認も同時に取れる。
⑦ 偏差値70以上(μ = 50、σ = 10、x ≥ 70) z = 2.0、確率 2.27501319 %(22,750.1319 ppm)、約44人に1人。 100人の学年なら2人強、400人の学年なら9人。「偏差値70は上位2 %」という説明をよく見るが、正確には 2.275 % で、44人に1人という言い方のほうが規模感がつかみやすい。
⑧ 公差外れの不良率(μ = 10、σ = 0.02、9.95〜10.05 の外側) za = −2.5、zb = +2.5、外側の確率 1.24193307 % = 12,419.3307 ppm、約80.5回に1回。 片側ごとに 6,209.66533 ppm ずつ、上下均等に落ちている。ここが実務で効く。片側だけ規格を緩めても、不良率は半分しか減らない。上限だけ 10.06 に緩めた設計変更をしても、下限側の 6,209 ppm はそのまま残る。どちらの裾がどれだけ効いているかを分けて出しているのは、この判断のためだ。
仕組み — Φ と Φ⁻¹ に何を選び、どこで桁落ちを避けたか
Φ(累積分布関数)に何を使うか
正規分布の累積分布 Φ には初等関数の閉じた形が無いので、必ず何らかの近似を使う。候補は3つあった。
0.5·erfc(−z/√2)を使う。 数学的にはこれが本筋だが、JavaScript の標準ライブラリにはerfcが無い。自前で erfc を書くと、結局同じ近似問題に戻るうえ、裾で相対誤差が跳ねやすい。- Abramowitz & Stegun 26.2.17 の多項式近似。 教科書に載っていて実装は短いが、保証されているのは 絶対誤差 7.5e−8 まで。±6σ の裾は 9.9e−10 なので、この近似では答えより誤差のほうが大きい。使えない。
- Hart(1968)/ West(2005)の有理近似+連分数。 採用したのはこれ。
決め手は精度そのものより 構造にある。Hart の実装は 裾 Φ(−|z|) を直接返す形になっていて、大きい数どうしの引き算が一度も出てこない。だから 1 − Φ(z) のような書き方をしなくても上側確率が求まる。冒頭の 0.000000000 が起きる余地が、実装の構造として存在しない。
もう1つ、サイト内の事情がある。この係数は、先に触れた工程能力指数のツールが既に持っている。そこから同じ係数をそのまま移植した。ここで気の利いた別の近似を持ち込むと、同じ z を入れたときに2つのツールの ppm が最終桁で食い違い、記事どうしの数字も合わなくなる。近似アルゴリズムは、サイト内で1つに固定するのが正しい。
Φ⁻¹(逆関数)に何を使うか
逆算側も同じ話だ。よく使われる Beasley-Springer-Moro は実装が短いが、|z| > 4 付近から精度が落ちる。上側 0.001 % のような入力を入れると最終桁が怪しくなる。採用したのは **Wichura の AS 241(PPND16)**で、p = 1e−300 のような極端な入力でも相対誤差 1e−15 級を保つ。|p − 0.5| の大きさで3組の係数を使い分ける構造になっていて、中央・中間の裾・極裾でそれぞれ別の有理式を評価する。
Hart(順算)と AS241(逆算)は完全に別系統の近似だが、往復させると閉じる。±3σ の内側確率 99.730020393674 % を両側で逆算すると z = 3.0 がちょうど返り、±1σ の 68.268949213709 % を入れると z = 1.0 が返る。別々の論文から来た2つの近似が小数12桁で噛み合うことは、どちらの転記も間違っていないことの確認になる。
区間確率を3分岐する理由
このツール固有の実装判断がここだ。P(a ≤ X ≤ b) を素直に書くと Φ(zb) − Φ(za) になる。教科書のとおりだが、区間が片側の裾に寄っていると桁が落ちる。たとえば z = 2 から z = 3 の区間なら 0.977249868 − 0.998650102 という、1に近い数どうしの引き算になり、上位の桁がまるごと消える。
そこで za と zb の符号を見て3つに分ける。
za = (a − μ)/σ ; zb = (b − μ)/σ
za ≥ 0 → inside = Φ(−za) − Φ(−zb) // 両端とも右の裾。小さい数どうしの差
zb ≤ 0 → inside = Φ(zb) − Φ(za) // 両端とも左の裾。同上
それ以外(0をまたぐ) → inside = 1 − ( Φ(za) + Φ(−zb) ) // 引く相手はどちらも0.5以下
同符号側では 両端とも小さい裾の値どうしの差になるので、相対精度が保たれる。0 をまたぐ場合だけ 1 から引くが、引く2つの裾はどちらも 0.5 以下なので致命的な相殺は起きない。実際、z = 2〜3 の区間(1番目のブランチ)と z = −3〜−2 の区間(2番目のブランチ)は、対称性から同じ 2.140023392 % になるはずで、別のブランチを通っても実際に一致する。
外側(a〜b の外)はもっと単純で、常に2つの裾の和にする。outside = Φ(za) + Φ(−zb)。引き算が一切入らないので、区間がどこにあっても相殺が起きない。内側を 1 から引いて外側を出す、という書き方はしていない。
計算例: 公差 10±0.05、σ = 0.02 の不良率
使用例⑧を最初から追うと、こうなる。
za = (9.95 − 10) / 0.02 = −2.5
zb = (10.05 − 10) / 0.02 = +2.5
下側にはみ出す確率 Φ(za) = Φ(−2.5) = 0.00620966533
上側にはみ出す確率 Φ(−zb) = Φ(−2.5) = 0.00620966533
外側 = 0.00620966533 + 0.00620966533 = 0.01241933066
= 1.241933 %
= 12,419.33 ppm (× 1e6)
= 1 / 0.01241933 = 80.52 → 約81回に1回
% から ppm は 1e6 倍、「約N回に1回」は確率の逆数。どちらも一度計算した確率から機械的に導いているので、3つの表記が食い違うことはない。
倍精度で表せる裾の限界
最後に、どこまで計算できるかの話。倍精度浮動小数点が表せる正の最小値はおよそ 1e−308 で、Φ(−37) = 5.7256e−300 がぎりぎりその手前にある。|z| が 37 を超えると、裾の確率は計算機の側で 0 に潰れる。
ここで大事なのは、0 と表示して終わりにしないことだ。「±40σ の外側は何 %か」と聞かれたとき、本当の答えは 0 ではなく、倍精度では表せないほど小さいが正しい。だから |z| > 37 になったケースでは確率を「1e−300 未満」と示し、0 になった理由がモデルではなく計算機の表現限界であることを注記として添えている。k の入力上限を 40 にして 37 で弾かないのも同じ理由で、「40σ は何 %?」という問いに「計算できません」ではなく「倍精度の外側です」と答えたいからだ。
規格を持たない「素の確率計算」に徹した
日本語で正規分布の確率を出せる場所が、順算だけのツールか、標準正規分布表を画面に写したページか、式と表だけの解説記事に寄っていることは前半で書いた。そこで挙げた3つの不満——順算と逆算の分断、ppm が出ない、裾で桁が落ちる——への答えがこのページの中身そのものなので、ここでは繰り返さない。
競合との違いとして1つ足すなら、片側と両側の定義を画面に常に出している点になる。上側5 % も下側95 % もどちらも z = 1.64485363 で、両側95 % だけが z = 1.95996398 になる。出てきた数字だけを見比べても、どの定義で出した値なのかは分からない。だから下側・上側・両側の3つの定義式を、向きの選択の直下に並べたままにしてある。
サイト内での役割分担
このページは規格限界を前提にしない確率計算だけを引き受けている。USL/LSL に対する不良率や Cp・Cpk、シグマレベルと DPMO の換算は工程能力指数 Cp/Cpk 計算の担当で、累積分布 Φ の実装は両者で同じものを使っているから、同じ z なら同じ ppm が出る。部品の公差を合成するなら公差解析シミュレーターと公差積み上げシミュレーター、測定のばらつきを合成するなら測定誤差の伝播・有効数字計算、サービス率から発注点まで進めるなら EOQ・安全在庫・発注点 計算。寿命や故障時間のように右へ長く裾を引くデータは正規分布では表せないので、ワイブル解析・B10寿命推定に渡す。
「正規」という名前は、あとから付いた
この分布の周りには、名前と数字にまつわる後付けの話が多い。
英語版 Wikipedia の『Normal distribution』によれば、ガウス自身が normal という語を使ったのは「正規方程式(normal equations)」との関連で、このときの normal は「普通の」ではなく**「直交する」という技術用語**だったらしい。ところが19世紀末になると、パースやゴルトンあたりが「典型的な・ありふれた」という形容詞の意味で normal distribution と呼び始め、20世紀の変わり目にピアソンがその呼び方を広めた。そのピアソン自身が1920年にこう書いている——「多年前に私はラプラス–ガウス曲線を normal 曲線と名付けた。この名前は発見の優先権をめぐる国際的な問題を避けられる代わりに、他のあらゆる頻度分布が何らかの意味で『異常(abnormal)』だと人に思わせてしまう欠点がある」。名付け親が自分で撤回している。
ガウス分布と呼ぶが、最初に書いたのはド・モアブル
同じ記事の History 節をたどると、この曲線を最初に書いたのはガウスではなくド・モアブルになっている。1733年に私家版の小冊子として配り、1738年に『The Doctrine of Chances』第2版で公開した、二項展開の係数についての近似がそれだ。ただし統計史家のスティグラーは、ド・モアブル自身はこれを二項係数の近似規則以上のものとは考えておらず、そもそも確率密度関数という概念を持っていなかった、と釘を刺している。ガウスが最小二乗法を正当化する文脈でこの分布を持ち出したのが1809年、ラプラスが中心極限定理を証明して「なぜこの形が至る所に現れるのか」に答えを出したのが1810年。名前が付くのは、ものが出てきてから150年以上あとだった。
1.96 という区切りに理論的な必然性は無い
『97.5th percentile point』の History 節が出どころを名指ししている。フィッシャーが1925年の『Statistical Methods for Research Workers』にこう書いた——「P = .05、すなわち20回に1回となる値は 1.96、ほぼ 2 である。有意かどうかを判断する限界としてこの点を取るのが便利だ」。同じ本の表1には、より詳しい値として 1.959964 が載っている。1970年には20桁まで計算されて 1.95996398454005423552 になった。このページの逆算が両側95 % で返す z = 1.95996398 は、その値と小数点以下8桁まで一致している。
面白いのは、フィッシャーの文が「便利だ(it is convenient)」で終わっている点で、95 % という水準そのものに理論的な根拠は述べられていない。しかも現場では 1.96 すら面倒がって 2 で代用し、実際には 95.4499736 % の区間を「95 % 信頼区間」と呼んでしまう例が今でもある(逆に 1.96 の内側は 95.000421 % で、こちらもちょうど 95 % ではない)。慣習の数字として使うぶんには困らないが、桁を詰めて議論するときはどちらを使ったか書き添えておきたい。
暗算の目安と、打ち切りどころ
- 覚えるのは3つでいい。外れる頻度として、1σ は約3回に1回、2σ は約22回に1回、3σ は約370回に1回。加えて、σ が1つ増えるごとに外れる頻度は 7倍 → 17倍 → 43倍 → 110倍 → 291倍 と加速度的に希になる(早見表の隣り合う行の比)。この比を持っておくと、4σ 以上の話が出たときも「じゃあ3σ の百倍ぐらい珍しいのか」とその場で当たりが付く。
- σ が手元に無いときは range/6 で当たりを付ける。データの最大値と最小値の差を 6 で割ると σ の粗い見積もりになる(n が20〜30程度のとき、範囲がだいたい ±3σ に収まることを逆に使う)。会議中の一次見積もりはこれで足りる。生データからきちんと推定したいなら、工程能力指数 Cp/Cpk 計算のデータ貼付に任せる。
- 裾の桁を議論する前に正規性を疑う。実データは片側に裾を引くことが多く、±4σ より外では計算値と実測が桁で合わないことがざらにある。「計算では5σ だから安全」と書く前に、その分布が本当に左右対称かをヒストグラムで見ておく。
- 人に渡す数字は % と ppm を両方書く。読み手によってピンとくる単位が違う。品質保証は ppm で考え、経営会議は % で考え、現場は「何個」で考える。3つとも画面に出ているので、書き写すときに1つに絞らない。
よくある質問
±6σ なのに 3.4 ppm にならないのはなぜ?
3.4 ppm は、工程の平均が長期的に 1.5σ ぶんずれる前提(1.5σシフト)を置いたうえでの片側の値で、シックスシグマの世界の約束事だ。このツールはシフトを置かない素の正規分布を計算しているので、±6σ の外側は 0.0019732 ppm、約5.07億回に1回になる。どちらかが間違いというより、置いている前提が違う。シグマレベルや DPMO への換算は規格限界を前提とする計算なので、工程能力指数 Cp/Cpk 計算のほうに集めてある。
上側5 % の 1.645 と両側95 % の 1.96、どちらを使えばいい?
p はいつでも「選んだ範囲に入る確率」として扱っている。片側検定の棄却限界が要るなら上側5 % で z = 1.64485363、信頼区間が要るなら両側95 % で z = 1.95996398。ついでに言うと下側95 % も同じ 1.64485363 になる。「下側に95 % 入る点」と「上側に5 % 残る点」は同じ場所だから当然なのだが、表だけ見ていると混乱しやすい。逆算では下側・上側・両側の定義式を3つとも並べてあるので、選んだ向きの式をそのまま読めばいい。
σ を変えても ±3σ の % が変わらないのは不具合?
仕様どおりで、±kσ の確率は μ にも σ にも依らない。σ が 0.02 でも 80 でも、±3σ の内側は 99.7300204 % で同じになる。μ と σ が効いているのは、その範囲が x の値でどこからどこまでになるかのほうで、結果には下端と上端が x の単位で出る。σ を変えて動くのはこの下端・上端であって、確率ではない。逆に言えば、確率を動かしたいなら k を変えるしかない。
入力した値はどこかに送られる?
送っていない。計算はすべてブラウザの中で完結していて、平均・標準偏差・しきい値・確率のどれもサーバーにも外部にも送信していない。ページを閉じれば何も残らない。社内の実測値や歩留まりをそのまま入れて構わない。検算の跡を残したいときは、コピー用テキストを自分の手元のメモや議事録に貼っておけばよい。
40σ と入れたら「1e-300 未満」と出た
z の絶対値が 37 を超えると、裾の確率が倍精度浮動小数で表せる下限(およそ 1e-308)を下回る。だから 0 なのではなく、この計算機の数値では書けないという意味でそう表示している。打ち切りの位置をどう決めたかは前半の仕組みの節で説明している。実務側の話をすると、±5σ・±6σ より外は正規分布という仮定そのものが実データから離れていくので、そこで桁を詰める意味はほとんど無い。
在庫のツールの安全係数 1.65 と、ここの 1.644854 が違う
EOQ・安全在庫・発注点 計算が持っている安全係数は、厳密な上側確率点を小数第2位で切り上げた値だ(90 %→1.29 / 95 %→1.65 / 98 %→2.06 / 99 %→2.33 / 99.9 %→3.10。元の値は 1.281552 / 1.644854 / 2.053749 / 2.326348 / 3.090232)。切り上げなので安全側で、在庫はわずかに厚くなる。5段階に無いサービス率——97 % や 99.5 % で組みたいとき——は、こちらの逆算で厳密値を出して向こうに持っていけばいい。
まとめ — 同じ確率を3通りで見ると、判断が変わる
99.73 % と 2,699.796 ppm と「370回に1回」は同じ1つの数字だが、この3つのうちどれを口に出すかで会議の結論は変わる。%・ppm・回数を並べて出すこと、そして順算と逆算を同じ画面で往復できることが、このページの持ち分だ。規格限界に対する不良率と工程能力まで進めるなら工程能力指数 Cp/Cpk 計算(不良率ppm換算・Pp/Ppk比較)へ、サービス率から安全在庫と発注点を決めるならEOQ・安全在庫・発注点 計算 — 経済的発注量とコスト曲線へ渡してほしい。
計算が合わない、こういう範囲指定も欲しい、といった気づきがあればお問い合わせページから教えてほしい。
Mahiro
Mahiro Appの開発者。品質会議で「±3σ に収まっている」と報告した直後に「それ月に135個ですよね」と返されて黙ったことがあり、それ以来 σ の話は ppm と「何回に1回」に直してから持っていくようにしている。
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