3破断モードの最弱リンク原則で判定するボルト安全率の計算詳細

2026年2月23日

ボルト強度判定で3モード同時計算が必要な理由

ボルト接合の安全性を評価するとき、「引っ張られて伸びて切れる」だけを考えればよいわけではない。実際には3つの破断モードが並列に存在する。

  1. 引張破断 — ボルト軸が引っ張られて降伏・破断する
  2. せん断破断 — ボルト軸が横方向の力で切断される
  3. ねじ山破壊 — ねじ込み部分のねじ山がせん断で潰れる

厄介なのは、各モードで使う断面積の定義が異なる点。引張では有効断面積(ねじの谷径ベース)、せん断でも有効断面積だがせん断強さの係数が加わり、ねじ山破壊ではピッチとねじ込み深さから別の面積を算出する。同一の入力値から3つの許容荷重を一貫性ある形で算出し、最も小さい値で安全率を判定する――この「最弱リンク原則」の実装が技術的な核となる。

この記事では、降伏点ベースと引張強さベースの方式比較、各破断モードの計算式、SHEAR_FACTOR = 0.6の根拠、そしてエッジケース処理までの実装詳細を示す。

候補方式の比較

安全率の算出基準として、以下の2方式を検討した。

| 属性 | 降伏点ベース | 引張強さベース | |------|-------------|---------------| | 基準値 | 降伏点 σy | 引張強さ σu | | 評価対象 | 塑性変形の開始 | 最終破壊 | | 安全余裕 | 変形前に警告 | 破壊前に警告 | | 保守性 | 適度 | 過度になりやすい | | 適する用途 | 長期荷重、繰り返し荷重 | 短時間最大荷重 |

降伏点ベースの安全率

降伏点(材料が永久変形を始める応力)を基準にすることで、塑性変形が始まる前の段階で安全率を評価できる。長期荷重や繰り返し荷重がかかる静止機器の締結に向く。弱点は、降伏点が明確でない材料(鋳鉄など)では適用しにくい点。

引張強さベースの安全率

引張強さ(材料が破断する応力)を基準にする方式。破壊限界に対する余裕を直接評価できるため、短時間の最大荷重評価や吊り上げ用途に向く。ただし、降伏点ベースに比べて保守的になりやすく、過度な設計余裕を生む可能性がある。

なぜ最弱リンク原則を採用したか

ボルト接合では3つの破断モードが並列に存在するため、「どれか1つでも耐力を超えたら破壊する」という最弱リンクの原則が合理的。各モードの許容荷重を個別に算出し、その最小値を実効耐力とすることで、最も脆弱なモードに対して安全率を評価できる。複合破壊確率を扱う統計的手法は理論的には可能だが、計算量と不確実性が増大するため、単一の最小値採用が透明性と実用性の観点で妥当な判断となる。

実装の詳細

計算フロー

  1. 入力値を受け取る(呼び径d, ピッチp, ねじ込み深さt, 本数n, σy, σu, 荷重F)
  2. 有効断面積 A_e を算出(ねじの谷径ベース)
  3. 引張許容荷重を算出
  4. せん断許容荷重を算出(SHEAR_FACTOR適用)
  5. ねじ山せん断面積 A_thread を算出
  6. ねじ山破壊許容荷重を算出
  7. 実効耐力 R_eff = min(引張, せん断, ねじ山破壊)
  8. 安全率 SF = R_eff / F

各モードの計算式と数値例

M10ボルト1本を例に、各モードの計算を追う。

入力条件:
  呼び径 d = 10 mm、ピッチ p = 1.5 mm
  ねじ込み深さ t = 10 mm(= d × 1.0)
  σy = 400 MPa、σu = 600 MPa
  荷重 F = 50,000 N、本数 n = 1

--- 有効断面積 ---
  谷径 d_minor ≒ 8.5 mm(M10の近似値)
  A_e = π × (d_minor / 2)²
      = π × 4.25²
      = π × 18.0625
      ≒ 56.7 mm²

--- 引張破断 ---
  tensileCapacity = A_e × σy × n
                  = 56.7 × 400 × 1
                  = 22,680 N

--- せん断破断 ---
  SHEAR_FACTOR = 0.6
  shearCapacity = A_e × σu × SHEAR_FACTOR × n
                = 56.7 × 600 × 0.6 × 1
                = 20,412 N

--- ねじ山破壊 ---
  A_thread = π × d × (p / 2) × (t / p)
           = π × 10 × 0.75 × 6.667
           ≒ 157.1 mm²
  threadShearCapacity = A_thread × σu × SHEAR_FACTOR
                      = 157.1 × 600 × 0.6
                      ≒ 56,556 N

--- 最弱リンク判定 ---
  R_eff = min(22,680, 20,412, 56,556)
        = 20,412 N(せん断が支配)

--- 安全率 ---
  SF = 20,412 / 50,000
     = 0.408(安全率不足 → NG)

この例では、せん断破断が最弱リンクとなり安全率0.41で不合格。引張より先にせん断で壊れるという判定結果になる。

SHEAR_FACTOR = 0.6 の根拠

せん断強さは引張強さの約0.6倍になるという経験則に基づく。材料力学のフォン・ミーゼス応力理論からは 1/√3 ≒ 0.577 が導かれ、実務では安全側に丸めて0.6を使うことが多い。この係数はプロジェクト要件や材料試験データに応じて調整可能としている。

ねじ込み深さのデフォルト値

デフォルトのねじ込み深さ比率を「呼び径 × 1.0」に設定した。JIS規格の最小ねじ込み深さ比率を踏まえた妥当なデフォルト値。ねじ込みが浅いとねじ山破壊が支配的になり、深いと引張またはせん断が支配的になる。デフォルトは安全側(ねじ山破壊が起きにくい程度の深さ)に寄せている。

エッジケース処理

  • 荷重 F ≤ 0: 無負荷または圧縮荷重。安全率はInfinityを返却し、圧縮は別評価を案内する
  • 本数 n = 0: 入力エラーとして明示的にエラーメッセージを返す
  • ねじ込み深さ t = 0: ねじ山破壊の面積がゼロになるため、threadShearCapacity = 0 → 実効耐力0 → SF = 0

検証結果

ケース1: 静止機器(低荷重・高安全率要求)

緩やかな荷重で長期保持が求められる静止機器の締結。要求安全率 SF_req = 3.0。

入力値:

  • 呼び径: M8(A_e ≒ 36.6 mm²)
  • σy = 350 MPa、σu = 520 MPa
  • 荷重 F = 5,000 N、本数 n = 2

計算結果:

  • tensileCapacity = 36.6 × 350 × 2 = 25,620 N
  • shearCapacity = 36.6 × 520 × 0.6 × 2 = 22,790 N
  • threadShearCapacity ≒ 40,000 N(t = 8mmとして)
  • R_eff = min(25,620, 22,790, 40,000) = 22,790 N
  • SF = 22,790 / 5,000 = 4.56

解釈: 要求安全率3.0を上回り合格。せん断が支配モードだが、2本で十分な余裕がある。1本でもSF = 2.28となり、ギリギリ不合格。本数の影響が大きいケース。

ケース2: 吊り上げ用途(高荷重・SF_req = 10.0)

吊り上げ用途で高い安全率が求められるケース。

入力値:

  • 呼び径: M12(A_e ≒ 84.3 mm²)
  • σy = 400 MPa、σu = 640 MPa
  • 荷重 F = 80,000 N、本数 n = 2

計算結果:

  • tensileCapacity = 84.3 × 400 × 2 = 67,440 N
  • shearCapacity = 84.3 × 640 × 0.6 × 2 = 64,646 N
  • threadShearCapacity ≒ 150,000 N
  • R_eff = 64,646 N
  • SF = 64,646 / 80,000 = 0.81

解釈: 要求安全率10.0に遠く及ばない。M12×2本ではこの荷重を支えられない。ボルトサイズの拡大(M20以上)、本数の増加(6本以上)、または高強度材(12.9級)への変更が必要。

エッジケース: 荷重ゼロ

入力値:

  • 荷重 F = 0 N

計算結果:

  • SF = R_eff / 0 → Infinity
  • 表示: 「無負荷(安全率∞)」

解釈: 荷重ゼロは「締結は存在するが外力がかかっていない」状態。実装ではInfinityを返し、UIでは「∞」と表示する。負の荷重(圧縮)は別の評価モード(座面圧縮)が必要であり、引張・せん断モードでは対象外として案内する。

よくある質問(FAQ)

Q: ボルト本数を増やせば安全率は比例して上がるか

理論上は許容荷重が本数に比例するため安全率も比例する。ただし実際には荷重分配の不均等、座面の剛性不足、施工精度のばらつきにより、理論値通りにはならない。4本以上の場合は荷重分配係数を考慮した評価が望ましい。

Q: SHEAR_FACTOR = 0.6 は変更できるか

ツール内部ではデフォルト0.6を使用しているが、材料試験データがあれば実測値を優先するのが望ましい。フォン・ミーゼス理論からは0.577が導かれ、実務では0.55〜0.65の範囲で使われることが多い。

Q: データはサーバーに送信される?

すべてブラウザ内で処理される。入力した呼び径や荷重がサーバーに送信されることはない。ブラウザを閉じれば入力内容は消える。

Q: 振動環境や高温条件でもこの計算は使えるか

本ツールは静的荷重に対する安全率判定を想定している。振動環境では疲労限度を考慮した別の評価が必要であり、高温条件では材料特性(σyやσu)の温度依存性を反映する必要がある。あくまで静的条件での初期スクリーニングとして使い、最終判断は専門家の評価を仰いでほしい。

まとめ

ボルトの安全率判定は、引張・せん断・ねじ山破壊の3モードを個別に評価し、最小値を実効耐力とする最弱リンク原則が透明性と実用性の両面で妥当な方式。SHEAR_FACTOR = 0.6とねじ込み深さのデフォルト値は規格と経験則に基づき、エッジケース(荷重ゼロ、本数ゼロ)も明確に処理している。

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Mahiro

Mahiro Appの開発者。ボルトの引張・せん断・ねじ山破壊の3モード判定ロジックを技術的に深掘りした記事の著者。

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