アルミのハウジングにM6のボルトを何mmねじ込めば、ボルトより先にねじ山が舐めないか——図面に「ねじ込み深さ:呼び径の2倍以上」とだけ書いて、その先を考えたことのある人は少ない。1.5D、深くても2Dあれば十分という経験則は、機械設計の教科書やカタログの隅に必ず載っている。だがこの数字、そもそも鋼のボルトを鋼のナットにねじ込む前提の目安だと知っている人はさらに少ない。相手がアルミダイカストや樹脂ハウジングとなると、話はまるで変わってくる。
本ツールは、ボルトの強度区分と雌ねじ側の材質(S45C・SS400・アルミ・鋳鉄・樹脂など)を入れると、ボルトが破断する前にねじ山がせん断(はぎ取り)しない必要ねじ込み深さと必要山数を逆算する。同じM6・強度区分8.8のボルトでも、相手がA5052アルミなら経験則2D=12mmの1.5倍にあたる18.1mmが必要になり、相手がS45Cの高強度鋼なら1D=10mm未満の5.4mmで足りる。この差を、感覚ではなく数値で突きつけるのが狙いだ。
なぜ作ったのか — 「2Dあれば十分」の先を数字にしたかった
きっかけは、アルミダイカストの筐体に鋼製ボルトをねじ込む設計をレビューしていたときのことだった。図面には「ねじ込み深さ:呼び径の2倍以上」とだけ指示があり、それ以上の根拠は書かれていない。念のため手元で計算し直してみると、そのボルト・そのアルミ材の組み合わせでは2Dどころか、経験則の1.5倍近い深さがないとボルトより先にねじ山がせん断してしまう計算になった。教科書の経験則は鋼同士の締結を前提にした簡易目安であって、材質が変わればまるで当てはまらない——それを身をもって知った出来事だった。
ねじ穴まわりの計算ツールは、すでに『タップ下穴径計算ツール(tap-hole)』でドリル径と下穴深さを、『ボルト強度・破断モード診断ツール(bolt-failure)』でボルト自体が引張・せん断・ねじ山破壊のどれで壊れるかの安全率を扱っている。だが、この2本の間には空白があった。ボルトを選び終えたあと、雌ねじ側の材質からいったい何mmねじ込めば安全なのかを逆算するツールがなかったのだ。「穴をあける(tap-hole)→ボルトを選ぶ(bolt-failure)→どれだけねじ込むか決める(本ツール)」という設計の3ステップのうち、最後の1ステップだけが経験則任せのまま抜け落ちていた。その隙間を埋めるために作った。
ボルトと雌ねじ、先に壊れるのはどちらか — ねじ込み深さの基礎知識
ねじ込み深さ 計算の前提となる2つの壊れ方
ボルト締結が壊れるとき、壊れ方には大きく2種類ある。ひとつは、ボルトそのものが引っ張られて伸び、最終的にちぎれる「ボルトの引張破断」。もうひとつは、ボルトは無傷のまま、ねじ込まれた側の雌ねじの山だけが根元からせん断されて剥ぎ取られる「ねじ山のせん断(ストリッピング)」だ。
イメージしやすいのは、木ねじを柔らかい木材と硬い木材にねじ込む場面の違いだ。硬い木材なら短いねじでもしっかり効くが、柔らかい木材やベニヤ板の端に同じ長さのねじをねじ込むと、引っ張ったときにねじ自体は無傷でも木の繊維ごとねじ山がむしり取れて抜けてしまう。金属のねじ込みでも原理は同じで、雌ねじ側の材質が柔らかい(=引張強さが低い)ほど、少ないねじ込み深さでねじ山が先に負けてしまう。だからこそ「何mmねじ込むか」が、ボルトの太さや強度区分と同じくらい設計を左右する。
どちらが先に壊れるかは、ねじ込み深さで決まる。浅すぎれば雌ねじ側のせん断面積が足りず、ねじ山がはぎ取られる。逆に十分深ければ、雌ねじ側のせん断面積がボルトの引張耐力を上回り、先にボルトのほうが伸びて切れる。設計者が本当に知りたいのは、ちょうどこの境目——雌ねじのせん断耐力とボルトの引張耐力がつり合う深さだ。
有効断面積 とは — ボルト自身の強さを決める数字
ボルトの引張耐力を計算するとき、ねじ山の谷底まで含めた呼び径(例えばM6なら6mm)をそのまま使ってはいけない。ねじ山にはらせん状の溝が切ってあるぶん、実際に引張力を受け持つ断面積は呼び径から計算した円の面積より小さい。この「実際に耐力計算に使うべき断面積」を有効断面積(ストレスエリア、As)と呼ぶ。
有効断面積は、JIS B 1082(ISO 898-1に整合)で次の式が定義されている。
As = (π/4) × (d − 0.9382P)²
dはねじの呼び径(mm)、Pはピッチ(mm)だ。M6(P=1.0mm)なら As=(π/4)×(6−0.9382×1.0)²≒20.12mm²となり、呼び径そのままの円の面積(約28.3mm²)よりひと回り小さい。ボルトの耐力Fは、このAsに強度区分ごとの呼び引張強さσb(MPa)を掛けて F=As×σb で求まる。
雌ねじ側のせん断面積とD1(内径)
一方、雌ねじ側がせん断で負ける限界を計算するには、ねじの内径(谷径)D1を使う。D1はJIS B 0205の基本山形から D1=d−1.0825P で求まり、M6なら約4.92mmだ。ねじ込み深さLeぶんの円筒面(直径D1・高さLe)が雌ねじ材のせん断強さτでせん断されると考えると、そのせん断耐力は概算で π×D1×Le×τ と表せる。これがボルトの引張耐力Fと等しくなる深さこそが、本ツールが逆算する「必要ねじ込み深さ」の正体だ。
外部参考: ねじの基礎知識は Wikipedia: ねじ が詳しい。ねじ山の規格・呼び径の考え方は Wikipedia: ISO metric screw thread も参照。
なぜこの数値が大事か — 舐めたねじ穴の代償
ねじ込み深さが足りないまま設計・製造されると、現場では地味だが厄介な不具合が起きる。代表的なのが、アルミダイカスト筐体のねじ穴が「舐める」トラブルだ。組立時や増し締め時にねじ山がつぶれてトルクが抜け、そのボルトはもう締結力を発揮しない。量産後に発覚すると、該当ロット全数の再タップ・ヘリサート後付けという手戻りが発生し、部品単価では数十円のねじ穴が、修理工数まで含めると簡単に数百〜数千円のコストに化ける。
参考にしていた書籍『機械要素設計』のねじ章では、ねじ込み深さの目安として「呼び径の1.5〜2倍」という簡易な経験則だけが載っている。だがこの目安は材質を区別しない。本ツールで実際に計算すると、M6・強度区分8.8のボルトをA5052アルミにねじ込む場合、必要深さは18.1mmと、経験則2D=12mmの約1.5倍になる。逆にM10・強度区分4.8のボルトをS45Cにねじ込む場合は5.4mmで足り、経験則15mmの3分の1程度で済む。同じ「2D」という言葉が、材質次第でこれだけ違う意味を持つ。
自動車・家電・産業機械では、軽量化のためにアルミやマグネシウム合金、コスト・絶縁性のために樹脂ハウジングを使う異種材締結が年々増えている。相手材の強さを無視して鋼同士の経験則をそのまま流用すると、過小設計(強度不足)にも過大設計(無駄に深い・太いボルト)にも転びうる。JIS B 1082・ISO 898-1のような規格値に基づいて材質ごとに計算し直すことが、この手戻りを避ける最短ルートになる。
こんな場面で活躍する
アルミダイカストや鋳物の筐体・ハウジングに、鋼製ボルトをねじ込む設計をするとき。材質の引張強さを選ぶだけで、経験則任せにしていた深さの根拠を数値で示せる。
樹脂ケースにインサートナットを使わず直接タップ加工する設計を検討するとき。POMやPCのような樹脂は引張強さが金属よりずっと低く、必要深さが経験則の何倍にも跳ね上がることがある。ヘリサート等のインサート採用を判断する材料になる。
「前からこの深さで作っているが、最近ねじが緩む・舐める」という既存製品のトラブルシューティングをするとき。今の設計深さ(実ねじ込み深さ)を入力すれば、安全率が1.0を割っていないか即座に確認できる。
教科書やカタログの「1.5D・2D」という目安を、実際に使う材質で検算してみたいとき。経験則がそのまま当てはまるのか、それとも見直しが必要なのかを、感覚ではなく数値で判断できる。強度区分やボルト径を変えたときの感度もその場で確かめられる。
基本の使い方
ステップ1: ボルトの仕様を選ぶ。ねじ呼び径(M3〜M24)と強度区分(4.8・8.8・10.9・12.9)をプルダウンで選ぶ。強度区分の数字が大きいほどボルトは高強度になる。
ステップ2: 雌ねじ側の材質を選ぶ。S45C・SS400・アルミ(A5052)・アルミダイカスト(ADC12)・鋳鉄(FC250)・樹脂(POM・PC)から選ぶか、該当する材質がなければ「カスタム入力」で引張強さ(MPa)を直接打ち込む。
ステップ3: 必要ねじ込み深さ・必要山数・経験則との比較を読む。ボルトが破断する前にねじ山がせん断しない必要深さと推奨深さ、必要山数が表示され、1.5D・2Dの経験則との差も一目で分かる。必要なら実際の設計深さを入力欄に入れると、安全率とOK/NG判定まで確認できる。
具体的な使用例・検証データ
ここでは、python3で検算した12パターンのうち代表的な8ケースを、入力→結果→解釈の順で見ていく。易しい例から始め、最後に同じ条件で実際の深さだけを変えたNG→OK対比を置く。
ケース1: 標準例——M6・強度区分8.8・雌ねじA5052アルミ(デフォルト値)。 入力: ねじ呼び径M6、ボルト強度区分8.8、雌ねじ材質A5052アルミ、実深さは未入力。 結果: 必要ねじ込み深さ=18.1mm、推奨深さ=22.7mm、必要山数=19山、ボルト耐力=16.10kN。経験則1.5D=9.0mm・2D=12.0mm。 解釈: A5052アルミの引張強さは230MPaとボルト(800MPa)よりずっと低いため、必要深さは経験則2D=12mmの約1.5倍にあたる18.1mm。実際の設計深さを25mmで確保すれば安全率1.38で「十分」だが、経験則どおり12mmのままだと安全率は12/18.1≒0.66で不足する。
ケース2: ブリーフ仕様どおりの例——M10・強度区分12.9・雌ねじSS400。 入力: M10、12.9、SS400、実深さ未入力。 結果: 必要ねじ込み深さ=26.9mm、推奨深さ=33.6mm、必要山数=18山、ボルト耐力=70.75kN。経験則1.5D=15.0mm・2D=20.0mm。 解釈: 12.9はISO 898-1で呼び引張強さ1220MPaという最高強度クラス。相手がSS400(400MPa)でも必要深さは経験則2Dの1.3倍を要求してくる。
ケース3: 高強度雌ねじ材で必要深さが浅くなる例——M8・強度区分8.8・雌ねじS45C。 入力: M8、8.8、S45C、実深さ未入力。 結果: 必要ねじ込み深さ=8.1mm、推奨深さ=10.2mm、必要山数=7山、ボルト耐力=29.29kN。経験則1.5D=12.0mm・2D=16.0mm。 解釈: S45C(690MPa)はボルトの8.8(800MPa)に近い強さのため、必要深さは経験則2D=16mmより浅い8.1mmで足りる。経験則どおり16mm確保していれば安全率は約2.0で、実は過剰設計だったと分かる。
ケース4: 樹脂で必要深さが跳ね上がる例——M12・強度区分10.9・雌ねじPOM。 入力: M12、10.9、POM、実深さ未入力。 結果: 必要ねじ込み深さ=178.1mm、推奨深さ=222.6mm、必要山数=102山、ボルト耐力=87.64kN。経験則1.5D=18.0mm・2D=24.0mm。ヘリサート推奨の警告付き。 解釈: POM樹脂の引張強さはわずか62MPaで、強度区分10.9のボルト(1040MPa)とは桁違いの差がある。必要深さは経験則2D=24mmの7倍を超える178.1mmとなり、実際にこの深さのタップ穴をM12で掘るのは非現実的だ。ここまで乖離すると「深く掘る」のではなく「ヘリサート等で雌ねじ側の実効強度を鋼並みに引き上げる」方向で設計を見直すべき、という結論に自然と辿り着く。
ケース5: 小径ボルト×樹脂でもヘリサートが必要になる例——M3・強度区分4.8・雌ねじPC。 入力: M3、4.8、PC、実深さ未入力。 結果: 必要ねじ込み深さ=16.8mm、推奨深さ=21.0mm、必要山数=34山、ボルト耐力=2.11kN。経験則1.5D=4.5mm・2D=6.0mm。ヘリサート推奨の警告付き。 解釈: M3という細径・4.8という最も弱い強度区分の組み合わせでも、相手がPC樹脂(引張強さ65MPa)だと必要深さは呼び径3mmの5倍を超える16.8mm。ケース4と並べると、ボルトの強度区分そのものではなく、ボルトと雌ねじ材の相対的な強さの差が必要深さを決めていることがはっきりする。
ケース6: 必要深さが呼び径未満に収まる例——M10・強度区分4.8・雌ねじS45C。 入力: M10、4.8、S45C、実深さ未入力。 結果: 必要ねじ込み深さ=5.4mm、推奨深さ=6.7mm、必要山数=4山、ボルト耐力=24.36kN。経験則1.5D=15.0mm・2D=20.0mm。「1D以上を推奨」の注記付き。 解釈: 弱めの4.8(420MPa)に対しS45C(690MPa)は十分強い相手材のため、必要深さは呼び径10mm未満の5.4mmで理論上釣り合う。ただし加工誤差や衝撃荷重のマージンとして、本ツールは1D未満のとき実務上1D以上の確保を推奨する注記を出す。
ケース7: 実際のねじ込み深さが不足しているNG例——M8・強度区分10.9・雌ねじADC12、実深さ10mm。 入力: M8、10.9、ADC12、実深さ10mm。 結果: 必要ねじ込み深さ=30.4mm。実深さ10mmに対し安全率=0.33、判定は「不足」(赤StatusCard)。 解釈: ADC12(アルミダイカスト、引張強さ240MPa)に強度区分10.9(1040MPa)という高強度ボルトをねじ込む組み合わせでは、必要深さが30.4mmに達する。設計・実測の深さが10mmしかなければ安全率は0.33しかなく、ボルトが破断するよりずっと前にねじ山がせん断する危険域にある。
ケース8: 同じ条件で実深さを確保したOK例——M8・強度区分10.9・雌ねじADC12、実深さ40mm。 入力: M8、10.9、ADC12、実深さ40mm(ケース7と条件は同一、実深さのみ変更)。 結果: 必要ねじ込み深さ=30.4mm(ケース7と同じ)。実深さ40mmに対し安全率=1.32、判定は「十分」(緑StatusCard)。 解釈: 必要深さそのものは変わらないが、実際にねじ込む深さを40mmまで確保すれば安全率は1.32とプラスに転じる。ケース7と8を並べると、同じボルト・同じ材質でも「どれだけねじ込むか」という1つの数字だけで安全か危険かが反転することが分かる。これこそが本ツールの核心的な使い方——設計値の検算——だ。
このほかにも、引張強さを直接指定する「カスタム入力」(M10・8.8・300MPa→必要深さ23.5mm)、鋳鉄FC250(M10・8.8→28.2mm)、M24のような大径ボルト(12.9・SS400→66.0mm)でも検算済みだ。材質やサイズが変わっても、AsとD1とτから導く同じ式が一貫して答えを返す。
8つのケースを通じて見えてくるのは、必要ねじ込み深さを決めているのは呼び径でもボルトの強度区分単体でもなく、ボルトと雌ねじ材、両方の強さのバランスだということだ。同じ「2D」という数字が、材質次第で余裕にも不足にもなる。
仕組み・アルゴリズム
候補手法の比較 — 経験則(1.5D・2D)と材質別精密計算のどちらを採るか
ねじ込み深さを決める方法は大きく2つある。
ひとつは、呼び径だけを見る経験則だ。「1.5D、余裕を見て2D」という早見表は、鋼同士の締結を前提にすれば実用的で、暗算で済むほど軽量な目安として広く使われている。
もうひとつが、雌ねじ側の材質の引張強さから直接、必要深さを計算する精密式だ。本ツールが採用しているのはこちらで、理由は単純に「経験則だけでは必要深さが半分にも7倍にもなりうる」から。M10・4.8・S45Cでは必要深さ5.4mmと経験則15mmの3分の1程度で済む一方、M12・10.9・POMでは178.1mmと経験則24mmの7倍を超える。呼び径だけを見る経験則はこの振れ幅を捉えられない。異種材締結が増えている以上、材質を計算式に組み込むことは省略できないステップだと判断した。
実装詳細 — 耐力からねじ込み深さまでの計算フロー
まずボルト側の耐力を、有効断面積Asと強度区分の呼び引張強さσbから求める。
// ボルト耐力(N)
const F = As * sigmaB; // As: mm², sigmaB: MPa(=N/mm²)
const boltCapacityKN = F / 1000;
次に、雌ねじ材のせん断強さτを、引張強さの0.5倍という延性金属向けの近似係数から求める。
// せん断強さ(MPa)— 延性金属の近似
const tau = 0.5 * femaleTensile;
そして、雌ねじの内径D1(せん断を受け持つ円筒面の直径)とτから、ボルト耐力Fと釣り合う必要ねじ込み深さLeを逆算する。
// 必要ねじ込み深さ(mm)
const requiredDepthMm = (2 * F) / (Math.PI * D1 * tau);
const recommendedDepthMm = requiredDepthMm * 1.25;
const requiredThreads = Math.ceil(requiredDepthMm / pitchMm);
最後に、経験則1.5D・2Dと並べて比較し、requiredDepthMmが呼び径の5倍を超えればヘリサート推奨、1倍未満なら実務上1D以上を推奨する注記を出す。実際のねじ込み深さ(actualDepth)が入力されていれば、安全率=actualDepth/requiredDepthMmを判定する。
計算例 — 標準例(M6・8.8・A5052)を手で追う
M6・強度区分8.8・雌ねじA5052の標準例で、実際に数字を追ってみる。
M6(ピッチP=1.0mm)の有効断面積は As=(π/4)×(6−0.9382×1.0)²≒20.1233mm²。ボルト強度区分8.8の呼び引張強さσb=800MPaを掛けると、耐力F=20.1233×800≒16098.6N≒16.10kN。
M6の内径はD1=6−1.0825×1.0≒4.9175mm。A5052の引張強さは230MPaなので、せん断強さτ=0.5×230=115MPa。
これらをLe=2F/(π×D1×τ)に代入すると、Le=2×16098.6/(π×4.9175×115)≒18.12mm。ツールの出力(必要ねじ込み深さ18.1229mm、表示は18.1mm)とほぼ一致する。経験則2D=12mmの約1.5倍だ。
外部参考: せん断強さと引張強さの関係の基礎は Wikipedia: Shear strength を、ボルトの引張強さ(σb)の定義は Wikipedia: Ultimate tensile strength を参照。
3つの締結ツールの役割分担——穴・ボルト・かみ合い長さ
ボルト締結の設計は、実は3つの別々の問いに答える作業だ。「どこに、どんな穴をあけるか」「そのボルト自体は壊れないか」「どこまでねじ込めば安全か」——この3つを1本のツールで済ませようとすると、どこかの計算がぼやける。だから、あえて1本にまとめず役割ごとに3本へ分けている。
下穴径・ドリル径・下穴深さという「穴の幾何形状」を決めるのが /tap-hole。引張・せん断・ねじ山破壊という3つの壊れ方に対する安全率を診断し、ボルト本体が壊れるかどうかを見るのが /bolt-failure。本ツールはそのどちらとも違う問いに答える。雌ねじ側(母材)の材質の強度から、ボルトが破断する前にねじ山がせん断しないための必要かみ合い長さを逆算する——いわば雌ねじ側の設計値を求める計算だ。
3本の関係は設計の流れそのものになっている。穴をあける(/tap-hole)→ボルトを選ぶ(/bolt-failure)→どれだけねじ込むか決める(本ツール)、という順だ。雌ねじ側の材質からねじ込み深さを単体で計算できる専用ツールは調査時点で見当たらず、Excelの検討シートか1.5D・2Dの経験則早見表で済ませるのが実務標準だった。
ヘリサートの起源と、ボルトとナットの壊れ方の違い
ねじ山がせん断してはぎ取られる現象は、英語で「ストリッピング(stripping)」と呼ぶ。日本語の「ねじ山をなめる」という言い回しは、まさにこのねじ山せん断破壊を指した口語表現だ。
この弱点を補う部品がヘリサート(スクリューインサート)だ。ステンレスやリン青銅のワイヤーをダイヤモンド断面でコイル状に巻いたこの部品のルーツは、1930年代末の航空機産業にさかのぼる。アルミ合金製のエンジン部品でねじ山の応力集中(ノッチ効果)が問題になり、「Aero-Thread」という名で開発されたのが原型と言われる。大手航空機エンジンメーカーへの採用を皮切りに他メーカーへ広がり、のちに「Heli-Coil」というブランド名で標準化された。仕組みは今もほぼ変わらず、雌ねじの実効強度を鋼並みまで引き上げる手段として現役で使われている(参考: Threaded insert(Wikipedia))。
もう一つ実務で覚えておきたいのが異種金属接触腐食(ガルバニック腐食)だ。アルミハウジングに鋼製ボルトをねじ込むような組み合わせでは、電位差のある金属同士が水分を介して電池のような回路を作り、環境によっては卑な金属(アルミニウム側であることが多い)が優先的に腐食する。防止策としては自然電位の差を抑える、絶縁材で金属同士を遮断する、貴な金属側の表面積を相対的に小さくする、といった方法が知られている(詳しくは異種金属接触腐食(Wikipedia))。
設計者の間でよく言われる経験則に「ボルトは伸びて壊れ、ナットは削れて壊れる」がある。ねじ込みが十分深ければボルトが先に降伏して破断し、浅ければ雌ねじ側がせん断してはぎ取られる。本ツールが逆算しているのは、まさにこの境目がどこにあるかだ。
ねじ込み深さを検討するときのコツ
- 経験則(1.5D・2D)は鋼系材料同士が前提。 アルミ・樹脂・鋳鉄など異なる材質の組み合わせでは大きく外れることがあるので、鵜呑みにせず本ツールで検算する
- ヘリサート併用時は前提が変わる。 本ツールが出す必要深さは「インサートなし・母材そのもの」の値。インサート採用を決めたら、その前提で見直すのが正確
- カスタム入力は材料証明書の実測値で。 テーブルの引張強さは代表値。ミルシート(材料証明書)の実測値を入れると精度が上がる
- 「不足」と出たら深さかインサートを見直す。 深さを増やせないなら、雌ねじ材質の変更やヘリサート採用を検討する
- 繰返し荷重がかかる箇所は疲労も別途検討する。 本ツールは静的な強度計算のみを扱う。振動・脈動荷重があるならゆるみ対策も含めて別途確認したい
よくある質問(FAQ)
1.5D・2Dという経験則はもう使えない?
材質がボルトとほぼ同等の強度を持つ鋼同士なら、経験則は今でも実務上有効な目安になる。ただしアルミや樹脂のように相対的に弱い雌ねじ材では、経験則を大きく上回る深さが必要になることがある(本ツールの検証データでは経験則の約1.5倍〜7倍超まで確認済み)。組み合わせが決まったら経験則だけに頼らず検算してほしい。
ヘリサートを使うと必要深さは変わる?
変わる。ヘリサートは雌ねじの実効強度を鋼並みに引き上げる部品なので、正確には挿入後の強度で再計算するのが筋だ。本ツールが出す値は「インサート前・母材そのもの」の必要深さなので、呼び径の5倍を超えた場合の判断材料として使ってほしい。
なぜτ=0.5×引張強さという単純な係数を使っているの?
延性金属(鋼・アルミ等)ではせん断強さと引張強さの比がおおむね0.5〜0.6に収まるという工学的近似が広く使われているためだ。本ツールは安全側の0.5を採用している。鋳鉄のような脆性材料や樹脂ではこの比がずれる可能性があり、その限界は免責事項にも明記した。
必要山数と必要深さ、設計にはどちらを使えばいい?
図面や加工指示には深さ(mm)を使うのが基本だ。必要山数は深さをねじピッチで割って切り上げた参考値で、「あと何山あればいいか」を感覚的につかむ補助情報と考えてほしい。
入力したボルト仕様はどこかに送信される?
されない。ねじ呼び径・強度区分・材質・実ねじ込み深さといった入力値は、すべてブラウザ内のJavaScriptだけで計算している。サーバーに送信・保存されることはないので、検討中の設計仕様を入力しても外部に漏れる心配はない。
まとめ——経験則の一歩先を、材質を選ぶだけで
「1.5Dか2Dか」で悩んでいたねじ込み深さは、雌ねじ側の材質を1つ選ぶだけで具体的な数値に変わる。下穴の設計は /tap-hole、ボルト自体の安全率は /bolt-failure、締付トルクは /bolt-torque、部品選定は /screw-selector、DIYの下穴なら /pilot-hole-calc もあわせてどうぞ。気づいた点があれば お問い合わせページ から知らせてほしい。