基礎からボルトが抜けたら、その上の構造物はどうなる?
設備基礎にアンカーボルトを打ち込んで、「たぶん大丈夫だろう」で済ませた経験はないだろうか。地震で基礎ボルトが引き抜かれたとき、その上に載っている受変電設備や空調機は倒壊する。コーン状にコンクリートがえぐれて破壊される現象は、ボルトの材料強度だけでは判断できない。
このツールは、先付け基礎ボルト(ABR400/ABR490)の引抜き耐力・せん断耐力・コーン破壊耐力を同時に計算し、どの破壊モードが支配的かを一発で判定する。さらに引張+せん断の組合せ検定にも対応しているので、実際の荷重条件に近い評価ができる。
なぜ基礎ボルト引抜き計算シミュレーターを作ったのか
開発のきっかけ
姉妹ツール「ボルト強度・破断モード診断」を公開したあと、「基礎側の検証もできないか」という声をもらった。ボルト単体の引張・せん断は bolt-failure でカバーしているが、コンクリートに埋め込まれた基礎ボルト特有の破壊モード——コーン破壊やへりあき低減——はまったく別の計算が必要だ。
以前、設備基礎の設計で埋込み深さを「なんとなく20d」としていたら、へりあき距離が足りずにコーン破壊耐力が大幅に低減されていたことがある。図面上では問題なく見えるのに、実は安全率が1.0を切っていた。このヒヤリハットがツール開発の直接的な動機だ。
こだわった設計判断
まず、既存の「アンカーボルト強度計算」との差別化。あちらはあと施工アンカー(金属拡張式・ケミカル式)に特化しているが、このツールは先付け基礎ボルトに特化した。ABR400/ABR490という基礎ボルト専用の材質プリセットを用意し、降伏強度ベースで保守的に計算している。
もうひとつは組合せ検定。実際の設計では引抜きとせん断が同時に作用することが多い。Nt/Ta + Vs/Va ≤ 1.0 の線形検定式を採用し、両方の荷重を入力するだけで自動で検定比が出るようにした。
そしてSVG断面図。コーン破壊面の45°ラインとへりあき距離の関係を視覚的に確認できるので、「なぜ耐力が低減されるのか」を直感的に理解できる。
アンカーボルト引抜きとコーン破壊とは
アンカーボルト 引抜き耐力の基本
アンカーボルトに引張力(引抜き力)が作用したとき、2つの破壊モードが競合する。
1つ目はボルト鋼材の降伏。ボルトの有効断面積×降伏強度で決まるシンプルな破壊だ。M20のABR400なら、有効断面積245mm²×降伏点235MPa×低減係数0.75=約43.2kN。
2つ目がコーン破壊。これはボルトが抜けるのではなく、ボルトの先端を頂点としてコンクリートが円錐状にえぐれる破壊だ。ケーキにフォークを刺して引き抜くとき、フォークだけでなくケーキの一部も一緒にくっついてくる——あのイメージに近い。
コーン破壊 耐力の計算方法
コーン破壊面積は、埋込み深さLeを半径とする円の面積で近似する。
Ac = π × Le² (45°コーン法)
Tc = 0.31 × √Fc × Ac / 1000 [kN]
ここでFcはコンクリートの設計基準強度(N/mm²)だ。0.31という係数はACI 318(米国コンクリート構造設計基準)に基づく簡易式から導かれている。
重要なのはへりあき距離の影響。ボルトがコンクリートの端面に近いと、コーンが完全に形成されず破壊面積が小さくなる。へりあき距離cが埋込み深さLeより小さい場合、低減係数(0.5+0.5×c/Le)でコーン面積を補正する。
参考: ACI 318 コンクリート構造設計基準(Wikipedia)
基礎ボルト せん断耐力
せん断方向の破壊モードも2つある。
ボルト鋼材のせん断破壊は、フォンミーゼスの降伏条件から τ = σy/√3 で求まる。強度低減係数φ=0.65を乗じて保守的に評価する。
もうひとつはコンクリートの支圧破壊。ボルトがコンクリートを押し潰す形の破壊で、Va = 0.7 × d × Le × Fc / 1000 [kN] で計算する。埋込み深さが浅い場合や小径ボルトでは、こちらが支配的になることがある。
なぜ引抜き計算が重要なのか
地震時の引抜き力
建築基準法施行令第82条では、地震時の水平力に加え、転倒モーメントによるアンカーボルトへの引抜き力を検討することが求められている。特に設備機器の基礎では、機器の重心位置が高いほど転倒モーメントが大きくなり、ボルトへの引張力が増加する。
2011年の東日本大震災では、設備基礎のアンカーボルト破壊による機器転倒事故が多数報告された。コーン破壊による基礎の損傷は、ボルトの交換だけでは復旧できず、基礎コンクリートの打ち直しが必要になる。復旧コストの面でも、コーン破壊は避けるべき破壊モードだ。
埋込み深さの設計感覚
実務では「ボルト径の15〜20倍」が埋込み深さの目安とされることが多い。M20なら300〜400mm。しかしこれはあくまで経験則であり、コンクリート強度やへりあき距離によって必要な埋込み深さは大きく変わる。
Fc21のコンクリートとFc36のコンクリートでは、同じ埋込み深さでもコーン破壊耐力が約30%異なる。このツールで実際の条件を入力して確認すれば、過不足のない設計ができる。
基礎ボルトの検証が必要になる場面
設備基礎の新設設計
受変電設備・空調機・ポンプ等の設備基礎を新設するとき、機器の重量と地震力からアンカーボルトの必要本数・径・埋込み深さを決定する。このツールで安全率を確認しながら仕様を決められる。
鉄骨柱脚のアンカーボルト検証
露出型柱脚のアンカーボルトは、柱の曲げモーメントにより引抜き力を受ける。柱脚設計の一部として、ボルトの引抜き耐力とコーン破壊耐力を検証する必要がある。
既存設備の耐震補強検討
築年数の古い建物の設備基礎を耐震補強する際、既存のアンカーボルトが現行基準の地震力に対して十分な耐力を持つか確認する。不足していれば追加ボルトや基礎の補強を検討する。
手すり・防護柵の支柱固定
屋上の手すりや駐車場の防護柵など、人荷重や車両衝突荷重を受ける支柱の基礎ボルト。安全に直結するため、適切な安全率の確保が必須だ。
基本の使い方
ボルト径・材質・コンクリート条件を入力して、荷重を指定するだけ。
Step 1: ボルトとコンクリートを設定する
ボルト径(M12〜M36)と材質(ABR400/ABR490)を選んで、コンクリート強度・埋込み深さを入力する。へりあき距離は任意——端部に近い場合だけ入力すればいい。
Step 2: 荷重条件を入力する
引張力・せん断力をkN単位で入力してみて。片方だけでも安全率が出るし、両方入力すれば組合せ検定も自動で計算される。
Step 3: 結果を確認する
引抜き耐力・せん断耐力・組合せ検定比がまとめて表示される。SVG断面図でコーン破壊面のイメージも確認できるので、へりあき距離の影響を直感的に把握できる。
具体的な使用例(検証データ)
ケース1: 標準的な設備基礎(M20×300mm、Fc24)
入力値:
- ボルト径: M20(ABR400)
- 埋込み深さ: 300 mm
- コンクリート強度: Fc24
- 引張力: 30 kN
計算結果:
- ボルト降伏耐力: 43.2 kN
- コーン破壊耐力: 429.8 kN
- 引抜き耐力: 43.2 kN(ボルト降伏が支配)
- 安全率: 1.44
→ 解釈: ボルト鋼材の降伏が支配的。コーン破壊の心配はないが、安全率1.44はやや余裕が少ない。M22への変更やボルト本数の増加を検討すべきケース。
ケース2: へりあき不足のケース(M16、c=100mm < Le=200mm)
入力値:
- ボルト径: M16(ABR400)
- 埋込み深さ: 200 mm
- へりあき距離: 100 mm
- コンクリート強度: Fc24
計算結果:
- コーン破壊耐力(低減前): 190.3 kN
- へりあき低減係数: 0.75
- コーン破壊耐力(低減後): 142.7 kN
- ボルト降伏耐力: 27.7 kN
→ 解釈: へりあき不足でコーン耐力が25%低減されるが、それでもボルト降伏が支配的。ただしコンクリート端部での施工は破壊面が不完全になるリスクがあるため、可能ならへりあき距離の確保を優先したい。
ケース3: 組合せ荷重(引張+せん断同時作用)
入力値:
- ボルト径: M24(ABR490)
- 埋込み深さ: 400 mm
- コンクリート強度: Fc30
- 引張力: 40 kN
- せん断力: 25 kN
計算結果:
- 引抜き耐力: 83.4 kN
- せん断耐力: 33.2 kN
- 組合せ検定比: 40/83.4 + 25/33.2 = 0.48 + 0.75 = 1.23
→ 解釈: 組合せ検定比が1.0を超えておりNG判定。個別に見ると引抜きは余裕があるが、せん断力が大きいため組合せで不合格になる。ボルト径の増大またはせん断力の低減(座金やせん断キーの追加)を検討すべき。
ケース4: 高強度コンクリートの効果(Fc24 vs Fc36)
入力値(共通):
- ボルト径: M20(ABR400)
- 埋込み深さ: 250 mm
Fc24の場合:
- コーン破壊耐力: 298.5 kN
Fc36の場合:
- コーン破壊耐力: 365.7 kN(+22.5%)
→ 解釈: コンクリート強度を1.5倍にすると、コーン破壊耐力は√(36/24)≒1.22倍になる。ボルト降伏が支配的な場合はコンクリート強度の影響は小さいが、大径ボルトや浅い埋込みでコーン破壊が支配的な場合は有効な対策となる。
ケース5: 大径ボルト(M36)の特性
入力値:
- ボルト径: M36(ABR490)
- 埋込み深さ: 600 mm
- コンクリート強度: Fc24
- 引張力: 100 kN
計算結果:
- ボルト降伏耐力: 193.0 kN
- コーン破壊耐力: 1,719.4 kN
- 引抜き安全率: 1.93
→ 解釈: M36クラスではボルト降伏が圧倒的に支配的。コーン破壊耐力はボルト耐力の約9倍あるため、コンクリート側の心配はほぼない。
ケース6: 浅い埋込みでのコーン破壊リスク
入力値:
- ボルト径: M20(ABR400)
- 埋込み深さ: 100 mm(5d——推奨未満)
- コンクリート強度: Fc21
計算結果:
- ボルト降伏耐力: 43.2 kN
- コーン破壊耐力: 44.6 kN
→ 解釈: 両者がほぼ拮抗する危険な状態。埋込み深さが5d(100mm)しかないと、コーン破壊が支配的になる境界付近。埋込み不足の警告が表示される。最低でも10d=200mm、推奨は15d=300mm以上に変更すべき。
仕組み・アルゴリズム
採用した計算手法
引抜き耐力の計算には、ACI 318の45°コーン法(CCD法の簡易版)を採用した。日本建築学会の「各種合成構造設計指針」にも類似の計算法が記載されており、実務で広く使われている手法だ。
候補としてはCCD法(Concrete Capacity Design method)もあったが、こちらは有効埋込み深さの1.5倍を投影面積の基準にする等、より精密な計算が必要になる。簡易計算ツールとしての使いやすさを優先し、45°コーン法を採用した。
計算フロー
1. ボルト降伏耐力:
Ta = φt × As × σy / 1000 [kN]
(φt=0.75, As=有効断面積, σy=降伏強度)
2. コーン破壊面積:
Ac = π × Le² [mm²]
(Le=埋込み深さ)
3. へりあき低減:
c < Le の場合: Ac' = Ac × (0.5 + 0.5 × c/Le)
4. コーン破壊耐力:
Tc = 0.31 × √Fc × Ac' / 1000 [kN]
5. 引抜き耐力:
T = min(Ta, Tc)
6. せん断耐力:
ボルト: Va = φs × As × σy / (√3 × 1000) [kN]
支圧: Vc = 0.7 × d × Le × Fc / 1000 [kN]
V = min(Va, Vc)
7. 組合せ検定(両方の荷重入力時):
Nt/T + Vs/V ≤ 1.0
強度低減係数の根拠
引張のφ=0.75、せん断のφ=0.65は、ACI 318の規定に基づく。コンクリートのばらつきや施工精度の不確実性を考慮した安全側の係数であり、実務でもこの値が標準的に使用されている。
既存ツールとの棲み分け
bolt-failureとの違い
「ボルト強度・破断モード診断」はボルト単体の引張・せん断・ねじ山破壊を扱うツール。コンクリートへの埋込みは考慮しない。一方、このツールはコンクリートに埋め込まれた基礎ボルトのコーン破壊・支圧破壊を含む検証に特化している。
anchor-strengthとの違い
「アンカーボルト強度計算」はあと施工アンカー(金属拡張式・ケミカル式)向け。付着破壊モードや穿孔径の考慮が必要なあと施工アンカーに対し、このツールは先付け基礎ボルト(ABR400/ABR490)に特化。さらに組合せ検定とSVG断面図が追加されている。
このツール独自の強み
コーン破壊面をSVGで可視化する機能は、へりあき距離の影響を直感的に理解するのに役立つ。「なぜ耐力が低減されるのか」を図で確認できるのは、設計の根拠資料としても使える。
アンカーボルトの豆知識
先付けアンカーとあと施工アンカーの違い
先付け(埋込み)アンカーは、コンクリートを打設する前に型枠にセットして一体的に固定する。コンクリートとの一体性が高く、長期荷重に対する信頼性が高い。ABR400やABR490はJIS規格品で、品質のばらつきが小さい。
一方、あと施工アンカーは硬化後のコンクリートに穴を開けて固定する。既存構造物への追加施工に使えるメリットがあるが、穿孔精度や接着剤の品質管理が重要になる。
コーン破壊の45°仮定
45°コーン法は「コンクリートの引張破壊面が45°に広がる」という仮定に基づいている。実際の破壊面は35〜40°程度になることが多いとされるが、45°仮定は安全側(破壊面積を大きく見積もる)になるため、簡易計算では広く採用されている。より精密な計算が必要な場合はCCD法(有効埋込み深さの1.5倍を基準にする方法)を使用する。
設計のコツ
コーン破壊を避けるには
埋込み深さを十分に確保するのが基本。15d以上あればほとんどのケースでボルト降伏が支配的になり、コーン破壊のリスクは低い。へりあき距離も埋込み深さ以上を確保することで低減を回避できる。
組合せ検定で引っかかったら
引張・せん断の個別安全率が十分でも、組合せ検定でNGになることがある。その場合、「せん断キー」(ボルト根元にせん断力を負担する突起を設ける)で、ボルトへのせん断負担を軽減する方法が有効だ。
安全率の目安
短期荷重(地震時)では安全率1.0以上、長期荷重(常時)では安全率3.0以上が一般的な目安。ただし用途や規格によって異なるため、適用する設計基準を確認してほしい。
よくある質問
Q: ABR400とABR490の使い分けは?
ABR400(降伏点235MPa)は一般的な設備基礎に、ABR490(降伏点315MPa)は大きな荷重がかかる鉄骨柱脚や重量設備の基礎に使用されることが多い。ABR490は耐力が約34%高いが、コスト差は比較的小さいため、安全率に余裕が欲しい場合はABR490を選択する判断も有効だ。
Q: 組合せ検定式の根拠は何?
このツールでは線形相関式(Nt/Ta + Vs/Va ≤ 1.0)を採用している。ACI 318では5/3乗の楕円式を規定しているが、線形式はより保守的(安全側)な評価になるため、簡易計算では広く使われている。5/3乗式を使いたい場合は、個別の安全率から手計算で検証してほしい。
Q: このツールで入力したデータは保存される?
すべての計算はブラウザ上で完結しており、データはサーバーに送信されない。入力データや計算結果がクラウドに保存されることもないので、業務データを安心して入力できる。計算結果を残したい場合は「結果をコピー」ボタンで取得してほしい。
Q: へりあき距離がわからない場合はどうする?
へりあき距離が十分に大きい(基礎の中央付近にボルトがある)場合は、未入力のままでOK。低減なしで計算される。へりあき距離が埋込み深さ以上であれば低減は発生しないため、「埋込み深さ以上あるか」だけ確認すればよい。
Q: 群アンカー(複数ボルト)の計算に対応している?
現在は単体ボルトの計算に対応している。群アンカーの場合、コーン破壊面が重なることで有効面積が低減される「群効果」が生じるが、この計算は将来のアップデートで対応予定だ。現時点では、1本あたりの分担荷重を入力して個別に検証する方法で対応してほしい。
まとめ
基礎ボルトの引抜き耐力は、ボルト材料の強度だけでなく、コンクリートのコーン破壊・へりあき低減・組合せ荷重を考慮して総合的に評価する必要がある。このツールなら、条件を入力するだけで支配的な破壊モードと安全率が一目でわかる。
ボルト単体の強度が気になった人は「ボルト強度・破断モード診断」も、あと施工アンカーの計算が必要な人は「アンカーボルト強度計算」も試してみて。
不具合や要望があれば、X (@MahiroMemo)から気軽に教えて。